中西新太郎(教員組合委員長):教育・研究評価プロジェクト(中間案)にたいする見解

 

教育・研究評価プロジェクト(中間案)にたいする見解

 

 「教育・研究評価プロジェクト(中間案)新たな教員人事制度の構築に向けた取り組み」(以下、中間案)にかんして、6月下旬に行われた教員説明会では多くの質問・疑問が寄せられている。それらの質問・疑問のほとんどについて当局側の明確な回答が行われなかったことは、中間案が、本来、制度提案として明確にするべき多くの事項について曖昧な規定しか行っていないことを示している。「教育・研究評価プロジェクト」は、以下に述べる教員組合の指摘もふくめ、教員の疑問に誠実に応える検討をすすめるべきである。

 中間案は教員の雇用・就業条件の根幹にかかわる制度提案を行っている。雇用・労働条件の変更にかかわる提案を行う以上、組合との協議・交渉に応じることは使用者としての責任であり、使用者責任をあいまいにした制度導入は許されるものではない。教員組合は任期制提案の部分にかぎってその問題点をすでに指摘してきたが、あらためて中間案全体につき、その性格と役割、制度設計上の基本理念と手法、具体的制度内容にかんする問題点を以下に指摘する。これらの点について当局は真摯な検討を踏まえたうえで組合との協議・交渉に臨むべきである。

 

 

1 「新たな教員人事制度」導入の前提

 中間案における「新たな教員人事制度」の内容は、さしあたり、教員処遇に連動させる教員評価システム、任期制、年俸制の導入から成る。これらはいずれも大学教員処遇の根幹にかかわることがらであり、市当局による一方的な制度設計と運用とが許されるものではない。制度検討・提案の前提とされるべき考え方について最初に確認しておく。

 

 ○制度の導入にあたって教員の同意・納得をえる適正で十分な手続きを踏むこと。

 雇用条件の変更にかんして労使の協議・協定と個々の教員による同意が必要であることはすでに組合として繰り返し述べてきた。法人化への移行過程にあっても、法人の下での雇用条件を検討する以上、労働諸法規に則った適正な手続きが踏まれるべきであり、もしこれを拒絶するのであれば、雇用条件にかかわる交渉は来年4月1日以降に開始するほかない。法人への移行を円滑にすすめたいのであれば、当局は「誠実交渉義務」を履行しなければならない。この点を曖昧にした新人事制度導入に応じることはできない。

 雇用条件の変更にかんしてのみならず、新人事制度が「大学の教育・研究水準の向上と活性化」を目的とするのであれば、当の教育・研究をになう教員の意思がまったく無視された制度設計はいびつで歪んだものとならざるをえない。教員の意思・意見をどのようなかたちで受けとめようとしているのかあきらかにすべきである。

 

 ○大学教員の職務・職責及びその特性にてらした制度であること。

 教員人事制度は、当然ながら、大学における教員の職務、責任、役割にてらして設計されねばならない。大学が付託されている社会的責務をになうこともふくめ、大学教員の職務、役割、特性にそう制度内容でなければならない。たとえば、学問の自由を損なうことは大学教員の責務に反する行為である。

 「大学教員の職務・職責にてらす」という基準は、教員評価や教員処遇の前提であり、制度内容がこの基準に背馳するものであってはならない。制度設計の前提として、この基準にそった大学教員の処遇条件、水準はどのようなものであるかあきらかにすべきである。たとえば、「競争的研究費以外の研究費を認めない」というのであれば、研究費を取得できなかった教員は、「研究をになう」という要件をもたないのであり、それはただちに、大学教員としての資格喪失を意味することになろう。このような制度設計は、そもそも、「大学教員の職務・職責にてらす」という基準に反する。

 

 ○大学制度・組織全体の適切なあり方と評価体系内に位置づけられる制度であること。

 中間案は教員人事制度のみを突出させて提示しているが、教員人事制度、教員評価制度は大学制度と大学評価の適切なあり方にもとづき、これに整合的に考えられるべきである。大学組織や大学運営にたいする「公正かつ客観的な評価システムを構築」(中間案)することと切り離し、教員評価だけを先行させることは、組織・制度及び大学運営の矛盾や問題点を教員の評価へ転嫁させかねない。たとえば、カリキュラム策定にかんする現行のすすめ方は、教員が評価される機会選択や機会要求を無視しており、評価の前提そのものを損なうことになっている。

 

 ○評価はピア・レビューの原則によっておこなうこと。

 教員評価をもふくめた大学評価の原則はピア・レビューであり、評価にさいしてはこの原則がつらぬかれなければならない。今後予定されている外部機関による大学評価のあり方・方式とかけ離れた評価制度設計は、それ自体がマイナスの評価要因となる。

