「首相の靖国参拝は違憲」判決〜大阪高裁 竹山徹朗(2005.10.4)

 

FREE SPEECH「自由な言論」は何処にある? http://takeyama.jugem.cc/ 

http://takeyama.jugem.cc/?eid=311#sequel より

 

 

【抜粋】

「私的」とは何か「自由」とは何か。どの窓を閉めればぼくの「私的領域」は守られるのだろうか。何処に立てばぼくは「自由」なのか。今ぼくは何処に立っているのか。

小泉首相は、戦後日本で初めて、いや、もしかしたら近代日本史のなかで初めて、「人間は、私的領域を持っていいのだ」ということを公言し、実行した「公人」なのかも知れない。

しかし。彼が「私的領域」での行為を増幅すればするほど、「私的領域」で傷つき、苦しむ国民が増えているように思える。今回の原告が、まさにそういう人々の象徴である。

なぜか?

それは、あまりにも簡単な理由だろう。

一国の首相──究極の公人──の言動は、当人がどれだけ「これは私的領域だ」と言い張ろうとも、必然的に公的領域の言動なのである。という点を、この国の世論形成者たちが、まるでわかっちゃいねぇからだ。

「首相の参拝は私的だ」「いや公的だ」とこれだけ騒がれている自体で、「首相の靖国参拝」は充分すぎるくらいに「公的領域」に属する事柄ではないか。

そこへ、「首相の靖国参拝は違憲」判決である。

そして、「首相の靖国参拝は合憲」という判決は一つもない。

小泉首相は、非常に歪(いびつ)なやり方で「私的領域」を押し広げているのではないか。つまり、国家のかたちを歪めるようなやり方で。

本来の近代国家は、どのような構造を有すべきなのか。

1946年に丸山真男は、最低限の言葉を使って見事に要約している。下に引用した3段落のうち、真ん中の2段落目は少し煩瑣に思えるが、必要な箇所なので、ぜひ熟読して欲しいわけですよ。

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それは真理とか道徳とかの内容的価値に関して中立的立場をとり、そうした価値の選択と判断はもっぱら他の社会的集団(例えば教会)乃至は個人の良心に委ね、国家主権の基礎をば、かかる内容的価値から捨象された純粋に形式的な法機構の上に置いているのである。

近代国家は周知の如く宗教改革につづく16、17世紀に亘る長い間の宗教戦争の真っ只中から成長した。信仰と神学をめぐっての果しない闘争はやがて各宗派をして自らの信条の【政治的】貫徹を断念せしめ、他方王権神授説をふりかざして自己の支配の【内容的】正当性を独占しようとした絶対君主も熾烈な抵抗に面して漸次その支配根拠を公的秩序の保持という外面的なものに移行せしめるの止むなきに至った。

かくして形式と内容、外部と内部、公的なものと私的なものという形で治者と被治者の間に妥協が行われ、思想信仰道徳の問題は「私事」としてその主観的内面性が保証され、公権力は技術的性格を持った法体系の中に吸収されたのである。
p13
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西欧では吸収された。しかし、ニッポンでは、吸収されなかった。今回の問題に即して言えば、ニッポンの司法は──技術的性格を持った法体系(!)は──公権力を私事へ解き放つ強固な傾向がある。

それも当然の道理だと、丸山真男の日本ファシズム分析を読めば納得できる。

「『私事』の倫理性が自らの内部に存せずして、国家的なるものとの合一化に存するというこの論理は裏返しにすれば国家的なるものの内部へ、私的利害が無制限に流入する結果となるのである」(p16)


解き放たれたままの公権力は私事に「流入」し、私事を蹂躙し、蹂躙し、蹂躙し続けた。実は蹂躙する側もまた私事で動いていた。狙われた側の私事は粉々に潰されてきた。

「公」などお飾りに過ぎない社会では、「公」を騙る「私」の暴力に久しく歯止めはなかった。狙い撃たれ・殺される人にとって、この国に「公的」なものなど何もなかった。「ウソだ。言い過ぎだ」と思う人は、安田好弘の『「生きる」という権利』を読んでほしい。ウソではないとわかるはずだ。

公と私との混同──聞き飽きた「公私混同」という言葉が、今回の判決によって浮かび上がった問題の本質だ。そして、公と私とを腑分けできない限り、かつて国家神道の柱であり、今も多くの政治家の倫理的支柱である靖国神社の本質もまた、かき曇らされたままである。

「政治的権力がその基礎を究極の倫理的実体に仰いでいる限り、政治の持つ悪魔的性格は、それとして率直に承認されえないのである」(p19)



問われているのは、ニッポン人の倫理的実体である。

でもなぁ、この判決も無視されるんだろうなあ。「裁判所め、私たちの意志に逆らいやがって」ってもんで。「私が憲法だ」状態だよ。

【思索と陰翳〜@編集室】