キミと一緒の 秋を迎えに 
         〜かぐわしきは 君の… 4 番外編
 
 
 “神様の悪戯”



あれほど荒れ狂い、人々を翻弄した酷暑の夏も、
気がつけば随分と呆気なく、過去のものとなりつつあって。
清かな風と高い空。
陽も少しずつ早まっていて、
気がつけば黄昏どきが、訪のうのの早いこと早いこと。
どこからか漂う金木犀の甘い香に
急ぐ足が ふと立ち止まる。
とはいえ、まだそれほど切なさは押し寄せぬ、
秋といっても名ばかりの ほんの入り口。

 「………あ。」

そんな気配が此処へも訪れているところの、立川某所。
ありふれた小さなアパートの、
二階の端の部屋のドアがガチャリと開く。
殺風景な印象がしないでもないけれど、
いやいや何の、住人たちと親しいならば、
彼らの姿が重なって、
何とも温かみのある扉に見えもするそれを
内から押し開けて出て来たは、
不揃いな濃色の髪を、背中まで延ばした痩躯の男性で。
普段着なのだろ、
白地のTシャツにブルージーンズという、
何ともシンプルないで立ちをしておいでの彼こそは、
此処では“聖”という姓を名乗っているが、
実は天界からの来訪者。
恐れ多くも

 「イエス様。」

筆者の長っとろい前口上をとっとと追い抜いて、(む〜ん…)
アパート前のスペースからそちらを見上げて来た男性が、
よく知る相手よと声を張る。
そう、彼こそは、
ミレニアム越えの大忙しを乗り越えた自分へのご褒美とばかり、
こっそり地上へ降臨し、有給を使ってお気楽なバカンスを堪能中の、
本来なら天界は天乃国におわすはずの最聖人、
イエス・キリストその人であり。
気さくなトーンで掛けられた声が聞こえたのが先か、
それとも当人の姿が目に入ったのが先か。
そちらからも知る相手とあって、
彫の深い、一見 精悍ともとれそうな男らしい面差しが、
あっと言う間に愛嬌のある笑みで破顔してしまう屈託のなさよ。

 「梵天さん、いらしてたんですね。」

まだまだかっちりした格好では蒸すだろに、
隙のない仕立てのスーツ姿という来客へ、
朗らかなお顔になって駆け寄らんとするイエスであり。

 「いえ、遅れてしまったくらいで恐縮しておりますよ。」

にこりと微笑…っておいでなのだろうが、
強い眼力たたえた眼差しだけは たわみもしないのが相変わらずの、
こちらの偉丈夫はと言えば。
仏門の守護神にして、
その大元は宇宙創世のブラフマーとも言われる、
梵天という天部、つまりは神様だったりするのだが、
そんな今更なご紹介もそのくらいでおくとして。
動き惜しみをしない精力的な彼の側からも、
軽快な足取りでステップを駆け上がって来たので、
結局 二階の通路の端で向かい合う格好となった彼らであり、

 「シッダールタ先生は?」
 「今さっき原稿が仕上がったので、
  最終のチェックをしているところです。」

恐れ多くも天界のかたがたが、
妙にリアルで…専門的な、業界用語での会話を交わしておいで。
というのも、
極楽浄土の最聖人、釈迦如来こと目覚めた人ブッダ様もまた、
イエス様と同様に下界でのバカンス中という今現在なのだが。
ひょんな切っ掛けから描いた彼の四コマ漫画が、
天界の聖人たちの間で馬鹿ウケしてしまい、
選りにも選って、
天部のプロデュース魂にまで火を点けてしまったらしく。
すったもんだがあった末、
レギュラーではなく、その時々の依頼でという条件で、
天部発行の情報誌への掲載原稿を引き受ける身となってしまわれており。
今回は秋の号への原稿執筆を、もう秋だというに依頼され。

 『何でこうも いちいち苦行つきにしてくれるかな』

日頃は慈愛に満ち満ちた それはまろやかなお顔だってのを
ぴききと鋭く引きつらせての、
それでも受けて立ったシッダールタ先生だったのが数日前。
秋の特別カラーつき6頁を、何とか描き終え、
そろそろ受け取りに来ているはずだと見越し、
担当編集者の梵天を迎えに、
即席アシスタントを担っていたイエスが出て来た…という、
こちらの彼らにはもはやお馴染みの流れ。

 「そうですか、間に合いましたか。それはよかった。」
 「ええ♪」

ほくほく笑っておいでの編集氏へ、同じように安堵の笑み浮かべ、
さあどうぞと導くように、来たほうへ振り返りかけたイエスだったが、

 「…っ。」

そんな彼のやや細い肩をいきなりぐいと掴んだ手があって。
いやあの、声を掛けてくだされば応じますし止まりますがという、
そんな即妙な非難が出ることもない素直さで。
呆気にとられての、ややキョトンとした顔のまま、
その手の持ち主、先導しかけていた梵天氏のほうをイエスが見やれば、

