キミが望めば 月でも星でも
      〜かぐわしきは 君の…

 “御主が望めば…”



雲上に広がる天界は、その名のごとく雲の上にある存在なので、
基本、天候も通年でうららかにして穏やかなものだし、
聖なる存在がたくさんおわす影響も強いものか、
病や諍い、それへの要因となろう心の闇も
片っ端から吹き払われようほどに、
和やかな安寧の地であり……はするのだが。

 まぁたキャップが増えてるじゃないかっ
 捨てろとあれほど言っているのにっ

 ギャバ小僧が、そこここで手をぬすくるなっつーの

 ああもう引き出しが開けにくいっ!

 いい加減 イエス様からの連絡くらい、
 もちっと迅速に繋げろよ、お前

天国の門の通行を管理するカウンターの当番を担う、
イエス様の地上での使徒だった彼ら。
普段は仲もいいし結束力もピカ一らしいのだが、
親しい仲にも礼儀あり…じゃあなくて、
親しいからこそ遠慮のない物言いも出るものか、
ささやかなことでの憤懣もまた、
多少は出たり入ったりしている模様。(入ったり?)

そんな彼らの“職場”の共通設備であるカウンターデスクへ、

 「じゃ〜〜んっ♪」

ヨハネが楽しげに節をつけ、
重量感もありげなそれを ドンと置いたのが、
シフト確認のためにと
使徒のほぼ全員が顔を揃えていたその最中。
笑顔には違いないが悪霊の顔でもあるというのを彫られた野菜。
この時期の地上の、特に欧米の門口何かへ飾られる、
ある意味 魔よけ級の大嘘つきのお顔だそうで。

 「う…っ。」

それへと まずはとたじろいだのが、
屈強頑丈そうな いいガタイをした偉丈夫だが、
怒っても微笑っても大差ない、
糸のように細い温和な目許をしたペトロであり。
呪いの何かでも突き付けられたかのように大きくのけ反ったものの、
だが、恐ろしいもの相手というより
忌々しいものという感慨の方が強いのだろう、
憤怒のオーラを滲ませていて。

 「カボチャだとぉ〜〜〜
 「正確には、ジャック・オ・ランタンだ。」

穢れなくも麗しいお顔をほころばせ、
へろりと口にした持参者には罪はないが。
もちっと重厚に構えた方がと周囲が勿体ながるほど
常に温厚な彼が、何でまたこうも
殺気まで立ちのぼりそうな穏やかならぬ雰囲気となったかもまた、
実は既に仲間うちでは周知の逸話だったりし。

  その昔、悪魔さえ言いくるめて、
  悪事を犯しても地獄へ落ちぬという
  とんでもない契約をもぎ取ったその舌先三寸で、
  死んだものの 天国の門番だったペトロを騙して地上へ再び舞い戻り、
  その後も悪事を続けてから亡くなった、ジャックという男ありき。

今度こそはペトロもキレて、
お前なんざ入れてやらんとハブったため、もとえ、
天国へ入れるはずがなかろうと追い返したため。
地獄へも入れぬまま、
暗黒の虚無地帯を永劫さまよわなければならなくなった悪霊
…ということになっているのだが。
そんなジャックがペトロへの罪滅ぼししたくてとやらかしたのが、
ソーシャルゲームへの“余計なお世話”だったため。
ますますのこと“何してくれてんねん”とキレてしまった顛末は、
選りにも選ってイエス様を間に立てようとしたがため、
他の聖人らの間にもトピックスとしてパッと広まってしまったようで。

 よって、この、
 ハロウィンと言えばのトレードマークのような置物を見た彼が、
 怒りたけるのもまた無理はなかろうと
 居合わせた皆して心から思ったものの。

 「このっくらいで短気を起こしてどうするんだ。」

さすが、主に愛された弟子は根性が違う。
いやいや、そうじゃなくて、

 「この時期のカボチャは経費として落ちるから、
  イエス様が好んで常食となさっておいでの健康食材だというに、
  それを呪うような目で見るとは情けない。」

 「…ヨハネ、それってどこ情報なんだ。」

あまりに詳細が過ぎるので、ついのこととて他の使徒が尋ねたところ、

 「仏門の経理の方から訊いたから間違いはない。」

さてはアナンダとメル友になったか?とかいう裏事情は、
恐らく本誌読者にしか判らないことなので ともかくとして。
線の細い鼻梁をつんとそびやかし、
イエスの傍にいたころの若々しい姿のまんま、
よって最年少の風貌のままの彼が、だがだが威容もて言い放ったのが、

 「イエス様の地上バカンス計画の
  そもそもの発端を作ったのはペトロなんだから、
  地上のお祭りも容認出来ないでどうする。」


  ……………………………はい?


