翠の季節に迎えられ


“自覚がないほど とすんと届く”



町屋のあちこちにも瑞々しい緑があふれ、
ツツジやシャクヤクに空木、
大手鞠にハナミズキなどなどが顔を出し。
もうもう申し分なく“初夏”と呼んでよかろう季節に入った今日このごろ。
まだまだ名のみの春だった頃とは格段に違うのが、
気温や陽の濃さと、それから陽の長さで。

「あ、イエス、長袖に着替えないと、
 陽が落ちちゃうと半袖じゃあまだ寒いでしょ?」

昼間はどうかするともう夏と呼んでも良さそうなほど、
日盛りに立っているだけでじりじりと背中や頭が炙られる、
かなり暑い日もザラになりつつあるにはあるが、
それでも湿度は随分と低いので、
屋内や木陰にいると十分涼めるし、
陽が落ちれば肌寒かったりもするから油断は禁物で。

「あ、うん。そうだね、少しサムくなって…くしゅんっ!」

相変わらずちょっぴりハードルが低いせいか、
今日も結構なお日和だったのを我慢しきれず、
昼のうち“暑い暑い”と言って早々と
半袖Tシャツを引っ張りだしてたヨシュア様だったのだが、
陽が落ちてしまえば吹く風も乾いての涼しいばかり、
線は細いが広いめの肩を
心なしか縮めていたようだったの
見逃さなかったブッダが声をかけたのへ、
これ幸いな 渡りに船と
微妙に気がゆるみでもしたのだろ。
ネタかと思わせるほどのタイミングの良さで、
口ひげを乗っけた口許から小さなくしゃみが飛び出している始末。
ほらほらもうもうと、
そちらは人の世話を焼くのも楽しくてしょうがないものか、
微笑しつつも呆れたそのまま
すっくとテーブルの傍から立ち上がると、
押し入れの整理ダンスまでを
そりゃあなめらかな足取りで立ってゆき、

「はい、どうぞ。」
「あ、あああ、ありがとね。//////」

選りにも選って開けていた腰高窓の傍にいて
寒い寒いと二の腕を擦っていたイエスのお膝へ、
洗い立ての長袖シャツをあっと言う間に差し出す手際の良さよ。
助かったよぉと今日の一日着ていたシャツをがばちょと脱ぐ所作は、
胸元へ腕を交差させ、
シャツの裾を掴んで裏返しつつ引っ張り上げるという
いかにもスタンダードなそれであり。
最後に頭を引き抜くところで、
時たま、その深色の長い髪に乗っかった 茨の冠の棘を
シャツの生地に引っかけることがあるものだから、
そこからまた大きに焦らぬよう、見やってしまうのが、
もはや無意識のそれとして身に付いてたブッダ様。

“私みたいに、首周りを広げて浮かせて
 そこからまず脱げばいいのにねぇ。”

ああでも、引っ掛けるときは
どんな風にしたところで やっぱり引っ掛けちゃうものかもなぁ、なんて。
想い人相手であれ、的確で容赦のない把握をしつつ、
その視線を向けたまんまでいたところ。
今回は支障もないまま無事に脱げたらしく、
手渡された方のシャツを手にし、
ふと、こちらを見やったヨシュア様。
今になって幼子のような失態が照れくさく思われたのか、
それともついつい悪戯心が沸いたのか、

「……ブッダったらエッチvv」

そんな唐突な言いようを振ってきた。

「な……っ。///////」

笑顔全開な上での言だったのだから、
冗談半分のからかうつもりな言いようをした
イエスだったのだろうにね。
だということさえ拾えない、
そこが生真面目な堅物さんということか、

「な、そんなつもりじゃあ……。//////」

半裸をしげしげと眺めていた訳じゃないと反駁したいのだろう、
真っ赤っかになって言い訳をしようとするブッダなのがまた、

“可愛いんだよねぇvv”

こっちはこっちで
“慌てさせちゃったどうしようっ”と
一緒になって焦る時期は何とか脱したイエスとしては。
仏界の知慧の宝珠と呼ばれるほどに
それはそれは賢くて、
しかも常に泰然としていて頼もしい、
そんな釈迦牟尼様が、
こぉんな他愛のないことで、
淡雪みたいな白い頬を赤く染め、
ややもすれば焦りながら
釈明せんと構える律儀さや初々しさが、
微笑ましいやら愛おしいやら。

“お箸の上げ下ろしから、お風呂のマナーや服の畳み方、
 炭火の起こし方や揚げ春巻きの包み方まで知っていて、
 全部全部教えてくれたのにねvv”

不意を衝かれたせいもあろうが、
さらりと即妙に返す言いようもなかなか出て来ぬらしい純情さんを、
ふふーvvと微笑って見やりつつ。
あらためてシャツを着直すと、
こちらは何とも落ち着いた態度のまま、
ついでに窓も かららと閉じながら、

