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2003.6.29 Sun.   洋桃
アヌトパンナ・アニルッダの八重子さんとアップリンク・ファクトリーにて、「ユーロトラッシュ不法集会2003」/「おんなの子の為のオシャレ洋ピン講座2」、『女子学生マル秘レポート』と『グレタの性生活』を観た。

両方ともポルノ映画だったはずなのだが、男女が乳繰り合ってアヘアヘやってるシーンよりも、つい笑っちゃったシーンばかりが印象に残っている。

『女子学生マル秘レポート』は、奔放な性を実践する少女たちの現実の姿を、ドキュメンタリー風に描いてみたぞ、というような内容なのだが、校外授業に行った女の子がマイクロバスのドライバーといきなりセックスしている現場を女教師が目撃する、それから、また別の女の子が夜一人のベッドの中で馬のぬいぐるみを見て馬の交尾を連想してムラムラしてオナニーに耽ってる現場を母親が押さえる、その瞬間に、「ジャジャジャーン!」と、BGMがいきなり盛り上がる、あれには笑った。他にも笑えるエピソードが満載で、全編を通して、セクシーでエロティックなコメディといった風情。これが当時は大人気シリーズだったらしい。

『グレタの性生活』は立体3-Dポルノ。会場で赤と緑のセロファンの「3-Dサングラス」が配付された。基本的なあらすじの部分は普通にカラーの映像なのだが、淫蕩な美(?)少女グレタに絡む回想シーンだけが唐突に、白黒に加工を施した3-D立体映像になる、という仕掛け。それにしても、あんまり立体にする意味が感じられなかったんだけど……。日本語字幕無し、ということで、「3-Dサングラス」と一緒に、日本初上映時のパンフレットのコピーらしき冊子が与えられた。そこに書かれていた「かいせつ」や「ものがたり」を上映前に読んでおいたのだが、実際の映画の内容とは微妙に違っていたような。英語が部分的にしか聞き取れなかったせいでそう思ったのだろうか。でも、けっこう不条理なシーンとか展開とかあって、グレタの「淫臭」(『かいせつ』用語)よりも、そっちの方が気になったりして。グレタの愛人がサッカー選手という設定なのだが、こいつが死ぬ間際のブライアン・ジョーンズのようなヨタヨタの容姿で、どこからどう見てもスポーツ選手には見えない。いくら当時のサッカー選手が今よりも痩身であったにしてもだ。さらに、グレタを守ろうとして片腕を怪我している、という設定だったはずなのに、アクションシーンで思いっ切り両手使ってるし。しかし、最も謎なのは、主人公のドイツ人ジャーナリストが、ロンドンで昔の女友達と一緒にグレタを探すんだけど、その途中でレストランに入ったら、BGMが妙に歌謡曲調になって、ウェイターがその音楽に合わせて動き回るようになって。なんだかよくあるカラオケの背景映像みたいだなあ、なんて思ってたら、突如として主人公が立ち上がって、ウェイターの顔にケーキを投げつけるのだ!なんじゃそりゃ?それと、この主人公の女友達というのの扱われ方もかなり不条理だった。なぜ彼女があんな目に遭わされないといけないのか?字幕が付いてたらそれもこれも腑に落ちたんだろうか?

自己のセクシュアリティというものに思いを巡らせてみれば、好奇心と興味本位、不健全な発達、ひねくれた羞恥心、分裂した自我、欲望は顕在的にも潜在的にも常に多形倒錯、二元論では割り切れず。一見抑圧されているようでありながら、実は単に徹底的に欠落しているだけかもしれない。興奮を覚えるより先に笑いがこみあげてくる。そういう厄介な代物。

映画の合間の一時間に隣のカフェ・マディで八重子さんと二人雑談。念願叶ったり。

渋谷は街の移り変わりが速い。そしてちょっとうろうろしただけですぐに疲れる。

⇒「女子学生マル秘レポート」
1970年ドイツ。エルンスト・ホフバウエル監督。
⇒「グレタの性生活」
1972年イギリス。ピート・ウォーカー監督。レーナ・スクーグ主演。




