キミじゃないと、ダメなんだ
      〜かぐわしきは 君の… 9

     “互い違いな鉢合わせ”



季節の節目を数えやすいようにとつけられた、
二十四の節季のうちの、
最も寒いという頃合いを指す“大寒”も間近い今日このごろ。
さすがに冬至は先月のうちに過ぎたため、
夜の長さは短くなりつつあるはずだけれど。
夜明けはまだまだ遅くなるばかりで、七時にやっと陽が昇るほど。
その分のプラスマイナスということか、
夕方は、クリスマスに比すれば、
結構明るいままとなった方かも知れず。
いつも観ているニュースショーの中、
視聴者お助けコーナーのコミカルなやり取りへ、
ついつい声を出すほどに“あはは”と笑ってしまったそんな間合いへ、

 「…ただいま、ブッダ。」

ノックは勿論、声かけもなくのいきなり、
玄関のドアがガッチャと開かれ、
そこから ふうという吐息をこぼしつつ入って来たのが、

 「…イエス?」

きんと冴えた冷気の中をくぐり抜けて来たせいだろう、
背中までと長く延ばしていても癖のある深色の髪ごと
その肩をしおれさせての覇気薄く、
ちょっぴり項垂れてしまっているイエスであり。

 「寒かっただろうに。」
 「うん、ただいま。」

ブッダから掛けられた気遣いの声へ、
形だけのように小さく微笑うと、
ごそごそと鈍い動作で靴を脱いで上がってくる彼だったが、

 「…あのね? ブッダ。」

そのまま横手にある流しで手を洗うでなく、
お気に入りの赤いダウンジャケットを脱ぐでなく。
入って来たそのままに
流しの前、六畳間の手前で立ち止まると。
やや俯いての、お顔を伏せ気味にし、
前へと傾くと頬を覆う髪の陰から
何やらもしょりと話し始める彼であり。

 「? なぁに?」

何へか躊躇して見せるイエスなのへ、
そんなに寒かったの?と思うたか、
立って行き歩み寄りかかったブッダの気配を察すると、
意を決したらしく顔を上げた彼が口にしたのは、

 「私、天界へ帰ろうかと思うんだ。」
 「……え?」

えいと思い切って言ったからだろう、
まだ少し動揺があるのか、
口許をうにむにとたわめている彼だったが、
立ち上がったブッダが何か言いかかるのを遮るように、

 「だ、だって、何だか窮屈なんだもの。」

言いにくいことだけど、
理由はちゃんと伝えないとと思ったか。
ブッダのお顔は見られないようで、
視線が定まらないまま、
それでも言葉を連ねる彼であり。

 「バカンスのはずなのに、
  全然 好きなように過ごせなくって。
  何でも君と一緒だし、時には君から叱られもして。」

こぶしに握った手に力が籠もったか、甲の部分に筋が立つ。
奔放に振る舞う彼への叱言は確かに多かったとは思うが、
それへこうまでの憤懣があったとは、
しかもそのせいでもう天界へ帰りたいだなんて、

 「イエス…。」
 「うん、判ってる。
  私のためを思ってなんだよね。
  でも、そういうのって、
  もっと小さな子供へすることだよね。」

いい大人だってのにつけつけと叱られるのは、
辱めもいいところだよとでも言いたいか。
やや斜めの足元を見下ろしながら、
横顔だけを見せて言いつのるイエスなのが、
その屈辱をも物語っているようで。

 「それに、肉だって好きに食べたいのにサ。
  前から思ってたんだけど、私はヤギじゃないからね。
  草やミルクだけの食事じゃあ到底もたないって。」

 「…っ。」

時に、気に病んでいなくもなかったことだけに、
そうまで言われては さすがに堪えるものか、

 「……。」

言い返すことも出来ぬまま、胸元へ持ち上げかかった手を緩く握り、
こちらも視線を揺らし、
どこを見やればいいものかと、困惑しているようだったブッダだが、

  正に急転直下、
  いつも仲良しの二人に、一体 何が起きたのかという
  修羅場のその真っ只中へ

何処からだろうか、どんどんどんという鈍い音が聞こえてくる。
少し遠い部屋で天井板でも叩いているかのような、
いやいや、
ハタキを乱暴に掛けているかのような音だったものが、
少しずつくっきりとしたものに成り代わり、

