かぐわしきは 君の…
   〜香りと温みと、低められた声と。


   “天花粉” (番外編)


南極や北極の氷がどんどん解けているどころじゃあなくて、
日本もまた地球温暖化の影響をかなり受けているそうで。
近海を周回する潮の流れや、気団の分布が随分と様代わりしつつあり、
昔はたくさん獲れた魚が減ったり、珍しかった魚が増えたりと、
食肉習慣がなくとも栄養バランスに不備がなかったほどの
豊かな“魚の国”だったその漁獲量に変化が生じているし。
気温の乱高下や、
それに引っ張り回されてのゲリラ豪雨に豪雪、落雷と、
気候の方でも途轍もない乱れよう。
平均気温も年々上がっているという話で、
冬場の豪雪がなかったならば、
余裕で亜熱帯認定が出ているかも知れない勢いかも。


 「……。」


去年の夏はこんなこと感じはしなかったのにな。
今年は“世紀越え”の酷暑とかいうほどの暑さらしいからか、
時折、むずむず もぞもぞという感覚が背条を襲うような気がする。
まさか もしかして、
これこそが“世界の終結”への予兆というものなのだろか。
父さんが構える偉大なる仕儀だけに、
息子の自分へも何かしらの余波が届くというのだろうか。
だとしたなら、
人々へ広く喧伝した方がいいのだろうか。
今からでも遅くはない、悔い改めよと。
さすれば天の国への門は開かれるのだからと…。

 「う〜〜。」

さすればというか、掻いてはいけないのかなぁ。
ちょっと行儀が悪いけど……と、
肘を頭上近くまで高々と上げてのこと、
シャツの襟ぐりへ右手を突っ込み、
ごそもそと背中へ回そうとしているイエスであり、

 「? どうかしたのイエス?」

今日も暑い一日になりそうなこと、ひしひしと感じられる早朝のお外を周回し、
いつもの日課のジョギングから元気に戻って来たところへ、
おはようより先に 仏頂面を突きつけられてしまい。
そこはさすがに面食らったブッダであったが、

 「ブッダァ〜〜〜。」
 「大丈夫かい? 明け鳥のお告げでもあったかな?」

寝起きに悪い夢でも見たのかなと案じてくれたのへ。
パジャマのままで布団の上に座り込み、
ヨガの真似ごとか、それとも背中側で両手の先をくっつける練習か、
首まで傾けて むずがりのお顔をしていたイエスは、
さっそくにも窮状を訴える。

 「何だか こそばゆいというか…。」

掴みどころのない何か、どうにも違和感があって仕方がない。
寝汗で髪が張りついているものか、
でもさっきから随分と掻き上げているんだのになぁ、と。
原因が文字通り“見えない”ものだから、

 「い〜〜〜ってなるんだ。」
 「うんうん、気持ちは判ったけれど、
  日頃の会話にまで ネタレベルでの擬音の濫用はよくないよ?」

オノマトペって フランス語なんですてね…じゃあなくて。
時々思い出したように
芸人コンビを目指す由が伺える発言がどっちからも出るのは、
それこそネタなんだろか、それとも いつか本気でデビュー?と、
ついついワクワクしてしまう、筆者は関西人なのですが。

 それもともかく。(笑)

肩側から右手を突っ込んで這わせようとしているのが、
自分の背中…とうなじの合流点辺り。
どちらかといや体が堅い方なせいか、それとも、
長くて緩いうねりのある髪がかぶさっているせいか。
どこがどうなっているものか、ちいとも まさぐれないとあって、
それでのこと、う〜ん、む〜んと
むずがり半分の小難しそうな顔になっていた彼であるらしく。
それを察したらしいブッダ様、
そんな不器用なところも可愛いなぁと、
目許を細めての苦笑を浮かべつつ、布団の際まで足を運ぶと、

 「どら。」

すぐ傍らに膝立ちになって、
本人に代わり 様子を見てあげることにする。
問題のうなじ辺りへ わさりと下ろされた髪を掻き上げてやり、
どぉれと相方さんの後ろ首を見やったブッダが
少しほど汗ばんだそこへと見つけたのは…小さな赤い発疹の群生で。

 「…これ。」
 「なに? 何かおかしいのかい?」

え?え?と、不安げに訊いてくるイエスを
ますますと不安にさせるつもりは毛頭ないのだが…。
おかしいというか、まあ異常事態的な症状ではあるかなぁと、
思いはしたものの ついつい言葉を選んでしまったブッダであり。

