思想・良心・信教の自由を圧迫する国で政教分離を考える(2) JAN JAN(2005.7.1)

 

http://www.janjan.jp/living/0506/0506298916/1.php?PHPSESSID=2c35750487073939ac985d82cfc6359b

 

【経由】

全国国公私立大学の事件情報

http://university.main.jp/blog3/archives/2005/07/post_58.html 

永岑三千輝氏『大学改革日誌』 

http://eba-www.yokohama-cu.ac.jp/~kogiseminagamine/SaishinNisshi.htm 

 

思想・良心・信教の自由を圧迫する国で政教分離を考える(2)

2005/06/30


 

 6月6日に開催された「第24回政教分離を守る北海道集会」の様子を報告する2回目(1回目はこちら)。

 砂川政教分離を守る会会長()・高橋政義さんから「砂川政教分離訴訟」の話が終わると、今回の講演会の講師である高橋哲哉・東京大学大学院総合文化研究科教授が壇上に立った。そして「政教分離を守る・私たちは何処にたたされているのか」のテーマで講演が始まった。

 初めに高橋教授は、今日に合わせて早めに旭川に入り、市内にある上川神社や北鎮記念館などの施設を歩いて回った感想を述べた。「私は、全道戦没者遺族大会へ行きまして、その後に護国神社宵宮祭・礼大祭を見てきました。宵宮祭や礼大祭では、自衛隊幹部が北部方面総監を始めとして、ずらり並んでいる驚くべき様子を拝見しました」と、昔からの軍都である旭川護国神社で行われた、宵宮祭・礼大祭での第一印象を話した。

 戦前の靖国を旭川護国神社で見た

 「護国神社の祭礼に廻りましては本当に驚きました。靖国以上の靖国ではないかと思いました。もちろん現在の靖国神社でも、春秋礼大祭が行われていますが、そこでは遺族が参道の両側に並んでいて、その間を神官が仰々しく本殿に向かって進みます。

 旭川の護国神社のように、自衛隊幹部である北部方面師団長、そして旭川市長らがずらりと並んで、その中で祝詞(のりと)など式次第が進行します。こういうことなど、靖国神社ではできないことです。

 ここでも夕暮れの中、ご遺族の方が参道の両側に並んでおられましたが、それを見ていると、私は戦前の靖国の招魂祭を想像せざるを得ませんでした。

 実は最近、靖国問題のことについて考えをまとめ、筑摩書房から本を出しました。この本の冒頭の第一章に書きましたが、遺族の感情の問題をどう考えるかということが現在も重要だと考えました。

 もともと靖国神社の機能というのは、もちろん護国神社の機能に繋がるのですが、実は遺族の感情をどうするか、またそれを見ている国民の感情をどうするかがあったと思います。戦死を廻る感情のコントロールが根本にあったと考えまして、感情の問題をテーマにしました。そして、この本の表紙に1941年10月に靖国神社で行われた招魂祭の写真を掲げてあります。

 実は、この写真と、旭川の護国神社で行われていた祭礼の様子とがそっくりなんです。遺族が暗闇みの中、参道の両側にいて、れいじぼうが親族に神官に担がれて、ずうっと行くわけです。招魂祭というのをやって、そこに天皇が参拝する。

 両側に並んでいる遺族というのは、国によって、その時に合祀される戦没者の遺族の中から選ばれ、そして国費で各地から、それこそ北は樺太から南は沖縄、西は旧満州から選ばれて、東京九段坂に来る。そこで自分の家族が神になる。そういう鬼神にされる。

 何よりも、御天子様・天皇陛下がそこに来て、自分の家族の戦死者に感謝の参拝をしてくださる。これは、全面的に感情を持っていかれてしまう。本来悲しむべき、あるいは空しいやりきれない家族の戦死が、むしろ名誉になってしまう。喜ぶべきことになってしまう。180度違う感情に転換させられてしまう。その儀式が招魂祭であり靖国神社の根本的機能だったのです」

 旭川護国神社は靖国以上の靖国

 「その光景を私も見たことがなく、写真だけで見ているだけなのですが、たくさんの写真が残っています。当時、臨時大祭ごとに写真帳というのがありまして、恐らく全国から選ばれてきた遺族に記念品という意味合いもあったと思うのです。それが今は古本屋で手に入ります。それを集めてみますと、まさにそっくりの形が旭川護国神社の宵宮祭で行われていたと私は感じました。

 戦後、靖国神社でもなかなかできないことを、護国神社ではやっている。靖国以上の靖国だと思いました。

 そして、自衛隊幹部また旭川市長が参列していることも含めて、国家公務員・地方公務員が参列していることに対し『政教分離を守る会』が出した質問(1)に、市長の回答は『あくまでも私人としての参列である』と答えているそうですが、小泉首相の逃げ口上と同じなわけです。

 もし、そのようなことが許されるとすれば、靖国神社に総理大臣以下すべての閣僚が、私人ですとポケットマネーで来ていますと言えば、ずらり参列して同じことができるかというとです。これはできない。できないはずのことを旭川ではやっているということです。