2003.6.27 Fri.   ANIMATRIX
『アニマトリックス』をやっと見た。面白かった。

⇒「アニマトリックス」[amazon]
2003年アメリカ。ラリー&アンディー・ウォシャウスキー制作。アンディ・ジョーンズ、前田真宏、渡辺信一郎、川尻善昭、小池健、森本晃司、ピーター・チョン監督。

<<< 「アニマトリックス」特設サイト




2003.6.26 Thu.   時代歌劇2
シネマ・下北沢の「時代劇オペレッタ」で『弥次喜多道中記』と『鴛鴦歌合戦』を一人で観る。『ジャズ大名』『歌ふ狸御殿』と同様にかなり面白くて楽しかった。なんだかこの味わいがたまらなく好きになってきた。唐突に歌い出し、舞い踊る人々。あらすじなんかもうどうだっていいよ、という気持ちに、ふと気が付けばいつのまにかなっている、あの多幸感。その明るさ朗らかさハッピーさは戦争下の暗い時代に生み出されたものだとは信じ難い、いや、空気が暗く重たい時期だったからこそ、ああいう映画が必要とされ実現されたのかもしれない。馬鹿馬鹿しくも可笑しい歌と踊り満載の時代劇。チャンバラだってとってもポップ。心理戦も恋の駆け引きもあくまでも表層的でただひたすらに面白可笑しくって。

遠山の金さん:「うんとかすんとか何とか言ってみろ!」
鼠小僧次郎吉:「……。……すん。」
遠山の金さん:「こいつはなかなか肝のふてえ野郎だ!(呵々大笑)」

しかもこういうアホみたいなやりとりのセリフだって平気で頻出するのだ。だから笑わずにはいられない。笑うしかないのだ。

⇒「弥次喜多道中記」
1938年日活。マキノ正博監督。片岡千恵蔵、杉狂児主演。
⇒「鴛鴦歌合戦」
1939年日活。マキノ正博監督。片岡千恵蔵、ディック・ミネ、志村喬出演。

<<< シネマ・下北沢




2003.6.25 Wed.   決壊
「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」
 ―夏目漱石『草枕』

悔しくて悲しくて何もかもが嫌になって。落ち込んで沈み込んでどこまでも降下して。それでもまた動き出せるようになるまでに丸一日が必要だった。電話線の向こうの何も知らないおばさんの教条的な応答が必要だった。必死で引き止めてくれて縋り付くことを許してくれるその腕が必要だった。

「2003年の10枚」の個人的ベスト盤になりそうなKrakatoaのCDに書いてあったメールアドレスに、拙い英語で感想のメールを出したら、メンバーのTedから返事が来た。嬉しくて同居人と共々に小躍り。Tedがメールでルインズが大好きだって書いてたよ、と同居人にメールで報告したら、さっそくルインズのCDを買って帰ってきた。今までもずっと気になってはいたが買ってはいなかったとのこと。案の定聴いてみたらかなり気に入ったようで、今年のフジロックでライブも観れそうだとほくほく顔である。今度はフジロックの感想も含めて自分でメール書いたら、とすすめたが、自分で英語で書くのはどうにも抵抗があるらしい。KrakatoaのCDを買ったのもプログレ好きなのもルインズ買いに行ったのもあくまでもmy boyfriend=同居人であるのだが。でもKrakatoaがもしも来日したら一緒に見に行きたい、是非とも。

「わたしが誰か、あなたは知りたいと思っていることだろう。わたしは決まった名前を持たない人間の一人だ。あなたがわたしの名前をきめる。あなたの心に浮かぶこと、それがわたしの名前なのだ。」
 ―リチャード・ブローディガン『西瓜糖の日々』

FINISHED:
⇒岡田史子『オデッセイ 1966〜2003 岡田史子作品集 episode1 ガラス玉』(飛鳥新社)[amazon]
gardeniaにて書評。

