天穹に蓮華の咲く宵を目指して
      〜かぐわしきは 君の… 2


   “君の瞳に…” (番外編)



晩夏に間近い八月終盤の週末に、
立川市の一角、とある河川敷にて催された花火大会は。
にわか雨にも祟られることもなくの、
たくさんの見物を集め、たくさんのドラマも生みつつ、
それは盛況のうち、無事に幕を閉じた。

 “……が。”

来合わせていた人々から、
化粧品会社のブースでもあったのかしらという声がしきりと立っていて。
夜店も多数出ていてのこと、
屋台の売り物のソースや甘味の匂いやら、
人々の汗の匂い、女性のまとう仄かな化粧品の香りと、
発電機のそれか かすかな揮発油の匂いが入り混じる中、

 特に鮮明という訳でもないながら、
 それでも随分と印象的なそれとして

深みのある、瑞々しいバラの匂いが、
風に乗ってだろう、
時折どこからともなく吹き付けて来ていたものだから。
新製品のブースがあって試供品でも配っていたか、
いやいや、ケーブルテレビの収録か何かがあって、
提供していたスポンサーだからと
コトあるごとに商品を使って見せてたのよとか。
実しやかに“つぶやき”や何やで取り沙汰されていたようで。

 「…。」

新聞の地方頁、地域の声という小さな投書コーナーでも、
それへと触れているメールが紹介されており。
雰囲気もいい中、カレ氏から告白されて、
そのとき確かに香ったばらの香りは
きっと忘れないでしょうという可愛らしい一文なのへ、

 「…ふ〜ん。」

普段は読み飛ばす箇所だったが、
花火とか ばらの香りという活字がついつい気になってしまい、
まずはザッと、それから…慎重に丁寧に二度も読み通したブッダ様。

 『あ、うん。気がついた?』

正しく同じ晩に、同じ場所で。
この投書の女性と遠からずな告白体験をし、
甘くて切なる想いにドキドキと胸躍らせていて。
その興奮も冷めやらぬ中、
真夏の夜気を震わせて、次々打ち上がる花火を見上げておれば。
時折ふわりふわりと
覚えのある香りがどこからか漂って来るものだから。
まずは、すぐ傍らのイエスの冠を見やったが、
頭上に灯される赤や青の光に浮かび上がるそこには花の影なぞ見当たらず。
これが咲いてないのに、ではどこから匂いがと、
その程度の“???”だったブッダの視線へ、
どこか微妙に…照れ臭そうなお顔をしたヨシュア様。
ほりほりと頬を指の先で掻いてから、
同じ指にて さりげなく自分の茨の冠を指差すと、

 『あれだけ嬉しいことがあったんだもの。
  ここに咲く程度じゃあ収まらなかったみたいで。』

 『え?』

宵の催しでよかったと微笑ったイエスだったのも道理。
もしもこれが明るい昼間のイベントだったなら、
広い広い会場の周縁を取り巻くように、
川風に乗ってばらの花吹雪が優雅に舞い躍る
それは荘厳な風景が、白日の下にさらされていたことだろて。

 『私としては、見せてあげたかったけれどもね。』

だって、
あれあれ?いつもの萌えバラが咲いてないじゃないのって、
ブッダに余計な疑いをさせやしないかってのが、
むしろ心配だったから、と。
こちらを真っ直ぐ見やっていた目許を細め、
彼もまた照れていたものか、ふんわり甘く微笑ってくれたので。

 『あ…。///////』

そんな仔細にまで気づくほど、
落ち着いてなんかいなかった自分だと、
逆に思い知らされたようなもの。
そうまでの大仰なばらの奇跡が起きてたんだなんて、
ああもう、どうして君は…//////と、
またもやお顔が赤くなってしまったの、
花火の光の色づきのせいだと誤魔化せたのだから。
ブッダの側にも、
宵でよかったというケースじゃああったのだけれども。

