人恋しき 秋の深まりに
      〜かぐわしきは 君の…

 “シッダールタ様の秘めごとは”


秋もいよいよ深まって、
あちこちから初霜だの雪だのの便りが届いたり、
大雪を見越した冬支度だのにまつわる話題が聞かれる傍ら、
クリスマス向けのイルミネーションへの点灯式だの
何の こっちは迎春準備だ、来年の干支は午
(うま)ですよだのと、
季節ものの先取りや前倒しも盛んなのは、情報時代の徒花
(あだばな)か。
年末年始のあれこれが前倒しになるお仕事といえば、

 「シッダールタ先生、
  新年号への原稿を依頼したいのですが。」

 「来ましたね、年末進行。」

何せ年末は印刷所も休みになるし、
刷り上がった本を全国各地へ搬送する運送業も
お歳暮と並行して、年越し向けのバーゲンだの福袋への大量発注だの
年が明けたら明けたで、お年始だ初荷だと、
冗談抜きに目が回るほどの大忙しとなる時期なので、
それらに翻弄されぬよう、
年末年始に発刊される雑誌の原稿は、
とんでもないほど早い目に締め切りが設定されるのがザラ。
デジタル入稿でもそこのところは同じだそうだし、
地上から遥かに遠き天界で編集される『R-2000』ともなれば、
こちら、地上在住作家のシッダールタせんせえへの締め切りも
ずんと前倒しになって当然というものかも。

 「つか、わたし引き受けるなんて言いましたっけ?」
 「いいえ。」

相変わらずに表情の読み取りにくい、目ヂカラMAXなお顔のまんま
きっぱりとかぶりを振って見せた、
人気作家シッダールタせんせえ担当の梵天氏だったが、

 「ただ、帰省なさるという話も伺っておりませんので、
  ならばその代わり、お元気なところを発揮していただこうかと。」

 「うう…。」

微妙に痛いところを衝かれたその上、
かっちりとしたスーツ姿のお膝を揃え、
礼儀というかお行儀としては申し分のない姿勢にて。
卓袱台を挟んだお向かいにおいでの作家先生へ、
どうかお願いしますという、
一種“蹲踞
(そんきょ)”の礼を示す梵天氏には、

  またぞろ強引に粘られても面倒だなぁ、と

仏門開祖様には不似合いかも知れない、
やや蓮っ葉な感慨が ついつい浮かんでしまい、
はぁあという溜息が洩れもする。
くどいようだが、自分はバカンス中なのに、
何でまた わざわざの苦行を強制されねばならぬ。
心の赴くまま、何かネタが降りて来たら描くというならともかく、
締め切りを決められ、テーマを用意されてしまう
“職業作家”扱いをされるのが何となく面白くない。

 “しかも…。”

絶妙な持って行きようでハードルを上げられると
ついついムキになってしまう、ブッダの負けず嫌いな気性を
さすがの付き合いの長さからようよう把握されており。
これまでだって結構いいように
無茶な依頼を引き受けるよう、誘導されていたような気も。
そうまで見透かされているというのが、
こたびは特に気に入らないブッダ様なようで、

 「とにかく、
  約束のなかったものは引き受けませんからね。」

礼儀は礼儀とお茶を出しつつも、
きりりと冴えた視線と
頑とした姿勢はあくまでも揺るぎなく。
こちらも礼儀正しき正座姿勢のまんま、
そうそう ゴリ押しは利きませんとの態度を示す開祖様だったが。

 「そうですか、あくまでも聞いてはくださらないと。」

これは困りましたねぇと言いつつも、
このくらいの拒絶で そう簡単に折れる梵天ではないことくらい先刻承知。
どう持ってゆくつもりかと、
気を引き締めて待って見せつつ、
一方で、早くしてくれねば外出中のイエスが戻って来てしまうのにと、
そちらも気になって止まぬブッダだったのへ、

 「…私にそのような態度を取ってもいいのでしょうか、シッダールタ先生。」

ふと、そんな微妙な言い回しをする梵天なのへ、
おやと、こちらも眉をひそめる。
声音も低くて やや陰湿な、何かしらの思わせ振りを伴う口調。
別段、疚しいことなどへの心当たりもない身だと、
ただただ厭らしい物言いに聞こえたことへの不快を示しての、
眉を顰めたままな顔つきで怪訝そうに二の句を待てば、

 「私には切り札があるのですよ、ほら…これを。」

ふふと、彼には珍しくもやや目元を眇めつつの暗い笑い方。
一体なんですかと、まだ思い当たることはないままに、
それでも…彼が卓袱台へ載せたスマホの液晶画面
少し腰を浮かせ、柔らかな背を嫋やかに伸ばして覗き込んだブッタは、

