キミが望めば 月でも星でも
      〜かぐわしきは 君の…

 “遊びに行こう”  〜アイシテル



さすがにまだ吐息が白くなるほどではないけれど、
それでも ちょうど10月の真ん中を挟んで、急に深まった秋であり。
観測史上最も遅い真夏日を何日も記録していたものが、
ほんの数日たったら、今度は11月下旬並の気温というから、
本当に極端から極端なことよ。

 「ほんのこないだまでは、
  いつまで暑いのかねぇなんて言ってたのにねぇ。」

 「そうだよねぇ。」

今じゃあちょっと雨に打たれてもぞくぞくとする始末で。
そうそう。ウチのカカァも、衣替えが途中だったって大慌てだと。
顔なじみの方々とそんな会話で沸いてから、
大きなのれんをくぐって表へ出れば、

 「湯冷めするから真っ直ぐ帰りなよ。」

銭湯のご主人からはすっかりと
遠縁の甥御か、いやさ
ちょっと大きい孫のような扱いをされていたりする
我らが最聖のお二人だったりし。
笑顔で注意されたのへ、あははと揃って笑いつつ、
ありがたいねぇとの感謝の気持ちに心が和む。
道なりに連なる幾つもの窓に、次々と明かりの灯る町なか。
それが鮮やかに浮き上がるほど、仄かに垂れ込めつつある夜陰の中に、
白いガードレールが その縁を浮き上がらせるよに光らせていて。
見上げた空は だが、月も星も見当たらぬ曇天催いなままだ。

 「今夜も雲が多いねぇ。」
 「何でも、また台風が近づいてるっていうからね。」

長かったし暑かった夏の、これも置き土産。
太平洋の海水温がなかなか下がらないものだから、
台風も途中で滅することなく、
大きいまま、むしろ育ちつつ
いくらでも北上して来てしまうらしいのだとか。

 「天界にいたときはピンと来なかったけれどね。」
 「うん。
  大変なんだというのは判っていても、
  遠いところのことというか。」

あくまでも遠くから案じる立場であったので、
迫ってくるぞどうしてくれようかという
当事者の立場ならではの逼迫は、
肌身で体験しないと判りにくいものだというの、
今頃 体感しようとはねと。
顔を見合わせ、やや困ったように苦笑し合う、
ブッダ様とイエス様であり。

 「あ、そうだ。訊いてよブッダ。」

長袖のTシャツの上、一応の防寒にとブッダが持たせた
薄桃色の木綿地のパーカーを羽織っていたイエスが。
空と天界で何か思い出したらしく、
少々語気を荒くしつつ言い立てたのが、

 「流れ星の会がお流れになったんだって話をアンデレにしたらサ、
  そりゃあ洒落っスか?って まず笑われて、
  それから、
  天界からだったら いくらでも見放題っスよって
  あっさり言われちゃったんだ。」

当たり前じゃないよね、それってサと。
小馬鹿にされたような気でもしたか、
頬を膨らませ気味にし、こぶしを握って力説する彼だったが、

 「ふ〜ん。
  アンデレさんて、あの前髪でも流れ星見えるんだね。」

ブッダとしてはそっちへ感心してしまったようで。
そんな のほほんとした口調の呟きに、
当然のこととして温度差を感じ、
あれ? 同意してくれないの?という、
まずは微妙な肩透かしを覚えたらしきイエスが、だが、

 「………………、……あ。///////」

ちょっぴり間をおいてから口元押さえ、
額の茨へわささっと赤いばらをたわわに咲かせてしまったのは、

 「だよねぇ、スダレみたいにしてるのに。
  ちゃんと見えるんだ、大したもんだよねvv」

…って言うか、
流れ星って柄でもないしぃって誤魔化してて、
でも実は前髪の陰からこっそり見てたんだ、便利な髪形だなぁ…なんて。
イエスとしては、素直じゃないんだからという方向へ、
勝手に帰着しちゃったらしかったけれど。

 “………。”

そういう意味で言った訳ではないとの訂正、
わざわざ告げるほどでもないかとし。
それよりもご機嫌がすんなりと直ったことの方へ、
ブッダとしては善哉善哉との苦笑を見せる。
だって、

 “…もしかしてアンデレさんは、”

そんなささやかなやり取りについ紛れさせてしまうほど、
実はイエスに天界へ戻って来てほしいのかもしれない。
流れ星が見たいなら、
天界からなら天候にかかわらずいくらでも見られると言い、
早く帰ってくればいいのにと暗に仄めかしたのかも。
まずはそれが閃いたのだけれど、
そんなこと、冗談でも口になんて出せなくて。
それでと、それこそ茶化すような言いようを紡いでしまったまでのこと。

