『家族解体狙い愛国心もない』 悩める『現代』の心をつかむ? 「東京新聞」特報 (2005.7.2)

 

http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20050702/mng_____tokuho__000.shtml 

 

 

『家族解体狙い愛国心もない』

悩める『現代』の心をつかむ?

 地方自治体での「男女共同参画」をめぐる逆流が強まる中、自民党が参画理念と密接な「ジェンダーフリー教育」の撤廃に向けてプロジェクトチーム(PT)を立ち上げた。「過激な性教育」批判を皮切りに、伝統的家族観の復権という狙いが垣間見える。応援団は「新しい歴史教科書」の支持者とほぼ同一だ。深層では、「愛国心教育」にも通じる政治的攻防が演じられている。 (田原拓治)

■性教育の調査で誘導的な注釈も

 「行き過ぎたジェンダーフリーは明らかな間違い。彼らは結婚・家族の価値を認めない。これは社会、文化の破壊で看過できない」

 五月二十六日、自民党本部で開かれた同党の「過激な性教育・ジェンダーフリー教育実態調査PT」のシンポジウムで、座長の安倍晋三氏はこう力説した。

 従来も個人の議員レベルでの「ジェンダーフリー」批判はあった。だが、自民党がPTを設けた意味はパネリストの一人で都の元教員、鷲野一之氏の次の言葉に集約される。「彼ら(推進派)は(略)家族解体を狙っている。歴史と伝統の破壊で、皇室への敬愛、愛国心もない。(略)問題教員はただ異動されるだけで組合が守っている。これに対抗するには、政権政党である自民党しかない」

 PTは五月の初会合後、ネット上で六月二十日までアンケートを行った。質問は「過激な性教育」「ジェンダーフリー教育」「家庭科教育の問題」をテーマに十四項目。気になるのは多くの設問に補足された誘導的な注釈部分だった。

 例えば「体育や水泳などの着替えは男女同室か」という質問の下には「高校でも着替えを同室でしている学校があります」とある。

 この情報は一昨年一月、九州の高校を取り上げ、週刊誌が報じた。しかし、同校の教頭は取材に「完全なデマ」と不快感を示した。

 ほかにも「林間学校などで男女同室か」の項目では仙台市の例が挙げられた。だが、同市教育委員会の職員は「小学校五年生の野外活動で、二年前までは男女一緒の班ごとにカーテン付き二段ベッドを数台置いた部屋を割り当て同宿させていた」が、「現在はない。旧(ふる)い慣例が続いていただけで、性教育とかジェンダーフリーなどとは無関係」と当惑を隠さなかった。

 「ピル(経口避妊薬)の服用をすすめるような教育」の欄では、アンケートの途中で注釈が変わった。当初は「WHO(世界保健機関)で十代の服用は禁止」と記されていたが、事実無根と日本産婦人科医会などが抗議し、削除された。

 この「教育」は二年前に回収された中学生向け性教育パンフレット「ラブ&ボディBOOK」(母子衛生研究会作成)を指す。ピルの紹介はあるが、慎重な性行動を促しており、「すすめるよう」には読めない。

 だが、政権党やその議員の指摘は力になる。八年前から妻の浮気で別居中の夫婦が離婚できるか、という問いを記した高校生用の家庭科教科書は「離婚を勧めている」と指弾され、出版社は来年度からこの部分を「(出生後)何日以内に出生届を出さなくてはならないか」に変えるという。

 ちなみに、自民党PTの設立経緯や各種設問への問いなどについて、PTと事務局長の山谷えり子参院議員に取材を申し入れたが、「質問のニュアンスは議員の思いと異なる」(同議員事務所)と拒まれた。

 「お父さんは、ペニスをお母さんのワギナにくっつけて、せいしが外にでないようにとどけます」(大阪府吹田市で使われていた小学生低学年用の副読本)

 ことし三月、山谷氏が国会で「不適切教材」としてやり玉にあげた一例だ。吹田市教育委員会によると、この副読本は一九八八年の初版以来、教員グループが地元医師会長らの監修を受け、作られてきた。昨年七月、一部保護者のクレームから、文部科学省の指摘を経て現在、検討中という。

 性行動の低年齢化に伴って、氾濫(はんらん)する性情報から子どもたちを守るため、科学的な情報の提供は不可欠と推進派が主張する一方で、山谷氏は「年齢にふさわしい」教育、さらには純潔教育の重要性を説いてきた。

 性教育問題は自民党PTが活動の柱とする「ジェンダーフリー教育」撤廃の主張にも絡む。ジェンダーとは生物学的な性を指すセックスに対し、社会、文化的な性を指す。「旧い因習」とみるか、「伝統」とみるかはさておき、それらに縛られず、女性の自立や社会進出を促す意味合いで「男女共同参画」の論議でも多用されてきた。

 その意義について推進派の名古屋市教員、岡崎勝氏は教育現場では「サッカーは男子だけとか、男子が編み物クラブに入りにくいというクサリを解く」ために必要と指摘する。一方、女性の自立と性教育が密接なのは「出産の自己決定権も含め、自分の体を知ることは自立への第一歩」(日本家族計画協会の芦野由利子氏)という側面からだ。

 こうした考えに保守派は強く反発してきた。とりわけ、国会議員懇談会に衆参両議員の三分の一を擁する改憲勢力の「日本会議」や「神道政治連盟(神政連)」は「女性を不幸にする男女共同参画条例」(日本会議のホームページ)と、推進派を非難、選択制夫婦別姓にも反対してきた。

 ちなみに自民党PT座長の安倍氏は神政連の事務局長、山谷氏は副幹事長を務め、PT会合で講師を務めた高崎経済大学の八木秀次助教授(憲法学)は「新しい歴史教科書をつくる会」会長を務める。

■『女性の自立、社会進出促す』

 「性」をめぐる問題が一見、無縁に見える「愛国心教育」「靖国問題」にも通じるのは家族、さらには国家観につながるためだ。

 山谷氏のホームページにも紹介されている元郵政省幹部、光原正氏は「人類は(生物学的な)男女の差異に基づき、相互に補完し協調する文化を歴史的に形成してきた。伝統的家族の形態はその典型である(男は外で働き、女は家事・育児を行う共存関係)。ジェンダー平等はこの文化を正面から否定する」「武士道、(略)神話以来の文化的伝統を破壊」(日本会議首都圏地方議員懇談会のホームページから)と説く。

 これは今年、採択が焦点となる「新訂版・新しい公民教科書」(扶桑社、代表著作者・八木秀次氏)の「個人が家族より優先されると(略)家族の一体感が失われ(略)家族の絆(きずな)の弱まりは社会の基盤をゆるがしかねず」という文脈にも通じる。

■「男女共同参画」改正論議に直結

 論議は性教育にとどまらず、本年度改定予定の男女共同参画基本計画や男女平等を定めた憲法二四条の「改正」につながる。性教育に携わる都の教員の一人は戸惑いつつ、こう指摘した。

 「不況で苦しむ男たちは家族や国家の未来に自己を重ねがち。パートや育児に疲れた女性も理想の母親像にすがる。保守派の声高さは意外と浸透しやすい」