天穹に蓮華の咲く宵を目指して
      〜かぐわしきは 君の… 2

 “例えばこういう特別vv”


本当にあっと言う間の畳み掛けというか、
手のひら返しというか(それはちょっと違う)
先の長雨の後、唐突に朝晩がぐぐんと涼しくなった。
昼のうちはまだまだうんざりする暑さだが、
それでも気がつけば、
地面を白く晒す陽の色合いも、
盛夏のころの弾けるようなのとは微妙に違っており。

 “そのせいかな。”

ついのこととて、イエスのみならずブッダの夜更かしも増えている。
まま、未明近くまで起きていることもあるイエスに比べれば、
せいぜい日付が変わるかどうかくらいという可愛いものであるが。
本を読んでて時間を忘れたり、
縫い物をしていて以下同文だったりしており。
それほど、
このところの宵の過ごしやすさは格別だということでもあろう。
過ごしやすいのはいいとして、とはいえ夜更かしは夜更かしなのか、
昼を回った頃合い、特に用もないままの手持ち無沙汰になると、
今度は妙に眠くなるのが困りもの。
陽の高いうちからそんなの だらしない…と思ってしまい、
何とか仕事を探し、寝ないぞと踏ん張っていたものの。
集中が利かなくて捗らぬから、結果としては散々なもの。
そうこうするうち、バカンス中の身というのを遅ればせながら思い出し、
ま・いっかと座布団を枕に横になる。
暑さは厳しいが、蒸し暑さではない分 まだしのぎやすいし、

 “今日はイエスも遅くなるかもしれないし。”

アルバイトへの外出…ではなくて、
使徒が何人か降臨して来ており、それへ呼び出されての懇話会だとか。
そのままずるずると長引いて、
夕食を外で食べることになったら連絡すると言っていたけれど、
連絡がなくとも そうなりそうだなと何となく思う。
ちょっと前なら寂しいなと感じていたこと、
こうやって一人お留守番というのからして、
胸のどこかがしくしくと萎れそうにもなったところだが、

 “イエスのお弟子の皆さんにしてみれば、
  ひょいと気軽に逢えなくなったのだものね。”

そのほうが寂しかろうと思えるようになった。
イエスがそれだけ慕われているのだ、しょうがないと、
穏やかな心持ちで待てるようになった。

 “もっと最初のころも、すんなり割り切って待てたんだのにね。”

それを思うと小さな苦笑が洩れる。
何とも浮き沈みの激しいこの数カ月であったものかと。
今だって 寂しくないかと胸の内を探れば、
すぐにも膨らむだろう寂寥感がないではないが。
それよりも手前に、
必ず帰って来る彼なのだという、
ちょっぴりくすぐったい想いがあって。
安堵とも安寧とも違い、
そこまで確たるものじゃあないのだけれど、
ではただの気のせい、気の持ちようかといやあ、
そこまで脆弱でもない何かしら。
正体なんてどうでもいいけど、
強いて言えば、イエスのほわんとした笑顔みたいな。
そんな愛おしい想いが暖かく灯っているので、
いつぞやほどの狂おしい不安は感じないし、

 “一人分でいいなら、うどんでもいいかなぁ。”

ちょっぴり暑さが鬱陶しいが、
それより抗い難いうとうとに取り込まれつつ、
やがて すやすやという午睡に呑まれてしまう。
蝉の声も相当減ったよね。
そうそう、晩には秋の虫の声がしていたものね。
ああまで苛酷な夏だったのに、
もうこんな様変わりをし始めているなんて…ね……。








   〜〜〜


 「…………え?」

何か聞こえて目が覚めた。
ちょっとの間、うつらうつらしていただけだと思ったが、
身を起こして周囲を見渡せば、窓の外の空の色は随分と変わっており。
数時間ほど寝入っていたことを忍ばせる。

 ああ、ご飯をしかけないと。

夕飯は一人分しか要らなくとも、
帰って来たイエスが夜食を食べたがるかもしれないしと。
両頬を軽く叩いてから流しで顔を洗い、
それでくっきりと目を覚ましたところへ、
たったかという軽快な足音が聞こえて来て。

 “…………はい?”

