戦前の言論統制法制史

 

kitanoのアレ http://d.hatena.ne.jp/kitano/ (2005.3.7

自民新憲法起草委:「表現の自由」制限を検討

http://d.hatena.ne.jp/kitano/20050307#p1 より

 

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憲法を改正しても、ただちに言論が消えて無くなるわけではありません。特権を持つ人の言論が言論界で占有されることによって一般の人々の生活が大きく変化するという構造は、これまでと変らないでしょう。

しかし、パワーエリートたちにとって都合の悪い言論を排除する様々な既成事実を正当化する効力を与える効果は発生しますし、それによって国民にとって大切なものが多く失われる可能性も否定できません。

現行刑法はわいせつ物の頒布を犯罪として処罰されています。かつては考えられなかった「絵」に対しても、たとえば松文館事件のように*14わいせつ概念をあてはめて創作者を犯罪者として処罰しようとしています。こうやって徐々に抵抗の手足を縛られることで、自由は失っていくのです。

どんな言論への弾圧も、たとえば以下のような大日本帝国時代の統制法も、わいせつなものへの処罰だったり、あるいは非難されるべき犯罪をとりしまるための制度として最初は作られ、権力者のフリーハンドとして使われました。

 

ざっと大日本帝国時代の国民の自由圧殺の法制史を振り返って見ます。

 

明治26年 出版法制定

明治33年 治安警察法制定、行政執行法制定

明治41年 軍刑法制定、警察犯処罰令制定

大正14年 治安維持法制定

大正15年 労働争議調停法制定、暴力行為等処罰に関する法律制定

昭和 3年 不穏文書臨時取締法制定

昭和11年 思想犯保護観察法制定

昭和12年 軍機保護法制定

昭和13年 国家総動員法制定

昭和14年 国境取締法制定、軍用資源秘密保護法制定、宗教団体法制定、映画法制定

昭和15年 陸軍輸送港湾域軍事取締法改正、要塞地帯法改正、国防保安法制定(特高警察による言論弾圧のフリーハンド完成)、内閣情報局官制発布(内閣情報部を局に昇格)

昭和16年(日米開戦) 治安維持法大改正、刑法大改正(安寧秩序条項追加)、言論出版集会結社臨時取締法制定(時局に関し造言飛語を為したる者、人身を惑乱した者を処罰)、新聞紙等掲載制限令布告、新聞事業令布告

 

昭和16年の新聞事業令は、新聞社の強制統合を実施するための政令です。これにより、統合前739紙あった新聞社は54紙に強制的に統合されました。

この54紙体制が、戦後もそのまま新聞社として温存され、排他的株式占有権、再販売価格維持規制制度、記者クラブ制度などとともに、新規加入がほぼ皆無のまま新聞市場が改革されることなく現在に到っています。日本の新聞社の体制が“昭和16年体制”と呼ばれる寡占体制になっているのはそのためです。

 

法律内容について細かく説明すると長くなるので省略しますが、いずれも大日本帝国憲法が規定する「臣民の権利」を法律の留保によって制限し、時の権力者に生殺与奪のフリーハンドを与えるための制度となっている点で共通しています。

昭和16年、真珠湾攻撃を実行した翌日に内閣情報局第二課が示達した「世論誘導方針」には、強力な報道統制内容が盛り込まれています。この情報操作の方針は、イラクのフセイン政権や北朝鮮政権よりもエゲツナイものです。「米英」という言葉を中国、韓国、北朝鮮、イラク、アフガニスタンなどに置き帰ると、いまの日本(人の一部の主張)にもあてはまる点も多数あるようにも感じられます。

 

大日本帝国内閣情報局第二課

世論誘導方針*15

 

一般世論の指導方針として

一、今回の対米決戦は帝国の生存と権威の確保のため、まことにやむをえず立ち上がった戦争であることを強調すること。

二、敵国側の利己的世界制覇の野望が今回戦争勃発の直因であるように立論すること。

三、世界新秩序は八紘一宇の理想に立ち、万邦おのおのそのところをえさしむることを目的とするゆえんを強調すること。

具体的指導方針

一、わが国にとって戦況が好転することはもちろん、戦略的にも、我が国は絶対に優位な立場にあることを多いに強調すること。

二、国力なかんずく、わが経済力にたいする国民の自信を強めるよう立論すること、なお、予国、中立国はもとより、特に南方民族の信頼感を高めるよう配慮すること。

三、敵国の政治経済的ならびに軍事的弱点の曝露につとめ、これを宣伝して敵側の自信を弱め、第三国よりの信頼を失わしめるよう努力すること。

四、ことに国民のうちに、米英にたいする敵愾心を根強く植え付けること、同時に米英への国民の依存心を徹底的に払拭するようつとめること。

五、長期戦への覚悟を植えつけること。

このさいとくにこころして警戒すべき事項として

一、戦争にたいする真意を曲解し、帝国の公明な態度を誹謗する言説

二、開戦経緯を曲解して、政治および統帥府の措置を誹謗する言説

三、開戦にさいして独伊の援助を期待したとなす論調

四、政府、軍部とのあいだに意見の対立があったとなす言説

五、国民は政府の指示にたいして服従せず、国論においても不統一があるかのごとき論調

六、中、満その他外地関係に不安動揺ありたりとなす論調

七、国民のあいだに反戦、厭戦気運を助長せしむるごとき論調に対しては、とくに注意を必要とする

八、反軍思想を助長させる傾きある論調

九、和平気運を期待せしめ、かつ国民の士気を沮喪せしむるがごとき論調(対米英妥協、戦争中止の要を示唆するごとき論調は、当局のもっとも警戒するところであって厳重注意を要す)

十、銃後治安を撹乱せしむるがごとき論調いっさい

 

この内閣情報局第二課の通達と同様な内容の陸軍省令「新聞掲載禁止事項標準」がペアになって、新聞雑誌の記事が差し止められ、国民の知る権利は奪われました。大日本帝国の犯罪対策や風紀対策という顔の制度は、戦争プロパガンダという牙で国民を管理したのです。

 

新聞紙条例

http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/sinnbunnsijyourei.htm

第23条

@ 内務大臣ハ新聞紙掲載ノ事項ニシテ安寧秩序ヲ紊シ又ハ風俗ヲ害スルモノト認ムルトキハ其ノ発売及頒布ヲ禁止シ必要ノ場合ニ於テハ之ヲ差押フルコトヲ得

A 前項ノ場合ニ於テ内務大臣ハ同一主旨ノ事項ノ掲載ヲ差止ムルコトヲ得

出版法

http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/syuppannhou.htm

第19条 安寧秩序ヲ妨害シ又ハ風俗ヲ壊乱スルモノト認ムル文書図画ヲ出版シタルトキハ内務大臣ニ於テ其ノ発売頒布ヲ禁シ其ノ刻版及印本ヲ差押フルコトヲ得

 

憲法学的な限界事例ですが、自民党改憲案が憲法として確定されたなら、ウェブサイトや新聞や雑誌や放送番組を検閲しても憲法上は合憲であり、自民党以外の政党をすべて解散させて政治活動を禁止しても合憲と判断できる場合がある、と判断される場面も将来あらわれる可能性もあるでしょう。

もちろんあくまでもそれは学問的な可能性で、それを実現するかどうかは国民ひとりひとりの対応にかかっています。

みなさんはどんな社会で生きていたいですか? そういう言論の自由が制限された社会を、あなたの子どもや孫に残したいですか?>父兄のみなさん