9.11総選挙の歴史的意味 森田実政治日誌(2005.9.29)

 

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2005年政治日誌[366

 

9.11総選挙の歴史的意味

「利して利する勿れ」(呂氏春秋)

[政治を行う者は、人民に利益をもたらすことだけに専念すべきであり、自分の利益をはかってはならない]

 

 9月11日の第44回衆議院総選挙で小泉政権は圧勝した。自民党296、公明党31、与党合計327議席。衆議院の3分の2以上の多数を得た。これだけの数があれば、小泉政権はなんでもできる。強大な政権の登場である。

 これに対して、政権交代をめざした民主党は惨敗を喫した。64議席を失い113議席になった。勝ち誇った小泉首相の笑い顔とは対照的な暗い顔で岡田氏は代表辞任を表明した。勝者と敗者。戦いの世界は非情である。

 第二期の小泉時代の幕開けである。日本国民は、事実上、小泉首相に日本の政治を白紙委任した。小泉首相は、この秋の郵政民営化法案の成立を突破口にして突っ走るだろう。

 日本国内にはもはや小泉政治へのブレーキ役はいない。いままでブレーキ役を果たしてきた綿貫民輔、亀井静香、亀井久興氏らは国民新党を結成し党外へ去った。同じくブレーキ役だった平沼赳夫、野田聖子氏らも今後は自民党の外側で活動することになるだろう。自民党所属議員は全員小泉エピゴーネンとなった。自民党は一人のガリバーと大多数の小人たちの集団と化した。

 

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 政治権力とマスコミの癒着

 小泉自民党の巨大な勝利の裏に何があったのか。

 一つは、すべての民放テレビと大新聞が小泉政権の応援団となったことだ。8月8日の衆院解散から9月10日の夜までの間、小泉批判の発言はマスコミからほとんどなくなった。小泉政治批判の発言が聞かれるのは、政治報道番組に野党代表が出席した時だけとなった。小泉批判を口にする学者と評論家はテレビ界からも大新聞からも追放された。マスコミは小泉政治支持一色になった。これが世論をつくった。テレビ、大新聞のみによって情報を得ている大都市地域住民のほとんどは、小泉首相の支持者になった。

 人間は生命を維持するため、空気と水と食糧を必要とする。同時に人間は社会的存在であり、社会の中で生きるために情報を得なければならない。情報を伝達する役割を担っているのがジャーナリズムである。とくに影響力の大きいのがマスコミである。

 マ スコミには印刷媒体(新聞、雑誌、書籍)と電波媒体(テレビ、ラジオ)がある。このうち、中央のテレビと大新聞は決定的な影響力をもっている。

 戦後日本は、民主主義国として生きるにあたって権力の集中を排した。権力集中の最たるものは政治権力とマスコミの一体化・癒着である。これを排し、相互監視的関係におくことにし、「放送法」に「不偏不党」条項を入れた。政治権力とマスコミの癒着を禁じたのだ。だが、小泉政権下で政治権力とマスコミの癒着が進み、2005年夏に完成した。小泉圧勝の最大の原因はマスコミを従えたことにある。

 

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 猛威を振るった企業選挙

 今回の総選挙戦の間、私は全国各地を回り、選挙戦を取材した。主として「刺客」騒動の模様を取材した。とくに「刺客」として送り込まれた落下傘候補が、短期間に知名度を上げ、無所属にされたとはいえ強力な地盤をもつ先輩議員に並び、追いつくことができたのはなぜなのか、を調べてみた。

 すると、驚くべきことがわかった。企業選挙である。企業の力が、新人落下傘候補者を有力候補者にしたのだ。

 かつて1974年の参院選において企業選挙が大新聞から批判され、自民党が敗北したことがあった。だが、今回の企業選挙は29年前の企業選挙をはるかに越えたもの。幅も厚みも鋭さも、当時を越えるすさまじい選挙運動だった。企業の選挙への参入が、自民大勝利の原動力となった。

 民主主義国においては政治と経済は峻別すべきものであり、合体してはならないと考える。今回の総選挙ではほとんどの大企業が選挙戦に加わったが、このような行為は経済界として慎むべきことである。企業選挙は民主党候補と自民非公認候補を圧倒した。

 今回の総選挙を取材している時、思い出した二つの選挙があった。

 一つは、昭和171942)年4月30日の「翼賛選挙」である。東条内閣のもとにマスコミ、産業界、宗教団体など諸々の社会組織が結集し、翼賛選挙を行い、82%の議席率を獲得した。行政機関、官憲の干渉も行われた。選挙の現場から見ると、今回の総選挙はこれに酷似している。

 もう一つは、1933年3月のドイツの総選挙である。この選挙で圧勝したナチス・ヒトラーは独裁的権力体制を固めた。この日からドイツは暴走を始め、欧州は悲劇に見舞われた。小泉首相も暴走し始めるかもしれない。

 今回の総選挙の結果、小泉首相は大権力者になった。どんなことでもやれる強大な力を手にした。このなかで民主党は新代表のもとでの出直しをはかる。自民党から追われた政治家も動き出す。

【以上は9月20日発売の『経済界』10月4日号に「森田実の永田町風速計」として掲載された小論です】