首都大学東京の全教員任期制、「学問の自由」「大学の自治」に対する完全否定(2006.1.27)

 

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2006年01月27日

首都大学東京の全教員任期制、「学問の自由」「大学の自治」に対する完全否定

東京都立大学・短期大学教職員組合
 ●大学に新しい風を第9号(2006年1月25日)

この任期制度では、安心して教育も研究も出来ない
住宅ローンも組めず結婚も出来ない 
任期の付かない制度を選択して、いい人材が集まる、まともな大学の人事制度への転換を図ろう!

2006.1.22  教員有志

2001年に提示された教員の大幅削減目標で、4大学の教員数795名(講師以上の教員590名+助手205名)を720名(それぞれ530名+190名)にすることが計画されていた。しかし、大量の教員の流出によって、予定外の教員補充をしたにもかかわらず05年4月1日現在で704名(各々、528名+176名、短大および学長を含む)へと減少し、法人化以前に削減計画は超過達成された。それにも関わらず法人当局は、給与をベースダウンする新たな人事給与制度を昨年11月30日に提案してきた(以下、新々制度と略す)。
この新々制度は、「教員の任用は任期制が原則」とする「全員有期雇用の大学」であり、かつ昨年度の都の教員の給与水準と比べて、生涯賃金が少なくとも2500万円も低下する人事給与制度に変更することである。この様な人事給与制度であるので、教員流出のさらなる促進が危惧されている。
この人事給与制度の実施により、教員流出・在学学生の学習環境の低下・入学生の学力低下・外部資金導入の低下など、大学の質と活力の急激な低下が起きた場合には、この制度選択を呼びかけた理事長と学長など法人の最高責任者達は責任を取る姿勢を明示するべきである。
新々制度の元では、安心して教育も研究も出来ない、住宅ローンも組めず結婚も出来ない、いい人材が集らない、などの問題が発生するであろう。本稿では、これらの問題に触れると同時に、我々教員が任期の付かない制度を選び、大学の再生を図ることを呼びかけたい。

<安心して教育も研究も出来ない >
その1.任期制=5年後に「雇い止め」によって実質的な解雇が可能な制度
新々制度の導入によって、法人は再任時において合法的に「雇い止め(契約切れ)」とすることが出来る。「任期制」の最大の問題点は、単なる「雇い止め」でなく実質的な「解雇」が可能という点である。最長15年在職が可能なのであって保障ではない。したがって、解雇に関する就業規則(注1)は無関係であり、何らかの理由も示さずに、使用者は5年ごとに「契約しない権利」を行使できるのである。たとえ、再任評価がS,A,Bであっても、それは単に再任基準を満たしているだけで、使用者側は必ず再任しなければならない義務を負っているわけではなく、京大再生研の例があからさまに示している(注2)。再任が認められるかどうかは、大学の教員組織の判断ではなく、法人(雇用者)によって決められる。「解雇」なら個人も組合も闘えるが、「契約切れ」「契約終了」では極めて困難である(注2)。
 
その2.教員の任期評価を「C」とすれば、容易に雇い止めが可能
新々制度案(11/30)のP.12の「5.教員評価委員会」では、『部局長は、教員評価委員会における評価結果を踏まえて絶対評価を決定する』 と、部局長が決定することが書かれているが、部局長を学長(副理事長)が任命することになっているから、部局長を罷免することにより決定を覆すことも可能である。また、「評価基準及び評価結果については、外部委員による審査を行い、妥当性を担保する」と書かれており、外部委員が部局長の決定に介入し、反古にする可能性が盛り込まれている。
そして、再任時において再任するかどうかの判断材料となる「(2)任期評価」に関して、「評価の段階は、教員評価委員会の評価結果に基づき、部局長が決定する。」と書かれており、任期評価が「C」の教員は、再任されないことが書かれている。任期付き雇用に同意すれば、このような評価が出ることを覚悟しておく必要がある。

