翠の季節に迎えられ


“気がつけば夏”
(笑)




時が経つのは早いもの、
毎日何かしらあったりなかったりして振り回されたり笑ったりしつつも、
それが重大な何かへつながるほどではないまま、
穏やかで朗らかな日々を送る中にあって。
気がつけば、紫陽花どころか蓮も咲き、
ひまわりや朝顔、ユリに夾竹桃といった艶やか華やかな花々が
強い日差しに負けるものかと胸を張り、見事に真咲いてる夏の到来で。

 「今年はまた、凄まじい暑さだものねぇ。」
 「そうだよねぇ。」

桜が咲くのが早いとか、梅雨に入るのが遅いとか、
毎年毎年の一年中、何かしら記録的な事態が起きては、
ニュースで取り沙汰されるネタに事欠かぬのが このところの日本の気候だが、
よく調べたなぁとか、言われるまで気がつかなかったとかいうような
奥ゆかしい、若しくは知らなくとも支障はないよな話じゃあなく、
うんざりするほど判りやすい暑苦しさに 毎日押し寄せられているのがこの夏で。

 「まさかキミ、この夏の天部からのお中元に、
  こういう試練をってリクエストしたんじゃあないだろね。」

自分もまた“迫害”という筆舌に尽くしがたい苦衷を乗り越えながらという
大変な布教に身を置いた存在じゃああるけれど、
そんなイエスでさえ、
なんでわざわざそんな面倒なものを希望するのか理解に苦しむと感じたそれ、
“SIREN”というカタログギフトを毎年天部から用意されているらしいブッダだと、
地上へのバカンスに来てから知らされたイエスとしては。
このじんわり堪える、だがだがどうしようもなくて避けがたい困難は、
もしかしてそういう代物ではないのかと ついつい思ってしまったらしく。
苦行というより災禍にさいなまれただけという順番なのか、
辛いことへのハードルはむしろ低い方なイエスが、
やや疑わしげな目を向けた伴侶様はといや、

 「やだなぁ、イエスったら。」

結構雨の多かった梅雨が終わった途端
引っ張り出してのフル稼働状態になっている家電、
彼らの暑さ対策の強い味方、冷風扇のフィルターのお掃除を手掛けつつ、
流し台の前から肩越しに振り返って来てにこやかに笑う。
彼だとて、この夏のあまりの炎暑ぶりには、
う〜んむ〜んと眉間にしわを寄せることもあるくらいだったの
イエスも何度か目撃しており。
そうだよね、うんうんと苦笑を返しかけたのだけれど、

 「いくら何でも
  都内の人全部を巻き込むような規模の試練なんて望まないよう。」
 「立川圏内なら構わないように聞こえるのは気のせいかな?」

どこまでジョークか判らない言い回しへ、
だがだが、こちらも平板な声で突っ込む辺り、非難まではしていないらしく。
…これだから天上界からいらした人たちは。(う〜ん)

 「さて、あとは乾かすだけかな。」

ちょっと目の粗いナイロンスポンジの帯を思わせるような、
そんなフィルターを一通り洗ったブッダ様。
絞ってはいけませんとの注意事項を守り、タオルで挟み込んで軽く水気を取ると、
窓辺へ干し出そうかと構えたものの、

 「え〜?」

途端に同居人様からの非難めいた抗議の声が立つのが、何とも判りやすい。

 「濡らしてしまうものなんだし、
  もうもう そのまま使ってしまおうよお。」

洗ってる間、いい子で待ってたんだからとか、
今日も既にこんなに暑いのにとか、
暗に山ほど言いたいらしいあれこれを滲ませ、
切実な目をして訴えかけてくるのが、しかも結構な年長さんと来て、
あれまあとブッダが流し台の前で立ち尽くす。

 「でもね、イエス。
  一旦陽にさらして乾かすのが消毒にもなるから、」

それこそせっかく洗ったというのに、
どうせ濡らして使うのだからというのは理屈としてどうだろうかと、
正論を繰り出した釈迦牟尼様だったものの、

 「…う。///////」

せっかくの鋭角な男前だというのにね。
なのに惜しげもなく “お願いします”の意を込めた、
ちょっと情けないお顔にしてしまっての哀願ぶりよ。
普通一般のうら若き女子の人なら、
ここでもしかするとがっかりして引いてしまうところかもしれないが、
そこは…慈愛の人だからというか、見栄え以上に年経た尊だからというか、
懐ろの尋深く、
小さきものは庇護しましょうという方向での感受性が豊かな如来様だからか、

 “その顔はずるいよぉ。///////”

哀切漂う、とは正にこのこと。
それはそれは切なくも頼りないお顔を向けられては、何で振り払うことが出来ましょか。
動悸を押さえたいのか痛みを癒したいのか、
ふくよかな胸元へやわらかな手のひら嫋やかに伏せて、
困ったように眉を寄せたブッダ様だったが、

 「わ、判ったよ。でも、今回だけだからね?」
 「わぁい♪」

やった嬉しいと途端に笑顔になってしまうイエスなことへも、
現金なことよと溜息をつくより 喜んでくれて嬉しいと
心から思えてしまう辺りが、

 ただ単にイエス様フリークだからかもしれないですが。(笑)

手慣れた様子で組み上げ直した冷風扇、
水を注ぎ足したタンクもセットして さあどうぞとスイッチを入れれば、
小さく唸ってから数十分ぶりの涼しい風を吹き出し始め、
ほぼ正面に座り込んで待ち構えていたイエスの胸元へ、
最初のご挨拶を届けてくるものだから、

 「日本の暑い夏がこんな素晴らしいものを生み出したんだと思えば、
  暑いのもまんざら悪いことばかりじゃあないよねvv」

すっかりとご満悦で、そんな言いようを紡ぎだす無邪気なお人。
その前に、こうまで暑くならなきゃあいいことじゃないかとか、
定石の言いようで返せないまま、

 「そうだね、必要は発明の母って言うし。」

ちゃんと的確なお返事を返して差し上げ、洗剤などなど片づけてから、
冷蔵庫を開けるとクーラーポットを取り出し、麦茶など酌んで差し上げる、
やっぱりよく出来た伴侶様。
冬場と違って陽も高いから、窓辺に射し入る陽射しも浅く。
それでも湿度の高いむんとした暑さが迫りくる窓辺ではあるが、
どこの軒先からか、風鈴のそれだろうリンというかすかな音がして
風の到来を知らせてくれるからか、それともその音自体の清かな響きからか、
気持ちが落ち着いて少しは涼しく感じられもする。

 そうそう、今夜は流れ星がたくさん見られるらしいよ。
 なになに、どちらの神様情報?

 「いや、そうじゃなくて。」

天体観測が気に入ったらしい二人へ、
ご町内でも星好きで有名だという趣味人の壮年様が、
折に触れそういう情報を届けてくださっていて、
今回のはイエスとたまたま街で出逢った折、そんなお話をしてくださったらしく、

 「じゃあ、観に行かなくちゃだね。」
 「うんvv」

お昼寝しとかないでいいの?
やだなぁ 小さい子扱いして、なんて
ちょっとしたホームドラマのようなやり取りしつつ、
まだ蒸す昼下がりに朗らかに笑い合うお二人だったりするのであった。



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