これまた、その場にいた皆して、
ヨハネのお言いようの中身が見えなんだか、
呼吸もぴったりと、一瞬キョトンとしたものの、

 「イエス様のブッダ様への傾倒は、
  ですが、もともと素地があったものではありませんか?」

居合わせた顔触れの仲、
小柄だったため埋もれていた誰かの声がそうと告げたことで、
ああ あれねぇと、やっとの納得を導けたと同時、

 「八つ当たりはみっともないですよ、主から愛された弟子の人。」
 「なっ、何だとっ

感情的になりなさんなという、
それは穏やかな声かけではあったが、
その主がこれまた、
裏切りという大罪を犯したにもかかわらず、
イエス様からの特赦を受けて
天界へと迎えられたイスカリオテのユダと来ては、

  他でもないイエス様直々の
  そんな特別な待遇もまた、
  鼻持ちならぬと思っているらしいから。

教団の経理という主管を担っていたほどの大先輩でありながら、
貴様なんぞに言われる筋合いはないとばかり
ヨハネの鼻息が荒くなるのもしょうがないのかも、と。
周囲の関心がそちらの対峙へ移ったのをいいことに、

 “…やっぱ、しょうがないのかねぇ。”

そういう順番になってしまうのかなぁと、
自分が過去にやらかした
とある悪戯を思い起こすペトロ兄さんだったりするのである。





     ◇◇



善行をほどこした人々が死後に召されるのが天界ではあるが、
キリスト教と仏教では 宗教上の理念や戒律やらに相違もあるがため、
同じ雲上界でも、天乃国と極楽浄土の間には、
地上で言うところの“ウサランド”と“ウサランド・シー”のような
たいそう微妙な隔たりがあって。
(ウチなら“ネズミー”と“ネズミー・シー”の方がしっくり来るとこですが。)
そんなため“総合あの世連合”という形での盟約を結んだ上で、
運営上の綿密な刷り合わせを常時行っており。
齟齬が出ぬよう、月例での定例報告なぞマメに取り交わしているのだが、

 『…え? 通達の係がいないの?』

直前に地上世界で大きな騒乱が起きて、
天使や聖人らの想定外の降臨が多発したがため、
使者運営のシフトが大きく乱れてしまい。
そんなこんなで要員の空きが一人もいないという
困った事態となった折。
天国の門を任されていたペトロが、
だったらと提案し、
浄土への通達の使者として畏れ多くも、
神の子イエス様に白羽の矢を立てたことがあった。
彼もまだ 天界ではさほど蓄積も詰んでおらず、
お隣とはいえ、極楽浄土だなんて遠方、
一人で足を運んだこともない身だったが、

 『なら、私が行こうか?』

決して無理強いをしてはいない。
確かに、困っていると言えば
惜しみなく助けてくださる慈愛の人ではあるけれど、
それが仕事の上のことなどともなれば、
面倒なと言いたげな“え〜?”というお顔、
あからさまになさらないでもないのが 実はの実情。
なので、決して断りはしなかろうと思って話を持っていった訳じゃあない。

 ただ、そのころのイエス様は、
 微妙なところながら浄土への関心を高めておいでで。

それも、何とも焦れったいやら可愛らしいやらという代物、
今時 子供だってもっとはっきり行動に移しますよと言いたくなるような、
垣根越しに透かし見てはドキドキしているような
そんな気色を抱えていらしたのも薄々感じていたものだから。
その背中を押せるんじゃなかろかというぼんやりした企みが
まるでなかった…とも言い切れぬ手配でもあって。
しかもしかも、駄目押しのように
とある書面を雲上ファックスで送りもしたもんだから、
その辺りをもって“故意の企み”と言われれば否定は出来ぬ。

 でもさ、あのな?

確かに、単なる悪戯で終わらなかったのは認めようさ。

 「あ、ペトロっ!」

結局、浄土の貴人のところで一泊して戻って来られたイエス様は、
戻って来るなり、
こっちはシフト明けだったのを目ざとく見つけると
ずかずかずかと真っ赤な顔して詰め寄って来て、

 「なんてことをしてくれたのっ

 「は? 何のことっスか?
  おれには良く判んねぇっスけど。」

 「こんなところで“知らない”を繰り出すとは、
  キミは まったくもっていい度胸をしているねっ

 それでなくとも初めて伺った先様だったってのに、
 そこへあんな文書を送って来るなんてっ!

