雄々しき獅子と すばしっこいウサギ、
 一体どこで入れ替わるものなのか。

          〜追憶の中の内緒?篇

        終章



久々に晴れ間の見えたいいお日和の中、
それなりに理由のあった事情から、
お買い物の後、別行動を取ってたイエスとブッダの二人であり。
待ち合わせの場所にしたのが、そこもまた行きつけの緑地公園で。
実を言えば、DVDの返却の後に、
二人で本を返しに行ったって何の支障もなかった。
むしろずっと一緒にいられて、その方が楽しかったかも。
ただ、ブッダがご贔屓にしている図書館分室は、
周囲に建物が少なくて、
駐車場が向かい合っているような吹きっさらしの通り沿いにあり。
この時期は冷たい風が容赦なく吹き抜ける、
それはそれは寒い場所であるがゆえ。
せっかく暖かい日和になったのだから、
イエスには陽だまりで待っててもらおうと、思ったまでだったのに。

 だというに、
 思わぬ人にも程がある存在と、
 何か親密そうに語り合っているものだから

 “〜〜〜。”

梵天との接しようを巡って、
微妙な齟齬が出来たのは もやんと不快で、
しかもイエスを困らせもして。
なので、考え過ぎはいけないと思い知ったばかりなのに。
イエスからも“信じて”と言われたばかりなのに。
それでも何故だか落ち着けず、
自分の気配を咒で消して、
話が聞こえるところまで近寄ってみたブッダであり。

 そうやって聞くこととなったのが、
 まさかまさかの内容で。しかも、

 「…聞いていましたか? シッダールタせんせえ。
  あなたの想い人は、これでなかなか強かだ。」

 「……………………はい?」

さすがは、仏界最強の天部殿。
いつから気づいていたものなやら、
ブッダが息をひそめて間近にいたことをあっさりと見顕わし、
咒を解いてしまうことで、
イエスの視野の中へと引っ張り出してくださったものだから。

 「ぶ、ぶっだ?//////////」
 「〜〜〜〜。/////////」

お互い様というレベルで驚き合ってしまったものの、
どちらが疚しいかは一目瞭然じゃあなかろかと、
居たたまれなさから身がすくんだ釈迦牟尼様だったのでございます。




     ◇◇◇



どっちもどっちだと思ったか、
これ以上の話もなかろと、
梵天氏は“では また”と潔く立ち去ってしまわれ。

 『…………帰ろっか。』
 『うん。』

こんなところで立ちん坊もなかろうと、
イエスが促す格好で、残された二人もまた、自宅へと帰ることとなり。
さすがは最強の天部様、彼の意趣返しは見事に功を奏しており。
何とも気まずいというか、
どう取り繕えばいいのやらと、どちらもが口ごもったまま。
そうして とぽとぽと歩くうち、
今日は意外なほど早く、アパートまで戻れた彼らだったりし。

 「……。」

どちらかといや、ブッダの側がノロノロとしており、
鍵を持っているのが自分だと気づくのもやや遅れたし、
何に焦っているものなやら、
日頃は手際のいい人が、何度も鍵穴へ差し損ね、
そのたびにぐすぐすと鼻を鳴らすのが、
風邪か花粉かとイエスに案じさせたほど。
買い物帰りなのでと、トートバッグを作業台へ降ろしたブッダだったが、

 「……え?」

中身を出すその途中、
何を思ったか、いやいや気もそぞろだったからだろう、
卵のパックをそれごと掴みしめてしまい、
プラのケース越しとはいえ、ぐちゃりと2、3個潰してしまったのは、
尋常ならざる状況と言え。

 「ブッダ、こっちおいで。」
 「…まだ片付けが。」

いいからと、手を引いて六畳間まで連れてゆき、
スイッチを入れたばかりじゃあったが、コタツにあたろうと座り込む。
それからごそごそとコートを脱ぐ手順もいつもと逆だったが、
今はそれどころじゃあないとして。
どこかぼんやりしている如来様なのへ、
そちらのコートも脱がせてやって、コタツ布団をお膝へ掛けてやり、

 「ほら、温かいでしょう?」

自分の手のひらを頬へと伏せてやりかかったところが、
びくりと大きく震えた彼だったので。
あ、ごめんごめんとそこは謝ったけれど、

 「〜〜〜。/////////」

きゅうと食いしばられた口元や、
潤みの強くなった双眸なのを見るにつけ。
ああ、別口の何かへ、
混乱だか困惑だかしている彼みたいだなと、
そこはさすがにイエスにも判った。
その何かというのは きっとやっぱり、
先程の梵天との会話についてなのだろう、というのも察せられ。
自分はコタツにあたりもせずに、
その分、ブッダの真横にお膝を揃えて座したまま。
居たたまれぬ想いを示してか、
剥き出しの膝、ごしごしと手のひらで擦っていたイエスが、

