キミの匂いがする風は 緑

 

 “歌声は風に乗って♪” 



とある映画の大ヒットの余波だろう、
テレビやネット上といった メディア世界に収まらずのこと、
ほんのご近所でも、どこからともなく聞こえる歌がある。
昨今では そういう仕立ても珍しくはないご時勢だが、
その映画の原作もまた、古典だろうに主人公が女の子で、
攫われたお友達を追い、故郷を離れての遠路はるばる、
凄まじい冒険の旅をするという、雪と氷の国の童話だそうで。
冒険といや男の子って図式は、
男衆が“かくあるべし”と
強引に作り上げた雛型だったんでしょうかねぇ…。
それはともかく、
今時の日本中、そこかしこから聞こえて来るのが、
私はこれからありのままに生きてゆくと決めたのと、
独りでも負けないわという、決意と勇気を朗々と歌い上げるあの歌だ。

 「愛子ちゃんも歌ってるんだって。」

スーパーで会った静子さんが、
何とも言えない苦笑交じりに話していたそうで。
本編の前後にかかる主題歌とも違う、ミュージカル調の挿入歌。
歌い上げるサビのところだけ先行してあちこちで流れてもいたせいか、
まだ映画を観てはない人にも、ああ あの…と判る曲なだけに。
観て来たのね、嬉しかったのね、微笑ましいわねぇという注目を
すぐさま集めてしまうので 恥ずかしいやら。
でもでも、幼い声で高らかに歌い上げる愛らしさを、
まあまあお上手と褒められるのは、親として嬉しいやら。

 「大声を上げるのはご迷惑だからよしなさいと制すのが、
  なかなか難しいって、笑顔で零してらしてね。」

お買い物の仕分けをしつつ、
何とも微笑ましかったったらと、ブッダが口許をほころばせて語れば、

 「それって半分くらいは自慢なんだろうねvv」

ブッダがお買い物に出掛けていた間、
涼しいうちにやんないとと松田さんに呼ばれて、
アパート周縁の草むしりを手伝っていたイエスが、
やはり ふふーとにこやかに笑って見せて、

 「このご近所からもたまに聞こえるじゃない。」
 「え? そうだっけ?」

あれれ、気がつかなかったなぁと
冷蔵庫の扉を閉めつつ、意外そうに小首を傾げる伴侶様なのへ。
それはそうだろうという、微妙な感慨深いお顔になったヨシュア様、

 「キミがジョギングに出てる間のことだからねぇ。」
 「はい?」

 え? そんな、だって。
 キミってば、私が戻って来てもまだ寝てるじゃないの、と

そういう含みのある、意外そうな“はい?”だったというのは、
イエスだとて察せられたようだったが、

 「私だって、
  ただ だだらと寝坊しているわけじゃあないんだって。」

キミが出てってからどれほど遅れか、一旦は目が覚める日もあって。
あぁあ、今朝もまた間に合わなかった、
行ってらっしゃいって送り出せなかったよぉなんて
まだ半分微睡みながら、漫然と思っておれば、

 「そういう折に、
  お向いだか斜向い(はすむかい)だかのお子さんが、
  鼻歌にしちゃあしっかり歌っているのが聞こえるの。」

前々からも何か歌ってたらしいんだけど、
それは もやんとしか聞こえて来なかった。
けど、この歌だけは、それは堂々と歌うのがツボならしくって、

 「ありの〜ままの〜ってところが、それはくっきり聞こえるんで、
  ああ あれかぁ〜ってなるワケ。」

鼻の下のお髭をこすりつつ、うふふと楽しそうに笑い、
もっとも、さすがにお母さんから叱られて
すぐにも聞こえなくなるけれどと付け足す彼で。
何だかそのまま見えるような、もとえ聞こえるような展開へ、
ブッダも あらまあと吹き出してしまったほど。
そんなこんなと言葉を交わしつつ、手際よく動く手がアイスティーを淹れていて。
手順は温かいのへのままに沸かしたお湯で淹れてから、
正式なのはクラッシュアイスへそそぐところだが、
そこだけはご容赦と キューブアイスに香りのいい紅茶をそそいだの、
さあどうぞと六畳間の卓袱台まで運んで来たブッダを
ありがとうねと笑顔で迎え入れ、