up linksに行きつけの美容院gokan(knot)を追加。gardeniaにリチャード・ブローディガン『西瓜糖の日々』の書評を追加。




2003.6.23 Mon.   緊張症
暑くって湿っぽくって嫌になっちゃうよ。でも、寒かったり、寒暖の差が急激だったりするよりは、今の気候の方が、体調はよっぽどまし。一応はほら、夏生まれだしね。

髪を切ったら何かが変わる?
もちろん何も変わらない。
それでも一目見て何かしらのコメントをしてくれる人はきっといい人なんだろうなと。

ぶるぶる震える。
手が声が心が。
どうしようもなく、ごまかしようもなく。
経験値がまだまだ足りないらしい。

同居人と晩ごはんを食べながら、NHKの動物番組を見ていて、ライオンの生態の紹介で、子供のライオンが撮影されていて、二人で和んでいると、いきなりバッファローの大集団にライオンの群れが襲撃されて、バッファローの猛烈な勢いに、「百獣の王」ライオンすらも思わずひるんで散り散りになり、バッファローが去った後で、七匹いた子ライオンのうち、三匹が殺されていた。小さなライオンの死体を呆然と見つめる雌ライオン。草食のバッファローがなぜそのような行動をとったのか誰にもわからなかった、というナレーション。必要が無くても他の動物を殺すのは人間だけだ、というようなことを、いつかどこかで読んだような記憶があったのだが、そんなのは人間中心主義の大いなる出鱈目だったようだ。あのバッファローの群れは、確たる理由も目的も見せずに、ライオンの子供たちを狙って、鋭い角を振るい、まだ小さな肉食獣の体を大きな蹄で踏みしだいたのだ。あれがBBCのやらせ映像ではなければ、それもまた大自然の真実に他ならないのだ。




2003.6.19 Thu.   正三角形
午前中は派遣会社の就業前研修。前半はコミュニケーション能力にまつわる自己啓発っぽい有り難いお話、後半はケアレスミスコントロールという名目で認識力と集中力を高める簡単なトレーニング。「自宅の玄関から一歩出たらそこは公の場!」「常に人に見られて評価を下されていることを意識して行動しましょう!」「コミュニケーションスキルを高めてバランスのとれた人材として自分を上手にアピールしましょう!」「顧客満足では足りません、顧客感動を心掛けましょう!」云々……。おそらくはすべて正論ではあるのだが、あまのじゃくなひねくれ者としては、何もかもがどことなく胡散臭く思えて、至る所に嫌らしい意図をついつい感じ取ってしまって。しかし、仕事欲しさに、一応表面的には熱心な表情を浮かべつつ、しかし、内面的には小首をかしげつつ。おかげで恐ろしくくたびれてしまう。

午後はまた別の派遣会社に登録に行く。午前中に行った会社とはまったく体質の異なる会社で、そのギャップに戸惑う。要求されているものがあまりにも違いすぎて、呆気にとられる。だって、午前中は、隅々まで行き届いたマナーなるものを押し付けられて、社会人としての枠組みにびっちり嵌まりなさい!嫌とはいわせないわよ!笑顔で礼儀正しく挨拶からきちんと抜かりなく!、と、用意された枠組みにぎゅうぎゅうに揉まれて畳まれて頭から突っ込まれた状態に追い込まれてさ、そのモードをなんとなく引き摺って午後の会社に行ったらば、あまりにも雰囲気が違っていて。最初から最後まで段取り通りに進行された午前中に対し、段取りから何からすべてがアバウトにゆるゆるの午後。面接で話した女性社員も、コーディネーター喋りの不気味さが無いかわりに、終始すっかり砕けたトークを展開、「そんなにかしこまらなくてもいいんですよ!」と笑顔を浮かべながらほとんどタメ口、さらには正しくない日本語を連発。気も遣わず頭も使わずに済むならば、それはそれで楽だし構わないのだが、はっきり言って、いい加減で頭が悪そうな雰囲気が社内全体に充満していて、この会社はあんまり信頼できそうにないな、という直感、そう、要するに悪印象のみあり。

『妖怪ハンター ヒルコ』のビデオを見た。すでに完全におっさん化したジュリーが主役。かつて悪魔だったり太陽を盗んだりしていたのと同じ俳優だとは到底思えない、見事に変なおじさんぶりで、いい味を出していたよ。

⇒「妖怪ハンター ヒルコ」
1991年セディック=松竹富士。塚本晋也監督。諸星大二郎原作。沢田研二主演。

FINISHED:
⇒リチャード・ブローディガン『西瓜糖の日々』(河出書房新社)