 「…………なっ。///////」

それまでの強硬頑迷な、凛とした態度を一転させ、
随分と驚いて見せたそのまま、
じわじわと頬を赤くしてゆくばかりで。
色白で瑞々しいその頬が朱に染まる様は、
甘い色合いが意外なほど可憐に映ってのこと、
何とも印象的だったが、

 「これを、例えばイエス様へお見せしてもいいのでしょうか?」
 「な……そんなことはっ!/////////」

不意打ちとも言える事実への驚愕が、
低められた声での宣言で、
あっと言う間にとんでもない脅威へと塗り変わり、
ブッダの聡明な面差しが大きな動揺から引き歪む。
想いもよらぬ代物だが、そこに映っているのは紛れもなく自分の姿。

 「どうしてこんな古いものを。
  処分してくださいと、あれほどお願いしたじゃありませんか。///////」

そのまま何とかしようとでも思ったか、手を延ばすブッダの指先から、
だが すんでのところという皮肉な間合いで浚い取られた小さなモバイルを、
ふふんと意味深に笑って、そのお顔の間近へ、
正しく切り札として ひけらかすかのような見せ方で示す、
強気なその上、これに関してだけは強欲な編集者殿であり。

 「どうしますか? 私は別にかまわぬ代物。
  イエス様はもしかして、喜んでくださるかも…」

 「なっ、何を言い出すのですか、不謹慎なっ!//////」

最後まで言わせず、真っ赤なお顔のままで叫ぶように相手の声を遮って、

 「私を揶揄するだけならともかく、イエスを愚弄するなんてっ。///////」

そればかりは許さぬと、
指導者らしき厳しい口調になり掛かったものの、
その鼻先へとスマホをかざされると、

 「…っ。////////」

たちまちのうちに言葉が閊え、顔の赤みがずんと増す。
それは彼にとって、何かしらの辱めででもあるかのようであり。
生真面目な彼ゆえに、
認めたくはないけれど、事実は事実という現実からは目を逸らしも出来ずで。
それが余計に羞恥を招いてしまう悪循環な様子。
耐え難い恥辱に唇を咬む姿は、
頬が緋に染まっているためか何とも妖冶だが、
本人はただただ辛く苦しいに違いなく。

 「私とて、あなたを苦しめたい訳ではないのですよ?」

とうとう一言も発しなくなったブッダなのへ、
さすがにやり過ぎたかと思ったか、
声音を和らげた梵天が、

 「これを取っておいたのも、
  私にとっては忘れ難い想い出だったからに他なりません。
  あなたは私にとって、何にも変え難い大切な存在なのですから。」

宥め諭すように、そうと告げる。
何と言っても 彼は仏教の守護神である天部。
ともすれば3000年近く、
いやさ その前世から見守っていたのだから、
もっと長きに渡って
ブッダの魂である尊格を護り続けて来た存在だ。
そうそう困らせるようなことを構えるはずもなくて。

 「……でも。///////」

真面目に構えたその文言に嘘はなかろう。
だが、それはそれだ。
顔を上げたブッダの視線の先には、
問題の画像を呼び出したままのスマホ。

 「でも、そんな…そんなものを
  他でもないイエスに見せるだなんて困ります。」

何でどうしてそんなことをしたのかと、
そこに映し出されている自分自身に対しても
歯痒い怒りのような感情がじりじりと沸き立つ。

 「そんなに困った代物でしょうか。」

だったら何で持ち出したのだと、
今更 途惚ける梵天のその態度を、だが、
白々しいと怒っていいのだという道理さえ浮かばないほどに
ブッダの混乱はひどいものであり。

 「だって、私の人格を疑われかねないじゃないですかっ。
  そんな恥ずかしいもの…っ。////////」

確かに多少浮かれていたかも知れぬが、
それにしたって仏門の開祖ともあろう者が、

  そんなあられもない格好をよくも……////////

激しい羞恥から総身が熱くなり、
胸の底には重苦しい石が沈んだように苦しくて。

 「どうしますか?
  そう、こたびの原稿を受けてくだされば、
  これは…私にはたいそう残念ですが、お望み通り消却してしまいます。」

悪魔のような囁きへ、だが、これはもう頷くしかなかろうと、
力なく落とした頭首
(こうべ)、頷くためにとブッダが持ち上げかかったそこへ、

 「ブッダ、ただいま〜♪」

ああ、何ていう巡り合わせの悪さだろうか。
使徒の何人かが降臨していたのへと呼び出され、
お馴染みの“どとーる”まで、出掛けていたイエスが、
ねえ、とっても楽しかったんだよ、
訊いて訊いてと言わんばかりの朗らかさで帰っておいでで。