 「気配を消して近づくなんて…まだそんなに疑ってたの?」

梵天への懐きようを巡って一悶着あったのは、ほんの数日前のこと。
イエスをダシにし、自分を振り回したいのだと、
疑心暗鬼もいいところな物言いをしていたのも記憶には新しく。
それでのことなの?と訊いたのは、いかにも当然の順番であり。
信じてって言ったのに…と続くのを恐れたか、

 「……キミこそ、こそこそと逢ってたんじゃないか。」

先んじてそこを口にすると、
むうとむくれたように口元を尖らせかかるブッダだったが、

 「こそこそ逢ってなんかいないよ?
  そも、あそこで待ち合わせてたでしょう?」

 「でも…。//////」

何かしら言いかかり、そちらを向いたその拍子、
随分と間近だったイエスと目が合い、
そのまま“うう”と口ごもったブッダであり。

 「人目とか忍んで逢うっていうのなら、
  どこかに身を隠すもんだし、」

 「そうじゃなくてっ。」

イエスの持ち出す小理屈へ、そんなことはどうでもいいとばかり。
やや声を荒げたブッダだったのは、
自分の取った行動の卑小さよりももっと問題なことがあろうと、
それを思うともうもう堪らなくなったから。
彼らに気づかれないように、咒で気配を消してまでして。
そうして聞き耳を立てていて聞けたのは、
それだとむっかりしただろう、他愛のないお喋りなんかじゃあなくて。
自分を引き合いに出すことでブッダを振り回すのは辞めてほしいと、
あの梵天へ持ちかけていたイエスだったものだから。

 「判っているの?
  言葉尻を取ってキミを堕天させることだって出来たほどの、
  それは恐ろしい対峙だったんだよ?」

ブッダにしてみれば、
話の内容が判ってくるにつけ、
今度はどんどんと そら恐ろしくなってしょうがなかった。
何にも代え難いほど大切な、愛するイエスが、
その身をこうまで軽んじていることの危うさに、
身の毛がよだつという想いを久々に味わったほどで。

 「梵天さんが相手だったからだなんて理由にはならないんだよ?
  あの人だってあれでも天部だから、
  私を巻き込ませないようにってこと、優先させていたかもしれない。
  コトが大袈裟になる前にと、私を強引に浄土へ帰らせて、
  君を見捨てたかも、いやさ、
  堕天にふさわしい言動と、広く讒言したかもしれない。」

自分で並べた例えばにさえ、
恐ろしくてか お顔が引きつるブッダだというに、

 「う〜ん、でも私、
  ブッダが大変だって気づいた以上、安穏としてられなくて、」

 「もうっ! キミってば…もうっ!!////////」

のほほんとしてしか聞こえぬお言いようなのを、
皆まで言わさず、身を乗り出してその肩へとすがりつく。
ちょっとした仲違いへの加勢どころの話じゃあないんだよと、
どっちが大変な立場な話をしているものなやら。
拗ねておりますというよな表情で、口許をむぎゅと歪めていたイエスなのへ、
それこそ真剣真摯、
感極まって声が涙に呑まれそうになりつつ
懸命に掻き口説く釈迦牟尼様であり。

 「どうしてそんな…っ、
  私だけが無事でもしょうがないでしょう?///////」

捨て身なんてされてもありがたいものかと。
キミが“私さえ無事なら”なんて思うのが許せないと。
ううと息が詰まったそのまま、
お顔をイエスの肩口へ伏せてしまう彼だったものだから。
そんな様相へは イエスもハッとし、

 「ごめんね、ごめんっ。」

もう話は…決着はついたとでも思っていたものか、
肝心なブッダがこうまで激したのが意外だったようで。
慌てたように腕を持ち上げ、
嗚咽を零し始める愛しい人の背中を
案じるそのまま何度も何度も撫でてやり、

 「ごめん、怖かったの?ブッダ。ごめんなさい、泣かないで。」
 「もう〜〜〜〜っ。////////」

イエスは、ブッダが自分が修羅界に堕ちても構わないと言い、
ただ、誰かを巻き添えにするのが辛いのだと、
その方が耐え難いと言ったことを懸念してのこと。
自分はどう処されてもいいから、ブッダを困らせないでと梵天へ迫ったのだが、
どうやらそれだと ほんの微妙に読み違えていたようであり。