 「え?え?」

何だなんだと、イエスがキョロキョロと辺りを見回したのとほぼ同時。
どんどんというその音は、ほんのすぐ間近から聞こえだし。
まるで遮音カーテンか何かを一気に引き開けたような、
そんな鮮明さでなだれ込んで来た ほぼその途端に、

  「………った、っと。やった、開いたっ。」

ガチャガッチャという大きな音を立て、
彼らの間際にあったドアがバタンと大きく押し開けられる。

 そう、

 外から上がって来たイエスが
 その前を真っ直ぐ通り過ぎたばかりの、トイレのドアだ。
 しかも、

 「何でだろ。立て付け悪くなったのかな。
  ねえブッダ…。」

変なのと小首を傾げつつ、
ビックリしちゃったよぉと、
ブッダへの気安いお声掛けをしかかったその人は。
上背のあるその背中の半ばまでかかる、
長くて ややくせのある深色の髪をした、
しかめっ面になるとやや険しさの立つ、
そんな鋭角な風貌の凛々しさもまた、
ブッダが常から大好きとしているところの、

 「イエス、出て来ちゃったんだね。」
 「え? どういうこと? …って、あれ?」

コタツに当たっていたブッダとほぼお揃いの、
生なりのセーターにブルージーンズという
お馴染みの格好をしている、メシア様その人が、
すぐ至近に立つ、もう一人のメシアの姿へキョトンとし、

 「…何かこういう構図って、以前にもあったような。」
 「うん。
  きっと、君の気配がなくなった隙を
  ついたつもりだったようなんだけど。」

 「う…。////////」

見事な形勢逆転とでも言いましょうか、
後から現れた格好のほうのイエスと、意気投合しているブッダなのもまた、
何をと語らずのままでありながら、
もう一人のイエスを追い詰める効果を満たしているようで。

 「もしかして、またブッダを困らせてたのかな、マーラ。」
 「う、うっさいなっ!」

その顔での涙目は辞めてと、
やや呆れ顔になったイエスなのがまた癪だったか。
口惜しそうな声を尖らせ、ぽぽんっと淡い煙を放った中から現れたのが、
いつぞやもイエスに転変して此処を訪れた、
煩悩の化身、蛇身の魔王・マーラであり。
変化(へんげ)を解くと半裸なものだから、
この季節はいかにも寒そう…じゃあなくて。

 「よくぞ見破ったと褒めてやるが、これで済むと思うなよっ、」

ブッダを指差し“わはは”と居丈高に笑った割に、
帰ろうと振り返ったそこにはイエスが立っているものだから、
気まずそうに上目遣いになって見せ、

 「…ああ、ごめんごめん。」

道を空けてやったそこを擦り抜けて、
がさごそそと玄関へ向かった彼であったりし。
啖呵を切った後に、
無言でのものとはいえ そんなやりとりを挟んだものだから、
何だか微妙に間の抜けた去り方となったのもしょうがなく。
階段下で何かにつまずいたらしい物音もしてのそれから、
何とか気配が消え去ったようなのを見計らい。
気を取り直したように部屋の方へと視線を戻したイエスが、
まずはと訊いたのが、

 「…もしかしてブッダ、トイレのドアに封印掛けてなかった?」
 「えっと、ごめん。////////」

気づいちゃった?と、含羞みつつ“うん”と頷くブッダだが、
ちょっと待ってくださいな、
ということは? さっきの一連のすったもんだって…実は?

