キミの匂いがする風は 緑

 


     10



目的だったお買い物も無事に済み、
あとは街を見て回ろうかと、あちこちへ繰り出したものの。
平日でも混み合ってたほどの、
ある意味 パワースポットだった街の蠱惑には
結果、翻弄されまくりだった最聖のお二人で。

 「…玄奘三蔵の心境が判ったような気がします。」
 「あー。私だけキョロキョロしていたように言うの?」

たった一言だったのに、あっさり通じてしまっていいものなのか。
意を得すぎなツッコミだったのへ、
ああごめんごめんと言いつつも、その即妙さが妙にツボだったブッダが、
吹き出したまま しばらくほど笑い続けてしまったほど。
麻の帆布でこしらえた幌を出し、
心地の良い日陰にテーブルを並べたオープンカフェにて。
カフェラテなんぞを味わいつつ、
やっとの一休みに落ち着いたばかり。
何だか波乱な展開となってしまったイベントは、
微妙に気が動転したブッダが 乱入した格好になったれど。
イエスの乗ってた側の機が、
係員による“発進します”との声かけ前に
急発進してしまったことの方が重大だったそうであり。
お怪我がなくて幸いですと、案じられこそすれ、叱られることもなく。
参加記念のグッズが入った袋とは別に、
スタッフ用だというウィンドブレーカまで、いただいてしまった彼らだったりし。
いやあの…と断りかけたものの、
話がこじれると却って次々お土産が増やされるだけかも知れず。
(前例ありき…。)
ではこれでと、逃げ出すように駆け出してしまったお二人で。

 「よほど前を見てなかったかつまずいたしね。」
 「うん。親切な人が荷物拾ってくれてよかったけど。」

待ってと追いすがられたなら、
下手に目立ったその結果、天界からも注意が降って来ないと限らない。
そんな焦りのせいだろか、イエスがおっととたたらを踏みかかったけれど、
転んでしまうすんでのところで、危ないと手を延べてくれた人がいて、
手から飛んでった紙袋も拾ってくださったので、
そのまま駆け出せたのであり。

 「あ〜あ、大変だったけど面白かったよねぇ。」

ああまで振り回されたし、
最後の騒動では正直怖い想いもしただろうに、
もう喉元過ぎちゃったのか、
ご機嫌な笑顔になって そんな言いようをしているイエスであり。

 “これだものねぇ。”

自分だけなら巻き込まれはしなかったことや、
幾つもの結果の中、そっちの顛末にはならなんだろう事態やら。
イエスの落ち着きのなさや 辛抱し切れずの飛び出しから、
ブッダまでもが巻き込まれた騒動は本当に数知れずだが、
ふふーと笑っているイエスの屈託のなさには救われているし、
こんな格好ででもなければ、
体験どころか現場にも居合わせずの、
人から聞いた話どまりになってたことばかりに違いなく。

 “その方がいいのかも知れないけれど…。”

洒落でなくの悟った身だというに、
何を落ち着きのないと笑われるだろうことばかりだが、
言われて思い返せば、確かに面白かった。
この上なくハラハラしたけれど、
イエスを無事に捕まえて、はぁ〜って大きな吐息をついた瞬間は、
この上なく安堵出来たし。
衆目の中であれ、よほどに怖かったか
すぐさま抱きつこうとしたイエスだったのが、キュンとしちゃったのも本当。
まだマシンに乗ったままだったという、
あんな危ない状況でなかったならば、
冷静にストップが掛けられたかどうかも怪しかったなぁなんて、

 「〜〜〜。////////」

今になって、お顔に含羞みの火照りを昇らせておれば、

 「うん。今日はブッダがすごく頼もしかったねぇ。」

 「え?」

ストローをくりくりと回し、グラスの氷を無為に掻き回していたものが、
ぴたり止まってしまったほどに、何かしら含みのあるよな一言で。

 いやいやいや。

この素直なイエスが、そんな、思わせ振りとかするはずないし。
思いはしても、何かがチクリと胸元に騒ぐ。
ああそういえば、ほんの最近、
ほんの先日、随分と派手に喧嘩したよね。
晩にはもう
“おいで〜”と呼ばれる、元の鞘へと戻ってたけど。
何かそれへと重なるような言い回しだと、
思ったら形になるからいけないって思った端から、