「なぁんてねvv」

冗談冗談と、あっけらかんと笑ってみせるところが、
お茶目なんだか余裕なんだか。

「……。///////」

今日はおやつが少し遅めで、
しかもブッダ特製、ちょっぴりボリューミーなピザだったので、
夕飯にはまだ早いかななんて話していたところ。
先にお風呂に行こうか、
でもでも そっちもあんまり早いと、
帰り道で汗をかきかねないしねぇなぞと、
日常茶飯の内での、
ささやかな、でも幸せな “どうしようかな”に迷っていたところ。
そんな中でのこれもまた、
ちょっとしたじゃれ合いのようなやりとりで。
とはいえ、微妙に互いの声が途切れてしまい、
小さな六畳間は 途端にちょっぴりそっけない静けさに満たされる。
陽が長くなったなぁと感じた窓の外も、
もう宵と呼んでいいほどに、
風にも空の色にも
青や藍色のほうが強まってきているし。
車なんてそうそう通らない生活道路を、
時折、甲高い声を上げて駆け抜けてた子供らもいなくなり。
それほど近くもないご近所からのだろ、
テレビのわざとらしい声がかすかに届くのが
却って静かだなぁというのを強調していて。
そんな間合いを幾合か、数えるでないままにやり過ごして、

「…あのね?」

もうもうもう、よくもからかったな、
ずんと恥ずかしかったんだからネと言わんばかり。
まだ少し血の気があがったままらしい頬を気にしてか、
ややそっぽを向いたままになっているブッダなのへ。
それでも、シャツを持ってきてくれたそのまんま、
腰高窓の桟に背中を預ける格好で、
すぐお隣に並ぶようにして座ったままでいる彼なものだから。
許してやらないというほどお怒りではなさそう…なのかな?と、
ちょっぴり探りを入れるような声音で
イエスの側から そおと声をかけてみれば、

「…なぁに?」

だから、恥ずかしかったのはまだ拭い去れてないんだからね
という気分を滲ませてのそれか、
仄かに棘々しい、短いお返事を寄越されたものの。

 でもね、あのね?

口元こそ一文字になってたけれど、
目線はちらりとイエスの方へ向いてきたし、
まろやかな肩先が少しだけ傾いて寄ってきてくれて。
そこはやっぱり頑是無い子供でなし、
あのくらいの揶揄ごときで
根に持つまで怒ってはないようで。

「だから…あのね?/////」

イエスの側としても、
面と向かわれるよりはいっそ言いやすいかも、なんて。
今になって出てきた照れくささから
細い鼻条の稜線を人差し指の先でさりさりと擦りつつ、
そのまま重ねて告げたのが、

 ……いぃい?/////

二人しかいなくとも、
まだちょっと恥ずかしいフレーズなのはイエスも同じ。
なので、
寄ってきていた肩へ、こちらからも身を寄せて
ツバメみたいな素早さ、
しかもこうまで手短かに、
早口での耳打ちをして訊いたらば。

 「? ………あ。///////」

言葉にされなかったところへ
何を?と訊き返しかけたすんでで、
何とかピンと来た如来様だったのは、
言い逃げのような態度の中、
尚の稚気を重ねられたような感触よりも
イエスの側からのそれ、
初々しい含羞みの気配を感じたからか。

「えと、あの…。///////」

とはいえ、飲み込めたら飲み込めたで、
ブッダにとっても
まだまだ含羞みなしでは表せない感情に違いなく。
えとえっと、どう応じたらいいのかなと、
深瑠璃色の双眸をゆらゆらと揺らめかせてから、
そちらも何度かうにむにと噛みしめた唇を、
おずおず小さく開いてのそれから、

「………うん。///////」

神通力が通じぬ相手だからではなくて、
いぃい?と訊いて、そのままじいと
こちらのお顔をのぞき込まれていたから、多分。
省略されたのは〜〜〜だろうなと察して差し上げ。
無理強いしないという優しさからわざわざ訊いたイエスなのへ、
訊かれたからには否か応かを伝えねば、となるところは、
最聖だから折り目正しく…というよりも
単に “初心なお二人”だったから。
説法ならもっとずっと余裕もあって、
迷える子羊へ安堵を与えるための
優しい偉容もなみなみと持ち合わせているのだろうに。
こればっかりは…やっぱりどこかで
おずおずとしたところが抜けないまんま。
そおと瞼をおろした釈迦牟尼様へ、
そんな彼のふるえる胸を脅やかさぬよう、
包み込むよに慎重に、
でもでも “ほしい”という想いの限界には衝き動かされちゃったままに。
静かに静かに身を寄せて、
ちょっと見には小首を傾げるような仕草にて、
口許の角度を揃えると、

 “……。////////”

