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***** 体感温泉リポート ] *****
銀の湯(共同浴湯)・・・内風呂:pH 8.7、(弱食塩泉)
金の湯(共同浴湯)・・・内風呂:pH 8.0、
(弱食塩泉)
住吉屋(自炊の宿)・・・内風呂:pH 8.1、(弱食塩泉)
上柳屋(外来入浴)・・・内風呂・露天風呂: pH 8.8、(単純泉)
入湯日・・・03年12月27日・28日
(各温泉のpHは当日の実測値です)
大分県大分郡湯布院町大字湯平
「湯平(ゆのひら)温泉の夜景」
☆温泉街の中心を流れる花合野川沿い右丸旅館付近
■湯布院町に吸収合併された湯平村(この時、湯平村に敬意を表し、湯の一字を残し、由布院町が湯布院町に名称変更した)に、かっては由布院温泉より栄えた温泉があるということで行ってみた。
■日経新聞に松田忠徳氏が連載中の「新・日本百名湯」で紹介された一節、「・・・湯布院町の南、花合野(かごの)川の河畔に湯煙を上げる鄙びた古湯、湯平は山頭火が訪れた昭和初期とそう変わらぬ湯治場風情を色濃く残したままだ。」(03.6.7 土曜版)
■湯平温泉は大正期から昭和初期にかけて全盛期を迎え、別府に次ぐ賑わいを見せていた。また温泉の効能は”西の横綱”とまで言われ大勢の湯治客が関西方面から訪れていたらしい。昭和5年には俳人・種子田山頭火が当地に2泊し、いくつかの名句を残している。しかし隣接の由布院温泉の発展と対照的に、宿泊客は減少し、訪れた当日夜になっても明かりの灯らない旅館(廃業)が数多くみられた。
■温泉街の夜の情緒も訪ねてみたく、この温泉に1泊した。宿は、自炊の宿が1軒だけ残っている、という事で観光案内所に尋ねて「住吉屋」を紹介もらった。

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■由布院市街からR210を大分方面に10km程向かった所に湯平に向かう道との3差路があり、そこを右折、花合野川に沿った山道を3km程進むと温泉街に出る。左端図の看板はR210の右折交差点にあったものです。
■中図は「温泉アンドやど、九州、04年版」(昭文社、03.10月発行)の湯平温泉の紹介ページです。(クリックで拡大します)
■この紹介コラムによると、「静養・休養」では満点の5点を、また「湯治場ムード」と「温泉街風情」でも4点の高得点を得ている
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■花合野川にかかる橋より、川沿いの旅館「志美津」等を撮ったもの。(画像クリックで拡大)
■ここの温泉街はかなり急坂な石畳の道に面しているが、花合野川もかなりの急流だ。前出の日経記事の一節に館主が「都会から来た人は、川の水音がうるさいと文句を言うが・・・」というくだりがあるが、せせらぎを通り越した急流ではさもありなん、と現地の水音の大きさから想像された。 |

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■訪れた日曜日の朝8時前の街中です。
■人通りは少ないのですが、昨晩を含めてこのような若いアベックが何組か見かけられました。中高年より若い層の方が増えているのかもしれません。
■なおこの狭い石畳の道を車も通過するのです。ここを通らないと行けない旅館があるようです。一方通行にはなっていないのです。
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■ところで、300年前に敷かれたという石畳。石畳というと聞こえは良いのですが、これが実際に通ってみると歩きにくいのです。表面を平らにしてなく凹凸も割とあるので、下を見てあるかなければならず、履物も選びます。
■めがねを置いたところを写しています(拡大あり)。極端に言えば、日本庭園の踏み石の感覚で歩かなくてはいけないのです。
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■最近湯平の若手が集まって街づくりに取り組んでいるとの事で、左図の石灯篭を石畳の道筋に等間隔に設置して、夜の温泉情緒を盛り上げています。(拡大なし) |
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■温泉街に5つある共同浴湯のひとつ、「銀の湯」。(拡大なし)
■浴槽の写真は湯煙で写らなかったが、男子浴室には、あまり大きくないが長方形のきれいな木製(檜)の浴槽があった。
■泉温45℃とかなり熱く、冷えた体には痛くさえ感じる。水道のカランもあるが、地元の人が入っており、遠慮がちに少ししか入れられない。泉質は良いのだろうが、熱くてゆっくり確かめられなかった。入浴料金:大人100円。利用時間:6:00-22:00。
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■次は「金の湯」、鉄筋の建物の1階にある(後日調べると、2階は温泉事務所になっているらしい)。pH 8.0
、泉温41℃。泉質は銀の湯に劣るが、適温でゆっくり入れる。お湯の色は少し赤茶っぽい感じ。利用時間:6:00-22:00。
■銀の湯もここ金の湯も入浴料は100円だが、管理人がいないので、自主的に筒に投函する仕組みになっている。
■金の湯のすぐ横に飲泉所の小屋がある(左図、拡大あり)。「大湯源泉」と呼ばれている。ここ湯平の温泉は、弱食塩泉だが、胃腸に良いとの事で、昔から湯治客がやかんに汲んで盛んにお茶代わりに飲んでいた、という事です。
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■これが湯平温泉で1軒しか残って無いという、「自炊旅館住吉屋」(看板にそう書かれている)です。思っていたよりずっと新しい建物です。それでももう10年は経っているとの事でした。(拡大なし)
■この日泊り客は、私と広島県の福山市から来たという60代の夫婦の2組でした。
■部屋は6〜8畳で、その窓側に3畳の板の間があり、流し台、ガスコンロが置かれていた。管理は70代の老主人がやっており、その娘さんが大分市から通いで昼間の清掃等を手伝っているようだった。
■別棟に内風呂がひとつ(混浴)ある。pH 8.1
、泉温43〜45℃。もう一組の泊り客2人が入った後だったので、水を大量に足して、湯の温度を下げて入った。アルカリ度は低く、別にこれといって特徴のある泉質ではなかった。
■この夜、夜の温泉情緒を写真に撮る予定だったが、温泉に入ったあとのこの夜の山里の冷気は厳しく、早々に宿に帰り結局ほとんど撮れなかった。
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■共同浴湯、宿泊の内風呂だけでは物足りないので、1軒外来入浴をしてみた。
■パンフにある「旅館上柳屋」(拡大あり)。外来入浴は私1人だけだが、泊り客は何組かいてにぎわっていた。
■男女別の木製の内風呂と岩の露天風呂がある。pH 8.8
で入った4湯の中では一番高かった。泉温は41〜43℃。お湯がやわらかく肌がスベスベし、上質の温泉という感じがする。ところで、ここも掛け流し式なのに、珍しく「上がり湯」の貯湯槽が別にあった。清潔好みのお客の為のものか?
■なおここの温泉分析書には、源泉が「町営3号泉」となっていた。後日資料で調べると、「昭和30年代後半より湯量が減少している。そのため昭和45年からは(町営による)集中管理方式で配湯されるようになった・・・」(雑誌「温泉主義No3、02.9,10発行 くまざさ出版社)と書かれていた。
■現地で源泉塔が目に付いたので偶然そのひとつを写真に撮っていたが、これも町営の何号泉かのひとつだろう。(拡大あり)
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