天の神様にも内緒の 笹の葉陰で

 

 “どっちもどっちの 相変わらず” 



それは聡明にして清廉で。
高潔というよりは柔軟で尋深く、
寛容で豊かな御心の持ち主で。
どんな罪深き人へも閉ざす門は持たないとし、
贖罪の心根へ ふんだんな慈愛をそそぐ博愛の人。

 それが イエス・キリスト、なのだが

地上へこそりと降り立って、
人目を忍びつつバカンスを楽しんでおいでのご本人はというと。
それはそれは尊い教えを説いた、
それはそれは敬虔な人には違いない…はずなのだけれど。
ミーハーで天真爛漫、新しい物好きの初物喰いと、
至ってお子様気質をしているその上。
浪費家なところがあったり、
お調子に乗ってしまいやすくもあって。
そんなこんなから ついつい羽目を外しちゃあ、

 ちょっとそこへ座りなさい、イエスよ、と

お怒りの度合いによっては
洒落にならないほど光り始めることを漏らさぬよう、
遮光カーテンを引いた六畳間にて、
同居中のブッダ様から お膝を突き合わせてという格好で、
厳かなお説教を食うこともたまにあるくらい。

 でもね、あのね?
 キミ、時々 判ってないでしょう

 『私ってば、キミに手を焼かせてばかりだね。』

何にか懲りてのこと、傷心気味に そんな風に言っては、
頼りにならないでごめんねと、
骨張った薄い肩を萎えさせるヨシュア様ご本人へは。
そんなことは全然ないんだよと
全力での大きにかぶりを振りたくなるブッダ様だったりし。

 だって、キミって
 ホントは凄く頼もしいんだ、判ってる?

神の子にこんなことを改まって言うのは、何だか順番が妙だけど、
この際、そういう肩書は置くとして。
となると、力こぶでは断然ブッダのほうが上でしょとか、
そういう話とも微妙に違くて。

 “……。////////”

ああ、言葉を紡ぐより先に
想いの微熱が含羞みを誘ってしまって落ち着けぬ。
甘い甘い微熱。
理屈としてしか親しみを結ばなんだ恋情というものが、
こうも複雑で単純で、
掴みどころがないくせに、虜になると底知れぬ、
そんな途轍もないものだとは露ほども思わなかった。
自分でも多少は自惚れて、しっかりものとの自負があったはずなのに、
キミにかかると そんな矜持なぞ他愛なくも崩れ去るんだ。
たとえば、

 『…ぶっだvv』

何かの拍子にとか、眠りにつく前のひとときにとか、
抱きすくめてくれる腕の、何と頼もしいことか。

 『あ…。////////』

いかにも男らしい肉づきが、
力を込めると ぐいと収縮するその躍動を感じとるたびに、
鼓動が高鳴って気持ちは高揚。
ついのこととて ひくりと震えれば、
それをどう解釈するものか、

 あ・ごめんと 手を止めるときもあれば、
 逃げ出されちゃうと恐れてか
 ギュッともっと抱き締めてくれるときもあって。

 『〜〜〜。//////////』

そのどちらででも
こちらの胸のうちを
いつだって切なさで掻き回してしまう、
そんな罪な人だってこと、
ねえ、判ってる…?




     ◇◇◇


緑の多い庭の一角にはバニャンの樹があったのを覚えている。
枝から垂れ下がった“気根”という部分が地につくと幹になる変わった樹で、
幹は幾つもあるのに根は1つ。
木立のように見えるが、実は1本の木だそうで。
イエスから“マングローブと似ているね”と訊かれたことがあったけど、
形がなのか生態がなのか、
聞くと話がややこしくなりそうだったので、
ついつい“そうだね”と 大人ぶって流したのまで思い出してしまった。

 “ああ、でも何でまた…。”

懐かしいにもほどがあること、
こんな何でもない間合いに思い出したのだろうか。
イエスにそれを語ったのは、
確かテレビの情報番組でインドの特集を観ていたからで。

 インドってそれほど仏教徒はいないんだね。
 うん。今だと、イスラム教の人が大半かな。

仏教徒の割合も数も、
中国や日本、はたまた東南アジアの方が高いし多い。
北方の中国や日本へは大乗仏教が伝わったので、
救済指向の強い、若しくは深遠な宇宙観を説くような思想の方が広まったが、
東南アジアでは
個々人の修養や解脱を目指す、戒律や修行重視の小乗仏教が広まり云々と、
自身の死後の展開まで浚って下さったので。
イエスともども“そうなんだ、ふむふむ”と、
感心しつつ観ていた延長で、
インドの話から発展し、生家の話もちょろりとしただけのこと。