覚えのある足音だけど、まさかねぇと。
それでもドアを見やっておれば、

 「ただいま、お腹すいたぁ〜っ。」

元気よく開かれたそのまま、
本人と同時に飛び込んで来たお声がブッダを戸惑わせる。

 「イエス?」

卓袱台に置かれたスマホには、着信ありの点滅もないから。
ブッダがうたた寝をしていた間に、
変更があったとかどうとかいう連絡を、入れた彼ではないようで。

 「君、今日は確か
  …ヤコブさんたちと逢って来るって言ってなかったかい?」

 「うん。逢って来たよ?」

天乃国に新しいアンテナショップが出来たとか、
ペトロたちのシフトが時々かわいいことで揉めて大変だとか、
そんな話をいっぱい聞いて来たし。
ブッダがたいそう浴衣が似合うこととか、
私に甚兵衛を縫ってくれたこととか話して来たし。

 「そ、そんな余計なことまで……。////////」
 「余計かなぁ?」

ボトルキャップも充電器もチョコのつまみ食いも、
あの子たちにはそれぞれに、大事なことらしいけど、と。
肩からバッグを降ろしつつ、
相変わらずの的はずしというお約束、
ずんと見当違いなお返事を寄越したイエスであり。

 「それより、お腹空いた。今晩は何作るの?」
 「え? あ・いや、だって。」

そちらは習慣からのこと、話しながらも米を研いでいたブッダであり。
だが、

 「イエスは食べて来ると思ったから何も考えてなくって。」
 「え〜? まさかブッダ、何も食べないつもりだったの?」

断食って そうそう不規則にやって良いものなの?と、
またまた極端な事を言い出す彼なのへ、

 「そうじゃなくて、あるもので済まそうかなと。」

それは手際よく炊飯器をセットしてのさて。
お腹が空きましたと、
そこは見るからに分かるお顔のイエスと向かい合い、
あまりに想定外な運びゆえ、
しばし何とも応じられないでいたブッダかと思いきや。

 「じゃあ、何が食べたい?」

口元を柔らかくほころばせて訊いたブッダもブッダなら、

 「んっとねぇ。
  一昨日食べた、トマトソースの冷製パスタも美味しかったけど、
  …そうそう。こないだテレビで紹介してた、
  大豆の唐揚げが食べたい。」

それは衒いなく。
当たり前のこととして、食べたいものを口にするイエスもイエスであり。

 「大豆の唐揚げ? おからじゃなくて?」

 「うん。
  何か水煮した大豆をつぶしてお団子にして、
  カタクリ粉つけて揚げてた。」

お手柔らかなところを言い出すことはない挑戦者な彼なのへ、
こちらも受けて立ったということか、よし判ったと頷いて、

 「じゃあそれへ、ベビーリーフとカブのサラダと、
  ナスが少しあるからおみそ汁にして。
  あと、プチトマトのかき玉とじを作ろうね。」

 「うんっ!」

あ、洗濯物取り込んで来るねと、
表へ出てゆくイエスの背中を見送って、
ふふと楽しげに目元をたわめて笑ったブッダ様。
お留守番も平気だという言に嘘などなかったけれど、
当然のことながら、一緒にいることへ勝るものはなく。
心なしか胸元やら肩口が甘く開いて、楽になった気がしてならぬ。

 “やっぱり私って現金だな。///////”

帰って来てくれただけでこんなにも嬉しいのに、
澄まし顔して“平気だ”なんて通そうとしていたのだもの、と。
ほころぶ口元の対処に困りつつ、
大豆の水煮か、買い置きはなかったかな…と。
夕飯の段取りに着手する様子は、
言っては何だが可愛らしい新妻としか言いようが…。

 “何ですよ、それ。/////////”




     ◇◇◇


イエスが覚えている限りを説明してくれた“大豆の唐揚げ”は、
大豆の水煮をフォークなどで潰したものへ
おろしニンニクや醤油で味付けして一口大に丸め、
カタクリ粉をまぶして油で揚げていたということで。