 「あ、梵天さん、こんにちは。」
 「お邪魔しております、イエス様。」

そういえば、
アポイントメントというには大仰ながら、
おいでになるという話も聞いていたようなと。
本人を見てやっと思い出したほど、
ブッダとは違い、
それは楽しい一時を過ごして来たらしき、神の御子様。
スニーカを脱ぎつつという距離もあったためか、
まだ…何とはなく微妙な重さを垂れ込めさせている
室内の空気感へは気づけなかったようで。
外は木枯らしが冷たくてと、
上がって来つつダウンジャケットを脱ぎかけたものの、

 「あ…。」

まとまりの悪い髪が、ジッパーに引っ掛かったか、
ありゃと痛いが交ざったような声を立てる彼なのへ、

 「あ、引っ張っちゃダメ、」

ほどいてやろうと慌てて立ち上がったブッダの膝が
卓袱台をどんと下から叩いた格好になり、
梵天氏の肘を突き上げたのは全くのアクシデント。
よって、その手からピョンと
スマホが飛び上がったのも不慮の出来事であり、

 「ありゃ。」

それは一体どういうスキルか、
首を不自然な方向へと引かれたままでも、
動くものへの反射は素晴らしかったイエス様。
真剣白刃取りよろしく、
両手を延ばしてはっしと挟み込むよにし、
宙で難無く捕まえたはよかったが……。

 「あ…。」
 「見ちゃダメだ…っ!/////////」

ザアッと血の気が引いたそのまま、
次には含羞みからの羞恥で頬や耳が赤くなったブッダ様、
きっちりとまとまっていた螺髪がサアッと鮮やかにほどけて、
その反応へは、意外だったか梵天さんが“おっ”という声を出したが、

 それどころじゃあないのが、約二人ほど。

 「………なっ、これってもしかしてブッダなの?///////」
 「〜〜〜見ましたね、イエス。/////////」

はがきよりもやや小さめなその液晶画面に呼び出されていたのは、
螺髪を解いた愛らしい姿、
柔らかな生地の小袖に袴代わりの裳、
領巾
(ひれ)と呼ばれるショールのような絹を腕と肩へとからげ、
緻密な織りの佩を腰へはいた…という、
極彩色の衣紋も可愛らしい、

 「これって、昔の日本の装束ですよね。」
 「ええ。奈良時代の女性のね。」

仏教が日乃本へ伝来し、定着した証しのような催しがあったのへ、
こそりと参列したおりの…

 「え〜〜〜、それって私、知らない〜〜。」

確か私もう天界にいたよねと、
中腰になったまま凍りついておいでの如来様へと訊くイエスであり。

 「や、あの…うん、まあその…。///////」

お顔も真っ赤なら、螺髪も解けてる如来様。
どうやら…大仏開眼辺りの儀式へ、
そのような女装で紛れ込んでおいでだったらしく。
何でまた普通の変装に留めなんだのかと、
当時の自分が 何を浮かれていたものかと恥じ入ってらしたようであり。

 「わあ、可愛いな。
  あ、梵天さん、これってコピーさせていただけませんか?」

  ………はい?

 「構いませんよ? えっと、どうすればいいのかな。」
 「あ、ちょっと待ってくださ…って、髪が。」
 「ああ、ほどきましょうね。」

  あの、もしもし?

ああまで含羞み、
これを見られたら軽蔑されるっとまで切羽詰まっていたのに。

 「……………?」

なのに、この展開は何?と、
不整合な何かへ混乱していたものか、
しばし呆然としておいでだったブッダ様。
ある意味、無に達していらしたそんな気配が、
ぐんと一気に圧を高めての、
濃密な存在感を主張なさり始めたものだから。

 「おっと、これはいけない。
  ああイエス様、この画像は後ほどメールで。」

 「え? あ、はい。判りました…って、
  何でそんな大慌てで戻られたんだろうね、ねえブッだ…。」



  ななな、南無三っ








   〜Fine〜  13.11.14.


  *神様の悪戯、パート2。(おいおい)
   新しいシリーズを始めたばっかだというに、
   いきなりの番外編です、ややこしくてすいません。
   最初は拍手お礼にしようと書き始めたのですが、
   妙に楽しくて、調子に乗り過ぎたか、
   どんどんずんずん、長くなるなる。(笑)

   「何なの、どうしたのブッダったら。」
   「知らないんだから、もうっ。////////」

   ここでトイレへ籠もるのがイエスなら、
   張本人が逃げたのでと我に返り、
   あんな想いさせられたよぉと
   とりあえずはイエス様の懐へ飛び込んで
   どさまぎで甘えるのが
   ウチの 今日この頃のブッダ様vv(おいおい)

   ブッダ様、どうか罰だけはあてないで。
   もう十分あれこれ困ってる状況ですんで。

    ex,PCのみならず、ワープロまで絶不調だったり、
      去年の手術の傷が寒さで痛かったり。

めーるふぉーむvv ご感想はこちらへvv


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