中田市長の「大本営発表」

 

                                                                 200384

                                                            平 智之(商学部教員)

 

冷夏のなかで「中田市政」に思うこと

 大凶作に襲われた1993年以来、10年ぶりの冷夏ということで、今年はようやく82日に関東地方では梅雨が明けた。そうしてみれば、例年のごとく今年も58回目の広島・長崎のそれぞれの原爆記念日、そして終戦記念日も間近である。第2次大戦前後の日本内外の歴史を研究している職業柄、上の過程には人一倍の関心があるが、今年は中田「民営化」市政の手法と政策をめぐって横浜市内外から批判が高まっている折柄である。それにつけても、昭和天皇がポツダム宣言の受諾を決断した「御前会議」や初めて天皇が録音ながらラジオで発声してそれを発表した「玉音放送」、それまで戦時中に盛んに「虚偽の大戦果」を垂れ流した「大本営発表」などが自然と想起される。というのは、昨秋に市大や市立病院の「あり方懇」路線を突然発表したのを皮切りに、「新時代行政プラン」や保育所・学校給食の民営化などを、中田市長主宰の公的な行政最高会議のほか、市長の私的諮問会議の「あり方懇」にブレインを送り込んで「初めに結論ありき」の諸政策を一方的かつ恣意的に決定し、それを毎週と臨時の記者会見で中田市長が発表することで何となく「オーソライズ」して各担当部局に推進させるという行政手法が、まさに彷彿とされるからである。このような手法は、各方面で市民や職員・組合から強い批判を浴びてきたことは、この一連の拙稿でもその他の関係文書でも数多く指摘されてきた。

 

  それをここで繰り返すことはしないが、行政固有の問題では、さる5月15日に港南区役所自身が決定し発表したような形で「区民の皆さまの感覚を大切にし、民間企業の経営感覚を取り入れた区役所の実現」をうたった「”民感区役所”宣言」はまだあまり知られていないので、まず取り上げよう。http://www.city.yokohama.jp/me/konan/koho/topics/press0515.html 私は、23年前に東京都民に戻るまでは、港南区に10年以上も住んでいたので、同区役所は何回か訪れたことがある。とりたてて国や県・市の他の役所に比べて、サービスが劣るなどとは思わなかった。それにもかかわらず、「民間企業」並みのサービス改善を行なうというこの政策が発表されたのは、例の佐藤行信市議(当時)が逮捕される直前であった。佐藤市議の基本政策は「市役所を市民のお役に立てる所に変える」ということだったので、おそらく彼の主唱により港南区で試行された政策だったのではあるまいか?

 

 この実施後2ヵ月近く経った後の、職員組合の自治労横浜の港南支部の反応を以下に見てみよう。http://www.j-yokohama.or.jp/k350.htm 

 

○いらっしゃいませとすべての来庁者にあいさつしろと言われるが、死亡届、離婚届など の来庁者もあり、すべてにマニュアル化されたあいさつがふさわしいとは思わない。

○いつ・誰が、民感区役所を決めたのか不明。責任の所在も不明。

○コンシェルジェ【ホテル等の接客係−引用者】って?カタカナ言葉の氾濫で、かえって わかりづらく区民は混乱している。

○届出書の簡素化などのほうが先ではないか?

○管理職は窓口改善ばかりに熱心で、本来業務の相談もできない。

○職場の意見が反映されない。言っていることと実際が違う。

 

 ここにも、中田市長からのラインを通じて突然の”民感区役所”宣言を下達された港南区長以下の管理職が、一般職員に唯々諾々とそれを押しつけている姿がうかがえる。それにとどまらず、例によって組合との労使協議なく「コンビニ並み」の市・区役所の36524時間体制を予告している点は、市当局の「不当労働行為」にも当たるものなのは、同組合の危惧するとおりである。

 

■ 「電力危機」下の中田市長の越権行為

  今年がたまたま冷夏になったことで、今のところ事なきを得ているのは「電力危機」である。周知の東京電力の原子力発電所の事故隠しの「企業犯罪」のために、同社の福島・新潟両県の原発が一時は全部停止して電力不足が予想されたが、原発4基の稼働が再開されたので冷夏と相まって、その懸念は遠のいたのである。横浜市役所では、神奈川県庁と共同で「夏のライフスタイルを見直そう」というスローガンで、夏期3ヵ月間の市役所内の冷房温度28度、および勤務中の「ノーネクタイ、ノー上着」の軽装が呼びかけられ、現に中田市長自身がノーネクタイの半袖シャツ姿で活動しているのは、マスコミ報道を通じても知れるところである。http://www.city.yokohama.jp/me/keiei/seisaku/topix/natsulife.html  同様の運動は、もう25年前になるが第2次石油危機に際しても、日本政府の「国策」として取り組まれ、冷暖房温度の同様の設定とならんで、当時はネクタイこそしていたが、半袖のサファリ・スーツのような上着が「省エネ・ルック」として、当時の大平正芳首相はじめの政府要人がしきりに着用して宣伝していたのと、ほとんど同じである(あまり売れなかったと思われるが)。