 

 ○教員処遇にかかわる基準は明示的であるべきこと。

 教員処遇にかかわる各種教員評価の基準は労働条件変更を規定するものであり、あいまいで抽象的なものであってはならない。明示的基準として就業規則等に呈示されねばならず、恣意的運用の余地がないよう規定しておくべきである。

 

 ○教員人事制度の公正な設計及び運用のためには、制度設計者の説明責任が果たされるべきこと。また、制度運用者、評価者にたいする評価が大学の評価システム内に位置づけられるべきこと。

 また、教員評価制度全体及び個々の内容について学則・規程をしかるべき手続きと論議をつくして整えておくことは、制度導入の当然の前提である。

 

 

2 大学にとって「努力すれば報われる仕組み」とは何か?

 中間案は、新しい人事制度が「努力すれば報われる仕組み」であるとうたっているが、はたして大学教員の正当な職務・職責上の努力が、適正・公正なしかたで報われることになるのか疑わしい。具体的には以下のような問題点がある。

 

 ○大学教員の職務・職責上の努力が「報われる」仕方は一律ではないにもかかわらず、中間案の教員評価制度は教員処遇の一元化・一体化をめざしている。この制度は教員の意欲を減退させる。中間案では教員評価を「教育・研究環境に反映させる」とあるが、その具体的内容はあきらかでない。

 

 ○中間案では、教員の職務・職責上の努力が、「組織」(この言葉自体あいまいである)が個々の教員に与える役割を果たすことに収斂され、方向づけられている。この結果、「組織」の代表・代弁者による要求に応じる努力だけが「報われる」こととなる。端的にいえば、「上司が評価する努力」以外に目を向けさせない評価制度であり、教育研究の活性化を阻害するしくみである。

 

 ○大学の教育・研究水準向上は企業業績と同様に扱うことができず、業績主義評価に応じる資源配分の保障は存在しない。大学の「業績向上」は企業における利潤増大と同じではなく、単純に「向上」分を業績に応じた処遇のための資源にすることができない。

 

 ○教員の業績評価を処遇に連動させる大学経営上の保障があきらかでない。

 教員の業績がどうであれ賃金原資が一定の場合、業績評価に応じた処遇は教員間の相対評価の枠内に抑えられる。業績競争は同僚教員の処遇を引き下げる仕方でのみ「好業績」教員を処遇することにならざるをえない。業績に応じた原資の変動幅を設けたとしても、その変動枠内で業績を相対評価する結果にならざるをえない。

 

 

3 教員評価制度のあり方

 中間案の掲げる教員評価制度については、以下のような問題点がある。

 

 ○教員評価の「総合性」という名目により、性格の異なる評価を、これまた性格の異なる教員処遇に結びつけ、評価の一体化を図ろうとしている。このような制度設計は、大学の教育研究に資する評価のあり方を歪め、評価制度の権力的・恣意的運用をもたらす可能性が大きい。

 教員評価をすべて教員処遇と結びつける制度は教育研究の水準向上よりも各人の処遇水準の確保優先を奨励する。

 中間案は、「公正かつ総合的な教員評価制度に基づき行った評価結果を、昇給、昇任、再任に反映させてゆく」としている。教員各人がターゲットをしぼった処遇の獲得に有効な評価を獲得させるよう制度自体が奨励している。処遇と結びつける評価の限定が行われる場合には、処遇に結びつかない評価の切り捨てが生じ、逆にあらゆる評価を処遇に結びつけようとすれば、すべての教育研究活動について精細な評価基準を作成しなければならない。両者をとらぬ場合には、評価者による恣意的評価の可能性が広がる。どのような範囲の処遇についてどのような評価と結びつけるのかを明確にした制度提案になっていない。

 

 ○教員評価の「総合性」という名目は、教員処遇に結びつけられる評価・評価基準間の関係、整合性をあいまいにしている。

 中間案は汎用の教員評価にもとづいて年俸査定、再任審査、昇任審査等を行う、としているが、これらの審査基準、期間等について整合的な説明を行っていない。大学の評価基準、期間については中期目標・中期計画にもとづく6年間のスパンが想定されているが、これと教員評価とはどのような関係にあるのかも明確でない。毎年の年俸査定にかかわる評価は年俸の変動部分を規定するものであり、「教員として最低限の責務」(中間案)にまで評価を及ぼすものではない。しかし再任審査の基準は再任拒否=雇い止めを可能にする基準としてある。これら性格、役割、スパンの異なる審査、査定に汎用評価として安易なランク付けやポイント制が用いられるならば、「総合性」のみせかけの下で客観性に著しく欠ける評価が行われかねない。