 『ブッダ〜〜〜っ!』

天界に居て、まだまだ出会ったばかりも同然な頃。
自分がそうだったように彼もまた、
自身の弟子たちが数年かけての次々に、
天へと召されてくるのを迎える側になったのへ、
なかなか慣れることが出来なくて。

 ―― だって、どれほど苦しい想いをしたかと思うと、
    逢えて嬉しいもないだろうって気がして。

いくら“よかった探し”の名人でも、
さすがにそのくらいは わきまえてもおいで。
それでもやはり
久方ぶりに触れられた、懐かしい人の温もりへの感動は大きいようで。
結果、どの誰がやって来ても 同じように、
わぁんと泣き出しつつ懐ろへ飛び込むのの繰り返しだったらしく。

 『一昨日、やっとアンデレと逢えたんだ。』
 『そうなんだ。
  よかったね…とは言い難いけれど、
  キミには随分と嬉しかったことだったようだね。』

端境の森、たまたま出会えたブッダを相手に
ぎゅうとしがみついてくる細い腕の屈託のなさからも、
どれほどの歓喜かは おのずと伝わってくるというもので。
うん と、大きく頷いてから、
言葉を選んでくれてありがとうという照れ笑いを見せた神の子は、
だが、やや鹿爪らしいお顔になると、

 『たださぁ。
  開口一番、先生 泣き虫になりましたねって、
  相変わらず冷静なこと言うの。///////』

 『おやまあ。』

まったくもー、昔からあの子は少し冷めててサーと、
恥ずかしかったのか、
ブッダを相手に しきりとぶうたれてくれたイエスだったが。
それが“相変わらず”だということは、
教えの素晴らしさに胸を打たれ、
師事しますと頭首
(こうべ)を垂れたのとは別口の感覚として、
放ってはおけぬ人という刷り込みも
地上に居たころから既になされておいでな使徒の皆様であったこと、
ブッダへも容易に察することが出来たもので。

 陽が暮れるのが早くなったよねぇ。
 そうだねぇ。
 陽がないとますます寒い気がするしねぇ。
 うん。

さっきまでいた脱衣場での、
おじさんたちとの会話の延長みたいだなぁと。
そうと感じたと同時、

 “……あ。////////”

ちょっとばかり大人ぶっての
社交辞令ぽい、当たり障りのない会話をしていたイエスは、
丁度、極楽浄土でやや誤解されていた彼を ブッダへ彷彿とさせる。
それも戒律の違いか、
それともブッダが常に“行”を意識してしまう堅物だったせいか。
彼の側からはあまり浄土から離れることが出来なんだことを相殺するかのように、
イエスの方から頻繁に足を運んでくれたはいいが。
最初に大きなギャップもて受け入れられた彼は、
結構な歳月、浄土の多くの聖人たちから、
清楚で聡明で、品格あふるる玲瓏透徹なお人だという、
大いなる誤解を受け続けてもいて。

 “ああ、でも…。”

人のことは言えないかと、今になってしみじみと思いもする。
先日 イエスが自分から自嘲っぽく言ったよに、
ちょっぴり甘えたで やや頼りない、弟のような存在だと
だからこそ、うんと甘やかしてやらねばと、
ブッダだって ずっとそんな風に思っていたのだし。

  そんな彼からのお誘い、
  地上へのバカンスにと一緒に繰り出してみれば

他愛ないことへ喜色満面になっては
茨の冠や枯れ木に薔薇を咲かせまくるわ。
石関係は片っ端からパンに変えるわ、ブドウ酒は生むわ。
アニソンも歌えば、新製品に弱く、
俗なことにほど萌える、ネットの世界の王子様だったなんて、
そこまではさすがに知りもしなかったし。
トイレの水が止まらないと悲鳴を上げたり、
(手洗いに何か流したらしくてフロートが上がらなくなってただけ。)
強引なセールスマンの襲来にびくびくしたり、
ブッダお手製の栗キントンやカボチャの蒸しパンを、
それは幸せそうに頬張ったり。
生まれて初めてのあせもに 痒いいいぃ〜〜〜〜っと切れかけたり。
思わぬ顔ばかり見せてくれるイエスなのが、
そりゃあもうもう 意外で意外で。

 “ああでも、どれにしたって、
  かわいいなって思えたことばかりなんだけど。/////////”

