「都市における人間社会の理想像の追及」を追及する だまらん(2005.9.20)

 

http://pocus.jp/09-2005/092005-tsuikyu.html

 

 

「都市における人間社会の理想像の追及」を追及する[2005/09/20]

1. イントロダクション
2003
109日、科学技術大学、保健科学大学、短期大学の3学長連名による「新大学開学準備に向けて積極的な取り組みを行う旨の意見表明」が、東京都大学管理本部によって公表された(以下、「3学長連名声明」と略)。その概要は、新聞各社にも伝えられ、同日の[2050]には、朝日新聞速報が「新大学構想、今度は都が『逆襲』 賛成学長の声明を発表」というタイトルでインターネット上に配信している。このニュースは、1010日の朝日新聞東京版第3社会面に「都立大の抗議に都が『逆襲』:新大学構想の賛同者発表」という見出しで掲載された。

東京都立の4大学を廃止して新大学を設置する計画をめぐり、都大学管理本部は9日、「賛同して積極的に取り組む」とする都立短大、科学技術大、保健科学大の3大学学長の共同声明を発表した。新大学をめぐっては、都立大の茂木俊彦総長が「トップダウンの強行は極めて遺憾」という抗議声明を7日に出したばかり。都の発表はこの意趣返しともいえ、対立は深まっている。
 都は先月下旬、新大学計画の基本的承認と協議への参加を求める「同意書」を4大学の教員に配布。3大学の教員は全員提出したが、最大規模の都立大からは9日現在で1枚も提出されていないという。
[2003-10-09-20:50]

1010日、読売新聞、産経新聞にも3大学学長声明に関する記事が載り、東京都のサイトには、「都立三大学学長が新大学設立に向けての意見表明を行いました」という見出しとともに、 新大学開学準備に向けて積極的な取り組みを行う旨の意見表明が、報道資料として発表された。これは、明らかに107日の 都立大学総長声明を意識した対抗策であった。

2. 総長の口から語られた「追及」
2005
96日、東京都立大学の最後の総長だった茂木 俊彦氏*1による岩波ブックレット、 都立大学に何が起きたのか--総長の2年間--- が発売された。その21ページには、この3学長連名声明のあたりの事情が次のように説明されている。

 総長声明からあまり日を置かず、他の大学・短大の学長三名の連名で、都知事に対する忠誠を誓う以外にほとんど意味のないと思える声明がつくられた。これは、失態をいくらかでも覆い隠そうとする大学管理本部の"自作自演" であったにちがいない。確証があるわけではないが、この声明文は管理本部が作文したものだとしか考えられない(些細なことではあるが、管理本部のある人物は、ふつうは「追求」とするところをいつも「追及」と書く。この声明にもそれが見られた)。そのうえこの声明は、管理本部が都庁につめている記者たちに直接プレスするかたちで公表された。せめて形式だけでもととのえて、三学長がそろって記者会見でもするのが筋だろうと考えたのは私だけだろうか。
茂木 俊彦著 (2005) 『都立大学に何が起きたのか--総長の2年間---』岩波ブックレット660. P.21

ここでは、漢字の使い分けに関する常識的知識がかかわっているので、その部分をまず説明しておこう。
「ついきゅう」には、4種類の漢字があてられている(追求、追及,追究、追給)。ここでは、その内の2つが取り違えられていたのだ。

追及 -- 悪事や責任を探って、どこまでも追いつめること。
     「容疑者/責任/犯行の動機」を追及する。
追求 -- 目的のものを得ようとして、それをどこまでも追い求めること。
   「理想/利益を追求する」
   表記:一般に理想・利益などを追う意では「追求」、学問・真理などを
   追う意では「追究」、悪事・犯人などを追う意では「追及」と書き分ける。
   「追求」は最も意味が広く、「追究」、「追及」の代わりに使われることもある。
(
北原 保雄編 『明鏡国語辞典』 (携帯版)(2003) 大修館書店, P.1069)

従って、以下の声明文の中の、「都市における人間社会の理想像の追及」は、このままでは、 「人間社会の理想像」=「悪事」あるいは、 「人間社会の理想像」=「(悪事と関連した)責任」 として「追いつめるべき対象」と解釈されてしまう。 「追及」という漢字表現には、このように通常ネガティブな意味合いが含まれており、しばしば政治家の責任追及、特定の犯罪の容疑者を追及する、といった文脈で使われるのだ。上の辞書の用例にもあるように、「理想」は、「追求」されるべき対象である。
 このような知識を確認しつつ、再度、3学長連名声明の該当箇所を読み返してみよう。

