「石原知事の言うことは聞きません」 東京都教育委員・米長邦雄永世棋聖 「私の性・教育論」 「週刊現代」2000年1月29日号 

 

 

いじめ、学級崩壊、援助交際……と、荒れる一方の学校教育に、異色の"救世主"候補が現れた。将棋棋士の米長邦雄永世棋聖(56歳)が昨年12月21日、石原慎太郎知事の肝いりで東京都教育委員に就任したのだ。米長氏が明かす秘密の一手とは何か――。

 

今回、私が都の教育委員に就任するまで、「女性を蔑視する米長のような男は教育にふさわしくない」と、多くの反対や中傷がありました。私の女性関係を面白おかしく書いた雑誌記事も出た。

しかし、私には教育問題を解決するための"妙手"があります。もちろん女性蔑視などしておらず、数々の中傷もいわれのないものばかりでした。私への攻撃の背後には、私の考えを不快に思う一部の団体がいたらしいのです。

 

米長氏の教育委員就任には、「女性千人切りをめざしていた」という過去の発言や、鳥取砂丘で撮影させた自分のヌードが写真誌に載るといった言動が都議会で問題視され、反対論が相次いだ。挙げ句のはてに週刊誌で、米長氏との「100日間の愛人SEX生活」を暴露する20代の美女まで現れる始末だった。

 

私は、将棋では史上4人目の1000勝を達成しましたが、「女性千人切り」なんて言っていません。私が切ったのは女性ではなく、1000人のプロ棋士です(笑)。そもそも、回数や人数を口に出すのは男として最低ですよ。

 

そういう中傷に基づいて、私を「女性の敵」呼ばわりした女性団体があります。彼女たちは「社会で働かない女性はダメ」と考え、私が専業主婦の味方をすることを、快く思っていないらしい。

女性が社会に進出するのは、大切だし、立派なことです。しかし、それと同じように、家事に汗を流し、子供を育てることも立派なこと。私は、そういう専業主婦たちの苦労を評価したいのです。

1ヵ月間、何も言えぬままあれこれ批判される状態が続きましたが、最後は都議会で承認され、委員になりました。石原さんが都知事に選ば.れたのは、都政を"手術"するためでしょうが、私も同じ。教育について、思いきった手術をするつもりです。(青島幸男)前知事のように、薬を飲むだけの対処療法のような対策ではダメですよ(笑)。

 

「幼児法」を作りお母さんを応援

 

私はまず最大の方針として、「お母さんを助けること」に全力を注ぎたい。子供を育てるお母さんに、心の面でも、おカネの面でも豊かになってもらわないと、根本は何も変わらないと思うのです。

いま、学級崩壊や「キレる子供」などが大問題になっていますが、これらの芽の多くは幼児期にあります。幼児期に母親のそばで過ごした時間が短い子供ほど、そういう問題が起こりやすいことが明らかになっている。もちろん、残念ながら母親のいない子供でも、それに替わる人が一緒にいてくれれば、問題は起こりにくいんです。

だから、母親が安心して育児できる環境を整えなければならない。そのために私は、「幼児法」のような規則を制定したいと思っています。

具体的には、育児中の専業主婦に、外で職業を持って働く女性と同じ程度の収入を保証するシステムを作りたい。ケースに応じてもっと育児手当を出すとか、妊娠して中絶せずに子供を産む女性には出産奨励金を支給するとか、やりたいことはたくさんあります。

これも、幼い子供の心、つまりハートを育てるためにおカネを使おうということなんです。首都移転などというハードにおカネを使うより、子供のハートに使うほうがはるかに重要ですよ(笑)。

私が考える「幼児法」では、「幼いうちはデジタルなものに接するな」とも定めたい。幼児にもっとも大切なのは、コンピュータのようなデジタルではなく、あくまでアナログ的な人の心。デジタルに接するのは、ある程度年が行ってからでも遅くありません。

具体的には、「66ヵ月までは、子供をデジタル化されたものに極力触れさせない」とします。それまでは、母親と一緒でなければテレビもダメ。月にウサギが住んでいて、サンタクロースもいるんだと信じている子に育てるんです。

66ヵ月というのは、古来、能や鼓といった古典芸能を教え始める時期とされてきました。それまでは、人間にとってもっとも基本的な人格形成期になります。その期間は、なるべく自然に溶け込み、木や紙で作ったもので遊び、母と一緒の時間を過ごさせる。そうすれば、「キレる子供」は激減するはずです。

 

性教育は先生抜きでやるべし

 

もちろん、すでに幼児期を過ぎて就学している児童・生徒たちにも、いじめや援助交際など、問題は山積しています。これにはまず、親も学校も根本的に発想を転換しなければいけません。

いじめにせよ、援助交際にせよ、もうそこに「ある」ことを認めなければならないのです。よく、「うちの学校に限っていじめはない」と言う先生がいますが、いじめなんて頻繁にあるんです。援助交際も同じ。あるはずがないといっても、現実に援助交際をしている子はたくさんいる。建て前論ばかり言ったところで、何の意味もありません。

私は、いじめに苦しんでいる子供たちに、「学校から逃げる」という選択肢を用意することを考えています。学校内でいじめをなくす努力も大切ですが、同時に「いじめから逃げてもいいんだ」と呼びかけたいのです。自殺やリンチまがいの死亡事故は、絶対に避けなければいけません。

いま不登校というと、どこかよくないイメージがありますが、いじめや学校から逃げても「お前のその選択が最善だ」と、親が子に堂々と言えるようにしたい。そのために、学校へ行かなくても勉強ができる制度を整えたり、高校を都の行政から切り離すことも考えられると思います。

援助交際についても、私はまず、援助交際している子たちに会って話を聞きたいのです。そのとき「間違っているからやめろ」というつもりはない。「私は君の味方だ」と告げて、カネがほしいのか、単に気を紛らわしたいのか、じっくり聞きたいのです。

たしかに援助交際は法に触れる行為ですが、彼女たちが他人に迷惑をかけていないのなら、私は「いまのままでいいんじゃないの」と言ってあげるつもりです。「もし自分も君と同じ立場だったら、援助交際していたかもしれないよ。辛いだろうけど頑張ってね」と励ます。

そもそも性教育からして、おかしいんですよ。もう学校が教えることじゃないんです。子供たちはセックスのことなど、とっくの昔に知っている。下手をすると大人よりも(笑)。ところが学校はまだ、「子供がセックスのことを知っているはずがない」という建て前論に立つんですね。

私は、「性教育の授業は先生抜きでやるべし」と言いたい。生徒だけにすれば、必ずませた子供が出てきて、「女のアソコというのはこうなっていて、男のココをこうすればこうなるんだ」と、図解入りで他の子に自慢げに説明しますよ(笑)。

性教育なんて、そういう"代用教員"に任せればいい。もっと子供を一人前の人間として扱うべきなんです。

 

米長氏といえば、名人位を含めて数々のタイトルを獲得してきた勝負師。人生相談やエッセイで披露される発想はユニークだが、教育問題にはどこまで力を注ぐつもりなのか。

 

教育委員は、いったん就任したら知事でも罷免できないんです。だから私は、自分が正しいと信じたことは、石原知事の言うことも聞くつもりはありません。知事もそれを望んでいるでしょうから。

任期は4年ですが、4年後に生命を長らえているつもりはない。そのくらいの覚悟で、私はいま、教育の再生に賭けているんです。