  ブッダ様、ブッダ様。(苦笑)

街灯に照らされた濃色の髪、ひょこんひょこんと撥ねさせて。
スキップの出来損ないをしていたかと思えば、
遅れ出したブッダを振り返り、
追いつくまでを立ち止まって待ってみたり。
一緒に居ることが楽しくてしょうがないと
こんなにもあからさまに表してくれるのがまた、
微笑ましいやら面映ゆいやら。
まだそれほどに夜更けでもないからか、
時折 車も通りかかっては、
目映いばかりのヘッドライトが二人を照らす。

 「あ…。」

ライトだけじゃあなく
いやにくっきりした楽曲も聞こえて来たものだから、
ブッダがふと顔を上げ、音の出どころを探してしまったほど。
ちょうど後方から近づいて来た車があって、
大きく明けられた窓からこぼれて来た、
やや非常識な大音量がそれを紡いでおり。
おおかた今時の流行歌なのだろう、
別なところでも聴いたことのある曲想は、
重低音がやたら利いている、ユーロビート。
それが切れのいいエンディングで締められたあとへ、
ちらりと続いた曲があり。
賛美歌を思わせるような透き通ったコーラスに、
ピアノと弦楽がゆったりと絡みつく前奏へ、ついついハッとしてしまう。


 頑なで孤独だった私を抱きしめてくれた人
 無限の哀しみしか知らなかった心、
 そっと暖めてくれた人
 陽だまりの花々も含羞む 吐息のように、
 羽根のように口づけてくれた人
 出会えた喜びに震える心は、
 やがて二人に訪れるのだろ
 まだ見ぬ未来の酷なことを知っている

 吹きすさぶ嵐にも負けない、
 真っ直ぐな希望への舟が待ってる人だから

 涙のいろ忘れさせてくれたあなたに、
 最初で最後の嘘をつく日は近い…


十代くらいだろう少女が、
か細い声で切々と歌い上げているのは
やたらと切ないフレーズばかりを詰め込んだ曲で。
どうやら新作ゲームのイメージソングであるらしく、
CMなどで流れているのを、このところよく耳にする。
一体どんな苛酷な運命に翻弄されているヒロインであるのやら、
孤独の中でやっと出会えた愛しい人との別れ、
早々と覚悟している気持ちを匂わせていて。

  初めて耳に入ったその日から、
  ブッダには妙に
  他人事でなく聞こえてしょうがない

執着をしてはならぬ身を、
不自由だの不自然だのと思ったことなぞ
これまで一度としてなかった。
世はすべて諸行無常と、
悟りの至高、究極の透徹を目指せば至る、
仏門に於ける当然の境地であり。
人々の苦しみの種、
煩悩の温床である心の闇を払い、
皆が心穏やかにあれば争いも生まれない。
こんな幸いはないと、目指し広めた教えには、
今もなお、微塵の迷いもないままだけど。

 死してなお
 こんなにも長い間この世にありて

 こうまで愛しい人を、私は他に知らなかったから

何とも放ってはおけぬという、
そんな危うい印象から始まったはずが。
屈託のない無邪気さのみならず、
手がかかる甘えや我儘さえ好もしく感じるようになって。
この甘やかな感情は もしかして、
アガペーの申し子を懐かせているという
悧(さか)しき優越感のようなものだとすれば、
そんな僭越はよくないと、ときに我に返ったこともあったほど。

  だったというに

今では、その柔軟自在なしなやかさに
逆に支えられているのだと、頼もしさを思うくらいであり。
そうまで確かな存在感もて、
胸のうちへその居場所を築くほど、
彼をこよなく愛しいと思っている。
その出会いを本当に感謝しているし、

  今や 引き離されたらどうしようかとさえ……




 「ブッダ? どうしたの?」

いつの間にか立ち止まっていたようで、
表情も薄いまま 深慮に耽っていたこちらを、
そおと覗き込んでくるのは、愛しい人を案じる眼差し。
間近からの声に、はっと我に返り、

 「あ、ごめんね。ぼうっとしてた。」

いけないなぁと自嘲する。
こちらもイエスと同じようなパーカーを羽織っているが、
だからと言って安心は出来ぬ。
湯上がりの火照った身が冷えるのはあっと言う間だ。
いつも窘める側の人のうっかりとあって、

