正しかったのは西山さんの方だ 五十嵐仁の転成仁語 (2005.5.21)

 

http://sp.mt.tama.hosei.ac.jp/users/igajin/home2.htm

 

 

正しかったのは西山さんの方だ

 

痛い腰をさすりながら、法政大学市ヶ谷キャンパスに行って来ました。一昨日からまたも腰痛の症状が出てきたからです。でも、私が責任者になっている研究プロジェクト「戦後社会運動史研究会」がありますので、サボるわけにはいきません。

 その行き帰りの電車の中で、『週刊朝日』の最新号に目を通しました。そこには、興味深い記事が出ていたからです。

 

 それは、元毎日新聞の記者だった西山太吉さんに対するインタビュー記事です。外務省機密漏洩事件で有罪判決を受けた西山元記者は、この4月に国を相手として損害賠償と謝罪を求める訴訟をおこしました。その経緯や心境などが綴られています。

 西山元記者は、次のように自らの心境を語っています。

 

 2つの公文書が大きな転機でした。私が71年に入手した外務省の電信文も密約を示していたが、政府はこれを否定して、私は社会から抹殺された。それが皮肉にも、今度はアメリカ側の公文書の中でも密約があったと書かれていた。返還協定の第4条3項に「400万ドルをアメリカが自発的に支払う」と書いてあるのは、完璧なウソで偽造だったことが、実質的に証明されました。

 政府はウソの協定を作り、国会にウソの報告をして、国民にもウソの協定を発表した。私の刑事裁判でウソ証言を繰り返し、さらに決定的な証拠を突きつけられてもなお、後の閣僚たちが公の場でウソをつき続けている。よくもシャアシャアと言えるなと驚きますよ。

 ……

 今でも悔しいのは、あの刑事裁判が、密約の核心には何もふれずに経過したことです。私は国家機密の文書を入手して罪に問われたわけだから、機密がどんな性質なのかが精査されるはずだった。密約に違法性があるのか、国民に知らせるべき機密なのかが総合的に判断されるべきでしょう。

 でも検察がいかに政権の属領でしかないかがわかりました。密約の本質に関係なく、起訴状で「情を通じ」などと書き、男女関係が唯一の訴追要因になった。そこに目を向けることで外務省と一緒に犯罪を覆い隠したんです。

 ……起訴状が出た段階でマスコミもパタッと追及をやめてしまった。検察の思惑どおり、社会の反応に合わせて、すぐ同調してしまった。そんな水準でしかなかったんだね。司法も、マスコミも、社会も。ほんと、不条理だよ。密約という国家犯罪なんかぜんぶ忘れ去られて、私の倫理問題だけがクローズアップされる。

 

 沖縄の施政権返還は、33年前の5月15日に実現します。そのとき、基地の整理・縮小や原状復帰のための費用「400万ドル」を、日本が肩代わりするとの密約がありました。本来、アメリカが支払うべきものを、代わりに日本政府が支払うと約束したわけです。

 この秘密の電報を外務省の女性事務官を通じて毎日新聞の西山記者が入手し、それを渡された社会党議員が国会で佐藤首相を追及しました。佐藤首相はこの密約を否定し、政府も外務省も一貫してこの事実を認めていません。

 しかし、最近になって、日本政府は嘘をついていたということが分かりました。2000年に公開された米国務省の公文書で、吉野文六外務省アメリカ局長(当時)の発言やサインとともに、返還土地の原状回復費400万ドルを日本側が代わって支払うことが明記されていたからです。

 

 正しかったのは、西山さんの方でした。西山さんの行為は、国家犯罪を暴く正義の行動だったのです。

 しかし、西山さんもまた、「国家の罠」に落ちてしまいます。「情を通じて」という一言によってこの行為は男女関係を利用した卑劣な犯罪とされ、機密漏洩の罪に問われて、女性事務官と西山さんは逮捕され、有罪となりました。

 この事件については、私も、拙著『戦後政治の実像』で、次のように書いたことがあります。

 

 ……「400万ドル肩代わり密約」については、当時、毎日新聞政治部の西山太吉記者がその交渉の過程を記した電信文のコピーを入手して社会党の横路孝弘議員に渡し、72年3月27日、衆院予算委員会で横路議員らはこの電信文を根拠に佐藤首相を追及した。外務省は文書の流出ルートを調査し、女性事務官が手渡したことが判明する。西山記者と女性事務官は国家公務員法違反(機密漏洩)で逮捕され、西山記者は一審無罪、検察側が控訴し、上級審で逆転有罪、最高裁で有罪が確定した。

 この密約については2000年5月に当時の日米高官の会談記録である米国務省文書が明らかになり、02年6月にも新たな文書が見つかった。今日では、この「密約」は事実であったと見られている。国民の知る権利に答えるべく情報を入手した外務省の女性事務官も、それを報道して真実を明らかにした新聞記者も、罰せられるべきではなかったのである。真に罰せられるべきは、秘密の約束をして国会でしらを切り、国民の血税400万ドルをアメリカにくれてやった佐藤首相の側であったというべきであろう。(109110頁)

 

 実は、沖縄返還に際しての「密約」はこれだけではありません。緊急時における核再持ち込みと沖縄米軍基地からの自由出撃の「密約」もあります。

 核については、一時的な通過や持ち込みを認めるとの「密約」もあります。「非核3原則」が事実上「2・5原則」だったことは、今では常識です。

 しかも、この沖縄返還に際してなされた「400万ドル肩代わり密約」は、現在も生き続けているという点が重要です。それは「思いやり予算」に引き継がれているからです。

 これについても、私は拙著『戦後政治の実像』で、次のように書いています。

 

 そして、日米地位協定が旧安保条約の下での行政協定を引き継いだ際、それについての秘密了解や秘密口頭了解などの「裏の密約まで引き継がれた」のではないかという疑いもある。その代表例は、@刑事裁判管轄権、A米軍優位のもとでの日米統合司令部の設置と司令官の任命、B駐留経費の問題の三つであった。特に、第三の問題についての密約は、前述した「沖縄返還の際の財政・経済取決」に受け継がれ、「そのなかでも基地移転費は、後に日米防衛協力の柱の1つとなる『思いやり予算』」のスタート」(我部政明、前掲書、202203頁)に結びつく。沖縄返還に際しての「財政・経済取決」による支払いは1977年まで行われ、その支払期限がきたために1978年から始まったのが、金丸信防衛庁長官によって考え出された「思いやり予算」(米軍駐留維持費の分担)だったからである。(110111頁)

 

 「思いやり予算」のルーツは、西山さんが暴露した米軍基地の原状復帰費用「400万ドル」の肩代わりだったというわけです。この「思いやり予算」は今もなお、支払われ続けています。

 この400万ドルを含めて、増大し続けてきた「思いやり予算」は、すべて国民の税金ではありませんか。本来アメリカが負担すべきものであり、日本の国民が支払う必要のない費用を肩代わりしている点にも、アメリカの「属国」としての日本の姿が象徴的に示されていると言えるでしょう。

 

 それにしても、元毎日新聞記者だった西山さんの証言が掲載されたのが、どうして『週刊朝日』だったのでしょうか。『サンデー毎日』は、トンビに油揚げをさらわれたようなものではありませんか。

 いずれにせよ、国家犯罪を犯してウソをついたものは罰せられるべきです。この世に正義があるのならば……。