“紫陽花なないろ”
家族連れメインのいかにもな工場見学を、
それでも十分に満喫した最聖のお二人は、
敷地内に設けられていた
カフェテリア風のイートインで
軽いランチをいただいてから、
メーカーご自慢の売れ筋商品や、
夏の新発売アイテムだろう、
目新しいあれこれを詰めたお土産パックを頂戴し、
「わ、このあんパン、
なんか“くにゅっ”てしたのが入ってない?」
「うん。桜風味のぎゅうひ餅だね。」
あんみつなんかに入ってるお餅と付け足され、
あああれかぁ、と合点がいってから、
すごいなぁブッダ、
私そんなの少しも判らなかった、と
イエスから可愛らしくも感動されたのへ、
ブッダが螺髪をごそごそと
照れくさそうに掻いた夕べだったのも
今はやや遠く。
そのまま夏へなだれ込んでしまうんじゃないかというほど、
いきなりの夏日や真夏日がやって来た、
こちらも前倒し気分むんむんな五月となってしまい、
「ついこないだまで、コタツ出してたのにね。」
「こないだは言い過ぎだけど…。」
楽しかったね、うん、また誘ってもらおうねと、
実もあって朗らかな一日を過ごしたのが五月の頭で。
それから、妙に駆け足な初夏は毎年のことながら…以上の勢いで、
各地で夏日どころか真夏日をも早々と記録し、
既に“クールビス”が始まってた職場はともかく、
衣替えがまだな学生さんたちが、
腕まくりがせいぜいな対処の長袖シャツを煩げにしていたかと思や。
それも前倒しか、この時期に結構な規模の台風がやって来て
その影響による大雨に襲われたりと、
相も変らぬ落ち着きのない日々に追い回されているうちに、
「ああ、そっか。やっとの衣替えなんだ。」
買い物にと出た先の街路で、顔見知りの女子高生らに手を振られ。
笑顔で手を振り返したものの、何か印象が違うなと内心にて小首を傾げたイエス様。
数歩ほど進んでから、あ・そうかと遅ればせながら気付いている辺りが
罪がないやらお暢気なやら。
「私たちはずんと早くに半袖になっていたから、
気が付きようがないってもんだよねぇ。」
誰への言い訳なのやら、
たははぁーと苦笑と照れ笑いとを混ぜたような顔になり、
少し先をゆくブッダの螺髪へと声をかけたのだけれども。
「……。」
聞こえなかったのかな?
いやいや、この距離でそれはなかろう。
瑣末が過ぎていちいち応じることもないと思われたからかな?
いやいや、どんなに子供っぽいことを口にしても、
いつもならせめてこっちを向いて困ったように笑ってくれる彼なのに。
そも、下らないことをいちいち聞くなと言わんばかりに
頭から無視してでもいるかのような、
こんなにもすげない態度をとる人ではない。
どれほど言葉の語彙が足らない人でも、
どれほど短気でむずがり屋な人でも、
何を抱えているものか、何へ煩悶しているものか、
総てを汲み取って差し上げましょうと、
その尋深い懐ろで根気よく受け止める、
慈愛あふるる如来様なのであり。
そういう心の広い人が、しかも、
親しくしていてどういう性分かも知り尽くしたイエスを相手に、
ただでさえチキンな、もとえ、甘えたさんな心を挫くような
そんな無神経で心無い物言いや態度を…。
“するはずなんて、なかったのになぁ。”
だから、最初のうちはね、
どうかしたの?何か気を悪くしちゃったの?って
そのたび訊いてたイエスだったのだけれど。
『あ、ああ、ごめんごめん。
ちょっとぼーっとしていて。』
すがるような声をかけると慌てて我に返ってくれて、
『ほらちょっと暑いだろ、このところ。』
何でもないよ、気が散ってただけだよと、
それこそ慌てて、とりなしてくれるのだけれども。
近所の神社の境内に、
神主さんご夫婦ご自慢のアジサイが咲いてたのへも、
ハッスル商店街恒例の
七夕祭りへのポスターが貼り出されていたのへも、
“私の方が先に気付くなんて尋常じゃないことだしね。”
そう、それらへの注意力まで散漫になっているらしいほどに、
今の今始まったことではないだけに。
イエスとしては尚のこと、
不審を通り越して心配なのでもあって。
“…それだけって話じゃあないものね。”
それこそ“習慣則”というやつか、
淀みのない歩調で辿り着いた先、いつものスーパーに入ると、
出がけに不足を確かめておいた商品を、
賞味期限を確かめつつという慎重さで
腕へと提げた籠の中へ一つ一つ丁寧に収めてゆく。
険があるでもない、ごくごく落ち着いた表情のままの彼を見て、
ああ、買い物上手なブッダさんらしいわねと思う人はいても、
様子がおかしいと感じる人は恐らくいまいが、
“…布巾用石鹸は、
明後日 薬局の栄さんで
売り出しがあるって言ってたでしょうに。”
だというに、
同じメーカーの、少しも値引かれてないのを籠へと入れている彼だったりし。
一緒に暮らしておればこそ気が付くあれこれ、
そんなレベルの不審を抱え、ハラハラしているイエスの前で、
籠の中身を一通り見まわすと、良しと頷き、レジへと向かう。
その前に、ふと一瞬立ち止まり、
「そうそう、イエス。何かほしいものあったっけ?」
肩越しに訊くお顔はにっこり微笑っているのだけれど、
「いや。ないよ、大丈夫。」
そうとイエスが応じたのを聞いてだとは思えぬ間合い。
こちらの姿を見やったそのまま、
かすかにだけど、
肩先が、口許が、こわばったように見えたのは、
はたしてイエスの気のせいだろうか…。
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*あまりに間が空いてしまってますね。
五月の頭の工場見学が、何の伏線にもならなんだらどうしよう。
といいますか、
一覧の題字の色を変えてあるのは番外編ですので、
ややこしいですが時系列は違うということで。
パソコの不調と忙しさに振り回されて、
何とも不甲斐ないもーりんを、どうかお許しくださいますように。
めーるふぉーむvv
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