『東京新聞』2004年2月16日付 こちら特報部:

『改革』に揺れる横浜市立大 学部統合 全教員の任期制 研究費ゼロ

 

http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20040216/mng_____tokuho__000.shtml

http://satou-labo.sci.yokohama-cu.ac.jp/040216tokyo.pdf

 

横浜市大の未来を考える『カメリア通信』第13号 2004217日付

http://www5.big.or.jp/~s-yabuki/doc03/came-13.pdf

http://satou-labo.sci.yokohama-cu.ac.jp/040217came-13.pdf

 

『東京新聞』20031224日付『新大学構想』 対立の構図

http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20031224/mng_____tokuho__000.shtml 参照

 

 

『改革』に揺れる横浜市立大

学部統合 全教員の任期制 研究費ゼロ

 横浜市の財政難を理由に、来年4月から独立法人化される横浜市立大学(小川恵一学長)が揺れている。中田宏市長が打ち出した改革案は、全教員の任期・年俸制、複数学部の1学部統合などで、石原知事が進める都立大改革とほぼ同じだ。「研究費はゼロ」になり、教養教育大学に衣替えする方針という。「学問の自由」の危機と、首都圏の大学教授らが“共闘”で反対する改革案だが…。 (藤原正樹)

■13大学の教授結集

 「中田市長の諮問委員会『横浜市立大学のあり方懇談会』は昨年二月、『千百四十億円の累積負債を抱えた市大が現状のまま存続する道は考えられない』との答申を出した。これに対し、『そのほとんどは病院建設など市民ニーズを満たすための市の投資で、横浜国際競技場と同じ資産』と反論したところ、市長は負債のことを口に出さなくなった。最初から『市大改革ありき』で、負債は口実に使われただけだ」

 「横浜市立大学問題を考える大学人の会」の中心メンバー、関東学院大学の久保新一教授(国際経済)は憤慨する。

 同会は、全国で拡大傾向をみせる大学の任期・年俸制などに危機感を抱いた同志が集まった団体で、十三大学二十六人の教授が集結している。

 教授らが反対する市大改革案は「各分野の実務の専門家を公募しやすくし、実績主義を進めて大学教育や研究の質を高める」のが狙いだ。中田市長は「もっと社会から評価される大学を目指さないと生き残れない。レベルの高い研究や、市民、産業との連携に期待したい」と話す。

 教員の人事制度、経営と教学を分離して理事長の新設など、市大と都立大学の改革案は酷似しており「改革案を審議する委員会メンバーに厳しいかん口令が敷かれ、完全な秘密主義な点も同じ」(久保教授)だ。

■3学部を統合し新体制は2学部

 新都立大学(首都大学東京)では看板学部の人文学部など五学部を一学部に集約するが、市大改革でも国際文化学部、理学部、商学部を統合し「国際総合科学部」(仮称)を設置する。そのまま存続する医学部と二学部体制になる。大学校費による一律な研究費はゼロで、基本的に各教員が外部資金を獲得して研究を行うことを提案している。

 市大に十一年間在籍した東京大学の柳沢悠教授(南アジア研究)は「中田市長の狙い通りにいかないどころか、国内トップレベルの市大の研究を駄目にしてしまう」と憤る。

■「トップレベル研究駄目に…」

 「市大は国内のアジア研究をリードしてきた。日本の地方史や地方紙のコレクションも国内屈指で『庶民の歴史』という視点で独特の学風を築いている。理系でも、発生生物学の重鎮、浅島誠教授(現・東大教授)が実績を残し、地震学の第一人者、故・菊地正幸教授(元東大地震研教授)は、横浜市の防災システム策定にも尽力した」

 ある国立大教授は「国公立大の文・外語・教育系学部の入試偏差値で、市大の国際文化学部は横浜国立大教育人間学部より上だ。投資価値の高いブランド性があり、変な改革をして駄目にするなら、私大に売却した方が市大のためになる」と提案する。

■資金かかる医学部抱え学部減で経営悪化予想も

 さらに、二学部体制では経営はより困難になるという。久保教授は「『資金がかかる医学部は、五学部以上の文系学部収入で支えないと維持できない』というのは、大学経営上の常識。他の一学部で支えるのは無理」と指摘する。任期・年俸制についても「その内容は、為政者の意図が反映される人事委員会で決議される。政治的な意味で意に沿わない大学人の首を切ることができる制度になる」。
 
 柳沢教授も「学問の自由を保証するには、身分の安定が必須で、大学に任期・年俸制はなじまない。研究が高度になればなるほど、短期間では成果を出せない。この制度では、早く成果が出る安易な研究を助長する。また、年俸の評価者にすり寄る傾向が強まり、批判精神が不可欠な学問が死滅する」と切り捨てる。
 
 「成果主義の印象が強い米国の大学でも、優秀な人材を確保する手段として、教授には『テニュア』(終身在職権)を与えている。任期・年俸制が全国的に広がると、優秀な学者が国外に逃げ出すだろう」
 
 新都立大学は九コースで教授らの公募を実施したが、応募倍率は最高九倍(先月三十一日締め切り分)だった。柳沢教授は「国公立大教授の公募は百倍程度あっても不思議でない。任期・年俸制がある大学に、教員を集める魅力がないことを実証する数字」と分析する。
 
 市大関係者によると、新大学残留を希望する教員は少なく、新大学が発足する来年四月までに九人の教員が他大学移籍を決めている。市大OBで法政大学の宮崎伸光教授(地方行政)は「ほとんどの教員が、他の大学に移りたくて“隠れFA宣言”している状態」と内情を語る。
 
■密室で決定 いきなり公表 トップダウン

 公立大学改革の方向性は、設置者の首長の志向が色濃く反映される。宮崎教授は「市大、都立大の改革内容はほぼ同じで、手法も密室審議でいきなり公表するトップダウン方式だ。中田市長と石原知事の類似性を示している」と指摘する。
 
 「大衆受けするパフォーマンス的政策を打ち出す点で両者は似ている。反権威主義で、エリートや学歴に対して強い反発を持っている。両者とも自己を礼賛する者しか評価しないポピュリズムの権化で、不採算部門の学問・芸術の存在が邪魔になる。その延長線上に大学改革がある」
 
 久保教授も「中田市長は市民派を看板に掲げるが、改革案で会見を申し入れても、会ってくれない。煙たい市民には会わない“えせ市民派”だ。十人十色の意見があってまとまらず、業界団体のない大学が一番、経費削減の標的にしやすかっただけだ」と悔しがる。
 
■「現代の新撰組 消えゆく運命」

 「小泉首相、石原知事、中田市長はともに“ネオコン”で、本流エリートになれなかったコンプレックスを政策にぶつける“現代の新選組”といえる。新選組は新しい時代の先兵にはなれず、消えていく運命だ」
 
 市大改革案の目標「研究費ゼロで、実践的な教養教育を行う国際教養大学」の背景について、久保教授は「従来の労働集約型の産業構造から知識集約型社会へ転換しようとする為政者のシナリオを感じる」と危ぐし、こう説明する。
 
 「昨年の労働基準法改正で、小泉首相は『解雇ルールを作れ』と厳命した。一握りの知的エリートが取り換え可能な労働者を使う社会への転換を目指す意図があるのではないか。エリート育成を担う旧帝国大学では、研究の質を下げる全教員の任期・年俸制の導入は考えられない。研究費ゼロで最先端技術にかかわる可能性が低く、教養だけを身につけさせる市大などの公立大は、中間労働者の供給源と位置づけられる可能性が高い」