かぐわしきは 君の…
   〜香りと温みと、低められた声と。


   “汝、右のみならず…” (番外編)

      *ネタというか、いつに増して妙な方向へ突っ走ってるお話です。
       真摯でピュアな最聖人たちというより、
       堂々のどっぷり新婚さんモードです。
       それでもいいという剛毅な方のみ、お読み下さいませ。



イエスの愛用するノートPCは、
彼という特別な存在が愛でているからということもあるのかも知れぬが、
九十九神が宿ったほどの年代もので。
今時の機体だとキーも浅くてタッチももっと軽やかなのかも知れぬが、
つくもんは昔ながらのやや武骨ながっちりキータイプ。
なので、興に乗って打っていると、
カチャカチャとなかなか賑やかだったりもする。

 “お、今日は随分と熱が入ってるな。”

お膝に置いてという格好では安定が悪いか、
まんが週刊誌を台座にした上へPCを置いて、
何やらチャカチャカと打ち続けているイエスをちらりと見つつ。
こちらも日課の家計簿をつけていたブッダが、
そろそろ一息入れよかなと鉛筆を置いて見やった窓の外は、
まだ微妙に、家並みや生け垣のシルエットの方が空より黒々と見える時間帯。
冷蔵庫へと立ってゆき、普段使いのグラスを2つ用意して、
冷やした麦茶をそそいでおれば、

 「……つっ。」

短い声がして、キーを叩く音がふっと止まった。
あまりに唐突だったので、どうしたのかと見やれば、
自分の右手の先をまじまじ見やっているイエスであり。

 「イエス?」
 「ああうん、何でもないよ。」

へろりと笑い、ひらひらとその手を振る彼だけど、

 「何でもなけりゃ、見たりしないでしょ。」

大ごとではないにせよ、
何かあったから、あれれ?と確かめたのに違いなく。
小さめの盆へグラスを載せて卓袱台まで戻ったブッダは、
だが、元の場所へ座り直すでなくの、
窓辺近い定位置にいたイエスのそばへ足を運ぶ。

 「ほら。」

隣りではなくの傍らへ、向かい合うよにお膝を降ろすと、
見せてと手を延べる彼なのへ、

 「…うん。」

本当に大したことはないんだよと、重ねて言ったのに嘘はなく、
突き指したとか爪が割れたとかいう“痛くて”のことではなかったようで。
ただ、

 「何だか不揃いだね、右の爪。」

人差し指は斜めになっているし、中指は半分だけ深爪すれすれ。
小指は摘むのを忘れたかと思うほど白いところが残っていて、
薬指は妙にぎざぎざで、親指はカクカクといやに角張っており。

 「いやあの、何か切りにくくてサ。」

左手で爪切りを扱うのが、どうにも上手にいかないらしい。
そんなせいでの摘み残しが引っ掛かり、キーの打ち間違いをしちゃったらしく。
レディのお手を拝借してるような預かりようをしていたブッダ、
おやまあと目を見張ってから、すっくと立ち上がったのが押し入れへだったので。

 「…ブッダ、夜に爪を切ると親の死に目に逢えないって言わない?」
 「君の親御さんたちは揃って天の国においでだろうに。」

どうなんでしょうか、そこんとこ。
生活費が足りなくなると“帰省”しなきゃならなくなるなんて、
うっすらと怖いことを時々口にするお二人ですが、
天の国にいてもなお、亡くなるということはあるのでしょうか。
それはともかく、

 「さほど明るいとは言えない中で爪なんか切ったら、
  深爪したり、どこかへ飛んだ小さい尖ったのを探せなくて後々危ないっていう、
  遠回しの戒めじゃないのかな。」

親の死に目なんて大ごと持って来るほどに、
いけないことなのに止めない人が後を断たなかったとか、などと。
有り難い考察を紡ぎつつ、
小物入れからいつぞやの爪切りを取り出すと、
古新聞を手に、窓辺へ戻って来て、

 「ほら、きちんと揃えてしまおう。」
 「……はい。」

お膝を揃え、姿勢を正して、向かい合うよに座られては、
いかなイエスでも逆らいようがなく。
お願いしますと右手を差し出す。
ちょっぴり節が立っていて、甲も筋ばっている、いかにも男性の手だが、
力仕事に縁がないせいか、指は案外と細くて長く、
それでも頼もしさを感じる、男の人らしい手だなと、
ブッダとしては つい見惚れる。

 『何言ってるの。』

頼もしいっていうのは、金剛像みたいながっつり系とか、
君の手みたいにふくよかで安心させてくれる手を言うんだよと、
他でもないイエス当人からも、そんな風に言われたけれど。
磔刑の痕である“聖痕”こそ痛々しいものの、

 “やっぱり男らしい手だよな。”

