死んだ人々はどこへ死んでいったのだ 日々通信 いまを生きる 第161号(2005.8.15)

 

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     >>日々通信 いまを生きる 第161号 2005815日<<

   
死んだ人々はどこへ死んでいったのだ

   
 死んだ人々はどこへ死んでいったのだ。
   
 眼をつぶると、ぞろぞろ、ぞろぞろ、と草履をひきずるような音が聞えて来
   
る。また、どさ、 どさ、どさ、と、重い軍靴をひきずって、暗い冥府を、暗
   
い海の底を、不規則な足音をたてて行く足音が聞えて来る。亜細亜と南海の陸
   
と海との隅々から、死んでいった若い人たちが、死んだときの、殺されたとき
   
の形相そのままで、
   
 ぞろぞろ
   
 …………
   
 ぞろぞろ
   
 …………
   
 どさ どさ どさ
   
 ……………………
   
 どさ どさ どさ
   
 ……………………
   
死んだときの、殺されたときの形相そのままで、天の奥処(おくが)を限りな
   
く、いまも歩いている。

   
堀田善衛の『記念碑』の末尾の言葉である。
   
安原康子は兄安原大佐の手記を一心に書き写した。ガダルカナルから届けられ
   
た大佐の手記は、ガダルカナル島で飢えのために次々に死んで行った兵士たち
   
の悲惨な姿をきれぎれの言葉で伝えている。

   
 「ガダルカナル島は、もし平和な時代に訪れたとすれば、それこそ本当に南
   
海の楽園といふ名に値しよう。紺碧のタサハロング海岸には白鳥が浮んで我々
   
にはとれぬ餌をついばんでゐる。……
   
 「全くの幽鬼である。横の方のものを見るために首を廻すその動作さへが歩
   
き乍らでは決して出来ない……。魚のやうに白く力のない瞳。……
   
「お父さんはこの餓島で病気のために死んでゆく。長い間苦労をかけてすまな
   
かった……。みんな元気で暮してくれ。……
   
「口のなかまで熱のために真白くただれた病兵が、猶も完全武装をしてゐる。
   
この兵隊たちの姿をつくづくと眺め、溢れ落ちる涙を抑へかねた。……
   
「白い歯と見えたのは、口のあたり一面に湧いた岨虫である。……
   
「生きて虜囚の辱を受けず。
   
「ガ島にて戦病死の将兵すべて四万六千、一片の遺骨もない。……

   
靖国神社のホームページには次のように記されている。

    ■
靖国神社御祭神戦役・事変別柱数
   
明治維新 7,751 西南戦争 6,971
   
日清戦争 13,619 台湾征討 1,130
   
北清事変 1,256 日露戦争 88,429
   
第一次世界大戦 4,850 済南事変 185
   
満洲事変 17,176 支那事変 191,250
   
大東亜戦争 2,133,915 合計 2,466,532
    (
平成161017日現在)

   
未帰還の遺骨116万 帰還124万といわれる。
   
ひどい戦争だった。
   
私のメモには次のように記されている。

   
十五年戦争の日本人犠牲者 戦死または戦病死した軍人・軍属約230万名
     
外地で死亡した民間人約30万名,内地の戦災死亡者約50万名,合計約310
     

     
満州事変と日中戦争における死者はそれぞれ約4000名と約189000
     
太平洋戦争の犠牲者 太平洋戦争の死者の大半 194410月のレイテ決戦以
     

     
中国の犠牲者 軍人の死傷者約400万名,民間人の死傷者約2000万名
     
フィリピンでは軍民約十数万名が死亡したと言われている。

   
この戦争の特徴は、民間の死者が軍人・軍属より多いことである。
   
これは日本の戦争ばかりのことではない。
   
第1次大戦と第2次大戦をの犠牲者を比較すると次のようである。

   
戦死者
     
     第一次大戦  第二次大戦
     
動員数   6503万人  10347万人
     
兵士戦死者  802       1693万人
     
民間人戦死者 664万人   3432万人

     
都市焼夷弾攻撃で焼き殺された多数の市民がいる。そして、広島・長崎の犠
     
牲者がいる。

   
広島原爆 死亡者数 約14万人(誤差±1万人) 1945(昭和20)年12月末現
   

   
(当時広島市には約35万人がいたと推定されている。)
   
長崎原爆 死者73,884人重軽傷者74,909人

   
日本の戦争で犠牲になった中国人は2000万ともいわれる。そして、その大多数
   
は民間人だった。

    8
15日に、私はこれらの死者たちを思う。
   
そして、この戦争に反対して検挙投獄され、死にさえいたらされた先人たちの
   
ことを思う。

   
特高政治の犠牲者 (治安維持法犠牲者)
       
明らかな虐殺死             80
       
拷問・虐待が原因で獄死     114
       
病気その他の理由による獄死  1,503
       
逮捕後の送検者数                 75,681
       
未送検者数             数十万人

   
書きたいことは後から後から湧き出るが、17日から日文協夏季合宿があり、私
   
も堀田善衛について報告するので、その準備のために書きつづけることができ
   
ない。

    8
月は思うことの多い月だ。皆さんはいかにお過ごしですか。
    8
月も半ばを過ぎた。
   
お元気でお過ごしください。

   
拙著「戦争と文学いま、小林多喜二を読む」は若い人にも読まれているよう
   
です。詳細は新掲示板1[273]以下をご覧ください。
   
註文は
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    50-1097543-5643463

           
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