月より星より キミに誓うよ

   “ゼラチンは微笑する”

          〜二十三夜を迎える前に 後日談


今年は西より東が暑い巡り合わせか、
ゲリラ豪雨やにわか雨もないではないが、
それでも 晴れ渡っての灼熱が襲うような日和のほうが
断然多いような印象の今年の夏であり。

 「……。」

朝ご飯を済ませてから、その前に話していた通り、
昨夜は一睡もしてはないと言っていたイエスへ 二度寝を勧めたものの。
窓からの風がだんだんと温気を増してゆくのに気づくと、
敷き直した布団の上を見やるブッダ様。

 “冷風扇…は まだ早いか。”

タオルケットを胸元に掛けた格好のイエスを見やり、
まださほどには暑がってもないようだと、傍らにあったウチワを手にする。
王子の生まれで、
その後の出家を経ても、誰か何かへかしずいた身にはならなんだ彼だが、
人へのいたわりには通じていたか、
それはゆったりと、眠りを邪魔せぬ優しい力でもって扇いでやり始める。
ほんの昨日の昨夜まで、朗らかでお元気な顔でいた彼が、
今朝はいきなり、何とも悲壮な様子で別れを告げて来たのには驚かされたが、
真意を知れば それもまた、
何とも彼らしい無垢で純粋な、しかもブッダをこそ想っての態度であり。

 “…まったくもう。/////////”

ブッダが嫌いになったなんてとんでもない。
自分はどうなってもいいからということの最大級、
2000年もの長い間 片想いで居続けた、
そうまで好きで大切な相手でもあるブッダとの別離を、
まだ何も起きてはない今のうちから、
他でもない自分から運ぼうとした大英断を下そうとしたなんて。

 “説明もないまま去ろうとしたのは、
  気遣いのつもりだったのか…。”

いいや そんなじゃなかろうと、
イエスの人柄をようよう知ればこそ
そこは違うと断言出来るブッダでもあって。

 “そういう意味からの婉曲とか遠回しとか、
  まったく出来ない人ではないのだろうけれど。”

そんなこんなを巡らせている猶予もないと浮足立ってのこと、
取るものもとりあえず、
ブッダへ掴みかかりかねない身となった自身を遠ざけなくちゃと、
何をおいてもそれを最優先したかっただけなのだと、今なら判る。
そして…そんなイエスだったことへ、
それこそ こちら側からの最大級の愛しさを込めてのそれ、
馬鹿だなぁという苦笑が ついつい込み上げて来てしょうがない。

 “そりゃあまあ、無理から組み敷かれたら
  それなり怖いと感じるかもしれないけれど…。”

普段やさしいイエスの豹変とあっては、それへの恐れも大きかろうが、

 “もう予行演習は済ませているしねぇ。”

昨秋、松田さんのところで
りんごのサイダーを飲んで来たときに…じゃあなくて。(笑)
イエスからの暴虐への恐れという方向より、
彼の身に何が起きてるんだろうかと案じるだけに違いないと、
今から既に判っているブッダだったりするわけで。
どれほどの心境の変化が起きようと、
イエスがそんな無体を本意から仕掛けるはずがないことくらい、

 “判らなくってどうしますか。”

現に、コトが起きる…かどうかも判らぬほどの前段階で
これだけ狼狽するよな人だってのにねぇ。

 「…vv」

今は茨の冠を外しておいでの額へちょろりとかかる後れ毛に気づき、
そおと手を延べ、やさしい指先で羽根で撫でるよに払ってやれば。
そんなでも何か届いたか、
静かだった寝息が変わり、口許がむにゃりと動いたような。

 “ありゃ…。”

起こしてしまったかと、それでも後ろ暗いことでなし、
慌てずのそろりと手を引っ込めれば。
まるでそれで おいでおいでと誘ったかのようなゆるやかさ、
彼の風貌へと彫が深い印象を与えるその目許が、
戸惑うように瞬いてからゆっくりと開く。
紛れもなく一大宗教の開祖たる存在に相応しく、
深い知慧をたたえた静かな表情で、
それは静謐な目覚めをなしたイエスだったものの。
まずはと自分の周囲を見回してから、
その視野の中、
布団の傍からこちらを見やっておいでの存在に気がつくと、

 「あ…。//////」

いかにも成年男性らしい面差しをしているというに、
たちまち口許や頬へ含羞みを滲ませたような笑顔を見せるのが、
何とも言えずの稚(いとけな)く。
そんな彼なのへとまろやかに微笑い、