その3.「自己都合退職による失業給付」は、雇用者都合による解雇の半分
 任期付雇用は、任期満了をもって自動的に合法的に解雇できる制度であり、解雇された場合には、「雇用者都合による解雇」ではなく、「自己都合退職」の扱いとなることを、法人は言明している。自己都合の退職の時は、雇用者都合による退職と比べて失業給付期間(給付日数)は、雇用保険の加入期間や年齢にもよるが、短くおよそ半分の期間(10年未満で90日、10年以上20年未満で120日、20年以上で150日)であり、従って、給付総額も低くなり、不利である(注3)。

その4.実効性の乏しい「ステップアップ型」という言葉のまやかし
 法人側は、今回の人事・給与制度について、准教授(助教授)に2回の再任機会があるのだから15年間在任することが可能であり、これだけの期間があれば過去の実績から言ってほとんどが教授に昇格が可能である、と説明している。しかし、ここには重大なまやかしがある。  
過去においては、教授・助教授の定数が保証されており、平均的な昇格のスピードが推定可能であった。ところが新大学では、毎年減額される運営交付金による人件費総額抑制という大枠のために、定数が絶対的なものでない。実際、昨年末に情報がリークされたように、1年間に准教授から教授へ昇格する割合は「5%」と法人は考えているようである。そうだとすれば全員の昇格には20年かかることになる。後で、公式見解ではないと打ち消したようであるが、衣の下に鎧が見えた例えにふさわしい。大学改革の過程において数年間人事凍結がされていたことを考えると、人事の停滞を正常な状態にするには20数%の昇格枠が必要である。しかし現在の人件費総枠においてすら5%であるから、将来人件費総額がもっと減額されれば、それが4%、3%にも低下することもあり得ない話ではない。
その場合には、評価「C」が純粋に教員の業績に基づく判断でなく、定員や人件費総額という、教育・研究とは別の経営的視点から「B」に相当する教員を無理矢理「C」に評価させられる圧力が部局長にかかることも十分に考えられる。現在、法人当局はあたかも教員サイドが教員評価の決定権をもっているかのような説明をしているが、現在の法人組織の教員人事は、個別の選考は別にして、定数管理に関連して法人当局のお墨付きを得てから人事がスタートしているので、この大枠がきつくなったときにどのような事態が生ずるかは、想像に難くない。

その5.教員の身分が、法的に不安定化――「学問の自由」の本質的問題
 上記に述べたことは、教員の身分に法的な保障がないことを意味しており、法人の一存でいくらでも就業規則の変更が可能であり、あるいは運用裁量権によって人事雇用制度の変更がいつでも可能であることを意味する。これは学問の自由の保障である教員の身分の保障を根底から崩すものであり、「大学の自治」の実質的剥奪である。このことは、憲法23条(学問の自由)、教育基本法10条(教育行政)、学校教育法59条1項「大学には、重要事項を審議するため、教授会を置かなければならない。」などの諸法に反するものである。
さらに、「高等教育の教育職員の地位に関するユネスコ勧告」(97年11月)17条(注4)に学問の自由のために必要な高等教育機関の自己管理としての自治の精神が示されている。この自治の中心的なものは、教員の人事権に関するものであるが、法人のやり方は、その否定である。また18条では「自治は、学問の自由が機関という形態をとったものであり、高等教育の教育職員と教育機関に委ねられた機能を適切に遂行することを保障するための必須条件である」と述べられているが、その精神に反するものである。高等教育に関するユネスコ勧告や宣言(98年10月)に憲法のような拘束力はないが、我が国は批准しており、我が国の国立大学法人や私立大学における定款または寄附行為は基本的にその精神にのっとっている。わが首都大学東京の諸規則は極めて例外的にそれらに明白に違反している点で、大学の存立基盤を切り崩していると言える。

< 住宅ローンも組めず結婚も出来ない >
その1.任期付雇用は、住宅ローンも組めず結婚もできない
 住宅ローンを任期付教員が借りられるのかについて、ある銀行の融資担当者に質問したら、明白にNOの回答であった。「そのことは言わない方がいい」と行員は忠告してくれたが、虚偽の申請としてローン契約が、破棄にならぬか心配だ。誰が、有期雇用の借り手に30年という長期で有利な条件のローンを貸すであろうか(あったら法人は、示して欲しい)。そのような不安定な身分の若年層は、結婚生活を始めることがより困難になる。昨今、少子化対策が叫ばれているが、不安定な雇用形態は、若年層の生活破壊と婚姻率の低下につながり時代に逆行している。