野性味が感じられるとか、雄々しいとかいうのじゃあないけれど、
それでもこう、血管とか浮いてたりして、掌も大きいし、
良いよなぁと見とれていたが、

 「…ブッダ?」
 「あ、いやあの、ごめん。///////」

そうだった、爪だったよねと、
口許をうにむにとたわめつつ我に返ると、
左手で指を伸ばしてやりつつ、
右手に構えた爪切りで ぷちんぱちりと不揃いな部分を揃えてゆく。
こういう作業、実は結構お得意なブッダ様で、
人の世話というよりも、造形物への調和ある仕上げという感覚か。
すっかりと預け切っての力を抜いた、
イエスの右手の乾いた温かさが、こちらの手のひらや指先に心地良くて、
またぞろ口許がふやけそうになったのを何とか押さえつつ、
やすりでエッジを整えて。

 左は? いや良いって、良いから見せなさい…という、

“仏の顔 カウントダウン”が始まりかかったやりとりがあったものの、
そちらは本人の言うとおり、さして問題はなかったので良しとされたが、

 「ほら、ついでに耳も見ようか?」
 「はい?」

いきなり唐突に何を言い出すかと、イエスはギョッとしたけれど、
実は爪切りと一緒に 何と綿棒も取り出していたらしいブッダ様、

 「だってイエスって、
  時々耳かきで耳をいじってるけど、それって右側ばっかでしょう。」

 「う…。」

左手は不器用というタグから、
何の気なしに見ていた日常のひとコマなそれを思い出したなんて。

 「…君は名探偵○ナンくんかい?」

油断も隙もないと、
隙だらけの御子様が自分で自分を抱きしめる大仰なポーズに苦笑をしつつ、

 「無難でも苦難でもいいから、ほら此処。」

ポンポンと手で叩いたのが自分のお膝と来て。
その流れもまた、イエスの度肝を抜くには十分だったりし。

 “…お母さんモードなんだ、今。”

ほんのついさっきまで、イエスの手へぽーっと見惚れていたくせに、
それって間違いなく、新妻モード(は?何か?)だったくせに。
何てまあ切り替えの早いこと。

 “そういや、さっき仏の顔のカウントダウンをしかかってたから。”

それで切り替えやすかったのかなと、余計なことへと感心しつつ。
ここは逆らわない方が良いなと、
ごねることなくの言われたそのまま、にじにじとお膝を進め、
お願いしますと身を横たえる。
だってね、
そこはやっぱり好いたらしい相手なのだもの、
機嫌よく言ってくれているのを無下に断るなんて出来ないし。
そんな大義名分とか建前なんかより、

 “うあ、気持ち良いvv”

女性のお膝がどんなかは知らないけれど、
自分を含めての一般的な男の膝ではこうはいかないだろう、
がちがちに堅くはなくの 適度に柔らかな肉付きの腿が心地良い。
正座している関係で ちょいと高さがあるかなというのが難だったので、

 「ブッダ、足伸ばしてよ。」
 「ありゃ、高すぎた?」

素直に従ってくれて、やっと程よい落ち着きようになったところで、
ではと綿棒を構えたらしく。
さっきと同じく、左手で耳朶を押さえたり引いて広げたりしつつ、
中を覗き込んでいる模様で。

 「耳はさすがに昼間じゃないと暗いんじゃないの?」
 「なんの。何となったら後光を使えば良いまでのことだし。」

そんな大層な…。

 “…というか。”

冗談口を叩いてはいるが、微妙にドキドキしていなくもないイエスであり。
だって、この態勢って随分と親密なそれではなかろうか。
欧米には、こういう態勢で、
しかも誰か他人がかりでしてもらう“耳掃除”という習慣はあんまりないそうで。
自分で綿棒で拭うか、耳鼻科に行くか。
専用の“耳かき”なんて道具まであるのは、
もしかして日本だけの文化じゃなかろうか。(調べてないけど。)

 “仏教って日本でも古くから盛んだからかな。”

つか、今や神道ぶっちぎりして仏教徒ばかりの国ですから。
生まれて何日目かに神社へ参っても、七五三を神社で祝っても、
そうやって ちゃんと地元の神社の氏子になっていても、
お葬式はお寺で、もしくは仏式でするのが日本人ですから。
死者のほとんどが浄土(か地獄)へ向かうのであり、
そういう関係で ブッダ様も…イマドキの話題にはやや疎くとも、
日本の文化自体へは随分と詳しいのだろうと思われる。

 「動いたらダメなんだからね〜。」
 「は〜い。」

言いようが間延びしているのは、耳のほうへ集中しているからだろう。
うにうにと耳朶をいじられるのは何だかくすぐったかったが、

 「う〜ん、そんなに汚れてはないみたいだねぇ。」
 「でしょう? 下手なりに一応は掃除してるもの。」

それでもと、綿棒の先がするりと侵入して来たようで、
うあ擽ったいぞと一瞬 身を縮めたものの、
思ったほど何かが擦るような感触はなくて。

 “……おや、お上手。”

