『朝日新聞(神奈川版)』2004年3月16日付:

横浜市大・改革案を検証

 

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『朝日新聞(神奈川版)』2004316日付

 

横浜市大・改革案を検証

 

3学部統合など議会で審議

 

横浜市立大学(同市金沢区など)が改革案をまとめ、054月の地方独立行政法人化に向けて進み出した。一方で、「市民の求める大学にならない」「官僚統制につながる」などと改革案への批判も根強い。独法化に関する議案が横浜市議会で審議される中、論点をまとめた。

 

学内外に批判

大学側の改革案に対しては学内外から、要望や意見が相次いだ。そのうち他大学の大学教授らでつくる「市立大学問題を考える大学人の会」は日本の大学改革全体を批判した上で、市大改革に懸念を示す。「市立大学を考える市民の会」は「市民」の視点からの批判という。両団体の代表者に聞いた。

 

遠藤紀明氏

市立大学を考える市民の会

 

伝統・知名度 無にする恐れ

 

経営と教育の分離

経営を重視し、学生を増やし過ぎると教員1人当たりの学生数が増えて、教育の質が低下する。また、就職に有利な学科ばかりになりかねない。学生という顧客ニーズに合わせるだけでは教育とは言えず、商売だ。

 

学部統合と教育理念

大学の縮小だ。各学部の伝統と知名度を無にする恐れがある。大学のレベルが落ちて三流大学と言われると市民としても面白くない。志願者減少につながりかねない。プラクティカルなリベラルアーツという教育目標も、はっきりしない。

 

任期制・年俸制

人件費の抑制を狙えば、一部の教員は高年俸になり、その他の教員の年俸が抑えられる。他大学への教員流出が進む可能性があり、教員全体としては質が低下する。逆に質を高めようとすれば、人件費の増加を招く恐れがある。教員は金よりも落ちついて研究できる環境を望んでおり、その方がいい仕事をする。

 

改革案の作成過程

学長は最後の評議会も異論が噴出する中、強引にまとめた。非民主的だ。学生・市民の意見も聴いていない。

(市立大学非常勤講師・ドイツ文学)

 

久保新一氏

市立大学問題を考える大学人の会

 

短期評価は学問に弊害

 

大学のあり方

大学の生命は学問の自由にある。今進められている日本の大学改革は、国立大学の独法化を含め、教員の短期的評価で年俸や研究費を決めるなど、成果主義的で大学にはなじまない。市大改革は最たる悪例だ。

 

任期制・年俸制

大学は民間企業とは違う。基礎研究など大学での研究には時間がかかる。任期制・年俸制では批判的な研究は出来ないし、短期的な視点の研究だけが奨励される。また、これまでの工業化社会と違い、現代の知識集約型社会では短期間ではいい結果が出にくい。

 

学部統合

21世紀は生命科学とアジアの時代になる。市大はアジア研究や生命科学ですばらしい蓄積がある。アジアの横浜になるために、それを利用すべきなのに、改革で蓄積された財産がつぶされる。

 

改革案の作成過程

市長の諮問機関は、答申で「改革しないと廃校だ」と市大に改革を迫った。市長も「答申を改革に生かしたい」と応じた。これは答申に沿った改革を迫る、一種の脅し。まさにトップダウン的手法だ。

(関東学院大学教授・国際経済)

 

独立行政法人化

学長・小川恵一氏

 

市大は改革案を元に、商学部など3学部統合でできる国際総合科学部(仮称)のコース編成などを進めている。改革案を最終的にまとめた小川恵一学長に話を聞いた。

 

教育と経営、責任明確化

両論併記やめ、時代開く案に

 

教育理念

 ブラクティカルなリベラルアーツの第一の目的は、社会について学生に考えてもらい、社会の一員としての自覚を持たせること。第二の目的は、一つの専門性だけでは生きていけない現代で、複数の専門性を身につけられる学問的な基礎をつくること。確かに概念として分かりにくく、さらに整理が必要だと思う。

