いまの日本で最も重要な情報を隠す「政府・マスコミ」連合権力  大新聞は、民主党櫻井充参議院議員の「年次改革要望書」に関する質問(8月2日)を、なぜ無視するのか?!  政府、マスコミあげての「年次改革要望書」隠しに抗議する 森田実政治日誌[222](2005.8.3)

 

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2005.8.3

2005年森田実政治日誌[222

いまの日本で最も重要な情報を隠す「政府・マスコミ」連合権力

大新聞は、民主党櫻井充参議院議員の「年次改革要望書」に関する質問(8月2日)を、なぜ無視するのか?!

政府、マスコミあげての「年次改革要望書」隠しに抗議する

 

「触らぬ神に祟りなし」(日本の諺)

 

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  竹中大臣は「年次改革要望書」を「見たこともありません」と言った

 

 8月2日、秋田市にいたとき、友人から電話が入った。国会中継の状況を伝えてくれたのだ。

 「いま、民主党の櫻井議員が『年次改革要望書』について質問している。櫻井氏は『年次改革要望書』の中身を紹介した上で、『民営化というのは米国の意向を受けた改正なのか分からなくなってくる』と発言。これに対して竹中郵政担当大臣は『見たこともありません』と答えた。小泉首相は『それは櫻井さんね、思い過ごし』と答えた。小泉、竹中両氏とも白々しい答弁をしている」。

 「年次改革要望書」とは「米国政府の日本政府に対する年次改革要望書」のことである。1993年夏の日米首脳会談(宮沢首相とクリントン大統領)で決まったもので、1994年から毎年一回交換されている。以来、2004年まで、「日本政府の米国政府への年次改革要望書」と「米国政府の日本政府に対する年次改革要望書」が11回交換されてきた。

 日本政府の要望書が米国政府によってどう扱われているかについての情報はない。私は、米国政府によって“参考文献”程度の扱いを受けているのではないかと思っている。

 しかし、「米政府の日本政府に対する年次改革要望書」は、90年代後半期から今日までの日本の“構造改革”の指針書として扱われている超重要文書である。米国政府の「年次改革要望書」に記されたことのほとんどを、日本政府は実現している。 

 「郵政民営化」も米国政府の日本政府に対する要求である。このことは「年次改革要望書」を見れば明らかである。

 日本政府は、最近までこの「年次改革要望書」をひた隠しに隠してきたが、情報公開の国である米国の政府は公表している。米国大使館のホームページで見ることができる。

 繰り返す。「米国政府の日本政府に対する年次改革要望書」は、日本の構造改革の指導文書である。橋本内閣以後の構造改革は、この「年次改革要望書」に従って行われてきた。小泉首相は、この最も熱心な実行者である。小泉構造改革のバイブルは、「米国政府の日本政府に対する年次改革要望書」なのである。(関岡英之著『拒否できない日本』、文春新書、参照)

 竹中大臣が8月2日の国会で「年次改革要望書」について「見たこともありません」と答えたのは、驚くべきことであり、小泉首相が櫻井議員に「思い過ごし」と答えたことも、驚くべき白々しい答弁である。「年次改革要望書」に書かれた米国の要求と郵政民営化法案は大変に似ており、共通している。どう見ても、米国側の要求に従って作成されたものと考えざるを得ないものである。

 

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  大新聞は櫻井議員の質問と「年次改革要望書」を無視した

 

 8月3日付け朝刊各紙(朝日、毎日、読売、産経、日経、東京6紙)の政治欄を見ると、櫻井議員の質問を報道したのは産経1紙だけである。それも、5面総合(15版)右下の「参院郵政特別委質疑要旨」のところで、次のやり取りを紹介しただけである。

《櫻井充氏(民主) 民営化は米国からの要望に配慮したのか。

 小泉首相 私は米国が言いだす前から民営化を説いてきた。島国根性は持たない方がいい。》

 ここでも「年次改革要望書」という言葉は省略されている。他紙は、櫻井議員の質問そのものを無視した。「年次改革要望書」という言葉はどこにも見当たらない。

 

 今までも「年次改革要望書」という言葉は日本の新聞にはほとんど載っていない。大新聞も雑誌もミニコミまでもが、「年次改革要望書」を頑なに報道することを拒んできた。郵政民営化と米国政府の動きを関連づける報道は一種のタブーになっているのだ。

 「背後に大きな力が働いていて、『年次改革要望書』はタブーにされている。もしも少しでも報道するところがあれば、巨大な圧力がかかる。マスコミは“触らぬ神に祟りなし”で逃げている」――という声を、今まで私はマスコミ内部から何回も聞かされてきた。

 マスコミは“何か”をおそれ、おののいているように感じられる。「年次改革要望書」の存在を国民が知ったら、小泉政権だけでなく、米国支配層の「ポチ」と化した日本支配層が崩壊すると考えているかのようである。

 

 小泉政権とマスコミの大連合が「年次改革要望書」隠しを行っていることは、ほぼ明らかになっている。「年次改革要望書」の内容が明らかになれば、「小泉首相の執念」の役割の小ささを白日のもとにさらしてしまう。小泉・竹中体制がブッシュ米政権の出先機関に過ぎないことが明らかになる。このことをおそれているように見える。

 竹中大臣が、「(年次改革要望書を)見たこともありません」と言ったことは、どう考えてもおかしなことである。これほど重要な文書を見ていなかったというのは、考えられないことだ。とうてい納得できることではない。竹中大臣が言ったことが真実か否か、徹底的に追及しなければならない。

 「年次改革要望書」隠しの裏で、巨大な権力の陰謀(日本国民だましの陰謀)がうごめいていると見なければなるまい。