※まだ申し込みができない新しいURL・メールアドレスは決まり次第後日報告します。




2003.6.18 Wed.   臭気
仕事の後に派遣会社の登録に行く。今までに行った中で最も小規模な会社で、駅から少し離れた小さなビルというかマンションの一室が事務所だった。家内制手工業といった趣。でもコーディネーターの女性はきっちりと派遣会社社員の喋り方で。あの独特の甲高くて、馴れ馴れしくにこやかであると同時に、突き放すようにビジネスライクな、微妙で空疎な喋り方を、もう嫌というほど聞いてきているけれど、いつまでたっても違和感が拭えない。

池袋は嫌い。空気が淀んでいて臭い。汚らしい。行くたびになんとなく嫌な気分になる。新宿の方がまだましだといつも思う。

池袋の街角で配付されていたたばこ会社のパンフの転倒した文章。原文ママ。
「“安全な”紙巻きたばこというものはありません。紙巻きたばこの喫煙には依存性があり「addictive」ます。禁煙は非常に困難なことがありますが、もしあなたが喫煙者であれば、難しいからといって禁煙の努力を諦めるべきではないでしょう。」

山手線の中で有名私大法学部の学生と思われる男子二名の会話にツッコミを入れたくて倒れそうになる。
先輩(BEAMS袋):「(真顔で)差別は無知と偏見から生まれるんだよ……」
後輩(メガネジャージ):「難しいですねー」
先輩:「でも、マイノリティがマジョリティに差別されるとは限らないんだよね。いわゆる『在日』の人たちは人数は多いけれど、現実に差別されてるんだよ。だけど、日本にいるフランス人は、差別されるどころか、大事にされる。プライオリティがあるからね。差別の問題は試験によく出るから、押さえておいた方がいいよ……」
後輩:「それにしても法文とか判例とか覚えるのって大変ですよね。全然頭に入りませんよー」
先輩:「オレの友達でわいせつの裁判の判例から覚えたって奴がいるよ。あの『宴のあと』とかね、三島のね……」
後輩:「なるほどー。『宴のあと』って三島なんですか。読んでみたくなってきましたー」
先輩:「三島だとね、他に発禁になったのもあって……」
後輩:「どうして発禁になったんですかー?」
先輩:「三島の私生活を暴露した本が、三島本人だか家族だかが訴えて、発禁になったんだよ。書いた人は『小説だ』って主張したんだけど……」
後輩:「そうなんですかー」
先輩:「あとは『四畳半襖の下張り』……。それからサドマゾかなあ……。表現の自由よりもわいせつがねえ……」

『悪魔のようなあいつ』のDVDの続きを見た。

コンフェデの日本対ニュージーランドをテレビ中継で見る。俊輔!!!




2003.6.17 Tue.   時代歌劇
休日だが朝っぱらから派遣会社の登録会のために外出。今年に入って何社目だろうか。個人情報を無駄にばらまいて。気苦労だけ重ねて。しかもこっちの思い通りにうまいことに回ってくれないのが世の中というもので。どこかがなにかが間違っているような気もしているのだけれど他に手の施しようもなく。要領良く立ち回るにはすでに踏み外してしまっていたから、もはやどこにも足の踏み場もなくて。

シネマ・下北沢の「時代劇オペレッタ」で『ジャズ大名』と『歌ふ狸御殿』を一人で観る。両方ともかなり面白すぎで笑えてとても楽しかった。だって、大名がジャズるんだよ!だって、狸が歌い踊ってシンデレラ・ストーリーなんだよ!
『ジャズ大名』。幕末の動乱で薩摩藩士と旗本が斬り合ってええじゃないかはやって来るわ官軍は進軍してくるわ、なのに、香港行きの船が難破して漂流してきたアメリカ黒人ジャズトリオを中心に、お大名様の古谷一行および城中一同が総出で、座敷牢でひたすらセッション!ジャム・セッション!異常なテンション!特別出演者がいつのまにか紛れ込んでも違和感を感じさせる間もない怒濤の勢いはまさしく圧巻。
『歌ふ狸御殿』。狸が人間に化けて河童が虐められている森には白木蓮の木霊も住んでるよ。カチカチ山で兎にやられて死んだ狸の娘がヒロイン。彼女は、父の後妻であるまま母にはこき使われ、まま母の連れ子である義姉にはいびられて暮らす、見た目はみすぼらしいが心優しく素直な妹娘である。一方、狸でありながらも人間に化けた姿の美しさを鼻にかけ、腹鼓撲滅を掲げる高慢ちきな姉娘。そして、いよいよ待ちに待った「狸御殿」(看板ピカピカ)での「狸祭り」の夜。木霊の助けにより姫君の姿となって登場した妹娘に一目惚れする「狸御殿」の若君。しかし、暁の鐘が聞こえたら、妹娘は元の姿に戻ってしまうのです、木霊の魔法は解けてしまうのです、さあ、若君の手を夢中で振り切って猛ダッシュで帰る妹娘、そして、妹娘が姫君だと感付いてしまった悪い姉娘は!ああもうまったくもうってくらいにシンデレラ!つーかまるっきりそのまんまシンデレラ!それにしても、なぜ狸でなければならなかったのか……?