 

 さらに。すでに市役所内部では日常的に経費節減の目的から冷暖房や照明の節約はずいぶん長いあいだ実施されているし、何よりも市大の本館教室には冷房がないことで悪名高いので、私もこれ自体は「違和感」を感じなかった。ところが、以下の『朝日新聞』、7月17日付けの以下の記事を発見して、思わず目を疑ったのである。http://www.asahi.com/special/electric/TKY200307160334.html 

 

庁舎内での省エネ運動、職員の家庭でも 横浜市

 横浜市は16日、冷房の設定温度を最低28度とするなど庁内で実施している省エネを、職員の家庭にも広げると発表した。7〜9月の電気使用量を昨年同期比で10%減とするのが目標。

 契約者ごとの使用量がわかる東京電力のホームページのサービスでどれだけ減らしたか、各職員が自分で調べ、担当課に報告する。教職員も含め約4万7000人が対象だが強制はしない。

 達成には家族の協力が不可欠。特に成果をあげた家庭を中田宏市長が表彰する。担当課は「家族のきずなを強めるきっかけにもなるのでは」と話している。

 

  最後の担当課の言い方は「こじつけ」そのもので、さらに怒りを増幅するが、詳しくは中田市長の7月16日付けの定例記者会見の原文をご参照いただきたい。http://www.city.yokohama.jp/se/mayor/interview/2003/030716.html さらに、最近更新された中田市長の市民向け挨拶にもそのことが「特筆大書」してある。http://www.city.yokohama.jp/se/mayor/intro.html ところが、言うまでもないことだが、中田市長も含めてわれわれ横浜市職員は市民の税金から給料を頂戴して公務をしている勤務中にのみ、任命権者としての市長のあくまで合法的な行政権限が及ぼされるにすぎない。その給料を使って個人的な私的生活を営む時間には、市長のいかなる権限や命令も、法律や公序良俗に違反しない限り及ぼされる筋合いはない。この点で、市長が市役所や学校で節電を職員に求めるのことを、その家庭内までに及ぼしうる法的な根拠や権限は一切ありえないのだから、「強制」などしようがないのは当然である。もっと卑俗に分かりやすく言えば、自分の家の中で男性職員がたとえ「パンツ一丁」でゴロゴロしていても、奥さんや子ども以外は、その服装に対して市長が口をはさめないのとまったく同じである。

 

 そのうえ道理上では、職員がいかに高い料金を東京電力に払っても涼しい方がいいと思って冷房をガンガンきかせても、それは資本主義社会の市場メカニズムでは一消費者の「効用」に基づく経済行動として合理的なものとして許容されるべきものと、われわれ経済学者は考える。しかし、その人の給料や収入には限りがあるので、高い電力料金は他の効用をもたらす別の支出を制約するから、おのずと人間は節約に努めるようになるのである。皆さんも同様だろうが、私の生活でもウッカリすると夏期には、それ以外の季節の2倍にも跳ね上がる電力料金を検針票で見て毎年のように「ショック」を受け、東電のホームページでチェックなどせずとも、10%どころか30%くらいは目標にあの手この手で節電に努めている。これが、中田市長やブレイン諸氏が、私などよりはるかに「理想」とする民間企業と消費者との間に築かれる市場メカニズムの根本原理であり、別に市長が職員の家庭生活に干渉したり家族ぐるみで表彰などしなくとも、また東電にCMで呼びかけられなくとも、消費者たる職員一家は多かれ少なかれ自然と行なっている「経済法則」であるので、余計な心配はまったくご無用である。

 

■「虎の威を借る狐」と「裸の王様」

 最後に、別の問題となった事件として触れておきたいのは、さる7月1日の佐藤元市議や菊池行政部長らの入札妨害事件での逮捕を受けて、「綱紀粛正」のダイレクト・メッセージを中田市長が市長部局の全職員対象に送ったメール本文が市長のアドレスごと、あの日本最大の電子掲示板の「2ちゃんねる」に流出したという一件である。同月9日の記者会見で感想を聞かれた中田市長は、「メールアドレスの流出については悲しいことである。 こうしたことが起きないと信じていたが、職員もたくさんいるので、そういうこともあるのだろう」と簡単に淡々と述べているだけだが、http://www.city.yokohama.jp/se/mayor/interview/2003/030709.html その裏ではかなり憤慨して「犯人探し」を指示した様子が、以下の『産経新聞』神奈川版、7月8日付けの記事から詳しくうかがえる。http://www.sankei.co.jp/edit/kenban/kanagawa/030708/kiji03.html 

 

市長の電子メール 「2ちゃんねる」に流出

 競売入札妨害の疑いで横浜市の元契約部長、菊池晁容疑者(58)が逮捕されたのを受け、中田宏市長が綱紀粛正の意味で職員に向けて送信した電子メールの内容が、インターネット上の匿名掲示板「2ちゃんねる」にほぼ原文のまま流出していたことが七日、分かった。中田市長の非公開メールアドレスも転載されており、市職員の個人情報に対するモラルの低さが明らかになった。

