「小泉劇場」とは何か−刺青と冷笑、そしてアメリカ臣従− 亀井 淳(2005.9.5)

 

日本ジャーナリスト会議 緊急特集! 9.11この国はどうなる――わたしたちの提言

http://www.jcj.gr.jp/future-9.11.html より

 

 

「小泉劇場」とは何か
−刺青と冷笑、そしてアメリカ臣従−

亀井 淳

シナリオなしの瞬間芸

 相変わらず小泉首相の支持率は50%前後を保っています。政権が4年4カ月も続いて、その間の施策は内政外交すべてが行き詰まっているのに、この国の人びとは彼を見放そうとしない。よく言われるのは、ポスト小泉がいない、第2党の民主党に信頼が置けない、などですが、私は人々が(そしてマスコミが)まだ小泉のキャラクターをつかみきれずにいる、まだ彼に幻想を抱いているからだと思います。実際、小泉は分かりやすいようでいてかなりわかりにくい人物なのです。
 「小泉劇場」とか「小泉マジック」などとよく言われます。劇場で行われる演劇には脚本があって演出家がいるし、マジックには必ずタネと仕掛けがありますから、それをじっくり見分ければ、彼の構造が読めるはずです。でも多くの人が読み切れずに幻惑されているのは、脚本も演出家もいなくて、ほとんど彼だけがすべてを仕切り、ひとりで演ずる瞬間芸の連続だからでしょう。
 そういう意味では小泉はまれに見る「天才」であり、その資質は「詐欺師」とか「作話師」に共通するものです。知られているように、小泉純一郎は横須賀を地盤とする三代目の政治家ですが、初代の又次郎は背中一面にクリカラモンモンの刺青のある男です。戦前、軍港建設の労働者を集めて動かす手配師として海軍の資金を得た人物ですが、実際に刃の下をくぐったこともあったらしい。そんな祖父の背中を純一郎は風呂で見て、うっとりするという育ち方をしています。彼の「美学」としてオペラや歌舞伎を見る、音楽を聴くなどが伝えられますが、彼のDNAには刺青や、瞬間の気合いで相手を制する、プロヤクザの渡世術があります。オペラや歌舞伎からも、大げさな身振りや短いセリフの切れ味だけを学んでいるのでしょう。
  ワンフレーズ政治家といわれる彼の発言は短く、分かりいいのですが、いくつかをつなげたり、重ね合わせてみると矛盾があり、意味がない場合が多い。「人生いろいろ」など、総スカンを食った言葉をしばらく経ってまた繰り返すなどは、批判を批判として受け止める能力がまったくないことを示しています。そして「民間でできることは民間で」などと、百辺でも千辺でも繰り返す。千回ついた嘘は嘘でなくなる、というナチの宣伝術を平気で使うのですが、困ったことに彼はたぶんそれがナチ流だということを知らないで使っているのだと思います。「企み」「カラクリ」「シナリオ」ではないから、けっこう迫力を感ずる人も多く、「ブレない」といった印象をもたらすこともあります。
 小泉的な、ヤクザ的「明快」さに拍手する人は、実はけっこう日本では多数なのではないでしょうか。

薄笑いという凶器

 もうひとつの小泉の武器は「冷笑」「薄笑い」です。国会答弁でも記者会見でも、相手が真剣になればなるほど彼は薄笑いを浮かべて、はぐらかしたり、例の一つ覚えの答えを繰り返して閉口させたりする。冷笑は実は鋭利な刃物なのです。
 「週刊新潮」「週刊文春」など週刊誌の骨法の一つは、冷笑であり、揶揄です。平和運動や女性の権利運動など、まじめな市民の運動が高まると必ず週刊誌が出張ってきてオチョクる。冷笑メディアは近年では週刊誌だけではなく、テレビ・ワイドショーの一部もそうなりました。
 その冷笑の力がほとんど集団テロにまで組織化されたのが、去年春のイラクで人質になった日本人青年らの事件に際してでした。「自己責任」という言葉の合唱が生まれました。意味は「非国民」です。
 人は一般に人助けとか、善意の無償の行為に対する尊敬の念を持っている。しかし、一方で損をするのは嫌だなとか、他人がどう思うだろうかなど、利己的・保身的な面もあります。この善意の部分を冷笑して滑稽に見せてバッシングし、利己的・保身的な部分を訳知り顔に人間の「ホンネ」であるとして助長するのが週刊誌のお得意な商法なのですが、小泉のケンカの仕方もそれです。これは相手の力を利用して肩透かしを食わせる相撲ですから、本人に力がなくても勝つことが多い。こういうケンカを見る観客はどう反応するかといえば、「マジ」に味方する人もいないわけではないが、見事な肩透かしをかっこいいと思い、自分はからかわれる方にではなく、クールに冷笑する方に回ろうとする人のほうが多いのではないでしょうか。 

主持ちの「戦時宰相」

  刺青と冷笑。これは実は現代の日本人のDNAの中に多かれ少なかれ潜んでいるものです。それを瞬間芸で掘り起こして、支持を稼ぐ。確かに近代の日本では珍しい資質の政治家でしょう。
だが、それだけでは首相を4年間もやってはいられない。「一匹狼」「変人」に見える小泉には、実は強力な後ろ盾があるのです。いうまでもなく、ブッシュのアメリカです。
 2000年、かろうじて当選したブッシュは知性のない政治家として悪評でしたが、2001年9・11のテロで「戦時大統領」として息を吹き返しました。小泉も2001年春、ガタガタの自民党からハプニング的に首相になったが、方向も確立しない頃に遭遇したのが9・11で、彼はブッシュに臣従することで「戦時宰相」となったのです。その戦時宰相を支持したのは、テロと経済不調、犯罪など世相の荒廃で不安をいっぱいに抱えた日本国民でした。
 4年間、小泉は凧揚げの要領で常に向かい風を利用して浮揚し続けました。今回の郵政民営化法案もあえて逆風の利用に賭けたのです。こんな危険な賭に出たのは、アメリカ旦那の思惑もあるでしょうが、小泉の刺青的な決断力がなければできるものではありません。
 博打ですから結果の予測は難しい。自民単独過半数といった大勝もあるかも知れないし、惨敗・下野から自民党解体もあるかもしれません。憲法、消費税といったテーマが広がれば、共産、社民が伸長する可能性だってないわけではないと思います。
 鍵は、小泉の人間性にマスコミが早く気づくこと、「小泉劇場」から出て、広い空間で有権者がものを考えることです。

(JCJ運営委員)