 “それだけじゃあ なかったし。//////”

夢見心地とはああいうのを言うのだろうか。
戸外だのに妙に密閉感もあった、ざわざわと落ち着かぬ雑踏の中。
頭上には、肌身を震わす響きと共に打ち上げられる花火の、
大きな光の輪が次々と広がっては夜空の中へと吸い込まれてゆく、
それはそれは幻想的な光景が幾度も幾度も繰り返されて。
否応無く気持ちも高揚したそんな中、

 『……。』

だのに何故だか、ちょっぴり切なくなりかかったブッダであり。
着慣れない浴衣の肌への素っ気なさと、
表へ出ている肌には もやんと湿気がまといつく蒸し暑さとが、
周囲を取り巻くざわざわした取り留めない雑踏と一体化して、
何だか急に落ち着けなくなった。
花火を見に来たのにキョロキョロするなんておかしいかな。
でもね、あのね、
夜空に咲き乱れる色とりどりの花火って、
片っ端から消えてくのが、何というか落ち着けなくて。
思えばこれこそ諸行無常の最も判りやすい例であり、
だから…総身がつい引き締まろうとしていたのかも。
そんな言いようのない不安を宥めてくれたのが、

  そっと、きゅっと

降ろしていた手を取ってくれた。
指先だけという、ちょっと変則的な格好だったけど、
きゅっと握ってくれた、いつもの頼もしい手だったの、
ぼんやりながら思い出す。
言っちゃあ悪いが、
日頃はあんなにも屈託のない“お子様”な彼なのにね。

 “どうしてここ一番に、ああまで頼もしいのだろ。”

手元でやや浮かして掲げていたけれど、
新聞自体にはもはや視線も落とさぬまま、
ぼんやり取り留めのないことを思っておれば、

 「ブッダ。」

畳の上、手をついての這うようにして、
ほんの少し離れていた腰高窓のところから、
にじにじとにじり寄って来たのがそのご当人で。
夕食後のまったりとした ひとときであり、
PCを開いて、ブログの更新をしていたはずだが、
その作業も済んだのか、
卓袱台までを泳ぎつくと、ねえねえと人懐っこい笑顔を向けて来る。

 「?」

なぁに?と小首を傾げてそちらを向けば、
ふふと嬉しそうに微笑って、ただただ見つめて来るイエスであり。

 「…………。」
 「? なぁに?」

用があって寄って来たのだろうに、
しかも名指しというお声まで掛けて来たというに、
そのまま、うんともすんとも言うこともなくの、
こちらをじいと見やってばかり。
新手のにらめっこにしては、
お髭の下の口許も既にほころんでいたし、
何か具体的なおねだりがあるのなら、
もうちょっと落ち着きのない態度を見せた末、
こちらから訊くまでもなく切り出し始めているはずで。
ネジでも切れたかと思わすような、
一時停止のままになっているものだから、
怪訝というより不可解だからと、どうしたのかを尋ねてみれば、

 「うん。ブッダの眸は奇麗だなって。」
 「…はい?////////」

そういや、さっきから彼の視線はじっと動かないままであり。
こちらが瞬きをするのへだけ、小さく表情が動いていたような。
それへと、

 「何を…。////////」

訊かなきゃよかったと微妙に後悔してしまう。
イエスにしてみれば、
決して大仰な作為がらみの言い回しや、
ましてやお世辞ではないのだと、
これまた今までの蓄積からようよう判っているブッダであり。
正しく無邪気な子供と同んなじで、
思ったことを率直に口にすることへ頓着のない人なので、
言われた側としては……ただただ照れての困るしかない。

 “ううう…。///////”

ブッダには風貌容姿への頓着なんて もともとないし、
天部からの後づけとやらで微妙にあちこちいじられてもいるため、
褒められたとて、
せいぜい“素敵な服をお召しですね”というのと同等な感が強い。
ただ、

