「横浜市立大学のあり方懇談会」答申に関する訴え 「大学人の会」 (2003.4.15)

 

「横浜市大を考える市民の会」 議論の広場

http://www8.big.or.jp/~y-shimin/wforum/wforum.cgi?no=141&reno=no&oya=141&mode=msgview&page=50 より

 

 

タイトル

あり方懇答申に関する訴え(修正)

投稿日

2003/04/15(Tue) 11:32

投稿者

答申を考える大学人の会

横浜市民のみなさん

「横浜市立大学のあり方懇談会」答申に関する訴え

 去る2月27日、中田横浜市長の諮問委員会「横浜市立大学のあり方懇談会」(以下「あり方懇」と略す)が答申を提出しました。答申は、累積債務(1140億円)をかかえた横浜市立大学が「現状のまま存続する道は考えられない」とした上で、「大胆な改革か廃校」をせまっています。改革案の骨子は、@3学部(商学部、国際文化学部、理学部)を統合して、研究抜きの教養教育中心のリベラルアーツ・カレッジにする、A独立行政法人化した上で、B市長指名の経営責任者制、学外者を含む委員会による学長選挙制を導入、Cほとんどの教員は任期制とし、D学費の大幅値上げ、E市費による研究費の支給を原則的にしない、というものです。
しかし、この答申には以下のような重要な問題があります。

1.当事者や市民抜きの「あり方懇談会」
 「あり方懇」には当事者である市大の教職員、学生はもちろん、横浜市民さえも一人も入っていません。この懇談会の答申による改革というやりかたは、学問の自由・大学の自治の観点からのみならず、構成員の自主性・自発性を重んじた分権・市民参加型の市政を目指すとしている市長の基本姿勢に照らしても、理解しがたいことです。

2.累積債務の大半は横浜市民の資産
 答申は、累積負債(1140億円)の多さを理由に市大の改廃をせまっていますが、そのほとんどは病院建設や生命科学および環境科学研究施設など市民ニーズを充足するために横浜市がおこなった投資で、横浜国際競技場と同様に市民の資産です。経常費の大学の自己負担比率に関しては、他の国立大学と比べてむしろ良好です。

3.不正確な大学評価にもとづく「あり方懇改革案」
 多くの大学では、専門分野ごとに5〜10名程度の専門研究者に委託して研究・教育の外部評価を行なって、改革方針を決めています。しかし、この「あり方懇」には専門研究者は3名しかおらず、市販の「大学ランキング」表のいくつかの指数のみを参考にして評価するという冒険をしています。懇談会による評価は「市大は、大学入試難易度は高いが、研究の面では平均以上とはいえ顕著な成果はあげていない」というもので、この評価に基づいて教育中心の大学化を提言しています。
 しかし、自然科学系分野の65%をカバーする国際学術論文データベースの分析結果が、市大の研究生産性を全国の総合大学中の6位に位置づけたように、市大の研究水準は千有余の全国の大学・学術研究機関のトップレベルにあります。後に学士院賞受賞対象となった研究など、いくつかの分野では世界をリードする研究が行われてきました。
 不正確な大学評価によって、懇談会は市大の評価を誤り、誤った評価に基づいて、研究機能の停止と教育中心の大学化を提言するという間違いを犯しています。
4.公共財としての市立大学
 350万人が住む日本第2の都市横浜の大きさと位置、歴史からからすれば、市大は地域を超えた、公共財として発展すべきです。内外で活躍する人材を育て、日本や世界の学術に貢献してきた市大は、横浜市民が誇りに思っていい財産ではないでしょうか。
 地域社会との関係でも、市大は、地域住民の視点にたった住民のための研究・教育機関として重要な役割を果してきました。国の時代が終り地方分権と自治の時代が始まろうとしている現在、自治体と市民生活に沿う研究・教育をしてきた市立大学の存在意義は高まりこそすれ、廃止や縮小の対象にするなどということは理解できません。
 市民の健康・環境・安全性や生活に密着した研究は公立大学の使命です。医学研究はもちろん、環境科学研究・生命科学、地震研究等多くの分野で先進的な研究を行ってきた市大の場合、これらの研究を一層すすめる責務があります。アジア諸国との関係は横浜にとって今後重要性を増しますが、この分野でも市大は先駆的な研究成果をあげてきました。産業の「空洞化」が進み、産業構造転換の困難に直面している京浜地域の経済にとっても、研究機能の充実した市立大学の存在は欠かすことの出来ないインフラなのです。