 

 ○中間案では、年次ごとの目標管理にもとづく評価プロセスしか説明されておらず、この案によるかぎり、再任、昇任等の審査も実質上年次評価にもとづくものと想定される。しかし、その根拠・妥当性や、年次評価とより長いスパンを要するはずの評価との関係について説明されていない。

 

 ○「外部委員をふくめた教員評価委員会(仮称)」の権限、組織が明確でない。この組織が「評価の公平性・客観性を担保」(中間案)できる具体的な保障があきらかにされていない。

 

 ○学長、学部長、研究院長、コース長等の評価における権限内容、役割、責任について明確に示すべきである。

 

 ○学生による授業評価、同僚による評価が教員処遇に結びつけられる仕方について明確にすべきである。

 

 ○評価における過程・手続きの公平性について。

 教員評価を教員処遇と結びつける方式は、いわゆる成果主義人事における人事考課の導入を意味する。成果主義人事の是非自体議論のあるところだが、この型の人事考課において公正性を主張するのであれば、使用者側は、少なくとも、「@公正・透明な評価制度を整備・開示し、Aそれに基づいて公正な評価を行い、B評価結果を説明・開示(フィードバック)するとともに、C紛争処理制度を整備する必要がある。また、D適切な目標設定・アドバイス、能力開発制度の整備、職務選択の自由の保障」(土田道夫「成果主義人事と人事考課・査定」)も必要とされる。

 この観点に照らし、教員評価が教員労働条件の不利益変更をもたらす可能性のある以上、評価内容・基準を明確にするだけでなく、評価における過程・手続きの公平性が確保されねばならない。

 また、たんに評価制度・手続きが公正であるのみならず評価の実体的公正さも確保されなければならない点で、以下の諸点を制度的に整えておくべきである。

 評価者の評価責任を明確にするために評価の透明性を具体的に保障するために評価文書を明示・開示すべきである。

 評価者は評価結果について説明責任を果たさなければならない。

 評価にかんする異議申し立て、苦情処理制度について明確にすべきである。

 

 

4 「任期制のあらまし」について

 中間案における任期制定案の性格と特質についてはすでに触れたところであるが、教員評価制度とのかかわり及び明確にされていない諸点について指摘し、プロジェクト部会、当局の見解をただしておきたい。

 

 ○再任拒否=雇い止め(解雇)をもたらす任期制(有期雇用制度)を、他の任用制度と共用する教員評価制度内に位置づけることは不適切である。

 任期制における再任拒否が解雇を意味することは否定しようのない事実である。教員任期法はこの事実に立って、特定の条件・ポストにかんして任期制を採用しうる条件を定めている。中間案の任期制案は教員任期法を無視し、制度の骨格において、労基法14条にもとづく純然たる有期雇用への全教員の転換を主張している。再任の可否は雇用継続の可否を決定するものであり、雇用契約締結の時点で明示されるべき内容の点でも、教員評価制度の安易な適用が許されるべきではない。

 

 ○期間の定めのない雇用を有期雇用に転換することは労働条件のもっとも重大な不利益変更であり、特段の「合理的理由」が示され、かつ不利益変更にたいする補償が示されなければ、そもそも制度として法的に認められない。中間案における任期制提案はこうした条件をまったく満たしていない。

 

 ○再任条件(基準)が明示的に示されていない。

 任期制における再任審査について、中間案は、「任期中、教育研究等の目標・計画に沿って、着実に努力した成果が、教員評価委員会で適正に評価され、それを受け、再任されることができるよう、学外委員が加わる教員人事委員会で審査」する、としている。そもそも文意不明のこの規定(?)では、再任の可否を分ける基準がまったく示されていない。前項で述べたように再任拒否が解雇をもたらす以上、再任基準は厳格に明示的に規定されていなければならない。

 

 ○前項とかかわって、再任審査にあたるとされる教員評価委員会及び教員人事委員会の審査内容、手続きが厳密な公平性、透明性を要することは言うまでもない。この点でも、教員評価一般の水準にとどまらない厳格な規定が示されてしかるべきであるのに、中間案はこれを示していない。

 

 ○助手、準教授、教授の職位に応じた再任審査基準が明確にされていない。また、それぞれの職位における再任拒否が雇い止めを意味する制度となっており、その根拠がまったく説明されていない。たとえば、教授としての適格性を問う再任基準を想定しているのであれば、教授職への再任可否が問われるのであり、そのことがただちに教員としての雇用継続にかんする判断を意味するはずのものではない。

 

 ○職位によって再任回数に差異を設ける根拠は何か、まったく説明されていない。また再任回数の規定について、「原則として」と記述されているが、原則と例外とを分かつ基準があきらかにされていない。

 

 ○3年任期を「運用」によって5年とみなせる根拠は何か?