 「そろそろ寝てはいられなくなって来た?」

ウチワで扇いでやりつつ、暑いものねとブッダが先んじて訊くと、
少しばかり視線を泳がせてから、ん〜んとかぶりを振って見せ、

 「もう寝足りたから。」

もう一度 深々と深呼吸をして見せてから、
ふふーと無邪気に微笑って身を起こす“神の子”様で。

 「…今、おでこに触った?」
 「うん。それで起こしちゃったかな?」

だったらごめんと続ければ、ん〜んとかぶりを振ってから、

 「端境の庭にいる夢を見てた。」
 「おや。」

天界にての二人の逢瀬の場。
ブッダが住まう仏門世界の浄土と、
イエスらが住まう天乃国の接する辺りに広がる森の中にあり、
双方からの影響が重なっているがため、
中心部からは遠くとも、それ以上 聖なる場所もなかろうからと、
どちらからも監視や干渉の薄い、辺境扱いの場所ではあったが。
だからこそ羽を伸ばせると、最聖の二人もよく足を運んでいて。
そんな習慣がいつしか逆転し、
特に約束をしてはいなくとも、
相手に逢いたくなったら出掛ける先ともなっていたほどで。
そんな懐かしい場所で、
やわらかな草の上へ座って和んでいたらば、

 「綺麗な蝶々が飛んでいて、
  それが髪へと留まったんだけど。」

ああ、この優しい暖かさはブッダの手と同じだと思ったら、

 「するするって目が覚めちゃったんだな。」

別に困ったことじゃない、
むしろ嬉しい運びだったよと言いたいイエスだったようではあるものの、

 「じゃあやっぱり、
  私が起こしたことになるんじゃないか。」

ささやかな指摘に あれ?と小首を傾げる様子が幼くて、
自分のせいとしたブッダまでもが くすすと吹き出してしまったほど。
昨日までと全然の全く変わらぬ機微が咬み合い、
楽しいね嬉しいねと、朗らかに微笑い合う優しい和やかさも変わらない。
どちらも真剣本気であるがゆえ、
引かないぞと構えていた結構な修羅場だったはずが、
こんな風に落ち着いた幸いこそ、
しみじみと嬉しいブッダでもあって。

 『実は私、キミから軽蔑されてないかが心配だったなぁ』

浮足立ってたのを宥めはしても、
そんな眸で見られるのはやはり御免だからって。
そわそわしてたり、よそよそしかったりしないかなって、
やっぱり余計なことへドキドキしてたの、と。
このときのイエスの内実、
後になって聞かされたブッダだったりもするのだが。
それを“なんてことを”とまで怒れなかった彼だったのは、

 『ブッダを好きでいていいんだって。
  それをあらためて教えてくれたような、
  そりゃあ優しい笑顔でいてくれたでしょ?』

だもんだから、凄く凄く嬉しくて、
ついついお顔がにやけてしまってしょうがなかったと。
そぉんな可愛らしい惚気もどきを付け足されたのでは、
怒るどころか二の句が告げなくなったのも無理はなかったのですが、
まま それはのちのお話で。

 「もう起き出すかい?」
 「うんっ♪」

言ったそのまま、膝回りへまとわりついてるタオルケットに手を伸ばし、
端同士を合わせて畳み始める彼なので、
それじゃあとブッダも立ち上がり、押し入れのふすまを開けてやる。
小さめにまとめたケットを乗せて、敷き布団は3分の1に畳んでしまうと
それらを重ねてよいしょと持ち上げ、
いつもの場所、さっき引っ張り出した上の段へと
押し込み直してお片付けは終しまいで。
それじゃあと、生活空間へ戻った六畳間には卓袱台が引き出され、
ちょこりとその傍らへ腰を下ろしたイエスを残し。
動き惜しみをせぬ働き者な如来様、キッチンスペースへ向かうと、
何やらごそごそしていたのも束の間、
トレイを手に戻って来て、

 「お昼では間があるからね。」

朝ご飯が早かったこともあり、
お腹が空くのもちょっぴり早いめなんじゃあなかろかと
案じたらしいブッダ様。
イエスが寝付いた隙をつき、手早く立ってって作ったらしいのが、

 「お腹ふさぎにvv」
 「わあvv」

作りおきして冷やしていたらしい紅茶風味のシフォンケーキは
それだけでもイエスの好物。
2センチ角くらいの賽の目という小ささに刻んだそれを、
ココット用のカップに幾つも転がせてから。
ホイップクリームを隙間へ充填し、且つ、
淡い黄色のゼリーを、こちらも細かく刻んだジュレ、
そうめんやお蕎麦の薬味みたいに、
カレースプーンの一匙ほど添えてあり。

 「いただきま〜すvv」

わくわくと匙を入れ、
賽の目ケーキ1つと生クリームにジュレ、
バランスよく掬って あ〜んとお口へ。
整えられたお髭ごと、もむもむと味わっていたイエスだが、

 「わ、これってレモンゼリーだ♪」
 「うん、当たりだよvv」

 しかも、しゅわしゅわするから サイダーとか使った?
 ピンポ〜ンvv

 「わあvv 凄く美味しいvv」

細かく刻んであるからかな、酸っぱさがちょうどいいバランスで、
ケーキの紅茶のいい香りとも、生クリームの甘さとも、
程よく仲良しさんだよね、と。
屈託なく微笑って、美味しい美味しいと堪能してくれる。

 “……良かった。”