その2.人件費大幅削減(法人化以前より生涯賃金2500万円減)
 新々制度による給与制度は、昇給率が高い任期付き教員の場合で、かつ順調に昇格することを仮定したモデルの場合ですら、従来の給与制度と比べて、生涯賃金が給与のみで2500万円も下がる点で、経済的損失は重大であることが判明した。昨年4月に実施した給与人事制度では任期付に同意した場合、昇給幅が年間で最大50万円に達する大盤振る舞いであった状況から、一転して、緊縮の給与制度へと転換したことになるが、僅か8ヶ月での方針の転換であり、またいつ変更するかも分からない。制度選択の違いを超えて、この様に極端に賃金水準が大幅ダウンする原因は、年俸制の名の元に、生活関連手当(扶養手当、住居手当、単身赴任手当)を全廃したことが根本原因である。生活の基盤を支えるこれらの賃金要素を削減しておいて、「魅力ある、活力ある人事給与制度」と一体いえるのか。

その3.教員給与の国立大との生涯賃金差は3500万円を越え、いい人は呼べない
 我々の大学は、国立大に比べて基本給が低く、大学院手当(院生を指導する教員に対する手当で、都では特殊勤務手当という名称)も低いだけでなく、昨年度に減額された。さらに問題は、この手当が調整額になっていないことから、ボーナスの算定基準に含まれていないことである。その結果、国立大の教員の年収と比較して、教授30万円、助教授・講師25万円、助手5.5万円も年間給与が低くなっている。そして、この手当が退職金や年金にも反映されないという基本的仕組みのために、これらを含む生涯賃金では、教授の場合で国立大よりも1200万円以上(助教授で1000万円以上)も劣悪な処遇となっている。また、多くの国立大で定年が65才となっている点で、給与の総額はさらに2400万円以上低いことになる。これでは、国立大からいい人は呼べないし、呼んでも来てくれない。

<任期の付かない制度を選択して、いい人材が集まる、まともな大学の人事制度への転換を図ろう!>

 そもそも独立行政法人とは、行政の業務において、企画立案部門から実施部門を独立行政法人として切り離し、行政を効率化するためにそこに大幅に裁量権を与えたものである。公立大学という公教育の実施において、公立大学法人に裁量権が付与され、自律性のある組織としての事業の実施が出来るように、地方独立行政法人法69条(注5)に規定されている。それに基づいて、自治体は大学の特性を配慮する義務があるだけでなく、法人当局は自律的に業務を行うことが求められている。法人当局が自律性のある組織として真剣に大学構成員の声を聞く耳を持たない限り、本当に安心できる人事給与制度ができない。
将来の大学の再生に向けて日々努力している我々教職員にとって、次の大事な立場のあることを忘れてはならないと考える。
1)同意書は唯一の武器(法律上の保護規定がある)であること。任期付雇用(有期雇用)が、教員・労働者に不利益なことが明白であることから、任期付雇用には、本人の同意書が法律上(大学教員任期法、労働基準法)必須条件となっている。同意書がない限り、任期付雇用は、法律で禁止されている(したがって、労働組合が、労働者の立場に立って「任期制の全員への一律的適用」に反対しているが、これは法律上当然のことである)。
2)我々は人事給与制度の継続的抜本的改善を求める立場にあること。
3)我々は法人当局の運営と管理責任を明らかにし、問える立場にあること。
4)我々は学生院生に直接に責任を持つ立場にある。それ故、首都大学東京の現状の報告と共に、再生に頑張る我々教員の立場として、任期の無い制度を選択し、広く国内外の世論、有識者・都民・国民に対して、我々の姿勢を示せること。