 新しい大学改革の方向性で示された、「都市における人間社会の理想像の追及」を使命とするという大学の理念とその枠組みについては、背景の合理性と多くの評価できる斬新な試みを見出すとともに、その実現が将来の学生、都民にとってより良い学習環境の提供に繋がるものと信じており、構想の実現に参画していく。

「都市における人間社会の理想像の追及*2を大学の使命とすることは、確かに「評価できる斬新な試み」なのかもしれない。なにしろ、「理想像」を(悪事のように)追及するのだから。 「背景の合理性」とは、管理本部が知事の意向を受けて、すべてを決定するという「決定の手順の合理性」を指すのだろう。この、おそらくは漢字変換の間違い(この文書を作成するのに用いた、漢字変換フロントエンドプロセッサは、通常「追及」を高頻度の表現として処理していたのだろう)は、総長の指摘するように、この文書を作成した個人の特定に役だった。

3. 教職員組合の反応
10
10日付けで、東京都立大学・短期大学教職員組合中央執行委員会は、さっそく 「都立三大学学長による『意見表明』の実態」という文書を発表した。その中では、

(1)
3大学学長の連名であるにもかかわらず、いち早く大学ホームページに掲載したのは科学技術大学だけ。
(2)
他の2大学では当日には発表されておらず、しかも「学長」名であるにもかかわらず、3大学の教授会にその内容や発表の可否についての審議依頼は行われた形跡がない。

ことを指摘した。さらに、この文書には、以下のような注が付けられていた。

(注)科学技術大学では9日、教員懇談会が開かれ、その席上で学長から「意見表明」の公表が未来形で報告され、学長名はおかしい、という意見も出されたのですが、懇談会終了時にはすでにHPに掲載されていた,とのことです。*3

109日に科学技術大学のホームページに掲載されていた文書は、上記の東京都のホームページと同じ内容だが、 http://www.tmit.ac.jp/sandaigaku.pdf として存在したPDFファイルであり、現在では参照できなくなっている。

4. 時間的順序関係
さて、ここで時間的順序関係を整理しておこう。不確定な時間もあるので、その部分の時間的順序関係は不正確であることをご承知願いたい。

2003年10月9日午後

大学管理本部は、都庁詰めの記者を集めて、記者会見を開いた。 文書ファイルは、すでに MS-Word で作成され、「10.9三大学学長声明.doc」 という名前で保存されていた。

2003年10月9日午後4時17分28秒  

上記のワード文書は、科学技術大学の事務職員Kにより、 Acrobat 4.0 によって PDF 文書に変換され、sandaigaku.pdf と命名された。

2003年10月9日午後

sandaigaku.pdf ファイルは、科学技術大学のホームページにアップロードされた。

2003年10月9日午後8時50分

朝日新聞速報が「新大学構想、今度は都が『逆襲』 賛成学長の声明を発表」 を配信する。

2003年10月10日

朝日新聞、読売新聞、産経新聞の各朝刊に、3学長連名声明に関する記事が掲載される。

2003年10月10日

東京都のサイトに、 新大学開学準備に向けて積極的な取り組みを行う旨の意見表明が、報道資料として発表される。

2003年10月10日

中央執行委員会が 「都立三大学学長による『意見表明』の実態」という文書を発表する。

5. フィクション:<管理本部長の日々>
以下の部分は、フィクションである。登場人物、登場人物の肩書き、特定機関の名称きなど、現実のものとだぶっているが、あくまでも想像して書かれたものなので、読者が事実であると誤解して、何らかのゆゆしき事態に巻き込まれても当方としては一切の責任を負えないので、そのことを了解してお読みいただきたい。

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2003107日夜:
大学管理本部長は、いつになくいらいらしていた。都立大総長の文書がマスコミに流れたからだ。もちろん、本人と電話で話したが、埒が明かなかった。「総長だからといって、勝手に文書を公表しては困る。マスコミに何か発表する前には、必ず管理本部を通さねばならない!」と釘を刺しておいたが、すでに流れてしまった情報を取り消すわけにはいかないからだ。あの総長とは、どうも馬が合わない。話のペースが違うのだ。一体何を考えているのか、さっぱりわからない。
 知事からの特命を受けて管理本部長になった時は、「少々手荒なことはしてもいいから、東京都の言うことをきく大学にしろ!」と言われていた。しかし、このままでは、都立大学側の反論を押さえ込めなくなってしまう。<何とか、科技大を利用しなければ。あの学長は、強力な味方だから>と思いつつ、次の一手を思案していた。

