横行する『プチ逮捕』 立川ビラ事件 一審無罪でも 「東京新聞」特報(2005.11.14)

 

http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20051114/mng_____tokuho__000.shtml 

 

 

横行する『プチ逮捕』

立川ビラ事件 一審無罪でも 

 お上に異議をとなえる人々への「プチ逮捕」が横行している。「プチ」といっても身柄を取られたうえ、家宅捜索付き。委縮効果は十分だ。昨年の立川反戦ビラ事件では、一審で無罪判決(現在は控訴審中)が出たものの、警察、検察の強気は続く。対象も一昔前の新左翼系活動家から共産党や市民、僧侶(そうりょ)にまで広がった。九月総選挙での「小泉大勝」後、一段と拍車がかかる。 (田原拓治)

■沖縄で平和祈念 突然の公妨容疑

 先月二十九日、米軍再編の現場である沖縄県の米軍嘉手納基地第二ゲート前。午前七時半、ときおり小雨のぱらつく中、太鼓を手にした白装束の僧侶ら十数人が座り込みを始めた。

 僧侶らは「非暴力、不服従」のインドのガンジーに倣う日本山妙法寺の一行。同月、沖縄各地を歩いてきた。年一回、ことしで十九回目の「平和祈念行脚」だ。基地前の一日行動も恒例だった。当日は土曜日。太鼓を打ち誦経(ずきょう)する一方、基地に出入りする米兵の家族らにビラを渡した。

 午前十一時ごろ、沖縄署の二台のパトカーが来た。座り込みの場所を歩道に移し、一行の車両を移動するよう命じた。僧侶の一人、木津博允上人(69)=東京在住=が一台のパトカーに近づくと、車は急発進した。木津さんは倒れかけた。

 「危ない」。木津さんは停車したパトカーに詰め寄った。やがて同署の地域課長が現場に急行し、木津さんは公務執行妨害容疑で逮捕された。沖縄署の発表によると「(同容疑者は)助手席に両手を乗せ、パトカーの前後輪の間に足を差し挟み、別の盗難現場に行く公務を妨げた」という。

 逮捕された際、木津さんは首を痛め、数日間断食。逮捕に抗議し、取り調べには黙秘している。拘置先こそ、署から拘置所に移ったが、現在も拘置は続き、接見も禁じられている。

 今月七日の拘置理由開示公判で、弁護人らは「警察官がパトカーに乗っていながら、なぜ容疑者の足の位置が分かるのか」などと被疑事実を追及。しかし、裁判所は拘置延長を認めた。

■制裁、見せしめ弁護士が批判も

 沖縄署の新田朝栄副署長は拘置請求の理由を「黙秘している。関係者と口裏を合わせ、証拠隠滅の恐れがある」と説明する。だが、被害者はパトカーに乗っていた三人の警察官で、しかも現行犯逮捕だ。どう証拠隠滅できるのだろうか。

 この事件を担当する三宅俊司弁護士は「制裁、見せしめの類(たぐい)だ」と言い切る。「警官の命令に反論し、逮捕して反省するかと思ったらしない。周りも怖がらない。意地でもやってやるということでしょう」

 沖縄平和市民連絡会の当山栄事務局長は「今回の事件は反基地運動全体への弾圧だ。これから本格化する米軍再編への反対闘争に対する牽制(けんせい)だろう。上人さんには頭が下がる」と語る。

■『戦前の法難時代に回帰』懸念

 一方、日本山妙法寺の関係者は「国内で逮捕者が出たのは一九七三年に神奈川県の相模原で、ベトナム戦争に向かう米軍戦車の前で座り込んで以来。戦前の法難(弾圧)の時代に回帰しつつある」と懸念する。

■小さな非で逮捕 捜索、実名発表

 米軍再編に絡んでは先月十五日にも神奈川県大和市で、マンションの八階踊り場から米軍厚木基地を監視していた市職員三人が住居侵入容疑で逮捕された。

 三人のうち、二人は年度内にも判決を迎える第三次厚木爆音訴訟の原告団に属し、一人は新左翼系の環境団体メンバー。五年以上にわたり月一回、踊り場から定点観測を続けてきた。

 当日は二日後に夜間離着陸訓練が始まるとの情報を得ての行動だった。これまで住民とのトラブルはなかったが、九月以来、マンション入り口などに「関係者以外の立ち入りを禁ず」の張り紙が張られていた。

 三人は自宅などの家宅捜索後、逮捕の翌々日には処分保留で釈放されたが、このうちの一人はこう語る。

 「現場に着いて双眼鏡を出すや、制服警官が来た。『基地を監視している』と言うと不審なので身分を明かせと。一人が免許証を見せ、二人が拒むと逮捕だと告げられた。あわてて二人も免許証を見せたが『いること自体、違法だ』と取り合わない。その間、退去しろの一言もなかった」

 数分後にはパトカー五台が駆けつけた。警察側は逮捕された一人に「住民から苦情があった」と説明したという。だが、管理組合長宅では取材に「そんな人たちが出入りしていたことは知らないし、住民の苦情も聞いていない。まして届け出たこともない」と話す。

 県内の反基地運動共闘団体代表で、大和市議の大波修二氏は「三人がマンションに無断で立ち入ったことは反省すべき。が、司法判断で違法とされてきた爆音が放置される一方、この小さな非で逮捕、家宅捜索、マスコミの実名報道という責めまで負うのは不当に過ぎる仕打ち」と憤る。

 こうした米軍再編に反対する現場とは別に、近年新たに目立つのは共産党系のビラ配りへの逮捕だ。昨年以来、三件あり、中でも公務員の政治活動を禁じた国家公務員法への違反を適用する例が目を引く。

 同法は終戦直後の四八年に労働運動の高揚を警戒する連合国軍最高司令官マッカーサーの書簡を受けた政令201号が基になったが、違憲論争が絶えず、運用には人事院も慎重だった。

 同党系の日本国民救援会は「警察は言論活動であるビラ配りと犯罪を“迷惑”という言葉で市民に同一視させようとしている。戦争(有事)体制に不可欠な公務員の協力を強制する狙いもある」と批判する。

 さらに九月の「小泉大勝」後、従来、警察との緊張関係とはあまり縁がなかった消費者団体への圧力も事実上、増している。

 日本消費者連盟事務局の吉村英二氏は「例えば、私たちはしばしば省庁に申し入れたり、交渉をする。その間、省庁前の路上でビラを配るが、最近は警官が十数人来てここで配るな、と言ってくる」と明かす。

■「「議員会館内で立ち寄り禁止」

 「国会議員会館の様子も違ってきた。以前は親しい議員の紹介で入って、懇談のついでに面識のない議員の部屋にもビラなどを置いてきた。杓子(しゃくし)定規には紹介されていない議員の部屋に行くのは内規違反なんだろうが、いままで問題はなかった。でも、最近は衛視がついて来て止められる」

 昨年十二月の立川反戦ビラ事件一審判決では「政治的表現は民主主義社会の根幹をなす」と三人の被告に無罪が言い渡された。しかし、時代の流れはそれとは逆方向に回りつつある。

 公安事件を手がける浅野史生弁護士(第二東京弁護士会)は現状をこうみる。

 「起訴価値がない事件でも身柄を拘束し、家宅捜索をするのは活動自粛を狙ってのこと。処分保留もいつ起訴されるのか、と委縮させる効果がある。政府が共謀罪などの成立を急ぐ中、現場ではそれを先取りしているということだ」