 「……。」

もうすっかりと明るい時分らしく、
だが、まだ眠っている部屋の主人への気遣いからだろう、
更紗の陽避けを戸口へ降ろし、燦々とした光に紗をかけて。
そんな気遣い込みで優しい明るみが満ちた室内なのも懐かしくて。
華美な装飾は好きではないが、
それでも寝室の壁に掛けられてあった緻密な浮彫は気に入りで。
ヒンドゥーの教え、僧侶(バラモン)かかわりのものは何故だか排除され倒す中、
その浮彫の構図は賢者と教え子の図に見えもしたので、
父も気づかず、結果、手づかずにされたのだろう。
柔らかな肌触りの寝具に、
蒸し暑い季節の到来を感じさせつつも、その割にいい風の入る部屋なのを、
そうそう、居心地はよかったなぁと。
記憶のどこかにあった感触との一致にうんうんと打った相槌へこそ、

 “…………あれ?”

何か変だと遅ればせながら気がついた。
覚えている部屋、ようよう見知っている光景。
心地のいい寝具や寝間着、
時折聞こえる涼やかな金属音は、
窓に掛けられた更紗がめくれないよう提げられた
宝珠を連ねた銀の飾り鎖が立てる音。
聞こえてからその音を立てた風が届くまでの
微妙な間合いさえ、まだ覚えており。

 “でも、あれ? ちょっと待って。”

何でだろうか、だって此処って…。
寝起きでぼんやりしていたが、
記憶の不整合に気がつくとともに、
ザァッと血が引くような想いがした。

 だって此処は、この空間は

 「お目覚めですか? シッダールタ様。」

ああ、妻以外で唯一、
自分のことを殿下ではなく様づけで呼ぶこの声も覚えている。
それは優しくて利他的で、
主人への敬愛と忠誠を最も優先する出来た少女で。

 だが、

違う違う、此処は私の居処じゃあない。
何でどうして、こうまでありあり、
具体的にあれこれ鮮明に浮かぶのだ。
これまで居た処が夢だったとでもいうのだろうか。

 「…っ!」

そんな馬鹿なと、跳ね起きようとし、
なのに、見えない力に胸板を押し返されて。
声さえ出せない絶望から、それでも懸命に息を吸い込み、
喉を振り絞ると、愛しい人の名を必死で呼ぼうとして……








  「……っ!!」


どうやらカーテンをきっちりと閉め切り損ねていたらしく。
その隙間から溢れるようにして忍び入った明るみだけで
室内の隅々まで 十分何でも見て取れるほど、
この時期ならではな早いめの黎明が訪のうていた刻限ではあったようで。
何か叫んだ自分の声でか、
それともそうまでして起きねばと気張ったお陰か、
深い深い眠りの中の、それは安らかだった夢の世界から、
それでも強引に帰還することが叶ったらしく。

 「あ…。」

勢いづいてた弾みでか、
ガバとその身を起こしまでしていたブッダだが。
ハッとし自分の居た寝床を そおと見下ろせば、
そこには夢の中でそれは焦がれたその人が、
何事もなかったかのよに眠っておいでで。
茨の冠は枕元へ外し、
くっついて眠っていたブッダを掻い込んでいた
腕の形もそのままに、
無心に眠るお顔を眺めるうち、
じわじわと此処こそが現実だという平仄が追いついて来て、

 「   よかった。」

掠れた声がやっと出て、後が続かず、涙があふれた。
特に酷い目に遭っていたわけでもないというに、
目許が熱く、胸がひしがれ、嗚咽が止まらず、
せぐり上げるような息しか出来ない。
肩がふるると大きく震えた拍子に螺髪もほどけ、
こうまで心許ない有り様になっても、それでも

 「〜〜〜。///////」

涙をこぼす顔なんて見せたくはないけれど、
手で覆ってしまうと イエスが見えなくなるのがどうにもいやで。
せめて涙が落ちぬよに、目を張って見開くようにしておれば、

 「……ぶっだ?」

さすがに尋常ではない気配が届いたか、
日頃あれほどお寝坊なイエスが、
睡魔を振り切り、自主的に目を覚ましたほどであり。
さすがに…ブッダがそうだったよな、
切れのある寝起きとまではいかなんだか、
まずは自分の懐に居たはずが、身を起こしているブッダに気づき。
黎明の明るさが柔らかに滲む中、
白くてすべらかな頬を何故だか赤く染めた彼にギョッとし。
深瑠璃の大きな双眸から、
ぽろぽろとめどなくこぼれ落ちる涙に気づいて、

 「ど、どうしたの、ブッダっ。」

寝床に手をつき、こちらも慌てて身を起こして。
感極まってか、身動きさえ侭ならぬ様子のブッダを、
長い尋した腕広げ、取り込むように抱きすくめる。

 どうしたの? 怖い夢見たの?