 「何だかお酒の肴っぽいなぁ。」

おかずとして物足りなかったら、
かき玉とじを だし巻きの大きいのにしようかなと、
胸のうちにて調整をつけつつ。
なかなか団子にはまとまりにくいの、ぎゅうぎゅうと絞ったり、
こんなかなという試行錯誤をしつつの何とか形にしたの、
フライパンにて揚げにかかる。

 「危ないから離れててね。」
 「うん。」

丸めるところまではと、
説明役もかねてブッダのすぐ傍らに並んで立ってたイエスだったが、
揚げ油を使うときは、万が一にも飛んでは危ないと、
いつだって茶の間のほうへ避難させる、心配性のシェフ殿で。
とはいえ、初物なのは気になるか、
首を伸ばしの背伸びをしのと、いつも以上に調理を見守っておいで。
鳥肉の唐揚げと、何だか見栄えは似ている固まり。
色合いも芳ばしそうなキツネ色になったのを、菜箸でほいと掬い上げ、
油きりのトレイへ移す。

 「出来たの?」
 「うん。ちょっと待ってね。」

ここだけの話、実は猫舌なイエス様なので。
菜箸でそおと転がしつつ、ふうふうと息を吹きかけ、
小皿へ取り上げて茶の間へ運びつつ、
口元へと持ち上げると、やはりふうふうと冷まして冷まして。

 「どうかな。冷めたかな。」

卓袱台へ到着してからも、再び箸の先に摘まみ上げ、
自分の口元にちょんと当て、いやまだ熱いかと吹いてみて、

 「よし、どうぞ。」

もう大丈夫と小皿ごと差し出せば、

 「…えっとぉ。////////」
 「? イエス?」

さっきまでは ただただ興味津々、背伸びしてまで見守っていたのに。
どうぞと完成品を差し出すと、
卓袱台越しに受け取ったものの、何だか落ち着かない顔でいるイエス様。

 「なに? こんなじゃなかった?」
 「ううん、違う違う。」

テレビで見たのより美味しそう、なんだけど。
両手で捧げ持つ小皿に、鎮座まします小さな唐揚げ。
油が まだじゅうと鳴いていて、見るからに美味しそうなそれへ、

 「なんか勿体なくて。///////」
 「? 何が?」

まだいっぱい揚げるけどと、
遠慮は要らないよとブッダが口添えすれば。

 「だから、違くて。」

ううんとわざわざかぶりを振ったヨシュア様。
イエス、それって間違った言い回し。
うん、だからあのね?

 「これって、ブッダが吐息で冷ましてくれて、
  その上、キスまでしてくれたから、
  食べちゃうのが勿体ないっていうか。///////」

 「…え。////////」

言われてみれば、でもあの、それって、
グラタンやシチューパイを作ったときも、
なかなか食べられぬというのへ、
ごくごく自然なこととして やってあげてたことなのに。

 「何だよ今更。////////」

真っ赤になって言うのはやめて、意識しちゃうでしょと
こちらも見事に真っ赤になって言い返せば。

 「うん。不思議だよね。///////」

これまでは何でもないことだったのに、
今はあのね、ほわぁって感激しちゃうよな“宝物”になっちゃって。

 「な…っ。//////」

そうまで言いつつ、でも、ひょいと手で摘まんだ唐揚げ、
口へ運んでパクリと食べたイエスは といえば。


 「うあ、美味しいvv」


それはそれはまろやかな、
それこそ特別な笑顔をブッダ様へと見せてくれたのでありました。





   〜Fine〜  13.08.28.


  *拍手お礼SSというのは、
   本来このくらいの内容が妥当なのでは?と
   気がついたもんで。(遅っ・苦笑)

  *熱いものネタはまだ早いかと思ったのですが、
   (ついでに、イエス様が猫舌ってのも聞いたことないですが。)
   ウチのブッダ様は平生からして“お母さんモード”なので、
   こういう甘やかしは当たり前にこなしてたと思います。
   でもね、それって“新妻”にやってもらうと、
   意味合いが随分変わるんじゃないかなと思いましてねv。


めーるふぉーむvv ご感想はこちらへvv


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