これはネオ・ファシズムの誕生なのか? 五十嵐仁の転成仁語(2005.9.11)

 

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これはネオ・ファシズムの誕生なのか?

「純ちゃん、大好き!」という声が聞こえました。総選挙の最終日、党首の遊説を特集するテレビ番組でのことです。
 1932年7月31日、ドイツの議会選挙でナチスは230議席を獲得して第1党になりました。そのとき、手を振り上げて演説するヒトラーに向けて黄色い声が飛んだかもしれません。「アドルフ、大好き」と……。

 総選挙の結果は、自民党296、公明党31で、合計327議席となって与党が圧勝しました。民主党は113議席にとどまり、共産党は9、社民党は7でほぼ現状維持、国民新党が4,新党日本が1となっています。自民党を追い出された郵政反対派の無所属などは19で、この中から自民党に戻る人が出るでしょうから、与党の優位はさらに大きなものとなるでしょう。
 与党が衆院議席の3分の2を獲得しましたので、たとえ参院で否決されても郵政民営化法案を成立させることができるようになりました。衆院での「憲法改正」に向けての発議も可能になります。まさに、「郵政」をエサに、「改憲」という大きな魚を釣り上げるという小泉首相の目論見通りの結果になったわけです。
 小泉首相は単純明快な分かりやすい争点を掲げて選挙を戦い、熱狂的な支持を背景に圧倒的な多数を獲得しました。これは大衆的な支持を背景にした独裁、つまり、ネオ・ファシズムの誕生なのでしょうか。

 今回の選挙は、政党が中心になり、政策を掲げて支持を競い、政権をかけて2大政党が対決するという小選挙区の制度的特徴が全面的に作動しました。なかでも、顕著に現れたのは「かさ上げ効果」です。
 小選挙区制では、比較第1党の候補者が当選します。3人立って票がきれいに割れた場合、34%を得票した人が当選するわけです。
 全ての選挙区で同様の事態が生じたとすれば、全議席300を占めることも可能になります。34%の得票率で議席率100%になることもあり得るわけです。これが小選挙区制のカラクリであり、この制度の持つ怖さです。

 このような制度のカラクリが全面的に作動したのが、今回の選挙でした。与党の地滑り的な圧勝の背景には、強いものをさらに強くし、人為的に多数派を作り出すという小選挙区制のカラクリがあったという点をきちんとみておく必要があります。
 同時に、今回の与党圧勝には3つのポイントがあるように思われます。一つは、郵政一本を争点として造反議員に「刺客」を放った小泉首相の「劇場型」選挙戦術であり、第2は、これを広く茶の間に浸透させ、結果的にこの「戦術」に乗せられたマスメディアの役割であり、第3に、それに魅了されて一票を投じてしまった有権者の変貌です。
 詳しい分析は今後の課題ですが、以上の3点が注目されます。とりわけ、小泉構造改革の下で「痛み」と格差を押しつけられ、被害者であるはずの庶民がなぜ「小泉劇場」に心を奪われてしまったのかが、深く分析されなければなりません。
 付言すれば、このような小泉首相とマスメディア一体となった攻勢に対して、野党の側の対応と反撃はどうだったのかという問題もあります。有効な対抗軸を提起できなかった民主党はもとより、ほぼ現状維持に終わった共産党や社民党も、この点を反省する必要があるでしょう。

 総選挙で圧勝した小泉首相は特別国会で郵政民営化法案を提出することになります。衆院で3分の2以上の多数を獲得しましたから、法案が成立することは確実です。
 そうなれば、郵政は民営化されます。それが始まる時機は、当初予定されていた2007年の4月より多少遅れるでしょう。
 総裁任期延長論が出ていますが、首相はそれを拒否していますから、民営化が始まったとき小泉さんは首相ではありません。わずか1カ月くらいで郵政民営化法案の処理が済み、小泉首相が退陣した後については、今回の選挙では何も約束されていません。巨大与党を背景にした「白紙委任」の政治が始まることになります。

 今度の選挙で、自民党は「改革を止めるな」をスローガンにしました。郵政民営化は「改革」の突破口だとも主張していました。
 つまり、これまでの小泉「構造改革」の政治を継続することを表明し、それが支持されたわけです。したがって、「構造改革」に伴う庶民の「痛み」は、これからも続くことになります。
 先ず直ちに実行されるのは、一方での大増税、他方での社会保障の切り下げと負担増です。消費税率の引き上げに向けての議論が本格化することは間違いありません。大企業や金持ちの税金を減らし、庶民の懐に手を突っ込んでむしり取るという政治に、さらに拍車がかかることになります。

 「憲法改正」に向けての動きも、急速に強まります。民主党の反応を気にする必要がなくなりましたから、11月の結党50周年に向けて、自民党は自信を持って改憲草案を作成するでしょう。
 国民投票法案の作成と国会提出など、改憲に向けての作業も本格化するに違いありません。教育基本法の改正や日の丸・君が代の強制などもさらに強まり、これまで提出がためらわれてきた反動諸立法が続々と登場することでしょう。この機会に、自民党は「懸案」を一挙に解決しようとするでしょうから……。
 小泉首相は自信を持って靖国神社に参拝し、周辺諸国との外交関係は一層悪化するでしょう。自衛隊のサマワ駐留は延長され、日本の国際的な孤立化はさらに深まります。

 こうして、早い機会に、日本国民は自らの選択の意味を思い知らされることになるでしょう。今回の選挙こそが、歴史の転換点だったのだということを……。
 今回の総選挙によって、過去50年間、自民党にだまされ続けてきた歴史に、またもや新たな1頁が付け加えられました。そこには一体、どのような内容が書き込まれることになるのでしょうか。