 教員説明会では、3年任期と5年任期の併用について、3年任期を運用によって5年任期と同様に扱うとしているが、そのような運用が可能となる法的・制度的根拠は何か説明されていない。

 

 ○3年任期の有期雇用を教員に導入することと、大学及び大学教員の教育研究を評価するうえで必要な評価期間との整合的説明はなされていない。労基法を形式的に当てはまるだけの期間設定に説得力はない。

 

 ○テニュア資格の性格、要件について説明されていない。

 中間案は、「テニュア審査に合格した場合は、任期のない教授となることが可能」としているが、テニュア教授職の職位としての性格、要件について何ら説明していない。また、テニュア審査を行う要件、審査基準、審査方式についても説明していない。例示された昇任モデル図では、あたかもテニュア教授期間がもっとも長いかのように描かれているが、テニュア資格・審査にかんする規定がまったくなされていない以上、モデル図は誤解を招くだけである。

 

 ○任期制の導入がもたらす処遇、就業条件の変化について、その内容を包括的に提示するべきであるが、中間案では一切示されていない。退職金の扱いなど、就業条件の変更にあたって「高度の必要性」を要する事項の扱いを明示的に示すべきである。年休、介護・育児休暇、ヴィザ取得などさまざまな処遇、就業条件の変更点について、現行制度との異同が包括的に提示することは使用者側の義務である。

 

 ○任期制への移行に不同意であることを理由とした不利益扱いは不当労働行為にあたる。

 現行の雇用制度・条件よりも魅力がなく、かつ重大な不利益をこうむることが明白な任期制への移行に教員が同意しないのは当然のことである。任期制への移行に不同意の教員にたいする、不同意を理由とした不利益扱い、現行労働条件の不利益変更は、労働条件変更法理に照らし、不当労働行為にあたる。

 

 

5 任期制以外の任用制度

 採用及び昇任制度にかんする中間案の説明は、他の制度に増して説明の体をなしていない。説明に現れたかぎりでの問題点を指摘しておく。

 

 ○昇任制度の前提である、準教授、教授などの職位にかんする説明が欠けている。現行制度からの変更をふくんでいる以上、正確な規定が示されるべきである。

 

 ○職位と関連する処遇がどのように規定され、教員評価にもとづく年俸制などの処遇、任期制にもとづく処遇とどのように関係にあるか説明されていない。

 

 ○職位ごとの定員枠にとらわれず「実力・実績に応じて昇任を可能とする」としているが、そうであれば定員枠自体を存続させる理由は何か。また、「実力・実績」について昇任要件としてその内容を明確にすべきである。

 「特別な業績を挙げた場合等は、任期途中でも昇任を行う」としているが、この場合も「特別な業績」の要件が明示されていない。

 

 ○任期更新時における昇任審査以外の審査について、その手続き要件が説明されていない。

 

 ○「昇任審査は任期の更新と併せて行う」としているが、再任時には必ず昇任審査を行うのかどうかあきらかでない。任期更新が昇任審査をともなわない場合があるとすれば、昇任審査の有無を決定する手続き、要件が何か明示すべきである。

 

 ○再任を望むが昇任審査を望まない場合の制度設計が想定されていない。なぜ想定していないのかその理由について説明すべきである。

 

 ○採用制度にかんし、「審査・選考は、学外委員も含む教員人事委員会により行うなど、全学的視点に立って、公正・公平で透明性の高い採用システム」とする、としているが、公正性、公平性、透明性を担保し検証できる手段・手続きについて具体的に規定していない。新設される教員人事委員会が「公正・公平」である保障はない。教員人事のあり方として、どのような条件、手続きをもって「公正・公平」と言うのか、「公正・公平であったか」を具体的に検証できる「透明」な手続きとは何か、明確に規定するべきである。

 

 

 

6 「年俸制のあらまし」について

 年俸制にかんする中間案の説明も制度の提示にはとうてい達していない。賃金制度の多少ともまとまった説明にさえ達していない「案」について個々の問題点を指摘することは意味がない。年俸制の導入には、その制度設計上の前提をなす労働時間制等の多くの問題があり、これらを十分ふまえた検討がなされるべきである。

 

 

 

2004年8月

横浜市立大学教員組合委員長 中西新太郎