初心忘れずか 渡辺恒雄のことなど 日々通信 いまを生きる 第191号 (2006.1.22)

 

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  >>日々通信 いまを生きる 第191 2006年1月22日<<

       
初心忘れずか 渡辺恒雄のことなど

       
年の初めから、渡辺恒雄が話題になっている。

       
『読売新聞の渡辺恒雄主筆と朝日新聞の若宮啓文論説主幹が対談し、
       
渡辺が小泉の靖国参拝を「軍国主義をあおり、礼賛する展示品を並べ
       
た博物館(遊就館)を、靖国神社が経営しているわけだ。そんなとこ
       
ろに首相が参拝するのはおかしい」と批判した。

       
渡辺といえばナショナリズムの立場から自民党を支持してきたと思っ
       
ていたので、ちょっと驚いた。

       
しかし、彼は陸軍二等兵として、敗戦の年に軍隊でひどい目にあった
       
ことを語っていると聞いて、渡辺の中学時代を思い出し、なるほどと
       
いう思いがあった。

       
私は渡辺と開成中学で同級になったことはないが、同学年だった。イ
       
ンチョウというあだ名で呼ばれ、目立つ存在だった。

       
渡辺といえば、必ず思い出す一つのことがある。中学3年か4年、1941
       
年か42年の冬だったと思う。当時開成中学は荒川の河川敷で野外教練
       
をやっていた。194112月8日の開戦の日も、全校生徒がそこに集ま
       
って査閲(当時は年に一度、学校教練の成果を連隊区長官が査閲する
       
行事があった)のための予行訓練をしていたから、この荒川堤のこと
       
はよく覚えている。この前後に、渡辺は、荒川の橋の上から、河川敷
       
に集まっている配属将校をはじめ、教師や生徒に向って「ノレンは開
       
成のガンだ」と叫んだのである。

       
ノレンというのは当時、開成中学の配属将校だった陸軍中尉のあだ名
       
である。野廉という名前だったので、そういうあだ名がついていた。

       
この叫びは配属将校の耳に入らなかったのか、このことが問題になっ
       
たという記憶はない。しかし、渡辺はそういう男だった。権力に対す
       
る反抗心が当時から強く、軍隊は真から嫌いだったのだと思う。

       
渡辺は敗戦のとき陸軍二等兵だったというが、私も同様だった。そし
       
て、オヤと思う。渡辺も特甲幹にならなかったのかと思うのである。

       
特甲幹というのは、特別幹部候補生を略した呼称である。従来は幹部
       
候補生というのがあって、陸軍2等兵の6カ月の訓練をへて予備士官学
       
校に進んだのを、戦争の末期に、下級士官速成のために、その6カ月
       
の初年兵教育を省略して、いきなり予備士官学校に入隊させたのであ
       
る。海軍の予備学生を真似て始められた制度で、私も受験させられた
       
が、不合格だったらしい。

       
私が不合格だったのは、高校(旧制)1年の終り頃から病気を理由に
       
勤労動員も教練もいっさい参加しなかったから当然だが、渡辺の場合
       
も、受験しなかったか、それとも教練の成績がひどく悪かったかだっ
       
たのだと思う。

       
当時の私は渡辺が陸軍二等兵でひどい目にあったということは知らな
       
かった。私が知っているのは、渡辺が戦後東大の共産党細胞で活躍し、
       
新人会をつくり、党を除名されたということを新聞等で知ったのであ
       
る。

       
その後、読売に入り反共の立場にたった。一時、共産党に対しても好
       
意的な記事を書いたこともあるが、その後は読売の社長になり、改憲
       
論の先頭に立ったことや、読売巨人軍のオーナーとしていろいろ報道
       
されるのを見聞きしたことがあるくらいである。

       
しかし、今度の靖国発言に関連して、軍隊の経験を語っていることな
       
どを知り、あらためて彼の少年時代を思い出し、感慨を新たにしたの
       
である。

       
渡辺と私は気質的には正反対のようでもあるが、共通の過去をもち、
       
同じ時代を生きて重なり合うことも多いのだと思う。

       
渡辺は戦争で日本人がひどい目に合わされたのであり、中国人がどう
       
こういうからというのでなくて、日本人として、戦争犯罪を問題にす
       
べきなのだと述べていた。

       
小泉が靖国参拝を正当化して、アジア諸国と軋轢を起こしていること
       
が、日本人のゆがんだナショナリズムを煽り、靖国の美化、侵略戦争
       
の正当化に道を開いている。

       
このことが根っから軍国主義反対の渡辺には我慢できなかったのであ
       
ろう。「初心忘るべからず」という言葉を思い出し、いろいろな考え
       
方の違いはあるが、渡辺がその晩年を初心にかえって奮闘することを
       
期待する。

       
今年は耐震強度偽装事件にライブドア事件が重なり、小泉の構造改革、
       
規制緩和、弱肉強食路線、ホリエモン風の人気にたよる詐欺的パフォ
       
ーマンス政治の破綻が目立つ年だ。

       
小泉を無事9月まで勤めあげさせるのが常識のようだが、私は反対だ。
       
一刻も早く、国民の手で辞任に追い込まなければならない。

       
しかし、最大野党の民主党にその気概なく、マスメディアは右往左往
       
するばかりだ。結局、侵略戦争讃美、戦争裁判否定にまでおよぶ靖国
       
精神がアメリカに拒否されるということで、後継者安倍が消えるとい
       
うくらいの非主体的な結末になるのであろうか。

       
それにしても、最近の右翼に反米的な傾向が強まっていることはこれ
       
からの日本の進路を考える場合、無視できないことだ。

       
反米右翼の主張が行き着くところは、日本が核兵器を所有して、アメ
       
リカの言いなりにならぬ自主独立を実現すべきだということになるの
       
ではないかと思われる。

       
アメリカがおそれているのは、小泉が無自覚にこのような靖国路線に
       
道を開くことだと思う。

       
しかし、右翼は反中反韓(朝)が主軸だから、結局、対米従属を脱す
       
ることはできないが、すくなくとも反米の言説を強化して、ナショナ
       
リズムに傾く国民の支持を得ようとするのだろう。

       
アメリカは中国との結びつきをますます強化しながら、しかし、対中
       
牽制の手段として日本の反中ムードを煽りながら、それが、反米にま
       
で発展するのをおそれている。アメリカの路線は、決して単純ではな
       
い。

       
ただ、たしかなことは、アメリカは自国の巨大国際資本の利益を軸に
       
行動しているのであって、小泉さんのようにアメリカの御機嫌を損じ
       
さえしなければという馬鹿げた隷従ぶりでは、やがて犬ころのように
       
放り出されるということだ。

       
「狡兎死して走狗(そうく)烹(に)らる 」このごろは安倍さんも
       
小泉さんの真似をして、吉田松陰の言葉を引用したりしているようだ
       
が、お二人ともこの言葉をお忘れなく。
       
中国の小林多喜二国際シンポジウムの報告集が出版されることになり、
       
その原稿をようやく書き上げた。このために、通信の発行がおくれた。
       
書かなければならないことはたまっているが、どっと一度に押し寄せ
       
て消化不良の感がある。少しずつ整理して、書いていきたい。

       
今年は寒さが例年よりひどいようだ。
       
皆さん、くれぐれもお体をお大事に。

       
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