まさかとは思うけれど、天下のブッダ様がこういうことに慣れがおありか?
いやいや いやいや、ただ単に器用なだけだよね?
だって、どこの誰が仏教の開祖、釈迦牟尼様に膝枕なんてさせるの。
こればっかりは、
お父さんみたいな天部の誰かさん相手でも わたくし許しませんよと
(ああそういう把握なのか…。)
勝手ながらの憤懣から唇が尖りかかったイエスだったけれど。
そんなお怒りの炎をば、
横合いから そよそよとそよいで微熱に変えてしまったものがある。

 「…う〜ん、一通り撫でるだけでいいみたいかな?」

体が柔らかいブッダなせいか、どれほど前へ身を倒しているものやら。
口調は呟きなのだろうに、いやに近くから聞こえる声だと気がついて、

 “…もしかして吐息がかかってません?///////”

のぞき込むのに夢中なのか、恐らくは当人も気づいてないようだが、
気づいたとしても
お母さんモードなら“やだなぁ、あはは”で済むことなのかも知れないが、
かなりの至近距離にて、耳元へ囁いている彼であるらしく。

 “こ、これは
  半端なお仕置きよりドキドキするじゃあありませんか。////////”

そして、何で丁寧語なんでしょうか、神の御子よ?(笑)
いやいや、疚しい気持ちなんてありませんともと、
視野の中をあっち見こっち見していたものの、それでは一向に落ち着けず。
この際だからと思い切って目を閉じてみれば、

 “……あ。”

あれれ? ちょっと待って下さいな。
仄かに香るものがある。
覚えのあり過ぎるこの香りって、
甘くて瑞々しいこの香りって…。

 “なぁんだ、そうなのか…。”








 「…ス、イエス?」

静かな声が自分を呼んでる。
ちょっぴり蒸す中、でも心地のいい風もあって、
何だ?何時だ?と、やや混乱しもって目を開ければ、

 「観たいって言ってたBSの番組が始まるよ?」

ブッダの声が真上から降って来て、斜め横からは涼しい風も。
ああこれってウチワの風だ。
わたしの扇ぎ方はウナギでも焼いてるみたいで乱暴だなって、
いつも笑われるんだけど、
さすがはブッダだなぁ、そよそよっていい風が来て…

  …って

 「うわ、ごめんっ。わたし寝てた?」

しかもこの、畏れ多くもブッダ様の膝枕で、
手づからウチワで扇いでもらいつつというオプションつきで?

 「何度か声も掛けたんだけどね。」

返事もないし寝息がするし、
まあいっかって思ってと、あははと屈託なく穏やかに笑った釈迦牟尼様ですが、

 “…なんで螺髪がほどけているのでしょうか。”

うあ、目許が甘く染まってて可愛いったらないし、
少しうつむき加減になった白磁の頬に
さらさらかかる深色の髪との拮抗の、絶妙な嫋やかさ。
肘で支えるようにして上体をやや浮かせ、
何をか信じられないというお顔で見上げてくるイエスなのへこそ、

 「やだなぁ、どうしたの? そんな顔して。/////////」

白い手がヨシュア様の薄い頬をそろりと撫でて、
はんなり微笑う態度は…なかなかに落ち着いているけれど、

 “だって、
  ラファエルさんの膝枕に勝っちゃったかななんて、
  大それたことを思ったからだなんて……。”

思った途端、いやいや いやいやと否定はしたけど、
照れとか含羞みとか、動揺とか、
でもでもイエスのこの静かな寝息といったらとか、
いろいろな感情が混然一体となっての末に、
ついさっき ぶわっと髪がほどけてしまったのであり。
片やでは、

 “そりゃあさ、
  アンズの匂いがしていたから、
  実はお母さんモードじゃないみたいだって、気がついてはいたけれど。”

何なに、日本ではこういうご奉仕ぽいことも恋人同士でするものなの?と。
そこいらの情報が足らなんだらしいイエス様。
ご本人から訊いて、
松田ハイツの屋根へ睦みの瑞鳥を
半ダースほども呼んじゃえばいいです、はいvv


  「でもね、ブッダ。
   ラファエル以上の効き目ごと、これってわたし専用だからね?」

  「え? あ、えと……うんっ。/////////」


  お後がよろしいようで。(やっぱ ネタか)



     〜Fine〜  13.08.04.


  *もーりんが使っているPCも、つくもんと同い年レベルのロートルです。

   じゃあなくて。(笑)
   爪きりとかあせもとか耳掃除とか、
   最聖人に何やらせてるサイトでしょうね、ほんまにもう。
   一番最初のお話の、
   それは清純でピュアだった彼らは 一体いずこへ?

   そして、これが実は新しい拍手お礼用に書き始めた、
   ちょっとしたネタだったなんてことは
   神様でも御存知ない事実だったのでありました。
   (行数がいくらでも増える増える…)
   真夜中、それも熱帯夜に何か思うとロクなことにならないのは、
   何も天部の企画会議だけじゃあないようです。


   ついでだからブッダ様Ver.も おまけだっ →
おまけへvv


ご感想はこちらへvv めーるふぉーむvv