 流出していたのは、中田市長が不定期に全職員へ送信している「ダイレクトメッセージ」。「虎の威を借る狐」のタイトルで、虎を市長自身、その“威”を借りて元契約部長に圧力をかけた市議、佐藤行信容疑者(48)=同容疑で再逮捕=を実名こそ出さないものの、狐に見立てて「許されることではない」などと批判する内容だった。

 電子メールは庁内LANを通じて四日午後に約二万八千人の職員へ送信されており、市IT(情報技術)活用推進部によると、内容は職員が漏洩(ろうえい)しない限り、外部の者が閲覧することは不可能という。

 その内容が、誰でも閲覧可能の「2ちゃんねる」に転載されたのは五日午後。本文中の“狐”の表現を“佐藤行信(容疑者)”に変えた以外はほぼ原文のままで、末尾に記載されていた市長が所有する職員との情報交換用メールアドレスもそのまま転載していた。

 市IT活用推進部は「(メールは)秘密にする内容ではない」としながらも、「メールアドレスは職員と市長との唯一のパイプとなっている」と話し、情報を漏(も)らした職員を特定する方向で対応を協議している。

 中田市長は産経新聞の取材に対し、「職員のモラルの問題だ」と憤慨した。

 

  私ども市大教員は、市長部局の職員にあてがわれている、……@:city.yokohama.jpのアドレスではないので、中田市長からのダイレクト・メッセージは今回も頂戴したことはなく、原文は上の記事からうかがえるだけである。私も個人的には、最近の犯罪行為や人権・名誉侵害問題の温床となっている「2ちゃんねる」などの匿名掲示板を快くは思っていないが、この流出自体は記事の担当部局が言う通り違法性はないと思うので、「犯人探し」をすること自体の方が、通信の秘密を侵す「違憲行為」に当たると思う。

 

 それ以上に、中田市長が「民の声・力」を重視するポーズをとりながら、自己の公的なメールアドレスを現在まで公表していなかったこと自体が問題だと思う。というのは、市大の「市民の会」が発足直後の今春に、中田市長のアドレスを探していたことがあった。私も彼の公私のホームページを探っても見当たらなかったので、間接的な市役所の広聴課のアドレスしか分からないと一報した。ところが、誰か今回漏れた市長のアドレスを知っていた人がいて、すぐさまそれが「市民の会」のホームページに掲げられ、現在までもう数ヵ月もそのトップページに堂々とリンクの形で掲げられているのである。したがって、問題にされるならば、わが方もその対象になっても不思議ではないが、市長室の住所や電話番号と変わりない公的なメールアドレスを公開してこなかった市長サイドの方が、「御都合主義」と批判されても仕方ない筋合いであろう。

 

  この点で多かれ少なかれ、中田市長の「大本営発表」さながらの記者会見を無批判に記事にして好意的に報道するばかりで、私はじめ教員組合や「市民の会」から抗議を寄せられた「記者クラブ体質」のマスコミの中でも特にその傾向が著しいのが全国紙の地方版であった。しかし、日産自動車の出身でゴーンCEOとも関係浅からぬ佐藤元市議らの事件を最も力を入れて報道した『読売新聞』神奈川版の、7月13日付けの署名入りのコラム記事が、私が見たなかでは中田市長の政治姿勢に対して、文章は穏やかながら上記のメール事件にも寄せて「辛口批評」を試みていると思う。以下にそのコラムを紹介して、今回の拙稿を締めくくろう。中田市長ももちろん目にされたろうから、夏休み中にじっくりと読み返されて自省されることを期待したい。

 

 市長はCEO(最高経営責任者)。結果が重要だ。会社なら、例えば収益。市にとっての結果とは何だと考えるか」

 日産自動車のカルロス・ゴーン社長兼CEO(49)が問い掛けた。「市民の満足度を高めること」と答えるのは、横浜市の中田宏市長(38)だ。

 市が三日に発売した季刊誌「横濱(よこはま)」の創刊号での対談の一コマである。模範解答だが、言うは易(やす)く行うは難(かた)し。と、皮肉を言うつもりはない。

 中田さんは昨春の市長就任直後から「ダイレクトメッセージ」と呼ぶ電子メールを不定期ながら、ほぼ全職員に送り続けている。三万人強に上る職員一人一人とのつながりを大切にしたいからだ。感想などの反応には出来るだけ返事も出すと言う。職員と意識を共有し、三百五十万市民の満足度を高めたいと願う。

 ところが、今月四日のメールがインターネット上の匿名掲示板に流出、市職員との専用アドレスも転載された。市議や市幹部による競売入札妨害容疑事件に絡んで綱紀粛正を求めるものだった。外部に漏れても支障はない内容だが、中田さんは裏切られたとの印象を持ったようだ。「悲しいし、情けない」とぼやいた。

 日産の従業員も三万人強。ゴーンさんは、日産に来てからの四年間で従業員の意識改革に成功した。そう評価され、結果も出している。

 CEOは孤独だ。ぼやいてもいいが、裸の王様にならないための努力を放棄してはいけない。(田中信明)