 「いえ何、そのお髭が。」
 「ひげ?」

相手の肩口を捕まえたまま、
じいと真っ直ぐに見つめてくる天部の言いようを繰り返し、

 「ああ、えっと。
  私の故郷は乾燥したところだったので、
  砂よけなのか男は皆して、
  成長するにつれ髭を蓄えるのが一般的でしたので。」

特に意味や曰くのある代物でもないのですよと説明をしたが、
果たして聞いておいでなものだろか。

 「…う〜ん。」
 「あの、梵天さん?」

このような髭づらが 彼の守護する神聖な存在の傍らにあるのは
何とも見苦しくて気に入らないのかしら。
いやいや、今更それもないだろし、
そも そういう雰囲気でもないような。
常に目が笑っていない人なので、その感情はなかなか読みにくく。
黙ってじいと見据えられると、なかなか居心地もよくないなぁと、
この彼へはさすがに人見知りもないはずなイエスとて、
もぞもぞと視線を泳がせかかったそんなところへ、

 「うむ。」

何を思いついたやら、
空いてた方の手をついと軽く持ち上げると
いかにも歯切れのいい音、ぱちりと指を鳴らした彼であり。

 「え?え?え?」

確かに何かしらの咒を発動させた気配はあって。
何なになに? 一体 何をしたの?と
ブッダが気に入りの玻璃の双眸、忙しなく動かすイエスなのを。
何が気に入ったか 梵天氏の方は、
そりゃあ珍しくもその眸をたわめまでして微笑って見やり、

 「うん、なかなかいいですね。」
 「は、はははい?」

何がですかと、
答えの見えないこと、怖々と目尻を下げまでするイエスの幼さへか、
実に興に入ったとの笑顔を向けていた壮年殿。
先程 指を鳴らした側の手へ、ぽんっと小さな手鏡を出し、
それをどうぞと進呈してくれる。
鏡と来れば…というのじゃないが、
何でしょうかとそのつややかな窓を覗き込めば、
そこに写し出されているのは自分のお顔の…はずが、

 「うあっ!」

わっと驚いたその拍子、イエスが鏡を取り落とし、
そこは素早く、梵天氏が宙で消す格好でコトなきを得たけれど、

 「ほら可愛い。」

これも珍しいこと、
その目元を細めまでしてにっこりと微笑った梵天氏へ、
だがだが、こっちはそうも行かないらしくって。

 「いきなり何てことするんですかっ、梵天さんっ!」

よほどに驚いたか、
今度こそストレートな非難のお声を上げるイエスであり。
この彼がこうまで激高するのもまた、あまり例がないものだからか、

 「どうしたんだい?イエス。」

原稿のチェックが済んだのだろうブッダの手により、
すぐ前まで至っていた201号室のドアが内から開かれる。
編集さんを呼んで来るだけなはずが何を騒いでいるものやらと、
様子見に出て来たらしかったのだが、

 「…っ!////////」

そんな気配を感じたイエスはというと、
斜め背後に現れた格好のブッダの視線からは、
到底逃れられぬと察したそのまま、

  咄嗟に自分の口許を
  その手のひらにて押さえ込んで見せたりしたものだから



  ……………………………………。(しばらくお待ちくださ)


 「…っ、一体イエスに何をしたんですかっ、梵天さんっ!」
 「おやおや、シッダールタへ言ってもよろしいか? イエス様。」
 「〜〜〜〜〜っ!(否、否、否〜〜っ)////////」

  ちょおっと皆して落ち着かないか。(笑)

とも言ってはおれないか。
何へかお怒りのブッダが手にしていた
クラフト紙の大封筒をそれは手際よく取り上げてしまうと、

 「編集に間に合いませんので、それではこれで。
  あ、イエス様、それは1日経てば戻りますので安心して下さい。」

いつもの目ヂカラの強烈な笑みを見せてののち、
本当に締め切りへ切羽詰まっていたか、それとも
心から激高するシッダールタ先生だとあって
さすがに身の危険を感じたからか。
さっと腕を振り上げると、誰が見ていたかも知れぬというに、
その姿を亜空へと消した逃げ足の速さ、もとえ要領の良さよ。

 「……1日経てば戻る?」

一方の、置き去られた顔触れはといえば。
顔から耳から真っ赤になって
しかも咄嗟に口許を押さえたイエスという構図と、
その直前の

 『いきなり何てことするんですかっ、梵天さんっ!』

なんていう衝撃的な台詞とから察するに…と、
てっきりあの精力的な壮年が、
この、自分にとっての愛しき人の、
素敵な唇を奪いでもしたかと思い込んでしまったのだが。
そして、だからこその激怒の怒号でもあったのだけれど。
ブッダ様、それって立派に病膏肓…。(おいおい)