 「力こぶがそのまま甲斐性じゃあないでしょうって、
  ブッダは言ったけど。」

 「…っ。」

ひゅうと、吸い込んだ息の音がいやに響いて。
まるで、その先を聞きたくはないと、
何かが先んじて 耳元で囁いたみたいで。
でも、そんなのは自分の身のうちでだけ起きたこと、
イエスには届くはずもないままに。

 「助けに来てくれたとき、何かこう、キュンってしちゃったよ?」

 「…えっと。///////」

思えば日頃だって、私いつもブッダに助けられてるんだし。
力こぶ以外の甲斐性でもブッダのほうが上なんだよね。

 「それは…。」

今の今、そんな話を蒸し返さないでと、制したかったブッダだが、

 「あ、あの…。」

どう言って止められるの?と、思った瞬間、
じわりと、胸元が焦げたように煮えた。
キミにはキミの良いところがあるよって?
誰をもくるみ込める慈愛の力が、
誰をも惹き寄せるカリスマ性があるじゃない?
聖人である自分との対比の話に それを持ち出して意味があるの?

 ああ何てこと、
 頭の中が真っ白になった。

 私、こんな簡単なことへも、
 言葉に迷うような、脆弱な存在だったのか。
 この想いを形に出来ぬほどの、芸無しだったのか?

 キミが大切
 キミが大好き
 キミの匂いが好き、キミの温みが好き
 キミが笑っててくれないとヤダ
 キミが…私を好きでなくても良いから、幸せでいてほしくて。

ああでも、それはもう我慢出来ないと思うから、
ならばならば、何て言えば良いのだろ。

 何て、言えばいいの?

焦れた胸が煮える端から何かが枯渇し、
とめどない餓
(かつ)えが涌いて ひりひりと喉を焼く。

 何て、言えばいいの?

 ナニヲ ツゲレバ イイノ?





   「      いえす。」


 「うん。」


   「      あいしてる。」


 「うん。」


   「   キミも、私を好いててくれないと」

 「うん。それはそうでないと、私も絶対にいやだな。」


間髪を入れないでという素早さで、
しかも それはそれは早口で。
滑舌のいい言い方で言ってのけると、
向かい合ってた椅子から勢いよく立ち上がり、
すぐの傍ら、お隣のテーブルの椅子を引いて来て。
ブッダとくっつくほどの隣りへと座り直したイエスであり。

 「今は全然 甲斐性なしだけど、
  キミが好きな気持ちだけは誰にも負けない。
  キミが大好きだし大切だし、」

そうと紡いだ、少し低められた響きの良い声を
ふっと、唐突に途切らせて。

 「……そうだね、
  泣かせてばっかなのも あらためないとね。」

テーブルへ肘をおき、少し前かがみになってたところから、
ブッダが大好きな、大人の男の人らしい、頼もしい手を伸ばすと、
いつの間にか熱くなってた目許を そおと撫でてくれて。

 「あ…。//////」

人が居ないじゃないのに、ダメだよと思ったけれど、
こちらを真っ直ぐ見やる彼の目には、
玻璃の光の中、自分しか写ってはいなくって。

 「あのね、私、
  駄々を捏ねてるばっかじゃ始まらないって思い知ったの。」

   …………はい?

 「ブッダが頼もしいのは、もう出来上がってることだから、
  まさか追いつけない分を削ってくださいって訳にも行かないでしょう?」

   えっとぉ?

 「今はね、あのね?
  ブッダに愛想を尽かされるのが一番怖いの。」

せっかく片想いが成就したのに
せっかく好きだよって言ってもらえるようになったのに

 「何だ、見込み違いだったとか、買いかぶってたよなんて思われて、
  愛想を尽かされたらって思っただけで、私 きっと眠れないもの。」

 「あ……。////////」

だから大丈夫と言いたげな真っ直ぐな眸は
本気も本気だからこそ。
真剣にその胸のうちで思っていることを、
何の虚飾もなく紡いでいるイエスであり。
さっき、追いつけて助けられた時の安堵どころじゃあなく。
腫れたところへ甘い蜜を押し流したみたいな、
何だか微妙な痛みが滲みて…。


 「……もう。//////」
 「もう?」


なんでそうも、なんでそんなに。
なんでこんなにも、切なくさせてくれるキミなのかと。
難しいことや小粋にもひねったことなぞ一切言ってないのにね、
喉やら胸やら、目許やら、
何だかじわじわと熱くなって来て。
狡いなぁって、ただただ口惜しくて。