訊けば懐ろの温みが頷き、
くぐもったような声を切れ切れに返す。

 「…実家、に、いる、夢。」

 「実家って、天界の?」

ご両親が揃って住まう屋敷のことかと聞けば、
今度は大きくかぶりを振って

 「生前の、シャカ国の…。」

よくもああまで克明に覚えていたと思う。
窓辺に下げられてあった更紗と、
それがめくれないよう提がっていた宝珠飾り。
壁に掛けられてあったお気に入りの浮彫に、
目覚めて最初に目に入る人影は、従者の一人で小間使いの少女。
誕生日に毎年贈る新しいサリーを、それはそれは喜んでくれて。
姿勢を正すような場へ出る折の
正装としてまとうほど、一着一着大事にしてくれたものだった。

 「私、まだ出家してなくて。
  王子として寝起きしていた部屋で目を覚ましたの。」

それがこうまで怖かったと、彼は言うのか。
イエスにはそっちのほうこそ、
腑に落ちないし、大きに案じさせられることでもあって。
夢だったと判ったなら安堵していいはずが、
抱きすくめた総身は確かに震えており。

 「そんなにリアルな夢だったの?」

イエスが訊くと、うんと頷く。
そのままおずおずと手を伸ばし、
だが、イエスの背中までは回せぬか、
パジャマ代わりのTシャツの、裾近くを掴んだ彼であり。
現実世界へ戻って来ても 安堵するどころじゃあなかったほどに、
そりゃあ怖い想いをしたということか。
しっかり者でそれは頼もしい人なのに。
マーラの幻覚による様々な恐怖体験へも動じず、
悟りを開くまでの境地に至った“目覚めた人”なのに?

 「…そうか。そうだよね、
  まだ解脱もしてない頃まで引き戻されたんじゃあ驚くよね。」

家庭を捨てるという決断に迫られ、
その後も“悟りを開く”という、
彼にとっての至高、満足のいく境地にたどり着くまで、
長々と苦行を積み重ねる日々が、まだ始まってもないなんて。
苦しみや苦悩を無為にされたようで
口惜しいやら空しいやら、言いようのない心地になりもしたろうねと。
依然としてしゃくり上げの止まらない愛しい人を、
慈しむよに懐ろに見下ろし、
ほどけてしまった豊かな髪を梳くようにして撫でてあげれば、

 「…違う。」
 「はい?」

怖かったよぉと、
それを振り払いたい一心でイエスへしがみついてたはずのお人が、
妙に力強い否定を返して来て。
何だ何だと再び見下ろせば、
今度は彼からも真っ直ぐな眸が見上げて来ており。

 「悟りなんてコツを掴めばいくらだって開ける。
  そんなのちいとも脅威じゃあない。」

 「そ、そうなの?」

じゃあ何がそんなに怖かったのか、イエスには見当もつかないでおれば、

 「だってっ。
  私が実家に居るということは、
  キミはまだどこにもいないって事じゃないかっ。」

 「…えっとぉ?」

ブッダは紀元前の人であり、
イエスが生まれるのは 仏教の創始から数えても500年も後の話。
自分がどこにいるのかに気づいたと同時、
真っ先にそれへ考えが及び、

 「キミが生まれてもない世界だなんて。
  どこへ探しに行っても居ないだなんてっ。
  そんなのって、私には到底あり得ないんだからっ。」

他でもない“それ”へ、こうまで怯えている彼だというのかと。
こうまで震え、せぐりあげ、
それがどれほど恐ろしいことか判らないの?!と、
他でもないイエス本人へこうまでムキになって噛みつくなんて。

 「…ぶっだ〜。////////」

 「うう…。//////」

さすがに筋違いな相手へ怒鳴ったことで、ハッと我に返ったらしかったが。
そんな彼と入れ違うよに、今度はイエスが感極まってしまったようで。


  もうもう、
  なんて爆弾落としてくれるかなぁ。
  天然さんなんだからぁ〜。///////


  キ、キミが私をこんなに弱くしたんだからね。
  心得といてよねっ。////////


熱帯夜も何するものぞで、
相手を攻めるよな言いようをしつつも、
しっかと抱いた愛しいお人は離さない所存もありありと。
お互いに声には出さぬ想いを捧げ、
くん・きゅうんと甘い鼻声を出してしまう、
今朝は慰めてほしい側の如来様なのへ、
はいはいと嬉しそうに、されど出来るだけそおと
唇寄せるヨシュア様だったようでありました。




     〜Fine〜   2014.07.12.


  *ちょこっとUPに間が空いてます、すいません。
   急なお仕事が入っててんやわんやしてます。
   でも煩悩は止められず、
   それも至って苦しいですvv

ご感想はこちらへvv めーるふぉーむvv

拍手レスもこちらvv


戻る