 「………イエス?」

梵天が逃げ去った後も、依然として口許から手を退けない彼であり。
しかもブッダと視線を合わせようともしない。
顔の赤みも引かないままだし、

 “一体何をされたというの。”

気まずいのだろか、いやさ疚しい何かを抱えてしまい、
それで顔を合わせられないと思っている彼なのだろか。

 「イエス…あの梵天が相手では、
  力でも咒術でも手玉に取られてもしょうがない。」

怖い目に遭ったにせよ、辛いことをされたにせよ、
相手が悪いのは私も承知。

 だからネ、私に凭れてよ、と

言葉少なに、刺激せぬよにとの心くばりをしつつ、
そおと双腕を開きつつ、ゆっくりと歩み寄って見せれば、

 「…っ、ヤダっ。」

そのまま逃げるように後じさる態度がいかにも痛々しい。
ああどれほどの心の傷を負ったキミなのかと、
こちらまで胸を重くする悲壮な想いがしたものの。
とはいえ、このまま此処へ立ち尽くしている訳にも行かないし、

 「イエス、私では信用ならないのかい?」

いつまでもそっぽを向いたままな彼なのが、
ブッダには何よりも、そう、身を裂かれるように辛い。
そうまで短絡的な彼ではないけれど、
あの梵天の関係者として自分まで憎んではいないだろうか。
同じほど怖いと感じて、ただただ怯んでいる彼なのか?

 「イエス…。」
 「……わない?」

何度目かに掛けた声へ、彼の声が重なった。
手のひら越しでくぐもってもいて、よく聞き取れなかったが、

 「……あのね? 笑わない?」
 「え?」

 笑わない…って、何を?何が?何で?

真っ赤なままのイエスだが、よくよく見ればやっとこっちを向いており。
頬に垂れていた髪の裾ごと手で押さえ込んでいての、
どれほど取り乱したかも歴然としている痛々しさだのに、
何で何を笑うというのと、

 「うん、笑ったりしない。」

ブッダが深々と頷いたのを見てもなお、約束だよと念を押し、
それからやっと、その手を浮かせたイエスだったのだが。





  「……。///////」
  「………。」

  「……。///////」
  「………。」

  「……ブッダ。///////」
  「………。」

  「ブッ…。///////」
  「………(ぷふvv)」





真っ赤になっての部屋へと駆け戻り、
そのまま真っ直ぐトイレへ立て籠もってしまったその上、
エリエリラマ サバクタニと唱え始めるイエスだったのへ、

 「ごめんたらイエス、開けてよ出て来てよ。
  可笑しいって笑ったんじゃないんだ、ね?」

 「笑わないって言ったじゃないかっ!/////////」

 「だから、可笑しくて笑ったんじゃないってば。」

だってそんな、そんなことって、

 「そんなにも可愛らしいことに
  なっていようとは思わなくて…。///////」

そうと紡いだその途端、
開かずの扉か、天の岩戸か、
トイレのドアには前者の方が相応しいが、
ブッダにとっては
光の象徴、天照大神が
引き籠もったようなものだったので後者だったらしい、
簡素な板張りの扉がガチャリと勢いよく開いてのそれから、

 「可愛いなのはブッダでしょうっ。」

真っ赤っ赤なのは変わらぬが、それにしては何へムキになっているものか。
トンチンカンな一声を放ったイエスだったのへ。
まま、出て来てくれただけ善しとしましょうということで、
その二の腕をがっしと掴んで、
有無をも言わさず、ずりずりと廊下まで引きずり出したブッダであり。

 「う…ヤダったら、力づくなんかして、」
 「したくはないけど、こうでもしなきゃ、
  イエスったら話も聞いてくれないじゃない。」

あくまでも片手で引き出した彼であり、
まるで、予防接種はやだやだと、
首輪が抜けそうなほど抵抗しているわんこの如く、
四肢を突っ張って逆らい続けていたイエスの鼻先へ、
ほれとブッダが差し出したのが。
ほかほかと湯気の立つ、
美味しそうな出来たての蒸しパンが乗った皿だったりし。

 「〜〜〜〜こんな、こんなもので懐柔されると。」
 「思ってないけど、一時休戦としたくはな〜い?」
 「う…。//////」

うううと唸ってみても、
昨日から徹夜になってしまってた、最強の修羅場の直後なその上、
実はまだ、朝ご飯も食べぬままお昼ご飯の時間になりかけ。
どんなに意地を張ったとて、
お腹は正直で“ぐぐう〜〜っ”と悲鳴を上げているとあって。

 「許した訳じゃないんだからねっ。////////」

今度は別口の羞恥心が沸いたせいだろう、
いったん落ち着きかけた頬の赤みがまた増したが、
それもまた可愛いなぁと、
ついついブッダが口許を緩めかけたのもしょうがない。


 だって、今のイエスの口許と顎からは、
 いつものあの黒々としたお髭が
 すっかりさっぱりと消えてなくなっていたのだから。





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