 あり方懇の答申の骨格的な概念で、真っ向から反対する教育目標を打ち出しても、実りは少ないと思った。

 

任期制・年俸制

 教員の不安をあおる制度にはしない。他の組織でも同じだが、市大でも「誰が見てもよく頑張っている教員」は例えば10%、「誰が見ても問題がある教員」は10%。残りの80%の教員は大学に十分貢献していると判断したい。問題教員には、まず「注意してください」とイエローカードを出す。それでも駄目なら、契約を打ち切る。再任ばかりを考えて、市に迎合的で短期的に成果を求める教員は、むしろ減点評価だ。

 私案だが年俸制では、まずは給与の1割を成果主義にしてはどうだろうか。信頼が得られれば、成果主義の部分を増やしていく。

 

学長は副理事長に

 予算がないのは理事長の責任、研究・教育の成果が出ないのは学長の責任、と明確化を狙った。学長は副理事長として、経営面にも意見が言える。実質的には学長が経営にほとんど関与していない現行制度よりもパワフルな大学になる。任期制、年俸制などを上手に使って、大学を活性化することで、市からの大学の自由を担保できる。

 

あり方懇の答申

市長からは「答申を踏まえて」と求められた。「忠実に実行しなさい」、「答申を踏み越えてもっと良いものを」という二つの意味があると思った。答申は、日本の大学が克服すべき問題が網羅されていた。改革案が答申に拘束されたというなら、そうだが、答申は「いい大学」を考える上でのいい素材だった。

 

改革案の作成過程

あらゆる人から無限の時間をかけて意見を聴くのが民主的というならば、その方法は採っていない。ある程度の切迫した状況で集中した方が、いいアイデアになることも多い。

両論併記はやめよう、と真剣に議論した。問題点が出尽くした時点で議決をせずに、評議会の議を経た大学の改革案として市長に報告することを了承し、評議会を閉じた。議決で決めようとすると、角がとれる。時代を切り開くには多少、角がある案がいい。評議会での批判は議事録に載せる。絶えず注意をしましょう、という証しだ。

 学生の意見を十分聴いたとは言えない。ただ、説明会でも大学の未来像を語る学生はいなかった。そもそも大学のような高度な機能について、学生に全体像を描かせることは無理だ。しかし、学生の意見は重要。講義の評価などを通して要望は聞いている。

 

横浜市大が出した改革案の主な内容

@商学部、国際文化学部、理学部の3学部を「国際総合科学部」に統合。「プラクティカルなリベラルアーツ(実践的な教養教育)」を教育目標とする

A地方独立行政法人とする

B全教員に原則として任期制、年俸制を導入する

C教育研究組織と経営組織を分けて、それぞれ学長と理事長を置く

 

横浜市立大学の改革を巡る経緯

 

0212月 学長の諮問機関が改革についての報告書。「1年生時の教養教育の充実」などが骨子

031月 学長を議長とする大学改革戦略会議が報告書。骨子は「学部の再編統合、教養教育の充実」「教学と経営の分離」「人事や評価制度の改革」。「任期制も視野」という表現も

2月 横浜市長の諮問機関「市立大学の今後のあり方懇談会」が答申。「廃校」も視野に、抜本的な改革を求めた。全教員への任期制・年俸制の実施、教育と経営組織の分離など

5月 中田宏市長が大学に答申を踏まえて改革案をまとめるよう求める

10月 市大教職員でつくる「改革推進・プラン策定委員会」が改革案を策定。学長が市長に報告することについて大学の最高審議機関である評議会が了承。29日に市長に報告書を提出

12月 市が大学側の改革案をおおむね了承

 

キーワード

横浜市立大学 1928年開校の市立横浜商業専門学校が前身。市立経済専門学校と改称後、496月、同校を母体に市立大学として創設された。商、医、国際文化、理の4学部。2病院、看護短期大学部を併設する。