『国際語問題』法廷へ フランス語VS石原氏 「東京新聞」特報(2005.8.21)

 

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『国際語問題』法廷へ 

フランス語VS石原氏 

 「日本語は難解だから国際語として失格だ、文法を変えるべきだ」−。外国の政治家にこんな暴言を吐かれて「お説ごもっとも」などと思う日本人が何人いるだろうか。でも、その逆バージョンをやってしまったご仁がいる。ご存じ“NOと言える都知事”石原慎太郎氏だ。「フランス語は国際語失格」と切って捨てたため、憤慨したフランス語関係者らが提訴。間もなく、裁判の火ぶたが切って落とされる。白熱のフランス語論議を追った。 (市川隆太)

 問題の発言は昨年十月、「首都大学東京」(昨年九月設置認可、今年四月開学)の発展を支援する「The Tokyo U−club」の総会で飛び出した。石原氏は、首都大学構想に批判的な東京都立大の仏語教育関係者らを指して「フランス語は数を勘定できない言葉だから、国際語として失格しているのも、むべなるかなという気がする。そういうものにしがみついている手合いが、反対のための反対をしている。笑止千万だ」と述べたのだ。

 姉妹友好都市・東京の知事から飛び出た発言はル・モンド紙に報じられるなど、フランスでも波紋が広がり、仏語学校「クラス・ド・フランセ」(東京・赤坂)のマリック・ベルカンヌ校長は「仏語教育にかかわる人々に不相当な評価を下し、名誉を傷つけた。貴殿はいかなる根拠で、仏語は数を勘定できない、国際語として失格、と発言したのか。撤回と謝罪を求める」との公開質問状を送った。

■質問状に無回答 業を煮やし提訴

 「誤解があったと言ってほしい」との願いをこめた質問状だが、石原氏は反論どころか無回答。業を煮やしたベルカンヌ氏は先月十三日、学者、通訳者、翻訳家など二十人とともに「社会的名誉を棄損され損害を受けた」として、石原氏を相手取り、謝罪広告と一人当たり五十万円の慰謝料支払いを求める民事訴訟を起こした。さらに十二人が原告団に加わる予定だ。

 ところで、本当に仏語は勘定に不向きなのか。ベルカンヌ氏は「(パスカルの定理や史上初の計算機考案で知られる)パスカルも(解析幾何学創始者の)デカルトもフランス人。石原知事は仏語のことも数学のことも、深く理解していないのでは」と顔をしかめる。

■フランスでは90は4×20+10

 もっとも、70をSoixante−Dix(60たす10)、90をQuatre−Vingt−Dix(4かける20たす10)と言うなど、日本人から見れば複雑なのは確かだ。

 ただ、原告側代理人の酒井幸弁護士は「日本語だって、外国人には分かりにくい時がある。『きゅう・じゅう・ご』と言われて、私たちは95と、ピンときますが、なぜ『9たす、10かける5=59』じゃなく『9かける10たす5=95』のことなのかと思う人もいる」と言う。分かりにくいのはお互いさまかもしれない。

 ベルカンヌさんも「日本語だって、一個、一本、一膳(ぜん)、一匹、一人、一名様と、いろいろな単位があって難しいけれど、『単位を統一しろ』なんて言われないでしょ? 知事の知名度を考えると、『国際語として失格』というウソを日本国民が信じてしまう。言葉は文化。他文化を理解しようと努めるべきなのに、侮辱するなんて」。フランスの知人たちから「いったい、どうなってるの」と驚きや怒りのメールがたくさん来ているという。

 滑らかで正確な日本語を話し、「昭和三十四年生まれです」と自己紹介するベルカンヌさん。合気道をきわめようと二十四年前にフランスから来日し、現在、四段。「杖道(じょうどう)のチャンピオンになったことも」と言う日本びいきだけに、味方から撃たれた思いらしい。「もし、フランスの偉い人が日本をばかにしたら、私は最初に抗議に立ち上がるつもりです。お互いの違いを認め、尊重したいじゃないですか」

■作家としては仏文学の影響

 とはいえ、日本の裁判では、原告の損害が具体的に見いだされない限り、「訴えの利益がない」と判断されがち。果たして原告勝訴の可能性もあるのか。酒井弁護士は「原告らは仏語がビジネスツールである」とし、知事発言による「営業上の損害」を主張していく構えだ。

 慎太郎知事ら石原ファミリーに関する著書「てっぺん野郎」がある作家佐野眞一さんは「作家としての石原慎太郎にはフランス文学の影響がうかがえ、足を向けて寝られないはずだ。そうしたコンプレックスやトラウマ(心的外傷)が、彼を仏語批判に向かわせたのではないか」と手厳しい。「爆弾発言をしておいて後で手打ちをするといった、政治家風の計算ずくでないところが、人々に『慎ちゃんはピュアだ』と感じさせ、視線を引きつけてやまない」と、ある種の魅力を認めつつも、かつての「ババア発言」や「三国人発言」、今回の仏語批判については「八つ当たり的で子どもっぽい。今や、彼自身が“石原慎太郎”を消化しきれなくなってきてしまったのではないか」と分析する。

 こうした中、明治大学政経学部の小畑精和教授(仏語、カナダ文化研究)らが先月二十六日、都庁に知事へのプレゼントを届けた。「フランス語のシッフル(数字)なんてこわくない!」(駿河台出版)などテキストと電卓のセットで、小畑教授は「知事も仏語の勘定の仕方を学習してほしい。個人教授が必要なら私たちに連絡を」と皮肉る。「どの言語が優れているかの問題でなく、それぞれの論理があるから面白い。ある言語を蔑視(べっし)することは、かかわる人全体を愚弄(ぐろう)することだ」

 石原氏は先月中旬の記者会見で「フランス文学、フランス語が好き」と強調したものの「何でも裁判にすればいいってもんじゃない」「フランス語の先生たちはうっぷんやる方ないかもしらぬけれども、それだったらフランスの政府に文句を言ったらいいんでね」と述べた。本紙は、都庁を通じ原告への反論をたずねたが「会見で述べたとおり」とのことだった。「フランス語VS都知事」という異例の裁判は来月三十日、東京地裁で始まる。

 ▼「三国人発言」 2000年4月、陸上自衛隊第1師団の式典で「東京では不法入国した多くの三国人、外国人が凶悪な犯罪を繰り返している。大きな災害が起きたときには、騒じょう事件すら想定される」と発言。知事は「メディアが曲解を招くような報道をし、私だけでなく都民が迷惑を被った」と説明。

 ▼「ババア発言」 01年に雑誌インタビューで、学者が言った言葉として「『文明がもたらしたもっともあしき有害なものはババア』なんだそうだ。『女性が生殖能力を失っても生きてるってのは無駄で罪です』って」などと発言したとして、日弁連が警告書を提出、女性131人が東京地裁に提訴。地裁は今年2月、損害賠償請求は棄却したが「不適切な表現。女性の多くが不愉快な感情を抱いたと推測できる」と指摘。知事は「人の話を紹介しただけ」と説明。

 ▼「爆弾仕掛けられて当たり前発言」 外務省の田中均外務審議官(当時)宅前で不審物が発見された事件をめぐり、03年9月、「田中均っていうやつは、今度、爆弾仕掛けられた。当たり前の話だと私は思う。政治家に言わずに、いるかいないか分からないミスターXと私は交渉しましたなんて、向こうの言いなりになっている」と発言。