キミの匂いがする風は 緑

 


  
“PTAには かなわない?”




昨年は春が前倒しだったが、今年は夏が前倒しなものか。
六月を前にして 早くも各地で真夏日を記録し、
この時期に運動会や修学旅行などを予定している学校などは、
冗談抜きで暑さ対策を講じねばならなくなったほど。

 「確かに とんでもなく暑いよね。」
 「気の早いお店では もう冷房が入っているものね。」

それでもまあ、これだけ人工物で埋まってる地域でも、
四つの季節がそれと判るめりはりつきで巡っているのだから、
そこは大したものだと思うけれどと。
極端な雨季と乾季に馴染み深い地域出身のブッダと、
通年で乾いていた地域出身のイエスが、
初夏の彩りとして、
町角のそこここに数々の緑があふれているのへと眸を細める。
至便であることを求め、道を平らに固め、街を整備しても、
プレートメニューの隅っこのパセリみたいに、
緑も必要とそこは切り捨ててしまわぬところが、
人がなまもの、もとえ生き物であることへの最後の砦のようで。
そしてそんなささやかな緑でも、ちゃんと四季の恵みを体言しているのが、
大したものだと思えてやまぬ。
冬の寒さの中、すっかり枯れ切ったようだったはずの街路樹が、
春先には木の芽を整え、
今の時期、それは豊かに緑をはためかせている変貌ぶりの何と鮮やかなことか。

 「だけど、そんな樹々も
  今年のこの暑さには辟易気味かも知れないね。」

お買い物にと近所の商店街まで出掛けて来ていた最聖のお二人。
通り道になる公園の、ちらちらと木洩れ陽の躍る木陰に立ちつつも、
大きめの手をウチワの代わりとし、
ついついお顔をハタハタ扇いでしまうほど、
今日も今日とて 午前のうちから結構な陽差しの照りようで。
バカンス中のユニフォームにしているTシャツも、
早くも半袖への衣替えを八割方済ませたほどであり。
とはいえ、梅雨に入って大雨になれば、
それはそれで羽織るものが要るようになるかも知れぬと。
先の用心にも油断のないブッダとしては、
クロゼット代わりの押し入れダンス、
長袖と半袖と軽い上着と、どういう配置にすれば効率がいいか、
毎朝着替えのたびに眺め回しては、う〜んなんて唸ってたりもして。
何かしら想定外な事態となっても、
それを想定内だったとする用意が万全だったらこっそり嬉しいという、

 “それって、
  番狂わせなことが起きるのを こそりと期待してないのかな?”

そんなことは起きないに越したことはないとしながらも、
何かあったときに使えるかも知れぬと、
やくたいも無いものをついつい取っておくご婦人と
通じるところがあるよなないよな。(苦笑)

 「…あ、」

気温が上がってしまわぬうちにと、
手分けし手際よく買い物を済ませたはずだったが、
チラシから書き出したお値打ちメモを確かめていたブッダが、
後から書き足した歯磨きを買い忘れていたと言い出して。

 「ひとっ走りして栄さんまで行って来るから、イエスは先に帰ってて。」

そこは動き惜しみをしない如来様で、
自分の見落としでもあるのだしと、そう言いつつ来た道を引き返してしまい、

 「ひとっ走りしてって…。」

言ったそのまま駆け出してった先、
白いシャツをまとった背中が、
最初の曲がり角でわあと驚いていたようだったのは恐らく、
大きめの鹿が待ち構えていたと見える。(笑)
そこまでのお約束を見やったそのまま、
だがだが イエスとしては、

 “すぐにも戻って来るのだろうし。”

小走りでも急ぐことが許されぬ ややこしい身ではあれ、
此処からならば ほんの目と鼻の先も同然の距離。
日陰の少ない帰り道を、
ちょっとの間であれ 一人でとぽとぽと帰るのは何とも味気無いからと。
すぐ傍らのベンチに腰掛け、ブッダが戻るまでを待つことにした。

 “うん、木陰だとちょっとは涼しいのかな。”

頭上にささやかな天蓋を織り成すは、
まだ柔らかな葉を時折吹き来る風にはためかせている、
名も知らぬままの 枝の細い木立ちで。
確か冬場は葉も落ちての陽だまりとなっていたのを覚えているが、
何の樹かは そういや知らないなぁと。
若い葉を透かす陽の明るさに瞬きをしつつ、
そのまま ついつい洩れるのは小さな欠伸。
そろそろ寝苦しくなって来たから…というのじゃあなくて、

 “えっとぉ。//////////”

文字通りの四六時中 一緒にいるのにね。
夜でなきゃ出来ない話というのはあるものだし、
いくら自宅で自分たちしかいなくとも あのその、
閨の中、こっそりとでなきゃ出来ない触れ合いというのもあったりし。