 「宣伝に乗せられた部分もないとは言えない流行だけど、
  同じ歌に誰もが共鳴するのって、何か楽しいよね。」

ご機嫌な笑顔になったイエスの言いようへ、

 「うん。」

そこは同感と、自分も卓袱台についてブッダが頷く。
個人個人で趣味や好みが違っても
それはそれ、争ったり非難までされることじゃあないし、
そもそも無理強いされるものじゃあない。
とはいえ、例えば家族みんなで一緒に楽しもうという娯楽は
今や どんどん廃れてしまっており。
流行りの歌は早口でよく判らない、演歌なんてどれも同じに聞こえると、
お互いの入り口にさえ立たなくなっている現状を、
時々 力強く打ち砕く歌が現れるのが、何とも楽しいと思えてならずで。

 「朝のドラマの主題歌は、
  私、ブッダがテレビつけてくれてて覚えたんだよね。」

 あれ? そうだった?
 うん。でなけりゃ内容しか浚ってないもの、と

ドラマレビューの人気ブログを立ち上げていなさるお人が、
そんなとんでもないことをポロリして。
そんなして同じ番組を見て会話のネタにするっていうのも、
まま、そう悪くはないかもねと笑い合う 最聖のお二人で。

 「ああでも、
  私が一番好きなのは、イエスが時々歌ってる子守歌かなぁ。」

お部屋の一角、Jr.の足元へ
立て掛けて置いていた茶封筒から家計簿を取り出し、
財布を出すと早速今日のお買い物を記入しようと構えつつ、
何ということもなく口にしたブッダだったようだけど。

 「………え?////////」

帳面に視線を落としたままでお顔も上げずの、
正しく“ながら”という他愛ない一言で。
でもね、だからこそ威力があったというか、
胸の深いところに とすんと何かが突き立ったような気がしたというか。

 “えっとぉ。///////”

まさかまさか、空耳とか気のせいとかじゃないよね。
卓袱台のお向かいで、レシートの小さい字を拾ってるブッダを見やる。
相変わらず睫毛が長いなぁ…じゃなくて。
もっかい訊いていいかなぁ? 今なんて言ったのって。
でもそれって、褒めて褒めてってねだってるみたいで
なんか子供っぽいかも知れないなぁ…。//////
そんなこんなと イエスがもじもじと思っておれば、

 “……っ。///////”

時折吹き来る風になぶられて、
窓の端へ寄せたカーテンが裾を広げてヒラリと泳ぎ、
窓の間近へ落ちている、狭いが眩しい陽だまりへ、
淡い影をはらりふわりと躍らせる。
そんな中に聞こえて来たのが、どこかたどたどしいハミングで。
鉛筆片手に帳面へと集中してのこと、
まろやかな頬へ睫の影を落としたままのブッダが、
その子守歌を、鼻歌として歌い始めているではないか。

 “わ、わ、わ、わ、わぁん〜vv/////////”

何なに、そんな、あのその、
ブッダったら もしかしていつも歌ってるの? それ。
私も譜面とか知らないまんま、
どこかで聞いた断片だけしか知らないで歌ってるのに。
それを又聞きしただけで
ちゃんと同じ曲だって判るように歌えるものなの?

 “ああ、でもなんか…。///////”

ブッダって 少しくらい低めてもなめらかな声のままだから、
とっても綺麗な歌だなぁって感じられて。
何だか違う歌みたいだなぁ…と うっとり思っておれば、

  ……の〜ままの〜、姿みせるのよ〜
  ありの〜ままの〜、自分になるの〜♪

松田ハイツの前、スクーターか何かで通り過ぎてった人だろか、
少々年嵩ぽい女性の声で、
本当に短く、そこだけがいやにくっきりと置いてかれて。

  何だろこれ、偶然にしては出来過ぎてない?