 「判ってよっ。
  イエスがいなくなったら私、どうすればいいの?
  イエスだってそうでしょう?
  私がいなくなってもいいの? どっかで無事にしていたらそれでいいの?」

 「や…あの、えっとぉ?/////////」

ちょ、ちょっと待って下さいな。
百歩譲ってそれだったらまだ許せませんかと、
ギョッとしかかったイエスだったが。
腕の中に見下ろした如来様の深瑠璃の双眸が、
涙で膜を張ってのうるりと濡れているにもかかわらず、
そちらからも見上げて来ていたその目ぢからの強かったこと、
そして、何とも激しい気色に満ちていたことよ。

 「あ…ぶっだぁ。////////」

ああもしかしたら私、高をくくっていたかもしれない。
恋心においては自分の方が先輩だなんて、
ちょっぴり偉そうな心掛けでいたけれど。
ブッダの中に芽生えたそれは、
自分が憧れから のほのほと育んでた生易しいものなんかの
比じゃあないほど激しいものへ、いつだって転化しかねぬ純度の濃さであり。
ただ、

 「う…えと、あの…。//////////」

自分でも何かしら気がついたものか、
不意に狼狽えると真っ赤になったお顔を覆い、
いやいやいやとかぶりを振る。その途端に、

 「あ…。//////」

まろやかなその肩や背中を覆って、深色の髪がぶわっとあふれた彼であり。
さすがに今のは激し過ぎだと、自分でも混乱の極みを察したのだろう。
そんな彼なのを、今度こそはと腕の中へしっかと収め、

 「ごめんね、ブッダ。泣かないで。」

私、もっとしっかりするから。
キミのこと、独りにするなんて考え違いはあらためるから、と。
怯えてのことか、腕の中で細かく震え続ける愛しき人を、
切ない気色と共に、ますますと恋しいと感じつつ。
豊かな髪へ頬を寄せ、その名を呼び続けてしまうのであった。






 「…私ってどうしてこうも
  焼き餅を焼いてしまうんだろ。」

鬱陶しいだけの感情で、いいことなんて何にも招かないのにねと。
やっとのこと、少しは落ち着いたらしいブッダがぽつりと呟いて。

 「イエスを信じてないなんてことないのにね。」

まだちょっと湿った声のまま、
頬を埋めてる懐ろの主のことを案ずれば。
その、オレンジの香のする懐ろが 微妙に小さく撥ねたものだから。

 「…なんで嬉しそうなの。//////」

くすすと微笑ったイエスへと、
非難の声をついつい上げる。
可笑しいと笑われたのではないくらいは判るのだが、
こんな醜い感情を、なのに嬉しいと受け止める彼なのが判らない。
疎まれたくはないけれど、でも、
軽んじられているのならそれもまた心外と思ったものの、

 「だって、こうまで好き好きって思われてるなんて。////////」

嬉しいに決まってるでしょうと、
間近だからか やや低めた良いお声で囁くイエスであり。

 「あのね?
  例えば私が松田さんと話してたら、ブッダは焼き餅焼きますか?」
 「?? 焼かない。」
 「じゃあね、静子さんだったら?」
 「焼かない。」
 「愛子ちゃんでは?」
 「焼かないよぉ。」
 「竜二さんだったら?」
 「…あのねぇ。」

からかっているのかと、うんうんと愚図りかかった彼だったものの、

 「じゃあ、レイちゃんとかフミちゃんみたいな子だったら?」
 「う…。//////」

 若くてかわいい子たちだから危機感を感じたの?
 …うん。//////

 「じゃあ、梵天さんだったら。」
 「うっと…。//////」

 あのね、梵天さんだったら
 イエスをちょろりとかついでどっかへ連れてくような気がしたの、と。

今度はなかなか素直なところを吐露する彼だったのへ。
嫋やかな肢体ごと、こちらへ凭れかからせたまま、
イエスはやはり くつくつと喉を鳴らすように微笑って見せて。

 「やだなぁ。
  ブッダのほうがどれほど綺麗で可愛いかが判ってないし、
  梵天さんが私をかつげたとしたっても、
  どっかへ連れてって、それからどうするっていうのさ。」

 「う?」

前半はともかく、後半の言いようの意味合いが
ブッダにも判りかねたところへと、

 「このスノウドームじゃあるまいし、
  見てたって面白くもなけりゃあ、
  いつまで眺めてても飽きないような綺麗なもんでもないでしょうが。」

 「う…。//////」

そっかなぁ、それはどうかなと。
彼もまた、聖人にはたまらない種類の類い稀な魅力のオーラを持つことへ、
ちょっとばかり反論したいような、
でもでも自分で気づいてないならそのままにしとくべきかなと、
惑ってしまったブッダ様であり。