 「早く帰ろう。風邪引いちゃうよ?」

ぼんやりしていたのもその予兆かもと思ったか、
こちらの手を取り、ほらと急かす彼であり。

 「おや。
  キミには風邪なんて寄っても来ないんじゃあなかったかい?」

 「私じゃなくてブッダが引いちゃうって言ってるの。」

そりゃあ、看病の仕方は覚えたけれど、
そういうもんじゃあないでしょうが。

 「熱が出て寒気がして、体の節々が痛くなって…だなんて。
  いくら苦行が好きな君でも、
  そんな目に遭ってるところなんて、私が見てらんないもの。」

 「あのねぇ…。」

そういうのはさすがに“苦行”じゃあないし、
私が苦行好きっていう認識も、
聞こえが悪いから ちょっとあらためてほしいのだけれど、と。
言いかかったブッダの隣へ身を寄せてきたヨシュア様、
背中から肩へと腕を回し、
そのまま抱き寄せる手際の何ともなめらかなこと。
口惜しいけれど暖かいじゃあないですかと、
ぐうの音も出ぬまま、口許をうにむにとたわめておれば、

 「まぁた何か、
  前もっての覚悟がどうこうとか考えてなかった?」

 「……っ!」

なんでどうしてと愕然とすることで、
図星を指されたことをそのまま露呈させてしまう、
案外と詰めの甘い、いやいや嘘がつけない性の如来様へ、

 「こんなまで傍にいる私を差し置いて、
  どんな不安に負けそうになっているのかな?」

 「うう…。////////」

鼻先同士がくっつきそうなほどまでお顔を近寄せて、
そぉんな殺し文句を言うものだから、

 りんごは口にしてないよね?////////
 ?? うん、コーヒー牛乳しか飲んでないよ?

ついのこととて お約束のやり取りを挟んでしまったが。
やや決め顔になっていたものが、
あっさりと素のお顔に戻る他愛のなさに、
性根の素直さはまるで変わっていないことを垣間見て。

 「…ブッダ?」

近いほうの肩へ額を預け、
ああもう、敵うはずないじゃないと、
全面降伏しての凭れ切る。

  ああもう、まったくもうもう。////////

日本の十月は神無月といって、
来年の方針を決める神様たちの会議があり、
八百萬の神がみ全てが出雲大社に集まってしまうので、
出雲以外の土地にはいらっしゃらぬとされている。

 でもね、あのね、
 神様も仏様も 此処に居るから大丈夫。

ただし、お互いを大好きな二人だから、
まずはちょっと、見守っててあげなきゃいけないのだけれど。(笑)

 「好きだよ、ブッダ。」
 「うん。…………私も、イエスが大好きだ。////////」

頬が赤いのは湯上がりのせいだからねと、
何とか頑張って
真っ直ぐな視線を上げて見せる愛しの如来様へ。
たまらずの頬笑みほお張ったまま、何度も頷くヨシュア様で。

 11月には しし座流星群が観られるって。
 それに、イチョウも色づくからね、
 神宮外苑とか行ってみよっか?
 絵画館前は絶景なんだって…と。

それは無邪気に、でも、頼もしく
エスコートの手を延べるキミへ。
心からの笑顔を添えて、安んじて手を預ければ、

 「愛してるよ、ブッダ。」
 「……っ。///////」

イエス様からの容赦のない甘言は、際限というものがないものか。
ますますと深みのある一言を投じられ、
そのまま洗った螺髪が夜風の中にさあっと鮮やかにほどけてしまい。

 「あ、ごめん。」
 「〜〜〜〜。//////」

とりあえず、またまたハードルが上がったようでございます。
が、頑張れ、ブッダ様っ。(おいおい)





    〜Fine〜 13.10.23.


  *判る人には判ってしまう、
   某エロゲのチョー有名なテーマ曲を
   やや暈してBGMとさせていただきました。
   これと、あと“たったひとつの〜”とか“喰霊”とか、
   全部、某魔法少女のMADで聴いて はまってしまった…。
   幾つだおばさんという萌え方をしてます、相変わらず。

  *それはともかく。
   今回は、天界回顧編と
   あんな可憐なお人だったのに、(ぷぷーvv)
   いつの間にか頼もしくなってたイエス様というお話でして。
   途中で脱線しもしましたが、
   少しずつ寄り添い合う心と心。
   なんかどんどんとメロドラマ化してるような気がしますが、
   はてさて、ここからどう進みますことなやら。
   とりあえず…バサラ聞きながら書くのはやめた方がいいかもだな。
   (すぐに、乱闘シーン系へ雪崩れ込みたくなるので…) 笑


ご感想はこちらへvv めーるふぉーむvv


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