イエスが表情を止めちゃったのとほぼ同時、
ブッダも同じような、何かにつままれたような真顔を上げて来て。

 “…今の。”
 “うんうん、私も聞いた。”

空耳なんかじゃないよねぇと、
沈黙の中、目顔だけで やり取りをしていたものの、
何か微笑ましかったねぇと、
どちらからともなく吹き出してしまうのもお約束か。

 「ブームって凄いねぇ。」

ホントは道交法違反なのだけれど、
音楽プレイヤーをインナーフォンで聞きながら、
ついつい歌っちゃった人なのかも知れぬ。
幼い子供の声じゃなかったのが、妙にウケちゃったものの。
ひとしきり笑ってから再びノートを見下ろしたブッダ様、
それもまた何とはなしだろう、
さっきまで口ずさんでいた歌を再び紡ごうとしかかって、

 「…………………ぁ。////////」

ハッと、今やっと、気がついたのか。
最初の一音で総身を凍らせ、ややあって、そろりとお顔を上げ直せば。
お向かいにいたイエスが、何故だか彼まで照れておいでで。

 「〜〜〜えっとぉ。//////」
 「わ、わたし、ずっと歌ってた?」

うんと頷いたイエスだったのへ、
ひゃぁあ〜っ///////と真っ赤になって
卓袱台へそのお顔を伏せてしまった如来様だったものの。

 ブッダったら、ねえねえ、お顔隠すのなし。
 だってだって〜〜。///////

そんなまで恥ずかしがらないでよぉと、
肩を揺すっても聞いてくれないものだから。
て〜い・だったらこうだ、と、
立って行っての すぐ傍らへすとんと座り直したイエス様、
投げ出した腕の陰へ伏せることで半分ほど隠れている頬の端っこや、
やわらかそうな福耳が
濃いめの桜色に染まっているのを見やりつつ、

 「ぶ〜っだvv」
 「〜〜〜っ。///////」

こちらの気配なぞとうに判っているくせに、
それでも いやいやとお顔を上げない人へ。
そおとその身を傾けてゆき、
やわらかそうな耳元へお顔を近づけると、

 まずは こめかみへ啄むようなキスをしてから、
 ひくりと震えて顔が上がったところへ、
 お耳へ ふうと息吹きかけて

 「ひゃあ…っ。あ、狡い、イエs…。//////」

そこはやっぱり“聞こえません”を押し通し。
跳ね上がるよに持ち上がったお顔へ、ふふーと笑いかけてから。
非難するのにとこっちを向いた、真っ赤になったブッダと向かい合い、
ねえと小首を傾げて見せれば…微妙なところで勝負あり。
非難のお声も途中でしぼみ、
近づく眼差しの、こんなときだけ精悍なところに、
いい子いい子と説き伏せられては。

 「あ…。//////」

唇同士が触れ合った熱に目眩いが襲い、
それが駆け上がったのを受けるよに、髪がさあっとほどけてあふれる。


  あとは内緒と しっとり睦み合うお二人へ、
  どこからかお馴染みの歌が、
  どうか今だけは聞こえて来ませんように……。




   〜Fine〜  14.06.19.


  *そのココロは、
   吹き出してしまって雰囲気が台なしになるから。(笑)

  *ウチの小姫ちゃんも先日やっと観てきたらしく、
   サビのところだけを何度も何度も歌っております。
   可愛いですよね、子供が伸び伸び歌うのってvv
   他所のお子さんだと微妙ですか? そうですか。(う〜ん)

ご感想はこちらへvv めーるふぉーむvv

拍手レスもこちらvv


戻る