2003108日:
管理本部長は、とりあえず科技大学長と連絡をとり、都立大総長を孤立させる作戦を練り始めた。アイデアは、こうだ。なるべく早い時期に、都立大以外の大学が、<新大学構想に諸手を挙げて賛成している>という声明を出す。<3大学全体が賛成>というのが無理なら、<3大学学長が賛成している>として、3大学が全体として賛成しているように見せかければよい。そして、すぐにマスコミに流す。10日の知事定例記者会見では、総長声明に関してマスコミから質問がでないように、早い時期に事態を沈静化しておかねばならない。さっそく、管理本部のS氏に文書の原案を作るように命じた。

2003109日:
文書の原案を見て、短すぎると感じた管理本部長は、 同意書提出状況も書き加えるように命じた。<都立大以外の大学からは、同意書はすべて提出済みだ>と入れることで、都立大に圧力をかける絶好のチャンスだと思ったからだ。実際にどんな同意書の返事が何通来ているかなどは、この際問題ではない。はっきりと、「3大学では、全部、同意書が出ている」と、言い切ることが重要だ。文案は、午後には完成したので、あとはプレス発表の連絡をし、文書を科技大へメールで送付させ、科技大のホームページへ掲載させる。管理本部のページの更新は、業者まかせになっていたので、すぐに掲載できないことがわかり、急遽、東京都の「報道発表資料」として公表を依頼した。時間の勝負だと思った。

2003109日:
プレス発表の前に、一応、科技大以外の学長にも、連絡するように手配した。記者からの問い合わせに答えられるように、文書は直前にファックスした。
記者からは、学長がいない学長声明を管理本部が発表することに対して、若干の懐疑の様子が見て取れたが、<学長の方々は忙しいので>と言って切り抜けた。プレス発表も終わり、科技大のホームページにも無事に掲載されたのを確認した。東京都のホームページの更新に関しては、すでに時間的に無理だといわれ、明日になることが判明。これで、明日の朝刊には、3学長連名声明が載るので、なんとか10日の知事会見前に間に合った。

20031010日:
朝、朝刊の記事をチェックした。朝日の「都立大の抗議に都が『逆襲』:新大学構想の賛同者発表」という見出しは気に入らなかった。これでは、3大学の学長が賛同したことが、見出しから読み取れない。後で、抗議しておこう。読売は、その点、及第点。「学長見解に温度差:都立大『反発』、他3大学『賛同』」となっていて、3大学の賛同の部分がはっきり読み取れる。それに、この記事の最後には、ちゃんと俺の言ったことが書いてある。

「構想を一方的に押しつけたことはなく、多くの教員の意見を聞き、予定通り開設準備を進めたい」

これで、今日の、定例記者会見では、都立大総長声明が話題になることはないだろう。*4 しかし、<都立大はもっと徹底的に押さえ込んでおかないといけない>という副知事の言葉が頭をよぎった。

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*1 2005331日、それまでの都立4大学を設置していた条例は廃止された。翌41日には、地方独立行政法人「首都大学東京」が設置され、同時に、首都大学東京が設置された。そして、都立4大学は、新たに設置しなおされた。都立大学の場合、この再設置に伴い、総長というポストは廃止され、学長というポストになり、首都大学東京の学長が兼任することになった。かくして、茂木俊彦氏は、東京都立大学最後の総長となった。なお、41日以降の東京都立大学には、それまで大学運営の最高議決機関だった評議会も無い。

*2 「都市における人間社会の理想像を追及する」という部分は、度重なる教員側からの指摘の甲斐もあり、「追求」に訂正されたが、気がつくと、「都市」の前には、「大」が付けられていた()。そして首都大学東京の学則第1章第1節に、高らかにうたい上げられてしまった。

第1章 総則
第1節 目的及び使命
(目的及び使命)
第1条 首都大学東京(以下、「本学」という。)は、東京都における学術の中心として、東京圏の教育機関及び研究機関等と連携して、
大都市における人間社会の理想像を追求することを使命とし、広い分野の知識と深い専門の学術を教授研究するとともに、大都市の現実に立脚した教育研究の成果をあげ、豊かな人間性と独創性を備えた人材を育成し、もって都民の生活と文化の向上及び発展に寄与することを目的とする。  

*3 後日、科学技術大学での教授会では、<学長がホームページ上で、大学全体の意見であるかのように受け取られる所信表明をするのはおかしい>との抗議がなされ、<あれは学長個人の見解であると認めよ>との要求が出され、学長がそれを認めたことが教授会議事録に残されたという。

*4 実際に、20031010日の知事定例会見では、都立大総長声明に関しての質問は一切出なかった。 108日の朝刊各紙は、都立大総長の声明を異例なものとして取り挙げていたにもかかわらず、記者達は、なぜかこの件に関しては沈黙していた。1010日の朝刊に、3学長連名声明が出たことも、皆、知っていたはずだ。なぜ、誰もが沈黙していたのだ? なぜ?