映画が終わってから、てくてく歩いて15分、前々から行きたかった雑貨屋さんへ。リネンを中心に好みの素材や質感でいっぱい。極貧真っ只中ではあるが、滅多に来れないし、ということで細々とお買い上げ(カタログ通販の方がメインらしいんだけれど)。喜々として下北沢駅方向に大分戻ってからその店に傘を忘れてきたことに気が付く。雨は上がっていたし、ボロくなった安傘だったので、引き返さず。

駅前で以前の職場で知り合ったTさんと待ち合わせてお茶。派遣哀話などとつとつと語らう。

⇒「ジャズ大名」
1986年大映。岡本喜八監督。筒井康隆原作。筒井康隆、山下洋輔音楽。古谷一行主演。
⇒「歌ふ狸御殿」
1942年大映。木村恵吾監督。

FINISHED:
⇒ハロルド作石『BECK 15』(講談社KCDX)[amazon]

<<< シネマ・下北沢
<<< fog

up fragments/pieces/texts/cinamaの2003年に見た映画のリストに追加あり。




2003.6.16 Mon.   猫写真
塀猫



2003.6.12 Thu.   実録漬
アテネ・フランセ文化センターでのフレデリック・ワイズマンのドキュメンタリー映画の上映を三本ぶっ通しで観た。

最初の『シナイ半島監視団』の途中でちょっとうとうとしちゃった。
しかし、『霊長類』と『肉』では寝なかった、眠れなかった、あまりにも強烈すぎて、目を閉じる隙も目を離す間もなかった。『霊長類』もかなり衝撃的だったけれど、『肉』はさらにもっと凄かった。おかげで久々のひどい頭痛がやってきた。

でも、鈴木一誌氏×金井美恵子氏トークショーにおいて、思い切り絶賛されていて、それ以来ずっと見たかった『肉』がやっと観れて、面白かったから、満足なことは満足。しかし、あれは白黒だったから耐えられて、全然平気で焼肉でも何でもどんな肉でも今後も食って生きていける気分なのだろうなと思う。あれがカラーだったらもっと辛くて苦しかったかもしれない。実際、『肉』が終わって、明るくなった場内で涙してる女の子もいたぐらいだし、彼女はもしかするとしばらくは肉は食べられないかもしれない、そういう反応があってもちっともおかしくはない。そんなとにかく物凄い映像であった。淡々と当たり前の事実を撮影しているだけなのにそれ自体が物凄いことになっている。我々が日常的に食している牛肉とは、生きている牛を人間が管理し丸々と太らせて人間が殺し、その死体が人間によって手際よく解体され分類されて小分けにして流通させられている、つまりは牛という生物のパーツなのだと、そんなことはずっと前からとっくにわかっているはずなのに。それが気持ち悪いなどとは普段ならば感じない、だけど、その工程を目の当たりにしたときに、気持ち悪いと思う。多少の嫌悪感、しかし、「牛」を「肉」へと作り上げていく、オートメーションすぎるくらいに不気味にオートメーションな一連の流れに、ぶらぶらとぶら下がり切られたり裂かれたりする牛肉に、その作業に黙々と従事する人々の動きや表情に、なんとなく可笑しみが漂っていたりもして、ふとゲラゲラ笑いだしたくてたまらなくなってしまったりもするのが、不思議で、その快不快のギャップが面白いと思ったんだ。

いいサルだったね。いいウシだったね。いいヒツジだったね。いいアメリカ人だったね。

1976年頃にアメリカの牛の飼育場を見学に訪れて、せっせと写真撮影にいそしんでいた日本人サラリーマンたちは、自分たちが撮影されていることに気が付いていたのだろうか、当時の自分たちの姿が今も人目に晒されていることを知っているのだろうか、今頃一体どこで何をしてるのだろうか?