 『そろそろくっついて寝るのは難儀になるかもだね。』
 『あ、そんなこと言い出すかな、ブッダったら。』

明かりを落とし、各々の布団へもぐりこんでから。
おいでの声へ素直に懐ろへまで来てくれた彼だったものの、
さすがに毛布は片付けての、合い布団だけにしていたが、
それでもちょっぴり蒸したのでと、肩口は心持ち浮かせての差し向かい。
だってとこちらの胸へ触れて来た、やわらかな手を捕まえ、
品のいい形にゆるめた指先へ、触れるだけのキスを落として。

 『窓を開けとけば結構いい風が入るのだし、
  何ならもう夏掛けを出しちゃえばいいじゃない。』

指先や甲への甘え半分の悪戯を、
だが特に嫌がることもなく、むしろ含羞みつつ見やっていたせいか。
イエスの言いよう、微妙に遅れて把握したブッダだったようで。

 『それはさすがに早くないかい?』

今からそんな薄着になってたら、本格的な真夏をどうすんのと。
ごもっともなご意見をくださったものの、

 『だってさ。ブッダってば、
  誰もいないってのに、何か掛けた下でないと
  じかに触ったりキスしたり、させてくれないじゃな…。』

 『〜〜〜。////////』

ほらそうやって。
誰もいないし聞かれてもなかろうに、
困ったような顔を真っ赤に熟れさせて、
こっちの口を塞ごうと 手を伸ばして来るでしょう?と。
もうもう ばかァ//////という悪態も何とも可愛い、
そんな甘甘なやり取りを交わし合った昨夜だったの、
薄ぼんやりと思い出していたはずが…。




  「 …さま、こんな、…ていると……。」


誰かの声が切れ切れに聞こえる。
判る言葉で話しかけられているのに、意味を掴み切れなくて。
あれれ、まぶたの裏が真っ赤みたいだ。
私、陽向にいたっけかなぁ。
ああでも眠くて眠くて目が開けられぬ。
そんな視野がふっと陰って、
何だかざらざらした感触のする頼もしいのにくるまれた。
あ、この匂いには覚えがあるぞ。
ブッダのいた天界の僧房に いつも焚きしめられてたお香の匂い。
それと、別のスッとする匂いも交ざってるなぁ。
ていねいに磨った墨みたいな、ちょっぴり冴えのあるそんな匂いで…。

 「  … あ。」

頬に当たる涼しい風と、視野が再び落ち着いた陰りに染まったことで、
どうやら陽向から移されたらしいと察し。
うたた寝にしては結構深く眠ってたらしいところから、
ぐんぐんと意識を泳ぎのぼらせての目を開ければ。
最初にいたベンチの少し先、
やはり木立の下だが、こちらはすっかりと木陰の中に覆われている
そりゃあ涼しい場所へと避難させられていたイエスであり。

 「お目が覚めましたか?」

頼もしい腕を離すところだったその人が、
ぼんやりと目を開けたイエスへうっすら笑いかける。
さらりと肩口から流れ落ちる、長い黒髪のその人は、

 「梵天さん?」
 「はい。」

この暑くなりつつある日和の中、やはりきっちりとしたスーツ姿の最強天部。
このところ、イエスと二人きりのときは表情が豊かになっておいでの、
だがだが 仏門への守護神様であり。
仏敵の悪鬼を討伐する雄々しき神将でもあらせられるが、
最近では どちらかといや、
戦場での勇壮な働きよりも、敏腕プロデューサーとしての働きのほうが、
活躍の主軸になっておいでのような 尊君で。

 「こんな日に陽盛りの中でうたた寝とは感心しませんな。」
 「あ…。////////」

帽子こそかぶっていたが、言われてみれば喉もからからで顔が火照って暑い。
さっきまでいたベンチが今はもう木陰からはみ出しており、
ありゃまあとそちらを見やるイエスへ、
どうぞと差し出されたのはスポーツ飲料のペットボトルだ。

 「すみません、ついうっかりしていて。」

ブッダを見送ってから、まだそんなに時間は経ってないはずで。
それでもいい気持ちになって寝てしまったのは、

 “…そんなに夜更かししたかしら。/////////”

ぼんやり思い出していたあれやこれや、
果たして どこまで回想でどこから夢だったものか。
昼のうちも特にうたた寝なんてせぬままに、
ささやかながらもあれやこれやに追いつ追われつて過ごし。
そのまま床についたらついたで、
ちょっぴり遅くまでかけて、
こそこそと囁き合ったり、あのあの 睦み合ったりと、
いわゆる遅寝をしているものだから それで。
いい風の吹く中、
吸い込まれるよにしてうたた寝に入ってしまったイエスだったようで。

 「この時期の陽盛りでは、
  熱中症とかいうので搬送される人も多いのでしょう?」

 「はい…。/////////」

だからどうしたとまでは言わないが、
それで十分、気をつけないといけませんという叱咤になっていて。
面目ありませんと肩をすぼめ、いただいたスポーツ飲料へと口をつけておれば。

