“凍月のち 蜜の花”
暖かだったり、真冬へ戻ったり。
相変わらず地上の人々を翻弄する 日本のお日和異変は続いており。
まだそれほどの数を重ねたわけではない、最聖のお二人にしてみれば、
此処では“去年はどうだったっけ”という程度の蓄積しかないものだから。
もう毛布は布団袋へ片づけた方がいいのかな、
いやいやまだ寒いのはぶり返すらしいから出しといて良いよなどと、
暦の上での春に突入してからこっち、毎日が試行錯誤まるけとなりつつあり。
『今年は行ったり来たりが極端だって、静子さんも言ってたしねぇ。』
『あ、それそれ。松田さんも言ってたよ?』
なまじ年末とかお正月とか暖かだったもんだから、
反動が大きいものか、知り合いが腰痛をひどくしちゃって難儀しててねって
そんな話をしてくれて。
ああ、お年寄りは体が固まりやすいから。
うん。ちょっとでも動かない日が挟まると大変なんだって、なぞと
そこはそれ、お参りに来る人や礼拝に来る人にはご高齢の方々も多いせいか、
そういった事情にも 知らず詳しかったりする、
博識な開祖様がただったりもするのだが。(う~ん)
相変わらず、エアコンなどという高価&高性能な暖房器具には無縁なお二人。
なれど、最初の冬にはすでに“こたつ”という極楽温熱アイテムを手に入れたし、
そもそも、こちらの小さなアパート、
案外と作りはしっかりしていて隙間風などには無縁とあって。
することがないなら とっとと布団の中へ潜り込んでしまえばいいだけのこと。
それより何より、地上にバカンスにと降りて来て気がついた、
お互いへの想いというものが、それはそれは甘くて暖かなそれだったもんだから。
それこそ雪山だのスケートリンクだの
松田ハイツよりもっとずっと寒い場所へと出かけでもしない限り、
互いの存在を意識しつつ、ちらと眸を向けた間合いが重なって、
視線がぱちりとぶつかったりでもした日には、
あわわ、いやあの、
ごめんね、別に用はないんだけれど、と。
淡い含羞みがそのままお顔や総身への熱を呼ぶから、
いやホントに寒さ知らずといってもいいほどの冬だったりしたのだけれど。
「あ、えと…。/////////」
間近に寄ったその身からはほのかにバラの香りがし、
癖のある、深い色合いの髪が肩口からこぼれる胸元や、
雄々しさ屈強さとはあまり縁はないけれど、それでも基本の骨格が大きいか、
いかにも頼もしい造作の 大人の男性の手が、
こちらの頬を掠めそうなほどの間近な壁へ とんっと勢いつけて据えられる。
何処へと行くはずもないというに、
部屋の一角へ追い詰められての通せんぼをされたようで、
「いえす?」
いつもならその頼もしさも存在感も、間近になったら嬉しいばかりなはずなのに。
こちらが照れて固まらないよう、
遊び半分ででもあるかのように“ぱふ~ん”なんて擬音付きで取り込んでくれるその懐が、
だがだが今は、それへ威容さえ感じつつ、近づかれるのが脅威でならぬブッダであり。
此処は他でもない彼らの住まいの六畳間。
だというに、仲の良いはずな同居人から
砂壁に背を当てるほどまで追い詰められてしまっている釈迦牟尼様。
多少は焦りつつも、視線は逸らさぬところが、
廉直聡明、何へも恥じるところはないという、頑迷なまでの自負の現れか。
潤みの強い深瑠璃色の双眸を、相手の玻璃色の瞳へ据えたままでおれば、
「そんな風に一途に見つめられてもね。
私が そういつもいつも
ふやけた笑いを見せて降参したり諦めたりすると思っていたら大間違いだよ?」
「…うう。////////」
いつになく押しの強い彼なのだというのは気づいていた。
むしろ、だったらしょうがないかと、こちらこそ折れてあげるのが普段の流れ。
それほど譲れないとするよなことでなし、
ただただ甘やかすことが彼への侮蔑となるような難しいことでもなし。
もうもうしょうがないなぁと、
やんわり微笑って降参と運んでも構いはしなかった“コト”だったのに。
微妙に咬み合わせが悪かったというか、
イエスからのとある小さな求めへ 承諾を呈する間合いを見失い、
ダメだよと拒絶し続けてしまったことで却って彼を煽る格好になってしまったようで。
とはいえ、こっちだって…先程のイエス自身の言いようではないが、
そうそういつも唯々諾々というのもどうかなと
ちらと感じての意固地になってた部分があったと思う。
これもまた、単なる友人同士だからじゃない、もう少し踏み込み合ってる間柄、
恋人同士だからこそ通したい“我”のようなもの。
たまには“否”とかぶりを振って、焦らすというか困らせるというか、
たまにイエスがやって見せる種の