 「何 言ってるかな。
  第一、イエスの眸の方が奇麗じゃないか。」

 「えー? 私の目なんて、
  色も薄くてガラス玉みたいで、
  おもしろくも何ともないじゃないか。」

そんなとんでもないことを言う人でもあるがため。
あくまでも基礎常識として、そこそこの美意識を持つブッダとしては、
何てとんでもないことを言いますかと、
ついつい身を乗り出してしまう。

 「何を言い出すかな、君は。」

透明感のある潤みの中、清楚な色みが穏やかに沈む双眸の、
何と神秘的で綺麗なことか。
睫毛の影がかかると、翳りを帯びてのそれは神聖さを増す、
こうまで綺麗な眼差しを私は他には知らぬと、
常々思っているだけに。
当の本人の言いようであれ、安易に腐されるのは許せない、のだが。

 「だってブッダの眸は、それは深い色をしていて
  見ていると吸い込まれそうな、夜の帳みたいな綺麗さだもの。」

睫毛も長いし、うるうるしていて可愛いしと。
私にとっての気に入りの眼差しを、仄かに甘く潤ませながら、
そんな言いようをしたそのまま、

 「……。」

ふっと、言葉を途切らせてしまったイエスであり。
こちらの瞳の潤みを愛でてのことか、
軽く伏せられた瞼の陰りが、
彼の愛しい玻璃の眸へ静かな深みを落としており。
それへと ときめいてしまってのこと、

 「…っ。」

ついのこととて短い瞬きを繰り返せば。
そんな含羞みめいた反応へだろうか、
彼の表情にふわりと柔らかな笑みが濃くなる。

 やさしくて、ちょっぴり頼もしい表情。

どうしてだろうね、
余裕というか、懐ろの深さというか。
そんな貫禄をさえ感じてしまってのこと、
たじろがされでもするものか、

 「……。///////」

落ち着きをややなくしたブッダが、視線が泳がせてしまっておれば。
小首を傾げて“どうしたの?”と
ほんの少しほど間合いを詰めてくるイエスで。
視線を逸らしても逃げ切れない間合いへ入られては、
これはもう、相手を見つめ返すしかなく。

 ああ、やっぱり綺麗じゃないか。

伏し目がちになった、落ち着いた色合いの玻璃の瞳は、
戸惑いを隠せぬこちらの瞳を宥めるように、
そおっと覗き込んで来たそのまま。
ぱちりぱちりと優しく瞬いて、
言葉に乗せるにはやや野暮なこと、無言のうちに伝えて来る。

 ……えっとぉ、でもねあのね。/////////
 恥ずかしい? そんな気分じゃない?

 いや、えっと。/////////
 ブッダがイヤなことなら、私もしたくないよ?

 えっとうっと、あのね…。////////////

右へ左へ きょときょとと、
答えを出せぬ視線は、臆病にも逃げ回るものの。
こうまでお顔が近づいても
その精悍なこしらえへ、うっとり見惚れてしまう人が相手なんだもの。
どうしてイヤだなんて拒め通せましょうか。
こくりと小さく息を呑み、
ドキドキのせいでの まだ震えてしまう瞼をそおと閉じれば。

 ふわりと

ゆるやかに肌身へ迫るは、仄かな温みとちょっぴりほどの汗の匂い。
唇へと触れた温みは、しっとりとやわらかで。
さすがに、むんと食いしばってまではないけれど、
それでも怯んでいてか、触れた瞬間 震えてしまったこちらを。
逃がしませんともということか、
ちゅっと軽やかに吸いつけながら、両腕を伸ばして来て
片やは背中へと回し、
もう片やは卓袱台の上にあったこちらの手を捕まえていて。

 「あ…。//////」

こうまでの拘束は初めてのこと、
逃げたりなんかしないと、そうと言いたい眸を上げれば、
意外なくらい切な視線が見やっておいでで。

 ずるい狡い、いつもの甘えたな眸じゃないなんて

少し強めに押し付けられる唇は、でも、
強引さよりも むしろすがるような気配。

 「…ごめん。」

ふわっとほどけた深藍色の髪の向こうで、
彼の小さな声がした。

  あ、あ、どうして?