5.「任期制教員による、教育中心のリベラルアーツ・カレッジ化」したらどうなるか
 答申は、教員の大半を任期制にし、教養教育中心の単科大学(リベラルアーツ・カレッジ)に変更することを提言しています。しかし、@大半の教員に任期制を導入し、しかも研究費がないという条件では、優秀な人材は集まりません。A情報化・知識創造型社会を迎え科学技術の進歩がますます激しくなる中で、知識の陳腐化のスピードは速まっています。もし教員が研究を停止した場合は、最先端の研究水準から取り残され、時代遅れの知識に基づく教育しかできなくなります。B研究を行わなくなれば、それだけで市大は優秀な学生を集めることが困難になるでしょう。Cリベラルアーツ(教養教育)を重視することは大切ですが、大学がそれに特化したリベラルアーツ・カレッジになることが市場のニーズに合っているかは別問題です。アメリカでは全学生中のリベラルアーツ・カレッジ生の比率は大幅に低下し(1955年26%→87年4.7%)、多くの学生が専攻数の多いより大きな大学を選ぶようになっています。答申の改革案は、現実の市場のニーズにも逆行し、教員と教育水準の低下、学生募集の困難という結果をもたらし、市大経営を大変困難にする可能性があります。

6.教授会による教員人事は、優れた人材確保と不明朗人事の防止に最適の制度
 あり方懇は、教授会の審査によって教員の採用・昇任を行っている現在の人事制度の抜本的な改革を行い、学外者を含む「人事委員会」による審査を提言しています。
 教授会による教員人事は、教授会の「特権」であるから行われているわけではありません。高度に専門性をもつ教員を採用するためには、専門分野が近い教員が選考委員会を作り、多数の、より広い専門研究者・教員から成る教授会が、最終判断するという現在の方法が、目的に最も適い、同時に不明朗な人事を防ぐ最も望ましい制度であると考えられてきたからです。もし、教員人事が、研究教育能力を十分に判定する力のない、少数の大学上層部や学外者によって行われるようになれば、学問外の要因(縁故、思想、学閥など)による人事が行われる可能性が高まり、適切性と透明性の低下が大いに危惧されます。

7.外部からの大学規制強化や「効率的経営」の問題点
 あり方懇は、経営責任者市長指名制や学長学外委員会選挙制の導入によって、行政など外部からの大学の規制を強めると同時に、「最新の経営管理の試みを導入する」といって、大学に効率優先の民間企業の経営原理を導入し、経営の合理化を徹底しようとしています。
 「地球環境問題」は、目先の利益と効率性を追求してきた科学技術がもたらした問題でもあります。「持続可能な社会」に向けてシステム転換がせまられ、生命それ自体を創り・変えることを可能にする生命科学が科学の先端を担う21世紀には、研究・開発は市民生活の安全のために、これまで以上に慎重に進める必要があります。効率性と当面の利害だけを重視する大学で、市民の安全を保障し持続可能な社会を創る研究ができるとは思えません。当面の利害を超えた研究を行う場所は大学をおいてありません。研究と教育の自由とそれを保障する大学の自治は、歴史の検証を経た、そのために欠かすことのできない条件なのです。

8.100年先をみすえた改革を
 横浜市立大学は75年の歴史を持つ横浜市民の貴重な財産です。大学の存在意義は当面の利害を超えた100年先をみすえた研究・教育を行う点にあります。現在の大学運営に改善の余地がないわけではありませんが、大学の自治は歴史の風雪が残した人類の貴重な遺産です。未知の時代、情報化・知識創造型社会を迎え、大学における研究と教育の意義がますます重要になっている時代に、一時的な財政危機を口実にして拙速な改革を強行することがないよう、大学の自主性の尊重を、横浜市長並びに関係者に強く要望いたします。
 
市民のみなさんに、この問題に対するご理解とご支援を心から訴えます。

2003(平成15)年4月15日

「市大のあり方懇答申」を考える大学人の会

呼びかけ人:浅井基文(明治学院大学教授)、浅野 洋(横浜市立大学名誉教授)、井口泰泉(岡崎国立共同研究機構教授)、石島紀之(フェリス女学院大学教授)、板垣文夫(横浜商科大学教授)、伊藤成彦(中央大学名誉教授)、今井清一(横浜市立大学名誉教授)、遠藤輝明(横浜国立大学名誉教授)、久保新一(関東学院大学教授)、清水嘉治(神奈川大学名誉教授)、高杉 暹(横浜市立大学名誉教授)、田中正司(横浜市立大学名誉教授)、玉野研一(横浜国立大学教授)、
土井日出夫(横浜国立大学教授)、中村政則(神奈川大学特任教授)、宮ア伸光(法政大学教授)、毛里和子(早稲田大学教授)、安田八十五(関東学院大学教授)、柳沢 悠(東京大学教授)、
山極 晃(横浜市立大学名誉教授)、横山桂次(中央大学名誉教授)