独立行政法人反対首都圏ネットワークほか編,『国立大学はどうなる―国立大学法人法を徹底批判する』,花伝社,2003.5.15 http://www.ne.jp/asahi/tousyoku/hp/030501daigaku.jpg より

 

公立大学民営化の「横浜モデル」か

 

 横浜市立大学(商学部) 永岑三千輝

 

はじめに

 数年来、国立大学の知人が大学改革・独立行政法人化問題で疲労困憊しているとき、横浜市立大学は無風のように見えていた。しかし、20014月以降、事態は急変した。「市民のため」を看板に、設置者権限を振りまわして、大学のこれまでの慣行やルールを無視する「辣腕」事務局責任者が送りこまれてきた。

 

1.教授会・評議会審議の形骸化

2000年春、横浜市の情報公開条例にもとづいてある市民が教授会議事録の公開を申請した。市の情報公開室は、条例の一般規定を根拠に議事録の公開を3月初旬、年度末の教務・入試の業務でいちばん忙しいときに「2週間」の期限を切って求めてきた。臨時教授会が開かれ議論が活発に行われた。

一学部における教授会議事録公開は、原則問題として他学部の教授会議事録公開問題にも連動する問題だった。きちんと時間をかけ手順を踏んで議論すべきであった。条例によっても大学らしい検討期間を保証する余裕はあった。しかし、一般的公開期限の規定を大学にも適用し、実質上強制するやり方がとられた。大学の自治・大学の自主性・自律性を脅かすその強引なやり方は問題だった。だが、教授会や評議会の慎重な検討を押さえこんで短期間に公開を実現した責任者がその「功績」の勲章をつけて、大学事務局責任者として送りこまれてきた。

 

2.「大学の自治」の破壊と市の財政危機

 「あまやかしてきた」教授会と大学に風穴を明けて乗りこんできた事務局責任者は、設置者権限と財政危機を武器にして、矢継ぎ早に大学の慣行・ルールを無視する政策をとった。たとえば、@留学生の学費減免措置の改悪を学生活動委員会など教学組織に図ることなく、事務組織の一存で行った。Aカリキュラムなどの検討には時間が必要であるが、時間的余裕がない段階になって一律に非常勤講師を削減した。B非常勤講師謝金削減のため、支払・計算方法を変更した。非常勤講師の弱い立場を逆手に取るように3月中旬に変更を通告した。憤慨した非常勤講師は組合を結成するにいたった。

ついで、C同じく3月の年度末ぎりぎりに予算執行方法の変更を通告した。これまでの基礎的研究費を廃止し、「研究交付金」を新設した。文部科学省科学研究費助成金と同様に、この研究交付金を受けるためには研究計画、研究目的その他の書類を毎年出さなければならなくなった。このシステムでは、学会出張はなくなり、研修扱いとなった。教授会で色々と出された危惧(研究の自由の束縛、研究内容への介入の危険性など)に対しては、変更の形式性だけが強調され「便利になるから」と押しきった。だが実際にはこの間、「この本は研究テーマと違いますね」と研究内容・研究の自由への干渉が行われ、かつて感じなかったような精神的圧迫を受ける教員も出てきている。市大はかつて「金はないが自由だ」と評されたが、今やその自由も制限されつつある。

 学長選挙で20025月、文科系から理科系の学長に交替した。この学長の下で事務局主導の「改革」がさらに強行されることになる。商学部は定年退官教員の補充人事を従来の慣行に従い、専門家集団としての経済学科会で審議し、教授会において補充を決めた。経営学科所属の一般教育科目の定年退官教員の補充人事も、全学の一般教育委員会と合同で補充人事を進めるように決めた。しかし、これらは凍結された。この措置の大義名分は「大学改革を進めるため」だった。数人の定年退官教員の補充凍結を鞭にして「改革」を強引に推し進めようとし、その事務局主導の路線に学長が追随した。

 

3.新市長誕生・民営化路線と「市立大学の今後のあり方懇談会」

 20024月、市長選挙があり、松下政経塾出身で民主党議員の中田宏氏が急遽、「無党派」として出馬し当選した。彼は、みなとみらい地区のビル群や巨大な国際サッカー場建設・ワールドカップ決勝戦誘致に見られるようなハコモノ行政で長期政権を維持した高齢市長とそれを取り巻く諸政党の馴れ合いを批判し、「民の力が存分に発揮される市政」を掲げた。ハコモノ行政のつけでもある財政危機を新自由主義の路線で解決しようとし、事業の一斉見直しが行われることになった。大学もその俎上に載せられることになった。

さかのぼって1995年、文理学部改組(国際文化学部と理学部の創設)を機に、大学事務局は学部事務室統合など大学事務機構再編を計画した。しかしその計画は、学部ごとの教学体制の独自性を無視するものとして商学部などの大反対運動で実現しなかった。いまや中田市政のもとで懸案の事務機構「改革」・職員削減を断行する気運がととのった。国立大学の独立行政法人化の動きに連動して法人化も射程に入った。その一つのステップとして20029月「あり方懇談会」が市長の諮問機関として設置された。座長・橋爪大三郎・東京工業大学教授は教授会自治を攻撃する大学民営化論者である。その起用は市長とその意を受けた大学事務局責任者の方針を示唆するものである。

