改革幻想と変革願望 五十嵐仁の転成仁語(2005.9.12)

 

http://sp.mt.tama.hosei.ac.jp/users/igajin/home2.htm 

 

 

改革幻想と変革願望

 

「改革詐欺」選挙が終わりました。「改革」は英語で「リフォーム」ですから、「リフォーム詐欺」選挙です。

 「小泉さんの言う改革が詐欺かどうかは、まだ分からないんじゃないか」と異議が出そうですが、そんなことはありません。平然と「リフォーム詐欺」を続けてきた過去4年間の実績がありますから……。

 

 これほどに「改革要求」が強いことに、一番驚いたのは小泉首相自身でしょう。「改革」のスローガンが偽りのものであったとしても、かくも多くの人がそれに易々と惹きつけられたのは、それほどに時代の閉塞感が強いということを意味しています。

 不満が充満し、不安が高まっているからこそ、「改革」への期待と幻想が生まれます。「改革幻想」があるからこその自民党圧勝だったとすれば、その「幻想」から覚めたとき、人々は失望するだけでなく激しい怒りを示すことでしょう。

 この時代の閉塞感は、過去4年間の小泉政治の結果として生じたものです。充満する不満も高まっている不安も、生みだしたのは小泉政治です。「責任者出てこい」と言われて顔を出すべきなのは、小泉さんその人なのです。

 

 ですから、総選挙で小泉首相は、「郵政民営化」一本で勝負に出ました。これ以外に勝負できる課題がないからです。

 しかも、小泉さんは、知っているはずです。今回の選挙の「賞味期限」が、ほんの数カ月しかないということも……。

 政府・与党は、特別国会を21日に召集することを決めました。そこでは当然、郵政民営化法案が審議されますが、恐らく10月中には成立するでしょう。こうして、アッという間に小泉首相の公約は実現してしまいます。さて、その後はどうするのでしょうか。

 

 総選挙の結果を踏まえて、今日の『毎日新聞』は社説「国民の期待は『郵政』だけでない−真の改革へまい進せよ」を掲げています。郵政民営化法案について、「民営化の本来の趣旨を生かした法案に作り直して国会に提出するのが筋だ。成立を図るためさらに妥協することがあってはならない」というのが、その主張です。

 きちんとした民営化が望ましいというわけです。「毎日新聞よ、お前もか」と言いたい気持ちになります。このようなマスコミ状況が、今回の選挙での小泉圧勝を招いたのだという自覚が全くありません。

 続いて社説は、任期切れで退陣するまでの「あと1年で何をやるのかが問われる」として、次のように書いています。

 

 少子高齢化が急速に進む中、年金、医療、介護などの社会保障政策と財源問題にどう取り組むのか、官僚機構の改革を断行する決意はどの程度か、膨大な借金を抱える国の財政をどう健全化させるのか。アジア外交をどう立て直し日米同盟との調和をどのように図るのか。

 

 これらの課題が重要なのはその通りです。しかし、それらについての取り組みを問うのであれば、それは選挙期間中にそうするべきだったでしょう。

 選挙が終わってから政策を問うという奇妙な光景が生まれているのは、結局、選挙のなかでこれら重要課題についての政策が、小泉首相によって明らかにされなかったからです。投票日の翌日にこのような社説が出されるというところに、郵政一本を争点にした今回の選挙の奇妙さが明瞭に示されています。

 

 さらに言えば、これまでの小泉政権は、「年金、医療、介護などの社会保障政策」については給付の削減と負担の増大という方向で一貫しています。「財源問題」には増税で対応してきました。「官僚機構の改革を断行する決意」がはなはだ脆弱であることは、道路公団の改革問題を見れば明瞭です。借金については170兆円も増やして「健全化」に失敗しています。アジア外交と「日米同盟との調和」などは、その意思の片鱗させ見えません。

 これが、これまでの小泉内閣の実績です。その実績をきちんと踏まえず、それを打開するための政策を問うこともなく、小泉首相の術中にはまって巨大与党を与えてしまったのはマスコミではありませんか。

 

 小泉「構造改革」の過去4年間の失敗を不問に付し、「真の改革」を要求すること自体が、小泉首相に対する「改革幻想」を強めることになります。マスコミは、このような形で「幻想」を振りまいてきた自らの罪を自覚するべきでしょう。

 しかし、他方ではたとえ「幻想」に終わるかも知れないものであっても、「改革」の言葉にすがろうとする多くの人々がいます。「溺れるものは藁をも掴む」と言いますが、小泉政治によって「溺れつつある」人々は、その言葉とパフォーマンスに惑わされ、当の小泉さんを「藁」と勘違いして掴んでしまったというのが、今回の結果なのではないでしょうか。

 実は、人々が掴んだのは「藁」ではなく、「重り」です。早く手を離さなければ、深い海の底に引きずり込まれてしまいます。

 

 「改革幻想」に取り憑かれた人々がこれほど多いということは、それだけ「変革願望」が強いということを示しています。「このままではやっていけない」「現状打破が必要だ」「政治を変えていかなければならない」などと考えている人々が、それだけ多いということですから。

 このような人々は、政治への無関心層ではありません。政治に対して一定の関心を持ち、問題意識を持っている人々であり、都市部に居住する無党派層の多くが、このような人々です。

 今回の選挙では、都市部の無党派層を中心に「改革幻想」が広がって小泉人気が高まり、内閣支持率が上昇しました。そして、このような人々が投票所に足を運んだために投票率が上がり、その投票が自民党支持に直結したために、自民党はかくも凄まじい勝利を得ることができたのです。

 

 このようにして、小泉首相は「改革」への期待を一身に集めることになりました。しかしそれが幻想であれば、これらの人々の「変革願望」に、結局は答えることができません。

 「幻想」は、はかなく消え去ることになります。そのとき、何が起きるのでしょうか。

 順調に議席を伸ばす開票作業を見ながら、小泉首相はほとんど笑顔を見せませんでした。まさか、「リフォーム詐欺」がばれたときのことを心配していたわけではないとは思いますが……。

 

 なお、「思い込み・無理やり解散」総選挙で問われているもの『賃金と社会保障』No.14002005年8月下旬号)と、書評:渡辺治『憲法「改正」―軍事大国化・構造改革から改憲へ』を読む『賃金と社会保障』No.13992005年8月上旬号)の2本を新たにアップしました。ご笑覧いただければ幸いです。