やわらかくて温かで、
くすぐったくて優しくて。
切ない微熱と甘さとがくるくる混ざって
総身にするするそそがれる不思議な感触。

 “何度してもらっても
  慣れたりはしないよなぁ。///////”

いつだって そう。
胸の底がきゅうきゅうと絞られて、
鼓動が早くなって、息が切ない。
そんな初々しいドキドキに締めつけられちゃうのも“ホント”だけれど、
一瞬触れただけで離れようとする気配へ、
え?と、意外そうに睫毛が震えてしまうのもまたホントで。
そして、微かなそれが届いたか、

「…。」

まだ触れ合ったままのイエスの唇が
ちょっとだけ笑う形にたわんでから、
今度はもっと、しっかと噛み合わさる口づけをし直してくれてホッとする。

 “私、どんどん欲が深くなってゆくみたいだ。/////////”

最初の頃は あんなに“罪深いことだ”と恐れていたはずなのにね。
何の気負いもなくいられるほどに、
それはそれは慈悲深くて柔軟で
尋深く頼もしい双腕の中に安穏とくるまれる幸せを、
知ってしまった、深々と浸ってしまった今となっては。
すがることへの罪より、
失うことの方をこそ、怖いと恐れている始末。

 “だってこんなにも安らげる触れ合いを…。”

肌にも心地にも馴染ませてしまった今、
無理から取り上げられるかもだなんて
考えただけでもゾッとする。
ああ、それをこそ“煩悩の種”として、
先で苦しむくらいなら最初から持つなとして来たはずなのにね。

“私って、まだまだ実践修行が足りないのかなぁ…。”

…もしもし?(苦笑)

「ん…。/////」

十分喰まれてくすぐられ、
長い腕でも抱きしめられて。
総身で愛しい人の感触を堪能し、
意識ごと蜜にひたされたようにとろけてしまったその証だろか。
頭上からはさりとほどけたのは深色の長い髪。
ほうと吐息をつきつつ、
火照った頬を、そちらも安心できる胸元へと凭れさせ、
甘いひとときと それをもたらした愛咬とを胸の内にて反芻しておれば。
彼の側でも堪能できたという愉悦が止まらぬか、
やわらかく微笑ったままで、ブッダの髪を梳いてくれて。
しっとりとなめらかで、それでいてさらさらしていて、
深みのある色をした絹糸みたいな髪は、
ヨシュア様にもお気に入りであるらしく。
やや節の立った長い指で掬いあげては
難なくするりと逃げてすべり落ちるのを、
飽きることなく眺めておいでで。
最聖である二人が、こんな幸せなことはないと浸るひとときとなっては、
昼間のひりりとするよな暑さも去った宵の中、
夜風に揺れつつアパートのお隣で元気に成育中の夾竹桃も、
まだちょっと間があったはずな鮮紅色の花を
ポポポポンと満開にさせちゃってたり。
そんな前倒しのお花に驚いた子猫が、
傍にいた母猫のお腹に顔を伏せてたり。(笑)

「…♪」

ちょっぴりざわざわとした感触もする、
こちらも前倒しの いかにも夏という香を匂わせる、
そんな夜陰の気配をわくわくと感じていたらしいイエスが、

「でも陽が落ちると涼しいのは助かるよねぇvv」

落差の大きさにくしゃみが出たのは何処のどなただったやら、
そんな言い様を紡いで微笑い、

「寝苦しいほど暑くなれば、
 こういうことも ああいうことも
 ちょっぴりしづらくなるものねぇvv」

…相変わらずの天然さんで、
受けを狙ってとか揶揄を含んでなどという、
小癪な他意とかいうものは
裏にも先にも一切ないのがこの際は困りもの。
またぞろブッダ様から照れ隠しにそっぽを向かれるぞと、
場外から微妙な想いを抱えて眺めておれば、

「…え? 暑いと してくれないの?」
「…え?」

だって、ああそうそう、冷風扇だってあるんだし、
去年だってあんなに猛暑だったのに何とかやり過ごせたじゃないかと、

“暑いのは大変だってところだけを
 拾って案じてくれているのかな?”

言い出しっぺのイエス様が、
なのに目が点になってしまったほどに、
それはそれは反応のいい切り返しだったからで。

『暑いと してくれないの?』

こんな訊き方をした大胆さへ、
自分で気づいて赤くなることがありませんようにと、
全力で照れた末に修行してくると出奔しませんようにと、
こそりお祈りしてしまったイエス様だったりした、
まだまだ緑も初々しい初夏の宵だったのでした。



   〜Fine〜 15.05.27.


 *書き始めたのは日曜の昼でして、
  ここまで昼間が暑くなろうとは
  予想してませんでしたよ。
 でもまあ、がくんと涼しくなる前にUP出来たのは
  まったくもって良かった良かったvv(おいおい)


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