市長は第1回懇談会において次のように述べた。少子化が大幅に進展するなか、国立大学では独立行政法人化に向けた準備が進めてられており、また私立大学では壮絶な生き残りをかけた対策を模索している。横浜市の財政は「非常に厳しい状況」にある。平成14年度予算で市立大学費会計のうち、一般会計からの繰入金は大学本体だけで122億円、附属2病院で121億円、合わせて243億円と非常に多額になっており、経営の努力が一段と必要になっている。そこで、@横浜市が大学を設置する意義があるのか、A大学の経営はどういう形態が適切なのか、B今後、どういうかたちで大学改革の方向を目指していくべきかについて検討していただきたいと。「存廃を含め改革案を策定するように」と諮問したことから、論議に一気に火がついた。

 

4.大学事務局主導の改革論議と「あり方懇談会」

 教授会や評議会の審議プロセスでは「改革」案をまとめられないと、事務局、そしてこれに追随する学長は、「戦略会議」(臨時機関)を新設した。これは学長(と事務局責任者)が指名する少数教員と事務職員の混成チームであり、そこでも主導権は事務局が握った。教授会から選出され評議員を中心に構成される学長諮問委員会としての「将来構想委員会」(常設機関)は半年以上も召集しなかった。

大学の最高意思決定機関である評議会の審議事項の一つに「予算の見積もりに関すること」がある。学則規定からは大学教員・評議会が研究教育の資金的基礎に関心を持つのは義務であった。ところが事務局主導の大学戦略会議の最終的議事録にはつぎのような品性のない文言がちりばめられている。「教員は商品だ。商品が運営に口だして、商品の一部を運営のために時間を割くことは果たして教員のため、大学のためになるのか。」「教員はこの大学で何がしたいのか。専門職として生きていくならば、極端にいえば予算になど興味を持たなくていい。予算に興味をもつなら、責任を持ってもらいたい」など。予算問題は学則を無視して、かつて評議会で一度も審議されなかった。予算削減の一方的決定などに教学の立場から意見を言うに過ぎなかった。だが、評議会無視の事務局主導のやり方への批判は、事務局からすれば許せないのである。

227日の第7回懇談会で最終答申が出された。その答申は「法整備の状況を踏まえる必要もあるが、独立行政法人とする」と提言した。「大学の経営を担当する責任者と教育研究に責任を持つ学長とを分離する」。教員の身分は「非公務員型」とする。教員の新組織への移行は「無条件ではなく、再就職の形とする」。また「教員は年俸契約を原則とする」、「主任教授制を採用」し、教員は主任教授が選考する。教員は「任期制・公募制を原則」とする。「正規の教員数は、教育・研究が硬直化しないように極力抑制」し、実務家や専門家などを教員として「積極的に採用」する。「市費による研究費の負担は原則として行わない。外部資金が得られた場合に、研究を進める。」「費用対負担の観点から学費を値上げする。」

以上、答申の一部を紹介したが、その新自由主義の基本路線は明確であろう。ニュージーランドで行われたサッチャーリズムの改革を中田市長は高く評価している。まさにその市場原理主義的方向が答申の基調となっている。国立大学法人法案を横目で見ながら、その何歩も先を行く提言がちりばめられている。教育基本法、学校教育法、教育公務員特例法などを無視する(ないし廃止や適用除外を前提とする)その提言が市の政策となれば、75年の公立大学としての歴史と意義は全否定されることになろう。 

 

 おわりに

  市大の歴史と実績を無視した「あり方懇談会」の提言に対し、現在、大学(学長)が正式な態度表明を求められている。総合理学研究科や国際文化学部が答申に対する批判的決議を挙げているが、学長がどこまでこのような学内の意見を取り入れるか、それが問題となる。つぎに学長の態度表明を受けた市長が答申を実際にどのように取り扱うかが問題となる。それは、進行中の国立大学法人法の審議状況、法案内容の問題やその修正、成立の動向によって決定的に影響を受ける。公立大学の場合、「地方独立行政法人法」の一章に位置付けられることになるようであるが、その内容も国立大学法人法によって左右される。

すでに事務当局(その背後の市長)の政策で、外堀としての3学部事務室統合は断行された。事務職員が大幅に減らされ、4月からは3000人を越える学生・院生の教務関係事務をわずか5人の学務課職員が担当することになった。はたして、こうした強行策がどこまで機能するのかわからない。表面上強行できても、教育内容や教員の研究へのしわ寄せが重大問題となろう。

「廃校も選択肢」だとし、その恫喝を梃子に三学部(商・国際文化・理)の一学部への統合などセンセーショナルで「大胆な改革」を外部から強制しようとすることに対しては、卒業生や市民を中心に抗議の声がまきあがった。「市大の存続発展を求める」一大反対運動が展開しつつある。学長や市長への意見書なども多く寄せられている。21世紀の公立大学として生き抜き発展させるためには、市民や地域社会との連携を強め、全国の大学人と連帯して行かなければならない。市大の大学人がなすべきことは多い。 

追記:市民・卒業生・在学生と現職・OB教職員が連帯して「市民の会」を組織し、「横浜市立大学を考える市民の会HP」:http://www8.big.or.jp/~y-shimin/ を立ち上げた。上述の最終答申などに関する詳しい情報と最新情報はここを参照されたい。