「阪神が優勝した」 伊豆利彦 日々通信 いまを生きる 第172号(2005.10.4)

 

 

     >>日々通信 いまを生きる 第172 200510月4日<<

   
阪神が優勝した。
   
やはり、大変な騒ぎだ。

   
 一昨年のリーグ優勝時には、戎橋などから約5300人が道頓堀川に
   
飛び込み、死亡事故も発生した。そこで、市や府警は事前に戎橋の欄干
   
両側に高さ3メートルのフェンスを設置。29日は警察官約100人が
   
戎橋周辺を警備し、橋は北から南への通行が規制された。(読売新聞)

   
それでも、戎橋から欄干の壁を登るなどして道頓堀川に飛び込んだ人は
   
55人、周辺の橋からは7人に上った。5000人以上が飛び込んだ0
   
3年の優勝時に比べ、「格段におとなしかった」(府警警備部)という。
     (
アサヒコム)

   
阪神ファンの応援は日ごろから熱烈だ。試合を、観戦するより、応援パ
   
フォーマンスのために球場にくるのではないかと思われるほどだ。

   
色とりどりのユニフォームや法被、女性ファンも多い。

   
私は1929年ころからの阪神ファンで、後楽園に通った。
   
若林や御園生の時代だ。
   
戦後間もなくも応援に行ったがその後は遠ざかり、子どもが小学校に行
   
くころから、子どもを連れて度々行った。

   
しかし、戦後もずっと今のような騒がしさはなかった。
   
いまはテレヴィで見る分にはいいが、実際球場に行ってあの雰囲気にま
   
きこまれたのでは、とても落ち着いて試合を見ることはできないだろう。
   
いつのころから、こんなことになったのか。
   
どうして、こんなことになったのか。

   
貧富の差が拡大し、大阪の経済的地盤は沈下している。
   
倒産する中小企業も多く、失業者も多い。
   
そのような鬱屈した気分が、球場で爆発させられるのだろうか。
   
そのような鬱屈した日常からの解放を求めて、ファンは球場に向かうの
   
だろうか。

   
敗けても敗けても、阪神ファンは応援をつづけた。
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年前に優勝したのは何年ぶりだったのだろうか。
   
当時のことは、私は中国にいたので知らない。
   
しかし、まさか、道頓堀に飛び込むなんてことはなかったのではないか。
   
あるいは、その時、はじめて飛び込んだのかも知れない
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年前、星野監督の下に18年ぶりに優勝したときの騒ぎについては、私
   
もテレビで知っている。

   
戦前からのファン、あるいは敗けても敗けても応援しつづけたファンは、
   
あの狂態をにがにがしく思っているのではないか。
   
昔はラジオ放送もなく、新聞の片隅に職業野球として、勝敗が伝えられ
   
るだけだった。
   
六大学野球の全盛期だった。
   
その頃から熱心にタイガースを応援しつづけた人は多い。
   
北杜夫などの熱心さは有名である。
   
関西出身でもないのに大阪タイガースを応援するのはなぜか。
   
私にも理由はわからないが、小学生のころから応援して六十数年になる。
   
当時のタイガースが強かったということも理由の一つにはなるだろう。
   
しかし、一度応援しはじめたら、敗けても敗けても応援するのがファン
   
だろう。

   
戦後、国鉄というチームができた。いまのヤクルト・スワロウズの前身
   
である。このチームはいまの楽天のように新しく作られた球団で、いつ
   
も最下位だった。やがて、金田投手が入団して鉄腕ぶりを発揮するが、
   
投手ひとりではどうにもならない。それでも、熱心なファンが多数いて、
   
敗けても敗けても応援しつづけた。

   
スポーツは結果がすべてだ。勝つか敗けるか。勝つチームは強く、敗け
   
るチームは弱い。黒白がはっきりしているのが魅力だという。
   
勝つチームはいいチームで、敗けるチームは駄目なチームだ。それはそ
   
うだが、ファンにとってはまた別の思いがある。

   
阪神は下位低迷がつづき、私の愛読する某新聞からはたえずダメ虎と罵
   
られ、口惜しい思いをした。
   
ほんとうのファンはそのように敗けつづけれ敗けつづけるほど熱心に応
   
援するのではないだろうか。
   
それが愛というものだろう。
   
わが子の成績がわるいからといって、その子を見捨てるだろうか。
   
出来のわるい子ほどかわいいというではないか。
   
学校の成績以外にその子のいい点を見つけるのが子を愛する親ではない
   
だろうか。

   
しかし、この頃のように勝ちが多くなり、優勝するようなチームになる
   
と、ファンの質も変わってくるのではないか。
   
長い間敗けつづけていたから18年ぶりに優勝したのを喜んだファンの心
   
はわかるが、強い阪神ということになると、強いから応援する、勝つか
   
ら応援するというファンが多くなるのであろう。
   
強くなった阪神はファンもふえ、応援も派手になった。
   
ファンの質も変わったと思う。

   
強者への憧れが国民を支配する。
   
総選挙に圧倒的な勝利をおさめた小泉内閣に対する国民の動向にもそれ
   
が見られるのではないか。

   
郵政問題はふたたび審議されるのだが、この前は反対だった議員の間に
   
も、国民の動向が明らかになったいま、賛成にまわるという動きが強ま
   
っている。
   
いまは、国会での小泉首相の答弁も味もそっけもない官僚の書いたペー
   
パーの眠そうな棒読みになった。

   
民主党の前原新代表は対案を出すと張り切っているが、本質的な対立が
   
ないため、いい意見をいただいた、参考にしたいなどと答えられてしま
   
う。
   
これでは野党としての役割は果たせない。強大な与党連合の補強材にな
   
り、もはや国会の討論はなんの意味もないものになり終わっている。

   
カイカクを止めるなと絶叫して大勝利をおさめたにもかかわらず、自民
   
党やコイズミ首相から新鮮な生き生きした息吹は感じられない。
   
前以上にマンネリになり空虚な国会になってしまった。

   
六カ国協議の問題も、対米関係も、拡大するテロリズムの問題も、世界
   
は一つの転換点にたっているのに、国会からは日本の方向を感じさせる
   
ものが感じられない。

   
国民は政治に対する無関心の度をますます強めて、阪神優勝に熱狂し、
   
サッカーにわきたつことで、鬱屈した気分から一時的な解放を味わう敷
   
かないのであろうか。
   
あるいは、その興奮もあきて、ますます底知れぬ倦怠に落ち込んでいく
   
のだろうか。

   
現実を直視せず、世界の新しい動向に対する認識からも遠ざけられて、
   
底知れぬ無気力な倦怠感におちこんで、なにかの刺激を求めてうろつい
   
ているのがいまの国民の大勢なのだろうか。

   
この刺激剤として、中国や朝鮮に対するナショナリズムの高揚が使われ
   
るとすれば、それは、日本にとっての不幸なのだと思う。

   
秋もいよいよ本格的になった。
   
鎌倉の市長選挙に漱石の孫の仲地漱祐さんが立候補されて、事務所開き
   
があった。107日には午後7時から鎌倉市役所前の商工会議所地下ホー
   
ルで決起集会が開かれ、私も漱石の精神と現代について話すことになっ
   
ている。
   
選挙がなくても漱石を思うことがますます切実なこの頃だが、できるだ
   
けのことをしたいと思う。

   
       伊豆利彦 http://homepage2.nifty.com/tizu