 「あのさ。…汗疹って知ってるかい? イエス。」
 「??? アセモ? 海草の一種かな?」

こんなときに何でそんな見当外れなことを訊くの?
という反応だったものだから。
ああ やはりなと、ちょっぴり甘く苦笑してしまった如来様だった。




    ◇◇◇


赤子や子供に多く見られるのは、
自分では汗を拭えぬ幼さとか 汗っかきゆえではなくて、
汗腺の数が子供も大人も同じだからだそうで。
体の大きさが違うのに…と慮みれば、
成程、密度の差により子供に起きやすいのかと頷けもする。
平たく言えば、汗の成分が肌に居残ったまま引き起こす皮膚の炎症であり、
出来る範囲でいいから、
空気に晒せるよう、また清潔を保つよう心掛けよというのが、
昔ながらの一般的な対処法とされて来たが、
今時ではステロイド剤など塗り薬で早急に対処するようになってもいる。
自然治癒が悪いとは言わないが、
掻き潰してしまうと化膿範囲が広がったりしかねぬからで、
そんなこんなで背中やうなじへ跡が残るのも可哀想。
なので、ニキビと同じく、
出来れば皮膚科で専門医に診てもらった方がいいそうな。
今時の母親はすぐに医者に頼ってと、
いちいち眸を吊り上げるもんじゃありませんことよ? お姑様。
今時は、それこそ
空気中の化学物質からして含有量や組成が昔とは違いますからねぇ。

  ……と いった小さい子への対処はともかく

 「これって発疹ってのの一種なの?」
 「まあ、そういうことになるのかな。」

パジャマから着替えるついでにと、
手持ちの鏡を何とか組み合わせての“合わせ鏡”にし、
ほらと本人へ現状を見せてから。
ブッダが簡単に説明しつつ、
日本人の髪とは微妙に質が違って剛いめのイエスの髪を、
ヘアゴムで日頃よりきっちりと束ねてやる。
出来るだけ空気へ晒しておいた方がいいには違いないからで。
ひょろりとしたうなじは そうやって晒されると案外と長くて頼りなく。
まだ違和感は消えないか、しきりと肩をもぞもぞするものだから、
Tシャツを透かして かいがら骨が浮き上がっているのが判るほどだったりし。

 “はっきりとした切り傷や擦り傷だと、
  神の血の作用も目覚ましく働くんだろうけれど。”

せめてカサブタ状態まで進行しておればともかく、
まだ仄かに赤くなっているという段階だったため。
もぞもぞするだけ、よって“怪我”とは認定されず…だったようであり。
痒いものか、とうとう手を延べようとするイエスなのへ、

 「あ、痒いだろうけど掻いちゃダメだよ。」

流しでタオルを濡らして絞り、
それで拭ってやろうと戻って来たブッダが、ああこれこれと制止する。

 「え〜? どうして?」

こういうときほど、幼い物言いとなるイエスが、
首をねじ曲げて肩越しに振り返って来たのへと。
視線を合わせ くすすと微笑ってやりながら、
だって 掻き毟ったらかさぶたになってしまう、と言いかけて。

 「……待てよ。」

ブッダが はたと気がついたのが、

 「…君の場合は、そのほうが治りは早いのかなぁ?」
 「さあどうだろう。」

訊かれてもと、本人も小首を傾げておいで。
神の血の発動原理って、やっぱり“出血”に触れることなんでしょうかね。

 蚊に刺されたらどうなるのかな。
 ロンギヌスの蚊になっちゃうのかな?

何ですか、そりゃ。(う〜ん)





答えの出ない問答に、しばし はてさてと小首を傾げ合ってから。
やっぱり痒いっとイエスが手を伸ばそうとするのを、
ブッダがこらこらと捕まえの。
ほら さっぱりするだろう?と濡れタオルで拭いてやり、
その場は何とか収まったものの。

 「まあ、何でもかんでも片っ端から勝手に治るのも善しあしだからね。」
 「そうなの?」

ああと頷き、にっこり笑うブッダは、
今のところはお母さんモードであるらしく。

 「生き物は、
  怪我をしたよ、痛いという連動を経験をしなければ、
  危険を学習しないからねぇ。」

そんな風に、基本的なところを説いてくださる。
冗談抜きに“無痛症”という、体質というか痛みを感じない子供を、
いつぞや難病ばかりを扱っていたドキュメントで観たことがあるのだが、
その子はどんな怪我をしようと“痛い”と感じないがため、
階段から転げ落ちても平気だと泣きもしないのだが、
それって…本人が全く気がつかぬうちに
骨折などの命にかかわる大怪我だってしかねないし、
泣かないので周囲も気づかない恐れがあるのだそうな。

 「そういう物療法的な話だけじゃあなくてね。」

人を案じたり案じられたりという、
情緒という次元においても、痛みというのは大きな要素。
他者の痛みを理解し案じる心からは、深い絆も生まれるというもので。
とはいえ、
同じ痛みを体験したことがない者は、
傷ついた者の辛さや悲しみを理解することは出来ぬのかといや、
それもそうとばかりは言えぬ。
人ならではの情感・情緒は、深い情けや思いやりという形で、
心の傷さえ癒すよな、それこそ“奇跡”をも起こし得る。