 「天国の門に門限なんてあるはずないでしょっ!」

 「あん時は開閉システムに不具合が出たんスよ。
  ま、ほんの10分程で直りましたが。」

 「〜〜〜〜っ。///////」

嘘はついていませんと、
相変わらずの温厚そうなお顔で言い切る彼なのへ。
人を責めることへの慣れがないか、
ううう〜〜〜っとそちらは言に詰まったらしい御主様。
そこへ、

 「…で?」

目許を細めたまんまでわざとらしく訊いたところ、

 「〜〜〜〜っ。/////////」

具体的に“何を”とも言ってはなかったにもかかわらず。
ますますのこと言葉に詰まったように、
真っ赤になっての
口許をぎゅむと食いしばってしまわれたイエス様は、だが、

 「…っ。」

上背のあるこちらの懐ろへぱふりと飛び込んで来ると、
そうやって距離を詰めたつもりか、
更に少し背伸びをなさって耳元へと囁いたのが、

 「…凄っごく楽しかったっvv/////////」

見下ろせば
これぞ満面の笑みという見本のような笑いようをなさっておいで。
どう隠そうとしてもはみ出してしまう想いなのを、
もうもうもうと、地団駄を踏む代わりにこちらの懐ろ、
トーガの合わせを引っ張り掴んで、
ンきゃ〜〜〜っvvという興奮を示してしまわれて。

 「やっぱりブッダさんって凄い人だったよ?
  説法の論もなめらかなら、
  体もしっかりと鍛えていらして。
  天国の門を飛び越せそうなほどの高跳びも、
  途轍もない速さでの枝渡りも、
  あっさりこなしてしまわれて〜〜っ////////」

 「?? 一体何があったんスか?」

 「言えるワケないっしょ〜〜〜っvvv」

 「??? そ、そうっスか。」




     ◇◇



彼らがどんな親しさか、
どんな切っ掛けで出会ったかなんて、
後から召された時間差もあり、ちいとも知らぬ自分だったが。
交わす話の中にその名が現れる比率の高さから、
今の彼が一番関心を持っている存在らしいことは容易に窺えたし、
お隣りとはいえ随分と距離があって、
その隔てが彼らに唯一の障害らしいこともあっさりと知れたので。

  機会があれば、と
  前々からタイミングを窺ってはいたことには違いなく

そこまでの段取りはさすがに組めるものでなし、
面会出来ていたなら重畳、
ダメだったなら時間をあげますから
思う存分尋ねて回ればよろしいと、
その程度の“後押し”だったのだけれども。
それは楽しかったの興奮しちゃったのと、
矢継ぎ早に語られて、何が何やらと戸惑ったほどの
凄まじい効用があったらしいのを、
その後のお二人の発展の大元だと言われたら、
なるほどーとしか返せない、天然ボケのお兄さん。

 “まあ確かに…”

それを機に、
イエスのお喋りに“ブッダさんが”というフレーズが
臆面もなくというか赤裸々にというか、
頻繁に現れるようになったとも言えて。
先んじて天界に来ておりながら、
我らがアイドル、もとえ、神の御子様の尊いみ心、
よそのお人に奪われてただなんて。

 仏門に改宗なされていたかと思ったぞ
 お前がついていながらっ、と

命懸けて師事したほどに愛しておればこそ、
その先生に意中のお人が出来たなんてどういうこと?と
それはそれで深読みし過ぎな非難もこそりと出る中。

 『汝の隣人を愛せよ、じゃねぇのかよ?』

お前ら揃って頭冷やせよなと、
微妙に背条を凍らすほどの迫力で ギラリと睨まれたことをまで。
思い出すほどの混乱は生まないよう、
どうか皆様 穏便に、
ハロウィンまでをお過ごしくださいますように…。






   〜Fine〜  13.10.25.


  *本編の中、
   ちらっと出したペトロさんのお茶目な悪戯と、
   そろそろハロウィンだねぇというのを掛け合わせてみました。
   ペトロさんのお話ですが、
   実は、ユダさんを出したくてしょうがない病が書かせたとも言えます。
   ヨハネさんへ余裕で窘めのお言葉を放ち、
   憎いならこのユダにぶつけなさいと持ってくような、
   そういうお人として書きたいなぁと……要勉強っ。






ご感想はこちらへvv めーるふぉーむvv


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