 なぜこういうことになっているのか、これは兵村記念館(2)などでも見せて頂きました旭川の歴史、とりわけ戦前の第7師団があった軍都としての歴史、軍国主義的立場からすれば栄光の歴史ともいえるのでしょう、その名残が戦後も残っていると思います。

 第7師団があった全く同じ場所に、今は自衛隊の第2師団があり、その横には同じように護国神社がある。恐らくそのまま来てしまったのではないかと思います。

 旭川護国神社は北の靖国神社です。全国にある護国神社の中でも、特別の意味をもつ護国神社だという印象を私は持ちました」

 憲法9条を守る闘いだけで、9条は守れない

 「今日は政教分離を守る北海道集会ということですけれど、それが旭川の地で24回も開催されて、そのような軍都の重い歴史を背負ったこの地で、今の日本で取り上げるのが非常に難しい、そういう問題について、24回も集会を重ねて続けてこられたそのような活動に心から敬意を表してこれから話をさせていただきます。

 政教分離の問題を、日本社会・地域社会で問うということは、非常に厳しい問題が直ちに起こってくるわけです。砂川訴訟のお二人も、今それに直面しておられるのではないかと思います。日本で憲法問題といいますと、憲法9条です。

 『旭川九条の会』が、非常に好ましい形で立ち上げられたのですが、大変いいことだと思います。今、憲法改正の最大の焦点は9条だというのはその通りなのですが、戦後の護憲派の運動がどっちかというと9条中心で来たわけです。

 そのことが果たしてどうだったのか、もちろん9条が改悪されるという危険が、戦後しばらく切迫してあったわけですし、戦争になればすべてが駄目になってしまうということで、9条中心で来たことについて私たちは理解できるのです。

 9条の大切さを心から思っております。第2項を含めて私は護憲派です。しかし、余りにも9条だけに関心を集中し過ぎたため、それを放っておくと、実は9条にも悪影響を及ぼすという問題が軽視されてきたのではないか、という考えを持っております。

 その最大の問題が政教分離の問題です。憲法20条と憲法89条です。憲法89条は、宗教的活動に自治体などが、公の機関が公金を支出することを禁じているわけです。20条と89条を合わせて政教分離に順ずると言われています。

 その原則は20条第3項【国及びその機関は(この場合の機関というのは地方公共団体を考えられています)、宗教教育を含め、いかなる宗教的活動があってはならない】このように、非常にすっきりした明確な政教分離原則になっているわけです。

 この重要性というのが、戦後の日本社会の中で、平和と民主主義を守るという運動をしてきた方々の中でも、果たしてどこまでその重要性が認識されていたか。

 私は哲学を専門にしておりますので、誤解を恐れずに言いますと、私は日本国憲法の中で、個人的に一番私にとって大切なものは、実は憲法19条【思想良心の自由】なんです。誤解を恐れずに言うと、というのは、では9条は19条より軽いのかと誤解されかねないのですが、そういうことではないのです。

 それは、19条の【思想良心の自由】、20条の【信教の自由・政教分離】、21条【集会、結社及び言論、出版その他一切の自由、検閲の禁止】つまり表現の自由、これには報道の自由も入りますね。第23条【学問の自由】、22条【移動の自由】などが入っているわけです。これらは、精神の自由を保障した条項なんです。

 そこで、果たしてこれらの問題が、これまでいわゆる護憲派の間でどれだけ重要だと考えていたのでしょうか。この問題は結論を先取りすれば、憲法で言えば第1条・第1章第1項、【天皇は日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く】とあり、象徴天皇制を規定した条項です。これと非常に深い関係にあります。

 靖国神社、これは天皇の神社でもありました。明治天皇の勅令によって創られた東京招魂社、それから靖国神社になって敗戦の時に国家の基盤から民間の宗教法人に変わりましたけれど、その伝統は受け継いできています。

 信教の自由、それは天皇制と無関係ではあり得ないわけです。それから19条の思想良心の自由で、今一番問題になっているのが教育現場においてです。日の丸・君が代強制の問題と言っていいと思います。特に東京都の石原都知事の下、教育委員会が進めている強制は凄まじいものがあります。

 あのような形で、思想良心の自由がかなり侵されています。日の丸・君が代、特に君が代というものは、天皇を称える歌ですから、天皇制と関係していることは、言うまでもありません。

 それから、第21条の表現の自由に関しては、いわゆる出版・報道の中で天皇制に関するタブーが連綿と行き続けていることは、皆さんも理解されていると思います」


 こう話した後、高橋教授が直接出演者として関わり、その取り上げ方で大きく問題になった、NHKのETV特集のことについて話が移った。これは次回(3)で紹介したい。


1 「政教分離の会」が旭川市長に出した質問状は<次のページ>へ
2 旭川兵村記念館:http://www.city.asahikawa.hokkaido.jp/top/bunkazai.html

(岩崎信二)

     

思想・良心・信教の自由を圧迫する国で政教分離を考える(1)

    

高橋政義さんの肩書きを誤って記載しました。お詫びして訂正いたします(編集部)07/01 0500