帰りに花さんとお茶しておしゃべり。花さんには『肉』も『霊長類』もおすすめできないと報告。

⇒フレデリック・ワイズマン監督作品
⇒⇒『シナイ半島監視団』(1978)
⇒⇒『霊長類』(1974)
⇒⇒『肉』(1976)

<<< ワイズマン三作品




2003.6.11 Wed.   消尽
新しい職場、
知らない人々、
着慣れないスーツ、
見覚えのない景色、
使い勝手の悪いキーボードとマウス、
頻繁に鳴る電話のベル、

不安、緊張、違和感、居心地の悪さ、

いつものこと、いつものこと、いつもその繰り返し、

やっていけるのか、やってのけるのか、
やがては馴染んで何とも思わなくなるのか、
いつかは適応して何にも感じなくなるのか、

終わりがいつかは必ず訪れて、立ち去る日がやって来るのだと、
始まりからしてすでにもう、終わることばかりを考えていた、

電話が怖くて電話が鳴るたびに身じろぎ一つ、
一呼吸おいて電話に出るたびにしどろもどろ、

明日は映画を見に出かけよう、
自分のために、自分だけのために、一日中、時間を思い切り使おう、
お金はないけれど楽しみならばあるから、
そのために生き、そのために働き、そのために歩き、
そのすべてのために欠かすことのできない手段、
破壊衝動停止、自殺願望保留、欲求不満拡散、

現実逃避、
現実から逃げているのか、現実に逃げているのか、
いつから逃げているのか、どこから逃げているのか、
どこに、ここに、すでに逃げ込んでいるのだというのか、
いつまでも逃げ続けられるという保証はあるのか、
どこまでも逃亡しようという確信すらもないのに、


『悪魔のようなあいつ』のDVDの2巻、第3・4話視聴。
あのテンションの高さはほとんど異常だと思う。
続きがどうなってしまうのかまったく予測不能。

FINISHED:
⇒ダンテ・アリギエーリ『神曲 2 煉獄編』(集英社文庫)[amazon]




2003.6.10 Tue.   復活
久々の更新。働いてた。実はネットが自宅からは使用不能になっていた。約10日間、大した不便は感じなかったけれど、なんとなく落ち着かないような感覚はあったんだよね、やっぱり。そしてそれは今もまだ続いていて。

短期仕事最終日。
奮発して石焼ビビンバなど昼食にモグモグと食べていたら、気が付けば休憩終了ギリギリで猛ダッシュ、その甲斐もなくタイムカードは一分遅刻。お遊びのつもりなのだろうが、遅刻するとイントラネット上のタイムカードに、モナーが表示されてアスキーアートで怒られるのだ。当然今日も怒られた。悔しさ倍増。
今回の仕事は、一応は滞りなく期間満了したように思えるし、来月以降も無理言ったのに働かせて貰えることになったし、とりあえず問題なしと考えても構わないはずの状況なのに、とんでもないことをやらかしてしまったんじゃないかという後ろめたさがある。心当たりもある。それを本気で気にかけていたら、どこまでもいつまでも悩み続けて、また動けなくなってしまいそうだから、そのことを考えるのはもうやめにする。「飛ぶ鳥後を濁さず」の理想ではなく、「後は野となれ山となれ」の思考でいくことにする。

労働によって確実に消耗してしまう何ものかがこの身の内にはある。すり減って弱り、くたびれて薄れる。「働いてないと体の調子が良い」って言ったら、あなたには叱られてしまったけれど、でもそれって結局のところ動かしがたい事実なのだ、どうしようもないくらいに、この自分一人に関しては。

前に進むしかない。朝が来たら起きて出かけるしかない。次の幕を上げるより他にない。

up linksに友人知人の音楽関係のリンクを追加。インプロヴィゼーションの衝撃をガツンと体感させてくれたisao horikoshiさん、職場で大変お世話になったTENQOOさん、「文化センター」への改名は本気ですかのくるくるFantasyさん。



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