そういう甘えかかりを、してみたくなった…のかもしれぬ。
「あ…。//////////」
何てなことを脳裡の一角でぐるぐると考え、
胸の内ではどうしよどうしよという混乱の波濤に身を晒されつつ。
それでも何とか視線だけは外すまいぞと、
愛しいエルサレムの男のやや頬の痩せたお顔を見やっておれば。
見つめ合う意志の強さでは負けるつもりはなかったが、
そのまま眼差しごと近づいて来られたのは、今日だけは想定外。
そう来るかと気づいたときにはもう遅く。
日頃のこういう時は、優しく 若しくは悪戯っぽく笑っているお顔。
今日は真顔に近いまま、じわじわと近づいて来るものだから、
却って逆らえないのがまた不思議。
そのまま相手が睫毛を伏せかかると、条件反射というものか
こちらも瞼が下りてゆき、
「ん。///////」
吐息が重なり絡み合い、
肌の温みが伝わってくることでこんな近いというのが見ずとも判って。
彼の高い鼻の先、頬へちょんと触れたのと同時に唇同士もちょんと触れ。
その感触にかあと頬が熱くなったと思った途端、
こちらの唇があっさりと蹂躙されている。
羞恥から双眸は伏せられたままで、
それでも軽く吸いついてから ふっと離れかかると、
物寂しくなってか“…あ”とついつい声が洩れかかるのへ、
呼び戻された柔らかい感触がぎゅうぎゅうと、
抱擁にも似た強さで蹂躙のやり直しをしてくれて。
お部屋の一角へ追いつめられていたはずが、
近づかれること警戒していたはずの腕でくるんとくるみ込まれることさえ、
待ってたと言いたげに総身が熱くなる現金さよ。
きっちりまとまっていた螺髪も、
ふわりと柔らかく膨らんだそのまま、あっさりほどける他愛なさ。
絹糸のようなしっとりした髪が、肩に背にと豊かにあふれ出たのとほぼ同時、
かつり、と
妙に堅い音が二人の足元の方で立ち、
「あ。」
「あ♪」
何がどうしたか、双方ともに判っているようで。
でもでも、すぐさまその足元へ身を屈めるということはせず、
お互いの立場へブッダは頬を染め、イエスはくすすと笑ってみせる。
「…もう。////////」
「こっちこそ もうだよ、何でこんなところに隠すかなvv」
そちらもほどけてしまった白毫の辺りへ、
茨の冠を外してからの自分のおでこをこつんと当てて。
ちょっと珍しくも険悪だったはずのお二人。
つまりはそんなこんなで睨めっこになってたらしく。
春の訪のいもどこへやら、甘い微熱にもじもじ身を寄せあって、
相変わらずの睦みあいに落ち着いたようでございます。
◆ おまけ ◆
一体何を巡っての、彼らには珍しい鬩ぎ合いだったのかと言えば、
話は今朝まで遡って、
お掃除中に押し入れの敷居辺りでブッダが見つけた、とある小さなもの。
『あ、イエスったら指輪落としてる。』
ゴミ出しにと外に出ている誰かさんは、
それほど不審な素振りなんて見せてはなくて。
だから余計に今の今まで気づかなかったブッダでもあり。
『……。』
私はいつぞや それは大恐慌状態になったっていうのに、
イエスったら何でああもしれっとしていられるの?
まさかまさか まだちいとも気づいてないの?なんて。
いやいやご自身だって頑張って隠していたくせに、
そこのところが微妙に引っ掛かったからだろか。
すんなり“見つけたよ”と手渡せず、
とあるところへ隠し持ったうえで、
何か失くしてな~い?なんて持ち掛けたものだから。
そんな切り出しようがまずかったものか、
ますますと素直にほらと手渡せぬまま、
甘い甘い追及にて追いつめられてしまった如来様だったようで。
「勿論、私も焦っていたよ?」
「うそ。」
「嘘なんかつかないさ。
指輪を通して伝えられなかっただけだよ?」
「う~~。/////////」
またそうやって調子の良いこと言うんだからと、
口では拗ねきった言いようを返しつつ。
やっと警戒もどきを解けたそのまま、
ぽそりとイエスの肩口へ頬を載せ、
頼もしい感触にうっとり目を細めてしまう釈迦牟尼様であり。
そんな愛しい如来様のほどけた髪を、やさしく梳いて差し上げつつ、
この上なくも和んだお顔のヨシュア様だったりし。
うそばっかり
うそじゃないもん、と
エイプリルフールの前哨戦みたいなやりとり、
うっとりと甘い声にて囁き合う二人だったりしたそうなvv
~Fine~ 16.03.22. (翌朝 加筆)
*バトン小噺が長引いているので、
久々に拍手お礼を差し替えようかと思ったんですが。
…こういうのって置いていいのかなぁ。
めーるふぉーむvv


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