 「それに。私には君がいるのにかい?」
 「うう…。//////////」

何百年越しの片思いだったと思ってるの。
それがやっと叶ったばかりだよ?と。
わざとにお髭をこしこしと、柔らかい頬へと押し当てれば、
くすぐったいよぉと やんやん逃げるブッダなのへ、こそりと安堵しつつ。

 「君が不安なのは きっと、
  物や人への執着をしてはいけないって教えを説いてるからだよ?」

 「…っ。」

すっかりと凭れていた身が、これへはひくりと震えたけれど。
ほどけたままの髪へ鼻先を当て、
それは甘くていい匂いなの、胸いっぱいに吸い込んでから、

 「ずっとずっと執着をしないでいたから、しがみつき方を忘れてて。
  距離感が判らなくってそれで、
  少しでも離れていっちゃいそうだと見るや、
  たちまち不安になるんだと思う。」

 「う〜。//////」

くぅんとお鼻を鳴らすよな声を洩らしたブッダなのへ、
ああもう、なんて可愛いのーvvと、ご満悦となりながら。
よしよしと髪を梳いて差し上げつつ、
イエスが続いて囁いたのが、

 「大丈夫。その代わり、私が君を離さないから。」
 「え?////////」

君からしがみつけないならばと、
にっこり微笑ってイエスが言うには、

 私は執念深いと言ったろ?
 …………うん。

 何百年ていう片思いに耐えた男だよ?
 ………うん。

 ちょっとやそっとじゃ離れないから、覚悟するんだよ?
 ……うん。////////

最後はただの惚気にすぎなかったものだから。

 「いえす。///////」

もじょりと小声で呼ばれたのへ、
何だい?と、それは朗らかな笑顔で応じれば、

 「大すきっ。///////////」

顔こそ上げなんだものの、
直截なお言葉とそれから、
そのまま むぎゅうと懐ろへしがみついて来た大胆さと来ては、

 「え?え?////////」

 何なに、今のって何?
 〜〜〜〜。////////

 ねえブッダってば。私を好きって言ったんだよね?ねぇ?
 〜〜〜〜。////////////

自分の立場を危うくするよな文言や宣言よりも、
こんなささいな言葉のやり取りのほうこそが、イエスには重大事であるらしく。
ねえねえと仔猫みたいな声を出す、なのに頼もしい伴侶様なのへ。
ついつい幸せ一杯というお顔になるのが、どうあっても隠せぬものだから、
やんやんとお顔を伏せたままを続ける、ブッダ様なのでもあって。


 世間様はまたぞろ訪れるかも知れない大雪への警戒中だというに。
 こちらのお二人は、至福の温もりの中に、
 甘く甘く浸っておいでであるようで。
 そのままこれがあふれでて、
 世界も前倒しで春になったらいいんですのにねと。

 「ブッダ、キス出来ないよぉ。」
 「う…。//////」

 この誘惑には負けるのか、ブッダ様。
 そろぉとお顔を上げたところで、カメラは撤退いたしますので。
 後はどうぞご自由にvv
 ただ、ほどほどにしとかないと、
 コタツのお布団がメリンスの高級なそれへ
 あっさりと転変しても知りませんぞ?(笑)





       お題 10“それでも大好きなんだもん”



            〜Fine〜  14.1.26.〜2.18



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  *以上、両想いな二人へ10のお題でした。
   大好きだよ、愛してるよにくっつく
   特に前半は甘いフレーズばかりなのを意識し過ぎたか、
   書いてる側も、砂の吐きまくりな展開ばっかでございましたが…。(笑)

  *どっちのエピソードでも、
   ブッダ様ばかりがキリキリ舞いしている連作になりかかってましたが、
   天然で無自覚に見せかけて、
   実を言えば、ちょいと強かなイエス様から
   しっかと見守られての愛されてるんだもの、大丈夫だよという、
   そういう聖バレンタインデー仕様の連作にしたかったのです、はい。
   でもって、その肝心な後半がグダグダに…。(ううう〜)
   もうちょっと段取りよければよかったんですがね。
   あと表現力もほしいとこです。
   相変わらず まごまごしたお話になっちゃってて すいませんでした。


めーるふぉーむvv ご感想はこちらへvv

掲示板&拍手レス bbs ですvv


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