小泉首相の記念すべき歴史的発言

 

五十嵐仁の転成仁語(2004年6月後半)

http://sp.mt.tama.hosei.ac.jp/users/igajin/jingo46k.htm より

 

 

 

6月29日(火)

小泉首相の記念すべき歴史的発言

「こんな人でも総理大臣になれるのか」と、思いました。小泉首相の発言です。
 小泉さんは集団的自衛権の意味も、安保条約の内容も知らないということが明らかになりました。この小泉さんの発言は歴史に残る記念すべきものだといえるでしょう。

 日曜日の朝、NHKで放映されたテレビ討論会で、小泉首相は次のように発言しました。今日付の『朝日新聞』によると、「発言要旨」は次のようになっています。

 現在の憲法でも集団的自衛権は保有している。ただし、行使はしないと政府解釈では言っている。
 米国が攻撃されたら日本も一緒に戦うということじゃない。日本を守るために米国が日米安保条約で協力してくれる。米軍が日本と一緒に戦っているときに、日本を守るために一緒に戦っているのに(自衛隊が)米軍と共同行動できない、それはおかしい。そういう点もこれから憲法ではっきりしていくことが大事だ。
 憲法を改正して、日本が攻撃された場合には、米国と一緒になって行動できるような(形にすべきだ)。
 (日本を守る米軍が攻撃を受けた場合には、個別的自衛権に基づいて自衛隊が攻撃の排除に当たることができるとの指摘に対して)個別的自衛権と集団的自衛権とあいまいな点があるから、はっきりさせた方がいい。日本を守っている米軍の行動まで、日本が協力して一緒に活動できないという解釈を今している。そうじゃなくて、日米安保条約だって集団的自衛権の一つの形態ですから。米国と一緒に日本を守る集団的自衛権という解釈もなりたつわけです。こういう点もこれから憲法論議ではっきりさせていこうということなんです。

 この小泉さんの発言は、第1に集団的自衛権の何たるかを理解していないこと、第2に、安保条約を読んだことがないらしいこと、したがって第3に、何故、改憲しなければならないのか、その理由も分かっていないことを明瞭に示しています。こんなにはっきりと総理大臣の無知を示す発言も珍しいでしょう。その意味で、「歴史に残る」ものだと言えます。

 第1に、集団的自衛権とは、自国と密接な関わりのある他国への攻撃を自国への攻撃と見なして反撃する権利を言います。日本が攻撃されていなくても、アメリカが攻撃されれば、それを日本への攻撃と見なして反撃するのが集団的自衛権です。
 したがってそれは、「他国が攻撃されたら日本も一緒に戦うということ」です。小泉さんはこれをはっきりと否定していますが、そちらの方が間違っています。
 こんなにきっぱりと否定しているということからして、集団的自衛権について全く分かっていないということが良く分かります。

 また、「日本を守るために米国が日米安保条約で協力してくれる。米軍が日本と一緒に戦っているときに、日本を守るために一緒に戦っているのに(自衛隊が)米軍と共同行動できない、それはおかしい」と述べていますが、これは集団的自衛権の問題ではありません。集団的自衛権が認められていなくても、このことは個別的自衛権の範囲で可能とされているからです。
 小泉首相の集団的自衛権への理解は、完全に誤っています。集団的自衛権とは何かということを良く知らずに、改憲によってそれを認めろと言っていたことになります。

 第2に、小泉さんは、日米安保条約を読んだことがないようです。たとえ読んだことがあったとしても、その内容を理解できなかったのかもしれません。安保条約第5条「共同防衛」には、次のように書かれています。

 各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続きに従って共通の危険に対処するように行動することを宣言する。

 ここには、「日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃」があった場合、「共通の危険に対処するように行動する」と書かれています。日本国内の米軍が攻撃されれば自衛隊も反撃するということです。
 この条文を知っていれば、「米軍が日本と一緒に戦っているときに、日本を守るために一緒に戦っているのに(自衛隊が)米軍と共同行動できない」「日本を守っている米軍の行動まで、日本が協力して一緒に活動できないという解釈を今している」という発言は、決して出てこないはずです。
 もし、「米国と一緒に日本を守る集団的自衛権という解釈」という発言が、集団的自衛権を認めなければ「米国と一緒に日本を守る」ことが不可能だという意味だとすれば、小泉さんは安保条約の内容を全く理解していないことになります。

 そして第3に、このような誤解(というより無知)が、改憲の理由とされているというのは、驚くべきことです。今でも安保条約で可能とされていることが、改憲の理由として挙げられているのですから……。
 小泉さんは、「憲法を改正して、日本が攻撃された場合には、米国と一緒になって行動できるような(形にすべきだ)」と指摘しています。逆の言い方をすれば、憲法を変えなければ認められるはずのないことが、40年以上も前に、すでに安保条約第5条で約束されていたということになります。
 つまり、小泉さんの憲法解釈からすれば、安保条約は明確な憲法違反だということになり、現職の総理大臣が安保条約の違憲性をテレビを通じて全国民の前で明言したという点で、誠に記念すべき発言です。「小泉さん、あんたは偉い!」と言いたいところですが、いかに重要な発言をしたのか、ご本人は全く分かっていないでしょう。

 こんな人に日本の運命がゆだねられているのかと思うと、本当に情けなくなります。憲法問題の焦点となっている集団的自衛権の何たるかも知らず、安保条約で定められている「共同防衛」の意味も、改憲の目的もその内容についても理解できず、ただひたすら「憲法を変えるべきだ」と叫ぶばかりだとは……。