こちらからも延ばした手で、彼の二の腕を捕まえる。

  何でどうして謝るの?

問うように見つめると、

 「…っ、だって。無理強い、じゃないかなって。」

途切れ途切れに言いつつ そちらからもぎゅうと抱いてくれる腕は熱く。
まるで一つになりたいように、くるみ込むよに触れているところが全部、
こちらからも愛しくてたまらない。

 “…そっか。”

そうそう自信満々に振る舞ってた訳でもないんだと、
そうと判った途端に、
勇気を振るったこの手を離してほしくないと、心から思えてならないのは、

 “私も相当に現金だということだろか。”

真っ赤になってるの、自分でも判るし、
胸だって極限までどきどきが高まってる。
でも、これだけは言わなくちゃ。

 「ねえ、こんな人は初めてなんだよ?」

不安そうな眸のイエスとこれ以上ない間近で向かい合い、
もしかせずとも、こちらも必死で言い募る。

 愛らしいとか好もしいからと、
 撫でたくなったり肩を抱いたり、
 この手で触れたくなる人は今までにもいたけれど。

 「触れてほしいと思った人は、
  イエスが初めてなんだ。//////」

ほとりと頬を寄せた胸元の、リアルな肉感も好もしいし、
こうしているのがほうと落ち着いて心地いい。
髪が解けてしまうのだって、
恥ずかしさが極まってという時ばかりじゃなくなってる。

 「いけないことの上乗せだけれど、
  君に甘えたくってしょうがないからだと思う。」

螺髪が解けていたればこそ、えいっと思い切って言えたのだというのは、
この際 眸をつむってもらうとして。

 だって、
 いつまでもつまらぬ我を張ってるばかりじゃいけないのだと
 今の今 気がついたから…。

愛について限りなく寛容なイエスは、
だのに、他でもない自身の想いを私に気取られぬよう、
ずっとずっと堅い意志もて、均衡を保ち、私を護って来た。
でもね、
本気の好きへ、微塵も揺らがないでいるなんて、
それって本当は大変なことだろうと、
自分が翻弄されたからこそ、気がついたからには、
うん、甘えてばかりもいられない。

 「ブッダ。///////」
 「ねえ、大好きだよ? イエス。////」

見ずとも判るほど真っ赤な顔で言ったとて、
まだまだ凭れてまではくれないだろうけれど。
胸が張り裂けそうなドキドキはお互い様だと、今の今 判った以上はね。

 いけなさも、大変も、半分こでしょと、

お膝の周りに解け広がった深色の髪に見守られ、
総身のみならず、気持ちも一緒に、
深く深く寄り添い合いたくて。
互いに互いをぎゅうと引き寄せ、
その温みへ浸るよに、擦り寄ってしまう二人であった。


 清かな星空の下、こそりと囁く秋虫の声さえ
 今は届かぬ、蜜夜のナイショ…vv





   〜Fine〜  13.08.24.


  *ブッダ様の螺髪がほどけるなんていう
   ウチ設定を濫用する割に、
   嬉しい楽しいことへ刺激され、
   イエス様のばらの冠が開花するガチ設定を
   ちょいちょい忘れる、困った奴ですいません。

  *この蒸し暑いのに、
   それでも書きたくなるなる最聖人ラブの恐ろしさ。
   長々したのばかり書いて来たせいか、
   短くスパッとまとめるのが苦手になって来たような。
   果たして、涼しくなるのが先か、
   上手にまとめられるようになるのが先か。(競ってどうする)

   そして今気がついたのですが、
   私、年下攻めって初めて書いております。
   それも500年も年下なんて、パネェの極み。
   (雰囲気もへちまもないことを…。)


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