小泉解散で思い出したナチスの”捨てぜりふ” 魚住昭の「魚眼複眼」 日刊ゲンダイ(2005.8.16)

 

 いやはや小泉純一郎というのは凄まじい政治家だ。郵政民営化反対の自民党議員の選挙区に、「女刺客」を送り込み、815日の靖国参拝をあっさり取りやめることで総選挙の主導権をいとも簡単に握ってしまった。

 これで争点は郵政民営化に一本化され、野党がいくらサラリーマン増税や外交問題の重要性を訴えてもマスコミの目は「刺客VS.反対派」の戦いに注がれる。そして政権交代の主役だったはずの民主党は脇役に転落し、郵政民営化に冷ややかだった国民も「小泉さんがそこまで腹をくくっているのなら」と民営化に雪崩を打ってて同調する。結果は小泉与党の圧勝という筋書きである。

これはもうマスコミ・世論の習性を知り尽くした天才的戦術と言うしかない。分かりやすい対立図式を作りだして大衆の気持ちを捉え、国民的な熱狂状態をつくり出す。その能力において彼に匹敵する政治家はい

ない。

あえて外国に例を求めるならヒトラーだろう。ヒトラーも悪のユダヤ民族VS.善のドイツ民族という二項対立の図式で大衆の気持ちを鷲づかみにした。これが後に東方民族(ソ連)=非文明とドイツ民族=文明の戦いという図式にシフトし、ドイツ国民をソ連軍との絶望的な戦いに駆り立てていった。

その結果もたらされた、この世の地獄ともいうべき惨状は映画「ヒトラー最期の12日間」にリアルに描かれているが、小泉首相は日本に何をもたらすのだろう。

私の見立てはこうだ。総選挙で小泉与党が勝てば、郵政民営化はもちろん「構造改革」という名の弱者・地方の切り捨てが進む。サラリーマン増税も相まって貧富の格差は拡大し、社会の底に鬱積した不満は排外ナショナリズムとなって中国や朝鮮半島に向かう。もちろん憲法は改正され、自衛隊の海外派遣も恒常化して、やがては戦争が始まる。

その時になって政府に文句を言う資格は我々にはない。なぜならそういう指導者を選んだのは我々なのだから。映画「ヒトラー最期の12日間」ではナチスの宣伝相ゲッベルスがこんな捨てぜりふを残して自殺する。

「自分は国民に同情しない。国民がみずからこの運命を選択したのであれば、なおのことだ“国民が自分の方からわれわれに委託したのだ。……つまりは自業自得ということだ」

(毎週月曜掲載)