 あああ、こんなこと言っても判るかなぁ、
 まんま言っても通じるかしら。

 おかしいなぁ、
 キミのお父さんたら、私にバベルの呪いを掛けたのかなぁ…。


頬杖ついてた手のひらへ、めり込むくらいに頬押し付けて。
どうしよ どうしよ どうしよと、
視野がゆらゆら歪みだすのを見据えていたらば。

 「ぶっだ…。」

肩へと腕を置かれたのが判って。
いつもの彼ならそれでもう、
人目もあるのにとハッとして居住まいを正しただろうに。
さっきまでは何とか、そう思う意識もあったけど、
今は何だか、もうもう何かが限界で。

 「  あのね?///////」

間近いからこその秘やかな声。
途中で たわみかかるほど、掠れた声を振り絞る彼なのへ、

  なぁに、と応じて

イエスがますますと、耳をそばだて、身を寄せれば。

 「  このまま、甘えちゃダメだろか。////////」

え?と、訊き返したのへ重なって。
ブッダの頬がぽそんと、イエスの肩へ押し当てられる。

  え?え?え?/////////

唐突が過ぎて、一瞬何が起きたか判らなくて。
抱き寄せんばかりに彼の肩へ腕を置いたのは自分からだが、
それは、ぎりぎりで介抱してるようにとか、
まま外国の人だからねぇという方向で、
苦笑混じりに見逃してもらえるだろう範疇というの、
外出する機会の先々で見聞きして、
何となく心得ていてのこと、だったのであり。
それより何より、自分から構えたもの、
もうもう恥ずかしいでしょう?と、含羞んで見せるブッダの声がしたら、
そこで終しまいとするつもりだったから。

 だって、こうでもしないとブッダって自分から…
 そう、自分からは甘えてはくれないって思ってて。////////

 “うわ、うわ、もしかしてこれってさ。/////////”

お外で…人も見てるよな中で、初めて甘えてくれたの?
でも、私、何にもしてないのにね。
それどころか、不手際やらかして困らせてばかりだったのにね。
わあ どうしよう。
何か胸がきゅうと絞まってて苦しいし、
ああでも、肩の重みから温みが伝わってくる。
ブッダの髪の匂いがして、ちらと見下ろした白い頬が、
何とも言えないまろやかな やわらかさを、
見ただけで伝えて来て………あああ しっかりしろ、私っ


 「  ブッダ。」

   うん。

 「  もうちょっとだけ、こうしてようね?」

   うん。///////

ふわんとやわらかい声が返って来て。
仔猫が小さな総身を縮めるみたいに もぞもぞってしてから、
頬をこしこし擦りつけてくるのが、

 “うん、なぁんか嬉しくて。///////”

ふふーって口許がほころんじゃったけど、
二人とも微妙に俯き合ってるから、
何やら怪しい相談に、耳打ちし合ってるように見えるかもだね。
さっきの道路を使った催しのせいだろか、
道端にはお巡りさんも立っていて。
チラッてこっち見て ちょっとだけ目を見張ってたけれど。
視線の先でそれへと気づいて、
斜めの位置から追いついて、感情を乗せない視線で見つめ返せば、
不躾だったと慌てたか、
ちょっぴりうろたえてから、そそくさとそっぽを向いたから。
うん、叱りに来ないくらいだもん、
怪しい人たちだと思われたんじゃないみたい。

 「いろんなことがあったから疲れちゃったんだね。」

小さく頷く愛しい人の、ほんのり桜色に染まった頬に見ほれつつ、


  「もうちょっと休んだら、」


   一緒に おウチへ帰ろうね?


こしょりと囁いた一言へ。


  「…………。」


いつの間にだか、
ブッダの手がイエスのシャツの胸のところをこっそり握ってて。


  「………。////////」


その手がきゅうと握り込まれたのが、
何ともかわいいお返事だなぁと思えた、ヨシュア様だったのでありました。







お題 10 『手をつないで帰ろ』




   〜Fine〜  14.05.17.〜 06.08.


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  *6月10日、時系列を訂正。

  *何をやってるんだかという、
   どたばたしたお出掛けになっちゃいましたね。
   実は…性懲りもなく、
   とある事件(というか騒動)を絡ませるつもりでいたのですが、
   そういうネタありきで書くには、
   微妙な時期過ぎたようだったので、
   結局そっちは掠めもしないで終わったなぁという感じです。

  *えっと、
   お題の9番目がどうにも収まりがつかなかったので、
   おまけで消化ということで。
   すったもんだの後日談、ちょみっとお待ちくださいませネ?

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