ゼリーケーキを気に入ってくれたこともだが、
特に腰が引けてはないイエスなのへもホッとする。
あんなに畏まり、涙まで浮かべて
哀しいお別れを告げようとしていたイエスだったのへは、
ブッダとしても肝が冷えたし、正直、取り乱しかかってもいたと思う。
途轍もない嗜虐性が芽生えたとか、
あるいは、あまりに生々しいことへは嫌悪感が沸くとか言い出して
それでのお別れだと言い出されていたならば、
歯が立たなかったかもしれないが、

 『どんなに振り払っても、
  意識をそらそうとしても無理で。//////』

腿の内側の柔らかなところ、
わざわざ手のひらで触れられたその感触に、
ひうと細い声を上げ、身を震わせたブッダだったのへ。
いわゆる性的な何かが突々かれてしまい、
体が熱くなって、下腹部が痛いほどギュッとした…と。
しかも、どうあっても意識から消えてくれなかったと、
そんな自分をふしだらだとし、
このまま消えたいほど恐れていたというから、やはりやはり可愛らしくて。

 “まあ確かに…。”

いい大人が 他愛ないことへ子供みたいにはしゃぐのは みっともないように。
慎みのある人であればあるほど、そうそう大声で語らい合う話題でもなし、
それもあってのこと、
神の子として、教祖として遇されていたイエスには
なかなか実態が届きはしなかったのでもあろう。
それで混乱もまた大きかったのでもあろうけど、

 “でも、よくよく考えたらば…。”

キスにしても、互いの背中を抱くほどの深い抱擁や、
今や寝間で肌へと触れ合うようなところへまで至っている、
ある意味 濃厚な同衾にしても。
イエスがついつい衝動に駆られて
踏み出して来てのものが切っ掛けだというのが多くはなかったか。
順を踏んでの徐々に徐々に、
気持ちいいとか、優しくて温かいとか、
そういうささやかなのを積み重ね、
そうやって少しずつ育んで来たものとは大きく異なり、
いきなり ぐいと襟首掴まれたようなものだったため、

 “びっくりしちゃったんだろね。”

信仰のため、あるいは小さき者の過ちへの肩代わり。
何となれば自分の身を投げ出してでもと、
死さえ恐れぬ修羅場を自分と同じほど踏んで来た彼なはずなのに。
堅物で生真面目で融通が利かないブッダ以上に、
実はイエスの方が朴訥晩生(オクテ)だった事実が
あらためて露呈されたようなもの。

 “頼もしさは変わらないのだろうけれどもね。

うっかり早とちりをしただけのこと。
淫らな想いには違いないけど、
どうかすると 早く目覚めてくれないかなとか
思わんでもないでいたブッダにしてみれば。
そこまでの話もしないまま去ろうとしたイエスだったの、
引き留められて良かった良かったと安堵の吐息がこぼれたくらい。

 “何をされたって怖くはないのは、
  力こぶや我慢強さの話じゃなくて、”

 それだけキミが好きだからだって、
 どうして気がつかないものかなぁ…なんて

そう思えるくらいに、すっかりと落ち着いてしまわれたブッダ様、
摘まんだスプーンが愛らしい玩具に見えるほど、
いかにも大きな男性の作りをした手にて、
美味しい美味しいと嬉しそうにスィーツを堪能中なイエス様へ、
こちらもとろけそうなほど眸を細め、

 「3時のおやつは桃とイチジクのコンポートだよ。」
 「あ、それも好きvv」

早速にも普段の路線で、
甘やかし始めておいでの自分には、気づいているやらいないやら。
素朴な淡茶のスポンジを透かし、
レモン色のジュレが どうぞ食べてと微笑ってて。
夏もそろそろ過ぎゆく頃合いなようでございます。





   〜Fine〜   14.08.24.


 *あ、しまった。
  ゼラチンて豚や鳥の骨から作るんじゃなかったっけ?
  まあ、鰹節とかOKなブッダ様らしいから、
  そのくらいの動物性は摂取してもいいのかも?

 *会話だらけで理詰めな展開にしてしまった前のお話でしたね。
  本来ならば、イエス様が感じた脅威を話の核として、
  イエス様が何とか誤魔化して距離をおくことを発端とし、
  様々な出来事をもっとからませ、時間を経過させ、
  ところどこで もっとややこしい誤解も生じつつ、
  なぁんだ考え過ぎだったのかという朗らかな結末へもってゆく、
  そうやってエピソードを重ねもって段階を踏むのが
  正しいドラマ作りなのでしょうけれど。
  恋愛系のそういう すれ違いとか誤解とかに
  それは容易く振り回される人々という焦れったい展開が
  一番苦手な性分の人が書くとこうなります。(おいおい)
  というか、そういうちょっとしたすれ違いとか勘違いとか、
  それによって泣いたり笑ったりというラブコメ的な展開は、
  ここに至るまでにも結構挟んで来ておりますので
  それらで相殺してくださいということで。(こらこら)

ご感想はこちらへvv めーるふぉーむvv

拍手レスもこちらvv


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