(注1):教職員就業規則:「第25条(解雇)1項 教職員が次の各号の一に該当する場合は、これを解雇することができる。(1)勤務成績が不良なとき、(2)心身の故障のため、職務の遂行に支障があり、又はこれに堪えないとき、(3)その他職務を遂行するために必要な資格又は適格性を欠くとき、(4)業務上又は経営上やむを得ないとき」と書かれている。理事長は、4号の場合は、経営判断で解雇が可能である(しかも、職員の降任及び解雇手続に関する規則によらずに解雇が可能)。上記以外の号については、部局長等から申出を受け、人事委員会(事務局長が長)の審査が必要である。

(注2):京大の再生医科学研究所における井上教授の再任拒否事件
1998年5月(教員任期法施行直後)に5年任期の教授に採用された井上教授の再任について、02年9月に外部評価委員会が成果の著しい同氏の再任を是としたにもかかわらず、同年12月、同研究所の教官協議会がこれを否決したことに端を発する事件。井上氏は処分を不服として裁判所に告訴したが、「同意に基づく任期満了で、処分にはあたらない」と京都地裁が判決し、井上氏の訴えを棄却した(05年3/31)。問題は、再任ルールは任期制導入時点で全く不明で、再任審査の内規が4年後の02年7月にできたが、再任不可への不服申立て制度は最後まで設けられていないことである。さらに、外部評価委員の再任可の結論にもかかわらず、なぜ教官協議会で再任が否決されたかについての納得のいく説明はなく、裁判長が、原告への任期制の説明が不十分であり、再任の否決について「極めて異例ともいえる経緯。恣意的に行われたのであれば、学問の自由や大学の自由の趣旨を学内の協議員会自らが没却させる行為になりかねない」とさえ述べている(05年4/1毎日新聞)。第三に、今回の判決が訴えを棄却したのは、任期付きポストについて「任期満了時の再任の法的保障は一切ない」と判断したが、いかに十分な研究成果を挙げていても、何の理由も明確にされないまま再任が拒否されることが法的にはありうることを示した。この判決について「人材の使い捨てはよくない」「これが判例となるのはよくない」と尾池京大総長が、被告側の機関の長としては異例といえる見解を表明(05年4/2京都新聞)。
一律的な任期制が導入されれば、社会的に説明できないような動機に基づく教員解雇制度として機能する危険性があり、自らの将来に対する強い不安を抱えながら研究を進めざるをえず、教員が大学の担い手として、教育や研究の社会的責務を長期的な視野で果たすことも難しくなる。そして、任期付きポストが劣悪とされて大学から有能な教員が大量流出し、創造的な教育と研究が死滅することとなりうる。任期制が、教員身分の不安定化をもたらすだけでなく、大学の学問の自由と自治、そして研究と教育そのものに対し破壊的に作用する危険性をもっている。この事件は決して特殊事例ではなく、任期制のもとでは再任をめぐる深刻なトラブルが頻発する可能性を示している。

(注3):失業給付の基本手当日額 = 賃金日額×給付率である。ここで、賃金日額 = 離職日以前の6ヶ月間のボーナス、特別手当を除く収入総額÷180日、給付率は、60才未満で50〜80%。また基本手当日額に上限額があり、30歳未満6,580円、30歳以上45歳未満7,310円、45歳以上60歳未満8,040円、60歳以上65歳未満7,011円である。したがって、雇用保険の加入期間が15年の45才の研究員の場合は、120日分で給付総額は、高々96.48万円である。

(注4):「高等教育の教育職員の地位に関するユネスコ勧告」(1997.11)17条「学問の自由の適正な享受と以下に列挙するような義務および責任の遂行は高等教育機関の自治を要求する。自治とは、公的責任、とりわけ国家による財政支出への責任の体系に沿った、学術的職務 と規範、管理および関連諸活動に関して高等教育機関が行う効果的意思決定、および学問の自由と人権の尊重、これらのために必要とされる自己管理である。」

(注5):地方独立行政法人法第69条(教育研究の特性への配慮) 設立団体は、公立大学法人に係るこの法律の規定に基づく事務を行うに当たっては、公立大学法人が設置する大学における教育研究の特性に常に配慮しなければならない。

 

投稿者 管理者 : 20060127 00:29