 「イエスの聖なる神の血にしても、
  主に民を救うための奇跡を起こすものなのだしね。」

痛みや辛さを知らぬ彼じゃなし、
小さき者への慈愛の根源も、
そういったところから発しているのだし。

 「あ、でも“聖痕”は消えないんだよね。」
 「うん。」

あまりに辛いとそこからの流血がいまだにあるほどの彼なのだし、
そかそか、やはり何でもかんでも神の血が及ぶって訳じゃあないんだと。
今更ながら 気がついたこともあったりし。

 「それ、いい匂いだね。」
 「そうでしょ?
  シッカロール、昔は天花粉っていったらしいよ。」

さすがにこれは常備してなくて、
イエスをちょっとだけ留守番させる格好で
駅前の薬局までひとっ走りして買って来たもの。
女性用のおしろいみたいな、平たくて丸いケースに入った天花粉。

 「鹿は出て来なかった?」
 「うん。」

このカッコのままだったから、ジョギングモードと思われたのかも、と。
いつものお約束を、ついつい確かめてからのさて。
あんまり散ったり舞ったりしない“固形タイプ”というのがあったそうで、
ほのかに甘い香りのする白い粉を パフへとトントンと移しては、
シャツの後ろ襟を少々ずり降ろして覗かせた患部へ、
パタパタと軽やかに はたいてやっていたのだが、

 「ブッダは?」

はい終わりという声を掛けられると、
シャツを直すのも半端なまま、くるりと振り向いてイエスが訊いた。
自分ばかりが構いつけられているのが心苦しいか、
それとも、自分も同じようにお世話を焼きたくなったのか。
天花粉の蓋を閉めかかる手ごと、パッと押さえるイエスだったのへ、

 「うん? ああいや私は。」

はんなりと笑ったブッダが、大丈夫だよとかぶりを振って見せる。
普段から首回りもすっきりと空けているし、
亜熱帯の生まれだったからか、それとも天部の後づけの名残りか、
肌も弱くはない方なので、

 「ほら、何ともないだろう?」

よく見えるようにと、
イエスに肩を向けるよう、ちょっとだけ体をひねってから、
Tシャツの襟を、背中側へ大きく開くよう、後ろへずらし引いて。
そのまま少しほど首を斜めに傾けて向こうを見、
ほら(ご覧)と うなじをすんなりと延ばして見せたところが…

 「…………ブッダ。」
 「なに?」

あれれ? なになに その棒読みで真っ黒な声はと、
日頃の伸びやかなお声からはちょっと掛け離れたお声へ、
姿勢は変えないままに応ずれば。

 「そういう不謹慎なしぐさはどこで覚えて来たのかな。」

 「はい?」

 「よそで誰かに見せてないでしょね。
  心配するあまり
  聖痕が開いちゃったらどうしてくれるの…っ。///////」

 「はぃい?
  あっイエス、ホントに聖痕がっ!」

既婚者ではないけれど“おませさん”ではあったらしいイエスが、
それはそれは無防備に、綺麗なうなじを見せてくれたブッダ様へ、
何でだか異様なほど憤慨しちゃったようでして。


  さて此処で問題です。(こらこら)





   〜Fine〜  13.07.29.


  *たまにはブッダ様優勢で終わってもいいかなの巻でしたvv
   お母様モードだと、断然強いです。
   仏の顔 三機Ver.も、こっちでしょう、きっと。(笑)
   だってのに、うなじをやけに色っぽくご披露したものだから、
   イエス様、思わずどぎまぎしたようで。///////
   天花粉だのあせもだの、
   ただのおまけですね、こうなると。(大笑)


  *台風に立ち向かうよにレンタルDVDを返却しにゆくお話で、
   ブッダ様が
   仏教では嵐の日は外出しない旨を話してらっしゃいましたよね。
   日本にも、
   蚊を叩いてはならぬという教えからウチワをまく回向があったような。

   ……で、途中にも書いておりますが、

    イエス様って蚊に刺されたりはしないのかなぁ?

   「その場合、その蚊は“ロンギヌスの蚊”になってしまうのかい?」
   「それって何だか恐ろしい響きがあるんだけど。」

   決して笑い事ではありません。
   日本脳炎からマラリアまで、蚊が媒介する恐ろしい病気は結構あります。
   無敵の蚊なんてものが生まれたら、
   アウトブレイク、若しくはパンデミックという
   爆発的大流行なんてな おっかない状況が生じてしまうやも。

   「あくまでも“聖なる遺物”になるのだから、
    そういった悪玉菌を片っ端から駆除する、
    スーパrーなモスキートになるのでは?」

   つか、生き物が相手では“遺物”にはならないと思うので、
   弟子的存在となるのかも。

   「弟子って…。」
   「直接 君と接した存在だから
    立派な“弟子”なんじゃないかと、
    もーりんさんは言ってるんだが。」

   そして広く宣教活動を始めるのだ。(おいおい)

   「ヨハネのおとうと弟子だね。」
   「彼にしたら ちょっと複雑かも知れないけどね。」(苦笑)


ご感想はこちらへvv めーるふぉーむvv