 「……。」

叱りたいのではありませんと言いたげに、
やんわりと目許を細めて微笑ってくださるのが、
何ともホッとする…のは此処までで。

 「…イエスっ。」

もしかして やはり現れた鹿に片手預けて飛んで来たんじゃないかというほど、
そりゃあ唐突な間合いで声を掛けて来たのが、
寸前まで視野の中のどこにもいなかったブッダだったりし。

 「あ、ぶっだ…。」

早かったねと言いかかるメシア様へ 体当たりしかねぬ勢いで歩み寄り、
身を屈めて 額に手を当て、前髪を梳き、顔色を確かめてから、
おもむろに こちらを見下ろしている梵天氏の方を見上げやり、

 「何であなたが此処にいるのですか。」

固い声になったのへ、
ああそうかと 遅ればせながらイエスにも色々が追いついて来た。
この公園は水害のおりの避難場所指定されているせいか、
ほんの少し高台になっていて。
商店街のほうから戻って来たブッダには、
寝入っていてのこと くったりとなってたイエスが
こちらの彼に軽々と抱えられていたところから、
遠目にはっきり見えていたに違いなく。

 「あのね、ぶ…。」
 「イエスは黙ってて。」

はい…と、迫力に負けて押し黙ってしまった、二人の呼吸のようなものへだろう、
一瞬目を見張ってからそのままくつくつと小さく微笑った雄々しき天部様。

 「なに、営業先への挨拶回りをしておりましたら、
  炎天下で寝入っておいでのイエス様が眸に入ったので。」

 眸に? 直視出来るよな至近におられたというのですか?
 こんな界隈に取引先があろうはずがないでしょう。

 ええ、正確には感知領域内へ…ってとこですよ、と。

揚げ足取り vs 隙のない論述という、
お堅くもピリピリした論説が始まりかけたものの、

 「シッダールタ、早く帰ってイエス様を休ませてあげた方がいい。
  はっきりとした病いと違って、
  体調不良では 神の血も働きかけよがないかも知れない。」

 「…わ、判ってますよ。////////」

気が利かないように言わないでと、
さしものブッダも その矛先をふしゅんとすぼめる。
ちょうど彼らの狭間に腰掛けていた格好のイエスを、
双方から見やって来た二人であり。
今日のところは痛み分けにしましょうというネタにされたようではあるが、
いつもの如くに仲たがいされるよりはよほどいいと。
ホッとしたように苦笑を見せておれば、

 「では、私はこれで。」

和やかな笑みを残し、颯爽と立ち去る天部様。
イエスがにこやかに見送れば、そんな視野へ割り込んだのが、

 「イエス、私は先に戻っててと言いましたよね?」

もしかして八つ当たりか、
ちょっぴり機嫌の悪そうな険悪な表情のブッダがそんな風に言いつのり。
ああそうだっけねと、道理には逆らえぬままに萎れかかったものだから、
愛しいお人の困り顔に
さすがに言い過ぎたかなと やっと我に返ったか、

 「…ごめんなさい。」

何だか、私、すごく狭量なことしてるよねと、
彼もまた肩を落として項垂れる始末。
相変わらずな相性の庇護者様とその対象で、
特にブッダの側からの神経質なほどの警戒は、
ちょっとやそっとでは改善されないのだろうなぁと、
あらためて感じ入ったイエスだったが、

 「…私だって、
  そうそう大人げなく構えまいと思ってはいるんだけれど。」

項垂れた肩を見かね、
おいでと抱き寄せてこちらの肩へおでこを乗っけさせれば。
素直にされるままになってたブッダがそんな風に呟いて、
んん?と けれどの後を促せば、

 「私が抱えたときはああも抵抗したくせに。
  なんで梵天さんだと、キミってば素直に抱えられてるのサ。」

 「あ…。////////」

ごくごく至近から恨みがましげに見上げて来られ、
自分の迂闊さへのご指摘へ、ありゃりゃと虚を突かれたイエス様。
ああそっか、それでキミ、拗ねちゃったんだねと。
あらわになってる頬からうなじから、じわじわ真っ赤になってゆく、
年上だけれど あちこちまだちょっと至らぬ可愛い恋人さんへ。

 さあ どうやって宥めようか、
 まだ明るいうちだけど、
 こんなに可愛いお顔をされては、
 キスだけで収まるかどうか、なんて。

どうにも浮かれたことを思うイエス様だったりし。
それはこの際 どうでもいいから、
とっとと帰って休みなさい、最聖のお二人っ。




  〜Fine〜  14.06.01


  *暑中お見舞いには早すぎますが、
   そうと言いたくなる連日の暑さですよね。
   そして ウチの梵天さんは、
   イエス様の守護も担ってるおつもりですので、
   こういうプチ危難へ疾風のように現れます。
   対抗意識のお強いブッダ様、油断は禁物なのです、はい。(笑)

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