国立大学法人化と教育基本法だい10条 伊ケ崎暁生(元富山国際大学教授・教育学)(2002.12.23)

http://www003.upp.so-net.ne.jp/znet/znet/docs/igasaki021227.html)より

 

 

国立大学法人化と教育基本法第10条

伊ケ崎暁生
(元富山国際大学教授・教育学)

教育行政の任務と限界
教育基本法第10条(教育行政)

「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われるぺきも
のである。

(2) 教育行政は、この自覚のもとに、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目
標として行われなければならない。」

 1947年3月制定された教育基本法は、戦前の国家主義的教育の反省のうえにつくられたも
のです。すなわち教育制度及び教育行政が著しく中央集権化され、強度の官僚統制のもとで、
教育の自主性が尊重されず、学問研究の自由が不当に束縛されていたことへの反省と教訓
から導き出され、教育の本質と原理に沿って制定されました。

 教育は政治よりいっそう理想を求めるものであり、現実との妥協を排除し、教育は国民のも
のであり、国民のために、国民の発言が広く認められなければならないということが「国民全体
に対し直接に責任を負」うことを意味しています。そして(2)項は教育行政の任務とその限界を
定めたものです。「教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立」とは「教育行政の特殊
性からして、それは教育内容に介人すべきものでなく、教育の外にあって、教育を守り育てる
ための諸条件を整えることにその目標を置くべきだというのである」(教育法令研究会編『教育
基本法の解説』1947年12月)というのが制定時の趣旨でした。それは[支持すれど統制せず」
(support without control)という教育財政の民主的原理でした。したがって、学問の自由と大
学の自治の保障された大学ではこの原理は自明の理といってよく、最高裁判所判決でも承認
されておりました。

 第2次大戦後、学問の自由・大学の自治をめぐって激しく争われた「束京大学ポポロ座事件」
裁判の最高裁判所判決(1963年5月22日)は次のように述べています。

「大学の学問の自由と自治は、大学が学術の中心として探く真理を探究し、専門の学芸を教
授研究することを本質とすることに基づくから、直接には教授その他の研究者の研究、その結
果の発表、研究結果の教授の自由とこれらを保障するための自治とを意味するものと解され
る。」

 したがって、教育基本法第10条の原則は大学については当然と考えられてきました。初等中
等教育、学習指導要領の法的拘束力などについて、この解釈をめぐって教科書裁判などで争
われてきました。


国家統制の急速な強化一教育行政権の逸脱
 去る11月22日、2004年度から、すべての大学・短大に認証評価機関の評価を義務づける
「改正」学校教育法が成立しました。それは認証評価機関の基準の細目まで文部科学大臣が
定め、資源配分機関もその評価を参考にするというものであり、国からの独立は保障されず、
これは国立大学法人化の一環であり、大学に対する国家統制の急速な強化の動向といわざ
るを得ません。

 国立大学法人化は、自民党・政府の行政改革・定員削滅政策のなかでもちだされ、小泉内
閣が「民間経営の手法で運営する<国立大学法人>にする」として出されてきたものですが、
各大学が教育研究の目標・計画を自ら決める現行から、国立大学法人では文部科学大臣が
各大字の「中期目標」(6年間)を策定し、達成できなければ予算が削られることになります。各
大学では「中期目標・中期計画」原案を作成するために膨大な作業に迫われていますが、この
中期目標・計画の細かい枠粗みまで文部科学省は示しており、この行政手法を通して「大学の
自治」の空洞化、r学問の自由」の侵害の危険性が生じてきています。国家戦略になじまないも
の、あるいは批判するものは排除されかねません。

 文部科学省が10月2日に公表した「21世紀COE<卓越した研究拠点>プログラム」も「経済
再生のため世界に勝てる大学にする」として、政府が世界最高水準とみなす大学を優遇し、
「競争原理」と「効率性」による大学の差別的序列化をいっそう強める新たな国家統制策といえ
ましょう。

 このような文部科学行政権の拡大・強化は、さきにみた教育基本法第10条の趣旨に照らして
も、教育行政の任務と限界を著しく逸脱しているものです。

 国家統制強化による逸脱だけでなく、諸条件整備を極めて不十分にしか確立していないとい
う意味でも逸脱の実態があります。すでに指摘されていることですが、国内総生産(GDP)に対
する高等教育への公財政支出の割合はョーロッパやアメリカ諸国と比較しても半分の0.5%(ス
エーデン1.5%、アメリカおよびスイス1.1%、フランス・ドイツ・オーストリア0.9%など)にすぎない
ことが指摘されています。一般政府総支出に占める高等教育への公財政支出教育費の割合
も、アメリカ3.3%、イギリス2.7%に対して日本は1.5%に過ぎません(「OECD教育インディケータ
集」1997年)。(2002年12月23日)