 「ちょっとトイレへ立ってった隙をどう捕らえたか、
  マーラがまたもや私に化けてやって来たんでしょう?」

 「あんなちょっと立ってったところを
  隙と見るなんてあまりに不器用が過ぎるから。
  いつもいつも じーっと観察してるってわけじゃないみたいだね。」

困ったもんだと苦笑するブッダだが、

 「そうじゃないでしょう?」

変なマーラだよねという方向へ流そうとするのを、
いやいや違うでしょうと、間合いを詰めたイエスが遮る。
コタツから立って来ていたブッダなのへ、
そのなだらかな肩へと手を置いて、

 「どうして私を閉じ込めたの?」
 「いやあの…それは。」

きっとマーラは性懲りもなく、
君から何とかしてメアドを聞き出したかったに違いない。
そして、君も…私に身をやつしたマーラだってことも、
その魂胆にも気づいてたんだろうに、

 「うん…そこはね。」

いくら彼が幻覚のスペシャリストだって、
二度も同じことへはぐらかされる私じゃないし。
それ以前に、

 「トイレへ立ってったキミが玄関から帰ってくるなんて
  不自然極まりなかったしねぇ。」

くすんと小さく微笑ってから、

 「ただ、君の顔や姿で
  私に取り入るところとか不安がらせるような物言いをするの、
  他でもない君本人に見せたくはなくて…。」

 「何言ってるかな、もうもう。」

皆まで言わせずのすぐさまという勢いで、
ブッダのお言いようへ、反駁の声をかぶせて来たイエスであり、

 「それって じゃあ、
  キミだけが傷ついてしまうってことじゃない。」

またまた私へ化けたりしたっていうことは、
素直に訊いて見せるつもりじゃあないってことなんだから。

 「とっとと追い返すに越したことはないんだ、
  私も居た方が良かったに違いないでしょうが。」

どこまで自分一人で困りごとや難儀を背負い込むかなと、
とことん損な性分をしている伴侶様の、
ともすれば水臭いところに焦れたような声を出す。

 「自分だけ我慢すればいいんなんて考え方はダメだってば。」

相変わらずなところ、なかなか直さない、しっかり者の如来様なの、
ぎゅうと懐ろへと取り込んで抱きすくめれば、

 「あ…あのっ、イエス。/////////」

さすがにこれは不意を突かれたブッダだったか、
わあと驚いたそのまま、顔を赤らめてしまう。
背丈はそれほど違わぬのにね。
どうかするとブッダの方が、
胸板だって肩だって厚みはあるかも知れないのにね。
基本的な骨格に差があるらしく、
自分をやすやすと囲い込む腕や胸板の、
うねるようになって動く筋骨や肉感の頼もしさが
文字通りの肌身へ直截に伝わって来て目眩を誘う。
ただただ絶対的な強さをまといし、
圧倒的な雄々しさで頼もしいというのじゃあなくて、

 「…いえす?////////」
 「いつもいつも もうっ。」

キミを守りたい 私の立つ瀬がないでしょーと、
微妙なお言いようが飛び出すような、
そんな必死懸命さがまた愛おしくてたまらないブッダ様。
収まりのいい懐ろの中、
ドキドキしつつも頬を寄せると、

 「…いいんだ。//////」

そんな言いようを重ねる彼であり。
またぁと叱りかかったイエスを見上げ、

 「だって、キミが必ず慰めてくれるじゃない。」
 「う…。///////」

ちょっぴり震える深瑠璃色の瞳が潤みを強くし、
白い頬は緋蓮の蕾みたいな淡い血の気を滲ませつつある。
まだ何か言い足したいか、でもでも思いつけなくて震える口許へ、
引き寄せられるままに自分の唇を重ねれば。

  はさり、と

かすかな音を立てて、
まろやかな背へと回した腕へかかるは、
ブッダの濃い色をしたつややかな長い髪。
うっとりと酔いしれて螺髪がほどけてしまったらしく。
ああごめんね、またやっちゃったねと、
愛しい伴侶様へ心の中にて謝りながら、
抱き締めている腕の輪を
もうちょっとだけ縮めたヨシュア様だったりするのであった。




  〜Fine〜  13.01.16.


  *『キミが隣りにいる奇跡』
   
聖夜を前に A 参照
   というところでしょうか。
(笑)
   この寒い中、ちょっとでもほかほか出来ますように。
   つか、まぁだブッダ様のメアドを
   ゲット出来てないマーラさんみたいです。(笑)
   素直に教えてと訊けば教えてあげるのにねと、
   バレバレの転変に気づいていても
   そこは曲げられないらしいブッダ様も相当強情なのかもです。   

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