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【保呂羽神社案内看板より】
保呂羽神社
鎮座地 一迫町真坂字山の上一番地
祭神 名無稚神(大己貴神)
少名彦那神(天思兼神)
この神社は鎌倉時代(正しくは室町)の長禄二年(1458)九月二十五日に久我太夫貞行なるものの勧請と伝えられているが、安永七年(1778)の「真坂村風土記御用書出」には、「勧請年月は不明」と記されている。奥州三保呂羽の一つで「医薬の神」または「智の神」として崇拝されてきた。
境内には石鳥居、手水石鉢、寛政三年(1791)、弘化二年(1845)の年号がある石灯籠、拝殿そして羽黒派大性院道場跡、神官屋敷跡等があり、さらに石段を登り御殿崎見晴台を過ぎ、やがて本殿へとたどる。本殿は石灯籠を配し、二間造りである。
またこの一角に高さ十一米程、根回り約五米で、幹の北側が落雷で焼けている町指定天然記念物「火伏せの杉」がある。明治七年七月村社に列せられる。祭日は旧三月、九月の二十五日(現在の四月、十月二十五日)である。
一迫町教育委員会
財団法人宮城県文化財保護協会
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【参道】
クネクネとした道を登っていきます。
「奥州三保呂羽一の宮」と書いてあります。
三保呂羽の定義が難しいのですが、
岩手藤沢と宮城志津川とここを入れると
三保呂羽になります。室町時代の
勧請としていますが、「一の宮」と言うこと
ですから歴史はもっと古いのでしょう。
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【石鳥居】 |
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【保呂羽神社下宮】 |
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【保呂羽神社下宮社額】
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【本宮への道】
さらに上を目指します。
左側は崖です。
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【山道からの風景】 |

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【保呂羽神社本殿】
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【王山(保呂羽山)横穴古墳】
保呂羽神社直下の崖面に開口する
十二基以上の横穴古墳群からなる。
大きくは鹿島館南側のグループと同じく、
奈良〜平安時代の墓制の一種である。
「案内板」より |
【参拝難易度】★★★☆☆
【参拝危険度】★★☆☆
【コメント】
保呂羽橋を渡って右折、川沿いの道から左側の集落に入っていきます。駐車場はありません。
下宮、本宮があります。整備された登山道を登っていきます。
所要時間は20分程度です。 |