横浜市大、「不透明な“競争的研究費”の配分方法と教養ゼミの崩壊状態」 永岑三千輝氏『大学改革日誌』 (2005.7.29)

 

http://eba-www.yokohama-cu.ac.jp/~kogiseminagamine/SaishinNisshi.htm

 

 

7月29日(1) 昨日、半年ぶりに(前期終了時点ということであろうが)、研究院国際総合科学分会の全体会議が開催された(教授会は結局招集されなかった)。

一番の議論となったのは、研究費配分の問題であった。そもそもの競争的研究費の枠組み設定に問題があるということ、審査員が秘密にされていることに対する問題(公明正大性・審査の妥当性)など、学問のあり方に関わる根本のところが問題となった。

審査員の選別・任命はだれが行ったのか? 競争的研究費を公正に一つ一つの学問的内容に則して科学的に判断する人々であったのかどうか、しかるべき研究蓄積のある人か、こうしたことは審査の公正さ(それへの信頼)にとって決定的な意味をもつ。その肝心のところが秘密にされている。すべてが行政当局(大学改革推進本部)の直接的任命という現状においては、行政からの独立性を保障されるべき大学のあり方(研究費配分)にとって重大な欠陥が蓄積されるものといえよう。科学研究費助成金の場合なども審査員が公表されるので、そのようにすべきだというごく当然の要求が出された。そもそも、学内の研究(非常に異質で多様な分野)をお互いに競争させる、ということに問題はないか? それぞれの学問分野のピア・レヴューという科学研究費審査の王道からして、はたして妥当なのか? 審査基準、審査の仕方などに関する説明責任を求める声が強かった[脚注1]。

競争的研究費の枠自体を前提とすれば、その総額のなかを大学内部で取り合うという、仲間内競争となる。そうした仲間内の資金の取り合いという状態は、問題ではないか。そもそもパイを大きくし、そのパイを大きくすることに貢献したものに一定の配分を行う、あるいはパイを大きくしたプロジェクトについてはきちんと記録し、しかるべき外部資金等が取得できなかった場合にも研究が滞ることのないように、過去の貢献(たとえば3年とか5年とか)に基づき一定の基礎配分をするとか、建設的で科学研究の論理にしたがった競争的なやり方はいろいろと考えられるであろう。

競争的研究費配分の柱とされる研究分野は、一部教員の協力を得ながら策定したものであるが(ワーキンググループへのピックアップは大学改革推進本部[脚注2]が行った)、研究院長の説明によれば、これは6年間(少なくともその見直しの3年間)は拘束されるものだという。つまり、3年間、ないし6年間にわたって行政当局の決めた分野(すなわち大学の独立的な機関による柱の策定ではない諸分野)で、学内の競争的研究費の配分が決められるということである。

基礎研究費などの削減状態から見て、研究費総枠が大幅に減額されていると感じ、そうしたパイの大きさ自体をきちんと確保する努力が必要と思われるが、「競争的研究費はほとんど減っていない」という説明であり、データを洗いなおす必要を感じた。

その他、サバティカル制度、内外地留学制度はどうなったのか[脚注3]、など非常にたくさんの問題点が指摘されたが、教員組合などがしかるべき論点整理を行ってくれるのではないかと期待している。

この間、教養ゼミの学生諸君の何人かと話し合う機会があった。そこで驚いたのは、「出席しても何もカウントされない英語クラスには、ほとんど出ていない」という人が実に多いということだ[脚注4]。こうした事実は、関係者はすべて知っていることだろうが、直接の会話で何人かの学生から聞いて、その深刻な事態(いわばクラス崩壊状態)に驚いている。なん人かの話では、2-3人しか出席していないクラスが結構あるようだ。2-3人といえば、30人程度のクラスの1割というところか。

システム自体、成績評価のあり方、進級条件(必然的に卒業条件に連動する・・仮進級させても問題を先延ばしするだけ、そのうちに制度設計の責任者たちは大学からいなくなってしまう、すでに大学改革推進本部は解散されている)自体を変更すべきではないかと感じるが、これも、上と同じように、3年ないし6年の中期計画だかなんだか、で決まっているということで突っ走るのであろうか。いきつくろころまでいくということか。

 

 

 

[脚注1] 「文化教育」という研究分野の一つでも、医学系が採択され、文科系よりも額は大きい。文科系の場合は、その研究の仕方・テーマが多様かつ分散的で共同研究になじまないところがあり、共同研究中心のプロジェクトにしか競争的研究費が割り当てられないとすれば、必然的に文科系は不利となる。日本学術振興会の科学研究費補助金に共同研究と個人研究があるように、競争的研究費においては、文科系は個人研究がどうしても多いのではないか。

 

[脚注2] 日本学術会議が指摘することに関連することとしていえば、「大学改革推進本部」は解散して今はない。中期目標・中期計画を策定した責任者はどこへいったのか。

 

[脚注3] 前任大学で、留学制度、特別研究院制度、サバティカル制度の恩恵にあずかり、自分の研究がこうした制度抜きには考えられないことからして、若手の人にとっては死活の問題であるような気がする。

 しかしまた、われわれに近い年齢でも、サバティカルや外地留学制度を利用している友人たちがおり、本学の研究教育条件の向上という点では、こうした制度も抜本的に改善する必要があると思われる。

 

[脚注5] また、せっかく大学に入ったのに、前期の間、英語だけしか取れず、第二外国語(フランス語やドイツ語など)をとることができないなんて」と怒っている学生もいた。このあたりも、きちんと受験生などに知らせておくべきだろう。

 トッフル500点が進級条件だということは一般入試の学生にはきちんと知らされていなかった、という声もあった。検証が必要。

 さらにまた、一律にトッフルなどやらないで、理学系統では、たとえば化学英語とか、物理英語とか、専門に即した英語をきちんとやっている大学がある、それがない、それが必要、という学生もいた。 

学生の希望や要求を大学当局は、きちんと調査しているのであろうか?